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ようやく伸びに伸びた千世さんと、とうとう会う日。
私は千世さんの自宅に伺うことになった。
お子さんが小さいので外に行きづらいということでそうなったのだが、渉ちゃんの写真を見せてあげると言われたのは、彼に想いを寄せる私にとってラッキーな事。

そんな鹿島さんは前日から私に見えない場所にいるらしく、出てきても心ここにあらずというような表情であまり会話もしてこなかった。
あの実家に行く日のそわそわ出てきていた時とは全く違う。

千世さんの事だけ考えているのはわかるけれど、私だって今の状況、いやこれから起きることを考えて実はよく眠れなかった。
だって今日千世さんに鹿島さんが会った途端、成仏してしまうかも知れないのだ。
ショックなことがあろうと無かろうと、千世さんに会うという一番成仏する条件と思われるのが今日なのだから、これでお別れの可能性が高い。
だから鹿島さんと最後二人で話したかった。
せめてお礼を伝えたかったのに、前日からあんな表情でぼーっとしているのを見れば声をかけられなかった。

鹿島さんの中では千世さんのことだけで、私と別れることは二の次というか考えてくれているのかどうかもあの状態なら怪しい。
私も今まで彼を邪魔な存在だ、早く成仏して欲しいとあからさまに態度にした以上、私がまさかまだ一緒に居たいと思っているなどとは思わないだろう。
一緒に過ごした時間はそんなではないのに、今や彼は、私にとって大きな存在になってしまった。
業界の先輩で、時に厳しく時にお兄ちゃんのように支えてくれて。
その度に鹿島さんへの思いを募らせても全く意味は無いというのに、感情という物はそれで制御できるものでは無いと痛感した。

苦しい思いとは今日で最後。
彼がいなくなればもう考えることも無くなるはず。
そう必死に自分へ言い聞かせていた。


電車を乗り換え千世さんの自宅近くの駅に向かう。
電車内は割と人がいて私は吊革に掴まっていた。
周囲に人がいるからか少し離れた場所にいる鹿島さんの表情は、俯いて暗いようにすら思えた。
なんて彼に言葉を掛ければ良いのか思いつかない。
どんどん私と過ごす時間は減っていくというのに。


結局人もいるので会話することも無く言われた駅に到着して、人混みに紛れながら改札を出る。
改札の外はお店などがあったり、待ち合わせの人などがそれなりにいて私は電話をしようかとスマートフォンを鞄から取り出そうとした。

「千世・・・・・・」

呟くような声。
思わず横にいる鹿島さんを見て、その視線の先を見た。
そこには、ロングスカートにティーシャツ、抱っこひもで小さな赤ちゃんを抱えた女性が立っていてキョロキョロと改札から出てくる人達を見ている。
あぁ間違いない。
私は彼女に近づく。

「千世さん、ですか?」

私の言葉に彼女は表情を崩し、私は名前を名乗り挨拶を交わした。
鹿島さんと同じ歳だった千世さんは、髪を一つに結び背も低くとても可愛らしい女性だった。
彼が学生時代可愛かったという言葉通り、きっと高校生の時もモテていただろう。
視線だけ横を見れば、ただ食い入るように鹿島さんは千世さんを見ている。

私とは正反対の女性。
私は背が高くてクールビューティーなどとは言われるもののようは冷たい雰囲気がある。
きっと男子が大好きで守りたくなるような千世さんと、その反対にいるのが私だろう。
そっか、そうだよね、男子はきっとこういう可愛い女子がいいよね。
優しく話しかけてくる千世さんと言葉を交わしながら、そんなことを考えてしまう自分が情けない。


二人で、いや鹿島さんも居るけれど、駅から徒歩10分強のところにあるマンションに着いて部屋に招き入れられた。
リビングに入ると、ローテーブルの上には子供の写真と千世さんと旦那さんらしき人の三人の写真などがいくつか飾られている。
その全てが笑顔の写真だ。

「これ、よろしければ」

私は地元の洋菓子店で買ったお菓子の入った紙袋を渡すと、彼女は恐縮しながら受け取ってくれた。

「知世さん、ケーキは食べられる?」
「はい、大好きです」

彼女は寝てしまった赤ちゃんを専用のベッドに寝かせると、キッチンに向かったので手伝いを申し出た。
鹿島さんを見れば寝ている赤ちゃんをじっと見下ろしていて、その表情を見ても彼が今抱いている感情はわからない。

「良かった、モデルさんって聞いたのについ買ってしまって」
「甘い物大好きなので気をつけていますが今日は大丈夫です」

千世さんが申し訳なさそうにしながらケーキを出すので、私も飲み物などを出すのを手伝ってダイニングテーブルに二人向かい合わせに座る。
気が付くと鹿島さんは私達から少し離れた場所で立ったまま、ただじっと千世さんを見ていた。
もうきっと鹿島さんの世界に私はいない。
それをわかっていたのにやはり辛い。
だけど最後まで私は演技をすると決めたんだ。
好きな人の為に。

「それにしてもこんな不思議なことがあるなんて」

千世さんは紅茶を飲むと私に優しげな視線を向ける。

「渉ちゃんが亡くなって五年経ってしまうと、事故現場に手を合わせに来る人も減ってしまって。
最初の頃は凄かったのよ、祭壇が出来ててお花や飲み物とか山のようにあって。
もしかして知世さんが芸能界を目指しているのも渉ちゃんの影響?」

考えてみればそう思うのが自然かも知れない。
それに、そういうことにしておこうと既に頭の中で台本は出来ていた。

「そうですね、元々モデルになれたのは偶然なんですが、お兄ちゃんもモデルから俳優になったという事に尊敬や憧れがあるからだとは思います」
「知世さんも女優を目指しているの?」
「はい」

きっぱりと答えれば彼女は嬉しそうに、

「きっと渉ちゃんも喜んでいるわね、こんな可愛い妹みたいな子が自分に憧れてそういう世界に進むのだから」

と微笑んだ。

本来は嘘だ。
でも今は本当にそうなりかけている。
そんな私が憧れるお兄ちゃんはさっきからずっと同じ場所で立ったまま。
まるで千世さんに近づくのを恐れているようにすら思える。

きっと側に行って抱きしめたいに違いない。
私が鹿島さんの言葉をそのまま千世さんに伝えられればどんなに良いかと思うけれど、幽霊の見えない人からすればそんな話を信じられるわけが無い。
だから私に出来ることは、私の好きになった人がいかに貴女を好きなのかを伝えるだけ。