「鹿島さん、ありがとうございました」
撮影終了後に見せた彼女たちの悔しそうな顔を思い出し、嫌がらせにこうやって対抗できたことに満足した。
姑息なやり返しなんかではなく、正々堂々仕事でやり返す方が遙かに良い。
人気の無い自宅への帰り道で鹿島さんに礼を言えば彼は楽しげに私を見てから呆れた顔になる。
「驚いた、うちの業界、未だにわかりやすいほどガキみたいなのいるんだな。
というか女子ならではの嫌がらせってあんな感じなのか?
学校でも千世からそういうのはあるって聞いてたけどさ。
だけどな、さっきみたいなのにわかるようにいちいち反応するのは俺たちの世界にいるなら損だ。
どうせならピンチはチャンスと思って他から仕事を奪い取れ、先輩からのアドバイスだ」
明るく振る舞う彼も、きっと周囲から煙たがられた時期だってあったのでは無いだろうか。
だからこそこんなアドバイスが出来るのだろうし、面倒見が良かったのも納得出来る。
それを乗り越え人気ドラマに出るほどの俳優の座を掴んだと思うと、純粋に尊敬するし憧れる。
くじけそうになったのを乗り越えられたのは鹿島さんが居たからこそ。
彼が幽霊じゃ無くて、本当に生きている人だったならどんなに。
「サンキューです!先輩!」
妙に暗いことを考えてしまったので、私を気遣う彼の気持ちを損なわないようふざけて礼を言うと彼は腕を組み、
「うーん、お兄ちゃんって言われる方が萌えるかも」
「お兄ちゃん大好き!」
「顔が嘘くさい、やり直し」
そんな馬鹿みたいなやりとりをしていると、ふと鹿島さんの手が伸びてきて私の頭を撫でる。
その手からは体温なんて感じないはずなのに、それはとても優しさの伝わる撫で方だった。
「こうしてるとなんか千世を思い出すな。
あいつも中学の時クラスの女子に苛められて、俺の所に来ては泣いてたっけ。
こうやって頭を撫でると嬉しいのを隠すように照れてたんだよ」
急に私の心の中がチクリとする。
小さな痛みのはずが、私は驚いてそれを悟られないように俯いた。
彼は私を撫でながら、私を通して結婚まで夢見た千世さんを見ているんだ。
そうだった。
彼がこの世に残っているのは大切な人に再度会いたいのが理由。
私と過ごしているのはたまたま私にこんな能力があって、たまたま同じ世界の後輩だったから。それだけだ。
その当たり前だとわかっていたのにそれがショックに思える事自体が、私にとって言い表せないほどの衝撃だった。
まだ出会って一週間かそこら。
それなのに私はこういう感情がどう言う物なのかを知っている。
だからこそショックだった。
恋に落ちるのには、時間も、相手すらも選ばない。
そんな本で読んだようなことを自分が味わうだなんて想像できるわけがない。
「知世?」
私の顔を覗き込む鹿島さんの顔に驚き、思い切り横に飛び退く。
「危ない!」
強い力で引っ張られ道路隅の壁に追い詰められると、住宅街というのに猛スピードの車がすぐ側を走り去った。
今酷く胸が音を立てているのは、車に驚いたせいか、それとも。
「俺みたいになるなよ。
知世には未来があるんだから」
こんなにも重い言葉があるだろうか。
呆れたように言う鹿島さんに、私の気持ちを悟られるのは嫌だ。
彼にはこの世に残した思いを果たして成仏してもらうことが一番良い事で、私にだってそれがベストだってわかっている。
「ありがとう、鹿島さん」
私は妹じゃない。
親戚でも無い。
何より貴方の好きな人ではない。
せめて後輩として見てくれることくらい、短い間は味わいたい、そう願ってしまった。
彼の笑顔と身体の向こうが、少しだけ透けて見える。
それが私に好きな相手が現実に生きている人間では無い事実を突きつけ、一層胸を締め付けた。