爽汰には夢がある、美月にも夢がある。

 私はなりたい自分がよくわからない。
 夢はないけど、この先の私の道はある程度決まっている。

 田舎でも都会でもないこの街で、看護師として働く、予定。

 お母さんは口癖のように言った。「手に職をつけなさい」「資格を取りなさい」

 小学校6年生の時に、両親は離婚した。離婚なんてよくある話でクラスに同じような子もたくさんいる。そうわかっていても当たり前の毎日が一瞬で消え去るというのは、12歳の私には大きな衝撃だった。

「資格は大事なのよ」お母さんは言った。
「看護師で本当によかった」何度もそう言った。
心からそう思っているようでもあり、言い聞かせているようでもあった。そして、事実でもあった。

 お父さんは私たちにマンションを残してくれたし、養育費だって払ってくれている。でもお母さんだけで私たち2人を育てるのはそれなりにお金が必要だ。

「看護師じゃなかったら正社員に戻れてなかったかも、やっぱり資格よ」
「さくらは将来何になるの?何でもいいけど資格があるものにしなさい。いざという時に役に立つから」
「何か資格が取れる大学に行ったほうがいいし、そのためには推薦がもらえるようにしないとね。」

 お母さんの言うことは正しい。

 でも、お母さんが看護師じゃなくて、正社員に戻れなくて、高給でなければ。まだお父さんはいてくれたんだろうか。
 お母さんには絶対に聞けないけど。
 お母さんには絶対に言えないけど。

 どんな理由があって2人が別れたのかはよく知らない。喧嘩ばかりでも、それでも私はお父さんにいてほしかった。

「推薦のためには……いい子でいるべきよ」
 お母さんは12歳の私に繰り返し言った。これから中学に入ってその後に待つ高校受験のためには、内申点と生活態度が重要なのだと言う。

「いい子にしないといけないの?」
「大人はいい子が好きだから。先生の前だけでいいから、いい子でいるのよ。推薦をもらうために」

 でも、私は気づいていた。
 お母さんだっていい子が好きなことを。
 もしかすると……いい子ならお父さんも帰ってきてくれるかもしれない。

 いい子でいなくちゃ。
 お母さんが求めるいい子、先生が求めるいい子、お父さんが帰ってきてくれるくらいのいい子。

 でも、いい子ってなに?
その答えがわからないから、大人の求める私を探した。

 夜勤の日に夕食を作れば褒められた。だから「お母さんの代わりの木崎さくら」になる。
 誰もやりたがらない委員に立候補すれば喜ばれた。だから「委員長の木崎さくら」になる。
 近況報告をお父さんにメッセージすると、嬉しそうな声で電話がかかってくる。だから「まだお父さんの子供の木崎さくら」になる。

そうして誰かの求めるいい子の私が完成して、誰に対しても「求められている木崎さくら」になるのが楽だと気づいた。私の考えたいい子は、優しいしっかり者。いつの間にか友達の前でも同じように振る舞っていた。でもその「木崎さくら」でいれば嫌われることもない。

 中学生になったある日、私はお母さんに言ってみた。

「私もお母さんみたいに看護師になろうかな」

 その時のお母さんの喜びようは今だって鮮明に思い出せる。胸に突き刺さって痛いほどに。

「大賛成!お母さんも看護師がいいと思っていたの!」

 私は気づいていた、お母さんの望んでいることを。
 そう言えばきっと喜んでくれることを。お母さんが望むいい子になれることを。だから「看護師を志す木崎さくら」になった。

 そんな風に、大人にとっての「いい子探し」をしているうちに私は私のことがわからなくなってきていた。

 大人のための「木崎さくら」を卒業したい。
 でもこの「木崎さくら」から卒業してしまったら、私からはすべてなくなってしまう気がした。私は夢もない、空っぽだ。