「おばあちゃん、見て見て!」
「まあまあ、かなちゃん。大きくなったねぇ」
「えへへ、どう? 制服似合う?」
「ああ、よく似合うよ。もう立派なお姉さんだねぇ」
「ふふっ、なんたってもう中学生だからね!」
「あら。叶美はまだまだ子供じゃない。この間だって、くまのぬいぐるみがないって大騒ぎして……」
「お母さん……!」

 もう何年も前に、鏡の中に知らないお姉さんを見たことなんてすっかり忘れて、小学校を卒業したわたしは念願の中学生になった。
 おばあちゃんにたっぷり褒めて貰った紺のセーラー服姿で、わたしはお気に入りの鏡台の前に立つ。

 揺れるスカートと、制服のスカーフに合わせた赤いヘアピンと、短くした髪。どこからどう見ても、すっかりお姉さんだ。

 昔は見上げていた鏡を覗き込みながら、風に少し乱れた髪を指先で整えていると、ふと、この光景に見覚えがある気がして手が止まる。

「あれ……?」

 鏡の中のわたしと向き合うと、小学校に上がったばかりの頃、鏡の前で尻餅をついた遠い日の記憶がよみがえる。

「あの時鏡に映ってたお姉さんって……もしかして、中学生のわたしだったの……?」

 間違いない。このセーラー服も、ヘアピンも、髪型も、あの日見たお姉さんの姿そのものだ。
 驚きと、あの日の不思議な感覚の正体を理解した。
 やっぱり、幽霊なんかじゃない。それどころか、いつか着たいと憧れた服に身を包むのは、わたし自身だったのだ。

「おばあちゃん、この鏡……!」

 この鏡は、未来の光景を映している。
 その新発見を慌てておばあちゃんに報告しに行こうとすると、不意に視界の端で、あの時と同じように鏡が水面のように揺れるのが見えた。

「……えっ」

 わたしは駆け出そうとしたのを止め、鏡に向き直り様子を伺う。
 そして、少ししてその波がすっと引くと、鏡の中にはまたもや見知らぬ女の人が立っていたのだ。

「……!」

 清楚な薄化粧をして、ぴしっとしたスーツを着た女の人は、長い髪をひとつ結びにしている。そして、何か気合いを入れるように、両頬をぺちんと叩いていた。

 やっぱりその女の人は、目の前のわたしには気付いていない。あの時と同じだ。
 やがて再び鏡面が揺らいで、彼女もまたその波間に消えてしまった。
 わたしはしばらく呆けたまま、今見た光景を思い返す。

 お姉さんになったと喜んでいたけれど、中学生になったばかりのわたしとはやっぱり違う。どこからどう見ても、大人の女の人だった。

「今の人って……未来のわたし?」

 お母さんにどこか似た顔立ちの、格好いい大人のお姉さん。将来の自分を垣間見て、わたしは何だか少しだけ、背筋が伸びる気持ちだった。

 あの頃のように廊下を走ったりせず、わたしはおばあちゃんの居る部屋へと戻る。

「……ねえ、おばあちゃん。わたし、昔見たかわいいセーラー服のお姉さんになれたよ」
「おやまあ。それは良かったねぇ」
「うん……それからね、もっと大きくなったら、お化粧とスーツの似合う格好いいお姉さんになるの。素敵だと思わない?」
「ああ、そうだねぇ。かなちゃんなら、きっとなれるよ」

 いつものようにのんびりとしたおばあちゃんの目は、とても優しく細められていた。


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