ざわめきが戻った。教室に雅の近くに、時間内に戻って来れた。セーフ。
 「じゃあ明日は駅前で集合で良い?」
 「そうしよう!」
 雅が明日の話を続けた。明日は、雅とショッピングだ。すっごく楽しみで、うれしい。
 明日どんな服を着よう、どんなカバンを持って行こう。学校からの帰り道、手持ちの服やカバンを頭に浮かべながら、ウキウキして考えた。

 カーテンの隙間からの光で、目が覚めた。
 今日のショッピングが楽しみすぎて、なかなか寝付けなかった。
 早く準備して行かなくては。
 冷たい水で顔を洗い、歯を磨いて、着替えて、朝ご飯を食べて。楽しみな気持ちで胸がいっぱいだ。
 「いってきまーす!」
 早足で駅へ向かった。今日は、晴れている。

 「雅、ごめん遅くなった」
 「ううん。雅もさっき来たところ」
 昨日の悩んでいそうだった顔が、清々しく晴れていた。
 思っていた以上に、駅は混んでいた。だが、一番早い電車に乗ることができた。
 隣町の大きなショッピングモール。雅はすごくはしゃいでいた。電車の中ではすごく大人しかったのに。昨日は笑顔の裏に影がかかっていたのに。
 ショッピングモールの中は人がとても多かった。欲しい本を買うため、二手に分かれて回ることにした。
 本屋で本を吟味していた頃、雅から写真とメッセージが来た。
 『ねえ、天。これお揃いで買わない?』
 『いいよ!お揃い!』
 うれしい気持ちでいっぱいで、文字を打つ手はいつもより辿々(たどたど)しかった。

 欲しい本を買えてよかった。何より、雅とお揃いのブレスレットがうれしい。
 帰るのはまだ惜しいが、自分が明日用事があるので早めに帰ろうと駅へ歩いた。
 「楽しかったね」
 よかった。雅が笑顔になって。
 「そうだね」

 駅のホームで、電車を待っていた。
 急に辺りが静寂に包まれた。誰の声も足音もしない。ああ、任務だ。少し俯いて深呼吸。切り替えていこうと自分に言った。
 顔を上げると、黄色いサインが見えた。向かい側のホームだ。
 一刻でも早く行かなければと思い、少しの距離だが、宙に浮いて移動した。
 電光掲示板には、「まもなく電車が来ます。」とあった。しかも、電車の姿がホームからでも確認できる。
 黄色のサインが強い場所、線路の上だった。高齢の男性が線路の上にうつ伏せで倒れている。このままでは、男性は電車に轢かれて亡くなってしまう。
 周りの人は、男性を助けようと動き出したところだろうか。
 男性は、酒を飲んで酔っていたのか、自ら飛び込んだのか分からないが、とにかく助けなくては。速る鼓動を落ち着かせ、考えた。
 今回のプランは、男性をホームに引き上げ、この出来事を駅員に報告すること。しかし、駅員も止まっているので、今回は置き手紙で知らせることとしよう。
 男性をホームに引き上げるのは、力が必要だ。しかし、今は自分しかいないため、力を振り絞って、男性を引き上げた。思った以上に時間がかかってしまった。でも、間に合ってよかった。あっという間に一時間経ちそうだ。
 線路をふと見ると、何かが落ちていた。メモだ。
 「一つ先の駅中のデパートで楓ちゃんの誕生日プレゼントを買う」
 お孫さんへのプレゼントを買いに開く途中だったのだろうか。とにかく、電車に轢かれなくてよかった。
 「線路に転落してしまった男性がいます。一番ホーム、自販機の近くに。意識がありません。救急車を呼んでください」
 駅員の手の中に手紙を残し、さっきいたホームへ戻った。どうか男性が助かりますようにと、願いながら。
 

 一番ホームに電車が来た。向こうの様子は見えないが、きっと大勢の人が男性のことを心配しているだろう。自分もその一人だ。
 こちらのホームにも電車が来た。電車に乗り込み、向こうのホームを見ると、救急隊が到着していた。静かに少し胸を撫で下ろした。
 「何があったんだろうね。大丈夫かな」
 雅はホームを見て言った。
 本当だね、なんて雅に言った。全部知っているけれど、知らないフリをした。

 家に帰ってから、雅にメールを送った。
 「今日、すごく楽しかった。ありがとー」
 十分ほどして、雅からメールが返ってきた。
 「雅も楽しかったー!こちらこそありがと!」
 いつもなら秒で返信くるのに。大丈夫かな。
 「夕方のニュースです。今日午後三時過ぎ、A駅の線路上に男性が転落しました。男性は電車が到着する前に救助されたということです。その後、病院に搬送され、命に別状はないようです」
 「びっくりしました。線路の上に転落したはずの人が一瞬でホームに戻っていたんです。倒れた状態で」
 少し自分の心に優越感があった。人を助けたことに対し、自分はいいことをしたと思っている。
 そんな自分が許せない。そんな自分が嫌だ。

 朝日が眩しくて起きた。
 八時に起きる予定だったが、九時に目が覚めた。寝坊した。
 起きてからの予定は何もなかったが、なんとなく早く起きようと思っていた。
 カチカチと音の鳴っていた時計の針が止まった。任務だ。
 寝癖のついたまま、急いで家を出た。早くしなければ。
 いつもと同じように、行こうと念じ、空を飛んだ。宙に浮いた瞬間に、赤いサインが見えた。その場所に息を呑んだ。
 …雅の家だ。
 鼓動が早くなっていくのを感じながら、進んだ。
 家の扉は鍵がかかっていた。しかし、雅の部屋の窓が開いていた。そこから入った。
 そっと雅の部屋へ入ると、ベッドの上でうずくまる雅がいた。そして、隣には止まった状態のSNSが開かれたスマホ。もしかして、何かしらの批判的なコメントが雅を苦しめているのではないか、という考えが頭によぎった。
 雅が何を思っているのかは分からないが、とにかく良くないことが起きそうだと思った。
 今回のプランは、雅への手紙を置いて時間が再開したらまたこの家を訪れる。目的は他ならない。雅に向き合うためだ。後悔したくない。
 「雅、話聞くよ。天より」
 雅、心開いて思っていること、考えていること、教えてね。そう呟きながら家をあとにした。
 時間がまだある。気持ちを切り替えて、次の任務へと向かった。だが、雅の苦しむ顔が頭から離れることはなかった。

 近くで赤色のサインが呼んでいた。近くのビルの屋上だ。
 スーツを着た二人組が取っ組み合いの喧嘩をしている。二人の間で何があったのかは知らないが、このままでは転落してしまう。
 今回のプランは、二人を屋内に連れ戻す。こんな危険な場所にあの状態で放っておく訳にはいかないから。
 時間が戻れば、二人は驚くだろう。その驚きで衝動的な気持ちが抑えられたら。
 二人を屋内に運ぶのは結構な重労働だが、二人が救われるのなら、お安い御用だ。
 どうか、二人の顔が怒った顔から笑顔に変わりますように。