「いや、で、でもいきなりはハードル高いし……というか、よく僕の名前言えるね」
 そうかな、と彼女は言う。そうだと思うと心の中で突っ込みを入れつつも、碧人は、一つ聞く事にした。
「そういえば、なんでここにいるんだよ。もう教室入ってるかって思ったんだけど」
「あ、そうですね。私、お願いを言いに来たんです」
「え?」
 一体何なのだ。彼女の前では平静を装っているつもりではあるが、心の中では心臓がバクバク言っていた。
「あの……今日の昼食、一緒に食べませんか!」
 そして、そのお願いに碧人は一瞬理解ができなかった。彼女のお願いを、もう一度頭の中で繰り返す。
 今日の昼食、一緒に食べませんか!
「……本当にいいのか?」
「ええ、本当に」
 口から思わず漏れ出た言葉に、亜澄は狼狽える事もなく、真剣な顔を崩す事なく即答してきた。つまり、目の前の彼女は、自分と一緒に昼食をしたい、と誘ってきたと言う事だ。そんな事実が、碧人の心臓を落ち着かせる事なく、更にバクバクと動いていた。

 そうして、昼休み。碧人は亜澄から言われるがままに連れてこられた先は周囲が高い塀で囲まれた屋上だった。
「きょ、今日はここで……食べるって事?」
「はい! そういう事です!」
 ハツラツとした様子の亜澄は早速と言わんばかりに手に持っていた弁当が入っているらしき頭巾を開ける。
 中から出てきたのは、おにぎりが五個程と、ランチボックスに入ったおかずのセットだ。おかずは、卵焼き、タコさんウインナー、少々のサラダ……と弁当の定番らしいおかずが多く入っていた。
「じゃあ早速いただきましょう」
「お……おう、じゃあいただきます」
 碧人も、今朝母親から手渡された弁当箱を広げてそのまま昼食に入る。
「あの……碧人くん、あ~んしませんか?」
「……えぇ?!」
 早速弁当箱の食べ物を一口入れようとした碧人に、亜澄は急な提案をしてくる。この人、いくらなんでも積極的すぎるのでは?
「わ、私がしたんですよ!」
「だからと言ってそう言われても……心の準備が」
「大丈夫です! すぐに終わるので!」
 そう押されるがまま、目の前に箸に掴まれた卵焼きが。少しずつ、碧人の口前に運ばれていくのが彼女の腕の動きから伝わってくる。
 碧人は、そのまま卵焼きを口の中にほおばる。口の中は、少し甘く味付けされた優しい卵特有の触感と風味が広がっていた。
「これで、完了ですね!」
「きゅうすひるって」
「あ……ご、ごめんなさい! いきなり押し切るようにやっちゃって!」
 彼女はバツの悪そうな顔でこちらを見上げる。確かに急過ぎはしたのだが、碧人としては別に、満更ではなかった。だから、口の中にあった卵焼きを飲み込むと、彼女を安心させるように、頭の中から出来る限りの返答をする。
「べ、別に大丈夫。嫌だった訳じゃなかったし……」
「ほ、本当ですか?! よ、良かったぁ~……」
 こちらが嫌で無かった事が伝わると、安堵したのか亜澄は胸を撫でおろす仕草を見せる。
「で、でも遠藤さんそんな積極的だったなんて……」
「あ! また遠藤さんって言いましたね?! もう! 亜澄ってちゃんと呼んでくださいよ!」
「え……? あ、ごめんえん……亜澄」
「フフッ。なら良いです」
 名前で呼ぶと、亜澄は一瞬で不機嫌だった表情が消えて、笑顔を見せる。まるで少し歌っているかのような……そんな上機嫌ぶりだった。
 まさか、一目惚れでここまで積極的にアプローチを仕掛けてくるなんて……碧人は、ここまでしてくれるなんて、彼女はなんて凄く良い人なんだと、陳腐な内容ながらそのような感想を持っていた。
「あ、そうだ……もし、碧人くんが大丈夫ならもう一つお願いしたいことが?」
「え?」
 そして、彼女はそのお願いを口にする。

  4

 今日は、充実した一日だった。
 前々から気になってた子と仲良くなれたからだ。つまり、自分の大事な計画が少しずつ進んでいるって事だ。
 いきなり告白してみたら、すぐにOKをしてくれた。つまり、これは両想い。だから、彼も許してくれる筈……。

  5

 今度の土曜日にデートをしたい。
 それが、亜澄のもう一つのお願いだった。これまたいきなりな話だったが、あれやこれやと待ち場所が決まって、どこを行くか決めて、そしてその日がやってきた。
 碧人からしたら、やってきてしまったという気持ちでいっぱいだった。実際足は震えている。周囲から見たら露骨って程ではないけど。とても緊張している。まさかトントン拍子でここまで行くだなんて思わなかった。
「こ、これは現実かぁ……?」