季節はあたたかい春。世界が狂ってしまっているような感覚がする。私が今存在している春はあたたかすぎる。四季がはっきりしない。この狂った現象をレオナルドが生きていれば面白いと思い研究するのかもしれない。私にはただの拷問だ。あなたのいない世界は今日も狂っています。
 フランソワの足元は軽装で、脚を組んだおかげで足首が露出する。その細い足首に細いチェーンのアクセサリーが彩られていた。十字架のそのアクセサリーが太陽の光に反射してきらり、輝く。

 フランソワの足首を見つめながら、何故だか言葉が落ちる。私を美しいと心の底から思う男性の毒牙に当てられた。


「……姉がいたの。けれど、私たち姉妹は醜いと蔑まれてきた。姉は心を病み、自ら命を絶った」
「……」


 私はそこでフランソワの瞳を見つめる。私のなけなしの理性がフランソワを痛め付けた。あなたが私を美しいと思うのは幻想なのだ。あなたのセンスはおかしい、と暗に伝える。


「でも、あなたは美しい」
「……」


 レオナルドのようだ。自分の感性が狂っているとは微塵も思わない。


「メアリー、あなたはいま何歳?」
「……30歳くらいかしら」
「恋愛に年齢は関係ない」
「私は年下に興味がない」



 ルーヴル美術館の前に出来た近代的なピラミッド。その近くにはジャンヌ・ダルクの銅像もある。それらを見ると、建設当時の論争が脳裏によぎってしまう。私も反対派であった。そんな少しだけ気に入らないそのピラミッドを見ながら、気に入らないフランソワを見つめる。30歳なわけがない。見た目が30歳で止まってしまった老いぼれだ。そんな私に夢を見ないでちょうだい。


「僕が子供じゃなければまたデートしてくれた? あなたを幸せにしたい。メアリー、あなたを醜いという人間から守りたいんだ」
「……私、娼婦よ」


 フランソワの無垢な瞳がこじ開けられる。余裕のないフランソワの口説きに、私は最後に決め手となる事実を話した。続けて、──だからあなたが思っているような人間じゃないって言ったでしょ。と呟き、ゆっくりと微笑む。


「さようなら、坊や」


 財布から無造作にお金を出す。勿論、フランソワが飲んだカフェクレームの金額も含まれている。

 これで終わり。人との縁を切ることには慣れている。慣れているけれど悲しい。慣れているけれど苦しい。孤独の海に沈む。


「ま、待って! ……メアリー!」


 私は靴音を鳴らしながら喫茶店を出る。風に靡く顔まわりのストールを巻き直した。