予定より長くなったけど、9月中旬に退院することができた。
1ヶ月後の診察で異常がなければ学校に行けるようになる。

家に入るとケージの中でルナが吠えている。いそいで出してあげると思いっきり飛びついてきた。尻尾をブンブン振ったり、ごろんとおなかを見せてきたり、大歓迎してくれた。
「ただいま。待っててくれてありがとう」
すると今度は散歩用のリードを咥えてきた。
「夜、涼しくなったら行こうね」
『ワン!』

ルナは小さいときから、ぼくのとなりにぴったり並んでペースを合わせて歩き、絶対に引っ張ったりしなかった。ほかの子がやってるみたいに電柱に近づいていったり、なにかに気を取られたりすることなく、たまに『大丈夫?』っていう顔でぼくを見上げてきたり、『ちょっと休憩』って言ってるみたいにぼくの前でお座りをする。
それは今も変わっていない。
ぼくはもう元気に歩けるけど、やっぱり心配してくれている。ぼくがルナを守らなきゃいけないのに、逆に守ってもらってるみたいだ。


ぼくは無事学校へ行けるようになり、高校受験を終え、中学校を卒業した。
春休み中、ルナと動物病院の手前の交差点で信号待ちをしていると、ぼくたちの後ろをちょっと小柄なおじさんが通り過ぎた。するとそのおじさんは咥えていたたばこを、火が付いたまま周りも見ずにポイッと投げた。
危ない!と思った瞬間、たばこはルナの後ろ足を直撃した。驚いたルナは車道へ飛び出しそうになったけど、間一髪で抱き上げ、病院の受付で事情を話すとすぐに診てもらうことができた。
幸い、たばこの火は直接皮膚に当たらなかったらしい。怪我もなくホッとして診察室から出ると、サラリーマン風のお兄さんから声をかけられた。
さっきの出来事の一部始終を見ていて、たばこを投げたおじさんを捕まえてくれたらしい。
しかも交差点を渡ったところの交番からお巡りさんもそれを見ていて、すぐにお兄さんの応援に行ってくれたみたい。
お母さんにも来てもらい交番で話をすることにした。今回は怪我もなかったから治療費の問題もないし、訴えたりもしないことになったけど、おじさんは歩きたばこの罰金を取られ、お巡りさんにめちゃくちゃ怒られてたな。
お兄さんは仕事があるからと言って行ってしまったので、しっかりお礼ができなかったのが心残りだ。


高校生になると、普通に学校へ通い、体育の授業にも出られるようになった。
運動神経が悪くて、初めてのスポーツに悪戦苦闘してるけど...

「奏太は明日から夏休みだよな。土曜日だし、キャンプの道具を買いに行こう」
「うん!」
『ワン!』
「ははは!ルナも返事したよ。ちゃんと話聞いてるんだな」


「本当にキャンプに来られるなんて思ってなかったよ。やりたいことはいっぱいあるけど、きっとぼくにはできないんだって諦めてた」
「これからやっていけばいいじゃないか。やりたかったこと、全部ノートに書き出してごらん」
「実はさ、これ...」
ぼくはリュックの中からノートを取り出しお父さんに渡した。
「ん?未来ノート?なんだ、こんなにしっかりまとめてたのか。よし、夏休み中にすぐにでもできることからやっていこうか」
「ありがとう!」
『ワンワン!』

テントのそばには小川が流れいて、小さな魚や川底の砂がキラキラと輝いている。まわりは緑に囲まれていて涼しく、とても気持ちのいい場所だ。
「そろそろご飯の準備、始めるわね。奏太はルナと遊んであげて」
「はーい!」
ぼくたちはフリスビーで遊ぶことにした。ルナは赤いものに興味を示すからこれを選んだんだ。
「ちゃんと取ってくるんだよ。えいっ!」
赤いフリスビーを追いかけて走っていく。ルナってあんなに走るの速かったんだ。
いつもはぼくのペースで歩いているから、やっぱり物足りなかっただろうな。
しっかり咥えて持ってきたフリスビーをぼくの手に乗せる。
何回くりかえしても、尻尾をブンブン振って『もっともっと』っていってくる。
そろそろ休憩しようと思ってたら、お母さんに呼ばれた。
「もうすぐご飯できるから、手を洗ってきて」
さっきからカレーのいいにおいがしてて、おなかの虫が鳴きっぱなしだ。
あ!お父さんがアルミホイルで焼き芋焼いてる!
あの時の夢と同じだ。お父さんたちに夢で見たこと全部話したから、きっとそれを再現してくれてるんだ。
あの楽しい夢が正夢になった。

「ルナ、はいご飯どうぞ」
お母さんにハイタッチして食べ始めた。
ルナはご飯をくれる人によって違う方法で『いただきます』のあいさつをする。
お母さんにはハイタッチ。お父さんにはお手。ぼくには『ワンワン!』って2回吠える。
「カレーも焼き芋もおいしいね。ルナも焼き芋おいしい?」
『ワン!』

次の日もいっぱい遊んで2泊3日の初キャンプは終わった。

お父さんから、宿題を早く終わらせたらいいことあるぞ、って言われて、必死になって片付けている。次々とおもちゃや散歩用リードを持ってやってくるルナをかわしながら...

「宿題は進んだか?」
「うん、あと少し」
「それなら今度の週末、お礼参りに行こう」
「お礼参り?」
「手術の時に守ってくれたお守りを返して、神様にお礼をするんだよ」
ってことは、伏見稲荷大社!? 千本鳥居が見られるの!?
「やった!ありがとう!」
ん?まてよ?
「ルナは?」
「残念だけどペットホテルでお留守番」
そうだよね。伏見稲荷はペットを連れて入れないもんね...


初めての京都。観光地に行くこと自体が初めてで、とにかく人の多さに驚いた。
でも糺の森っていう場所はすごく広くて自然がいっぱいで、時間がゆっくり流れているようでとても気持ちのいいところだった。

そして1番の目的だった伏見稲荷大社。
最初に本殿でお参りをして、いよいよ千本鳥居へ。実際に来てみると本当に魅力的な場所だった。神域?っていうのかな、とにかく神聖な場所って感じがする。
早朝だから人もまばらで、すてきな家族写真が撮れた。机に飾ったポストカードと入れ替えよう。ルナの写真も一緒に入れられるフォトフレームってあるかな...

「奏太が大丈夫なら、山頂まで行ってみるか」
「うん、行きたい!」

写真を撮ったり、階段の真ん中に座っている猫をなでたりしつつのんびり登っていき、四ツ辻(よつつじ)という場所で視界が開けて京都の町を一望することができた。遠くのほうに小さく京都タワーが見える。こんな場所まで自分の足で登ってこられるなんて思ってもみなかった。

「あっ、山頂って書いてある!」
「がんばったな、奏太」
「うん、自分でもびっくりしてるよ」
涙が流れてきた。お父さんたちに見られたくなくて後ろを向いたけど、どうしても止めることができなかった。
大丈夫だよって言ってたけど、本当は手術が怖かったし、麻酔から覚めたあとは痛くて苦しくて大変だったんだ。

山頂の『上社神蹟(かみのやしろしんせき)』でお参りをして、次に行きたかった場所へ向かうことにした。

「着いたよ、薬力社(やくりきしゃ)。もし登ることができたら、ここでゆで卵を食べたかったんだ」
「ゆで卵があること、知っていたの?」
「うん。伏見稲荷のこと、少し調べてきたんだ。これはここのご神水でゆでているんだって」
「それはご利益ありそうね。買ってくるから座ってて」

おいしいゆで卵を食べて力をもらい、途中の眼力社(がんりきしゃ)でもお参りをして下山した。
納札所にお守りを納め新しく稲荷守をいただき、本殿で山頂まで行くことができたお礼をして伏見稲荷をあとにした。

初めての経験をして、楽しい思い出がたくさんできた夏休みだった。
そういえば眼力社で『願力ノート』を買ってきたんだ。別名、夢ノートって言うらしい。ぼくは未来ノートに書いたことを、この願力ノートに書き直そうと思った。もちろんキャンプのことや京都旅行のことも書いておくつもりだ。

今まではできないと諦めていた夢を少しずつ叶えて、願力ノートもだいぶ埋まってきた。ぼくは今、高校、大学を卒業し総合商社のペット用品を扱う部署で働いている。