3 昨日
12月22日。僕にとっては二回目の、12月22日。
今日は……12月24日、クリスマスイブ、里木さんの誕生日、の、はずだった。でも僕が目を覚ました時、今日は、12月22日だった。僕は、前の日、12月23日の一日後ではなく、一日前の日にいた。僕の時間は一日さかのぼっていた。
あの場所に着いた。青空台。白い塀沿いの歩道、街路樹、ハクモクレンの木の下。僕が初めて里木さんと会った場所。里木さんが、僕のことを待っていてくれた場所。
僕は里木さんを待った。わかっている。この日、里木さんは来ない。いつも通っているこの道を通らない。そのことを僕は知っている。それでも……僕は待った。寒さは感じなかった。
8時30分。やっぱり、やっぱり里木さんは来なかった。僕は大学へ向かった。最初の12月22日、僕にとっては二日前ほど落胆しなかった。二回目だから。いや、これからのことがわかっているから。
僕はこの前の12月22日に考えていたのと同じことを考えた。
昨日、というのは正常な時間の流れに沿った昨日、12月21日も、その前の日、12月20日も、里木さんは青空台に姿を見せなかった。
会いたい。里木さんに会いたい。会って、里木さんのために何かをしてあげたい。僕だけにできる何かを。
でもいつ? いつ会える? 会ってもらえる? 明日? いや。明後日、12月24日。そうだ。里木さんにとっての特別な日に。どこで? 場所はどこでもいい。もし会ってくれるなら、どこでも。そのためには……まず、里木さんと連絡を取らないと。
昨日、つまり21日も、その前の20日も、僕は里木さんにラインしようと思っていた。でもできなかった。「あのこと」があったから……「あのことに」について、どう話したらいいのか、わからなくて。でも……でも今日は。
僕はラインを開いた。
『大学来てますか? 心配してます』
すぐに返事は来ない。わかってる。返事が来るのは、昼休みだ。
一時限目。僕はほとんど授業を聞いていなかった。二回目だし。一回目も聞いてなかったけど。
階段式教室の前の方の席に髪を金髪に染めた長身の後ろ姿があった。慶野君だ。
慶野圭太。大学内では数少ない「友達」と呼べる存在。
僕が、僕にとって二回目の「12月22日」にいることを話したら、慶野君は信じてくれるだろうか? そう思った。でも今は慶野君とは話したくない。一度目の12月22日も僕は慶野君に声をかけなかった。そう、僕はまだ、慶野君のことを許していない。
午前の授業が終わった。学生がぞろぞろと教室を出ていく。慶野君も黙って僕の横の通路を通り抜けた。僕のことを無視して。
僕は学生がいなくなった教室に一人残っていた。
「テロリン」
スマホが鳴った。里木さんからの返信だ。
『体調が悪くて大学休んでました。でも、もう大丈夫です』
『それならよかったです』
ラインにそう打ってから、僕はすぐに次のメッセージを送った。弱虫の僕が、精一杯の勇気を振り絞って。二回目でもやっぱり。
『あさって、12月24日に会えませんか』
しばらくして、里木さんから返信がきた。
『ごめんなさい。その日は毎年両親と過ごすことにしてます。ですからその日は会えません。』
そう。わかっている。そうなんだ。でも。それでも。
『少しでもいいので時間取れませんか?』
しばらくして里木さんからまたラインが入る。
『お昼から両親と買い物へ行って、それからクリスマスの準備をしないといけなくて。でも、午前中なら時間が取れます。午前中じゃ、ダメですか?』
ダメなわけない。午前中だっていい。いいに決まっている。里木さんに会えるなら。
『大丈夫です。よろしくお願いします』
返信した。二回目だから悩むこともない。
『ありがとうございます』
うれしかった。わかっていたことだけど、やっぱりうれしかった。
『昨日も一昨日も、青空台にいてくれたんですか?』
続けて里木さんからラインが入った。
『はい』
『ごめんなさい。この前のことがあって、ちょっと倉田さんに会いづらくなってしまって』
この前のこと……里木さんが言っていることはすぐにわかった。「あのこと」だ。でもあの時、僕は、うれしかった。たまらなくうれしかったんだ。それなのに僕は……
『倉田さんに会うのが恥ずかしくなってしまって』
里木さんからのラインが続く。
恥ずかしがることなんてないのに……そう思った。むしろ、恥ずかしいのは僕の方だった。あの時、もっとましな対応ができたんじゃないか、そう思っていた。後悔していた。
『謝らなくちゃいけないですよね』
『謝ることなんてないですよ』
『でも、倉田さんに迷惑かけたんじゃないかと思って。余計な心配かけて』
『迷惑なんてこと、ありません』
迷惑なわけない。それに、里木さんに対する心配が、僕にとって余計なわけない。
『ありがとうございます。そう言ってもらえると』
ありがとう? 何もできなかったのに。僕は、何もしてあげられなかったのに……
会いたい。今すぐに里木さんに会いたい。そんな気持ちになった。でも……今日じゃない。今日はまだ、何の準備もできていない。あさって、12月24日、里木さんの特別な日に、僕は。
『場所は、どこにしますか』
そう。里木さんは昼には家に帰らなければならないのだから、あまり遠くじゃなくて。
『里木さんの家の近くにしましょう』
『ありがとうございます。うちの近くの駅でいいですか』
駅ならすぐにわかる。
『はい。そうしましょう』
『では、駅の改札前で。改札は一つですから。時間は、9時でいいですか? ちょっと早いですけど』
『はい、大丈夫です』
問題ない。朝ならいくら早くてもいい。
『クリスマスの準備って、料理とかですか』
訊いてみた。これも二回目だけど。
『はい』
『ケーキも自分で焼くんですか?』
『はい、母といっしょに』
そうなんだ。手作りのクッキーをもらったことがあったからそう思っていた。
『すごいですね』
『そんなことないですよ』
うれしかった。里木さんとラインでやりとりできたことが、たまらなくうれしかった。
二回目だったけど、里木さんがどんなメッセージを送ってくれるのか、わかっていたけど、それでもやっぱりうれしかった。
そう、そうだ。そして、これから僕は、里木さんへのプレゼントを買いに行くんだ。
午後の授業をパスして、僕は駅前通りの脇道の商店街にある雑貨店へ向かった。授業は一度聞いていたし。いや、聞いてなかったとしても。
その店のことは前から知っていた。中に入ったこともあった。自分用のコーヒーカップを買うために。僕には場違いなところだったけど。確かそこに、おしゃれなアクセサリーなんかもあった、ような気がした。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
僕がその店に入るとすぐに女性の店員さんが声をかけてくれた。僕にとっての一昨日と同じだ。
「プレゼントを」
「クリスマスのプレゼントですね」
この時期だから当然そう思うだろう。
「はい」
「どんな物をお考えですか?」
「ペンダントを」
僕は、僕自身がこの日ここで何を買うか、すでに知っている。
「石を一粒入れることができる、小さなカプセルのついたペンダントをください」
「でしたら……こちらはいかがでしょうか」
店員さんがペンダントを何本か持って来てくれた。その中の一本。鎖の先に、銀色の金属でできたしずくのような形の小さなカプセルが付いたペンダント。
「こちらはティアドロップのデザインになっています」
これだ。このペンダントだ。派手過ぎず、里木さんの雰囲気にピッタリだと思った。カプセルの大きさもちょうどいい。
「これを、これをお願いします」
「はい、かしこまりました……中に入れる石は、お決まりですか?」
「はい、大丈夫です」
そう、それはもう、決まっている。
僕は里木さんのショルダーバッグの取っ手についた水色のポーチを思い出した。里木さんはあの中におばあさんからもらったラピスラズリを一粒入れて持ち歩いている。このペンダントをポーチの代わりに使ってもらえればいいし、あるいはポーチと両方でもいい。里木さんのラピスラズリは一粒ではないのだから。
「では、こちらでよろしいですね」
店員さんがペンダントを持ってレジカウンターへ向かう。
待て。もう一つだ。
「あの、ブレスレッドも見せてください」
「はい?」
僕は思い出していた。いつか、里木さんが言っていたことを。
「他の人は年に二回プレゼントもらえるのに、わたしは一回、なんか、損してる気分」
そして、思いついた。僕だけにできること……プレゼントを、二つ。
「ブレスレッドも、お買い求めですか?」
「はい。ラピス、ラピスラズリのブレスレッドは、ありますか?」
「はい……こちらに」
そう。この店は宝飾品も置いていた。
店員さんがブレスレッドを持ってきてくれた。青色の、丸い玉をつなげて輪にしたブレスレッド。ラピスラズリの、ブレスレッド。あの、切れてしまったブレスレッドと同じもの。里木さんが、おばあさんからもらったと言っていたのと、同じもの。少しだけ石の粒が小さい、ような気がしたけど。
「あの、これもお願いします」
「……はい」
店員さんのちょっと不思議そうな顔。変な誤解をしているかもしれない。そう思って僕は言い訳した。
「彼女、12月24日生まれなんです。誕生日とクリスマスが、いっしょなんです」
店員さんは「まあ」という顔をした。それから、「かしこまりました」と言って微笑んでくれた。
店員さんはペンダントとブレスレッドをそれぞれ別の箱に入れてきれいに包装してくれた。そして一つにはピンクの、もう一つには緑色のリボンをつけてくれた。
二つの箱をきれいな模様の入った紙袋に入れて、それを僕に手渡しながら、店員さんが言ってくれた。
「彼女さんが、うらやましいです」
この言葉を聞くのも二回目だった。それでも、前の時と同じように、僕はてれた。
店員さんからプレゼントを受け取って、僕は雑貨店を出た。
その時。向かいの古いビルの壁にかかった看板が目に入った。
「占い 未来の窓」
占い。僕だって占える。今の僕なら、今日のことがわかる。明日のことがわかる。そう思った。でも今は占いどころじゃない。僕は、今自分がすべきことを考えた。
僕はいったんアパートの部屋に戻って里木さんへのプレゼントを置いてから、アルバイト先の「いつき庵」へ向かった。
「いつき庵」は大学通り沿いにある、小さいけれどちょっと高級な和食のお店だ。二か月ちょっと前、十月の半ばから僕はそこで働かせてもらっている。
「いつき庵」にはずいぶん助けられた。経済的にはもちろんだけど、僕の心も。大将はちょっと怖いけど、大将の奥さんの女将さん、「藤川さん」はとってもいい人で、本当の母親みたいに僕に接してくれた。
仕事は配膳や後片付け、食器洗い。僕はやっぱり、二日前と同じように働いた。仕事に集中していると、他のことを考えずにすんだ。
藤川さんに今の自分が体験していること、過去にさかのぼってしまったことを話してみようかと思ったけど、やめた。信じてもらえないだろうし、心配かけちゃいけないと思ったから。
「今日はなんか、元気ないわね」
藤川さんに言われた。やっぱり、変な心配をかけちゃいけない。
仕事が終わって、アパートの部屋に戻った僕はフローリングに布団を敷いてその上に寝転んだ。
今日のことをもう一度考えてみた。朝、起きると12月22日だった。ほんとうなら、12月24日、クリスマスイヴ、里木さんの誕生日、里木さんと会う約束の日、だったはずなのに。
昨日、というのは僕の感覚としての昨日、12月23日、僕は里木さんにラインして、12月24日のことを確認して、就寝した。ていうか、寝入ってしまった。あの日が夢、あるいは錯覚だったのか? 本当は前の日は12月21日だった? そんなことはない。そんなはずはない。
再び不安が襲ってくる。明日は、この次の日は、どうなってしまうのか。あんなことが起きたのは今日だけで、明日は23日になって、その次の日は24日になるのだろうか。それとも……
枕元に紙袋があることを確認する。今日、雑貨店で買った里木さんへのプレゼント。
思いついた。このまま、寝なければ。このまま起きていれば。
僕はスマホの画面を見た。そこに表示されている日付は「12月22日」。
枕元に置いた目覚まし時計を見た。日付はやっぱり「12/22」。
時刻は「23:31」。あと三十分待てば、日付は「12/23」、12月23日になる、はずだ。少なくとも、「昨日」ではなく、「明日に」になる。「明日」に、僕は行けるはずだ。
僕は、その時を待った。
「23:40」……「23:50」……「23:58」
目覚まし時計の時刻は進む。
いよいよだ。あと2分……あと1分……
数えながら、僕は眠りに落ちてた。
12月22日。僕にとっては二回目の、12月22日。
今日は……12月24日、クリスマスイブ、里木さんの誕生日、の、はずだった。でも僕が目を覚ました時、今日は、12月22日だった。僕は、前の日、12月23日の一日後ではなく、一日前の日にいた。僕の時間は一日さかのぼっていた。
あの場所に着いた。青空台。白い塀沿いの歩道、街路樹、ハクモクレンの木の下。僕が初めて里木さんと会った場所。里木さんが、僕のことを待っていてくれた場所。
僕は里木さんを待った。わかっている。この日、里木さんは来ない。いつも通っているこの道を通らない。そのことを僕は知っている。それでも……僕は待った。寒さは感じなかった。
8時30分。やっぱり、やっぱり里木さんは来なかった。僕は大学へ向かった。最初の12月22日、僕にとっては二日前ほど落胆しなかった。二回目だから。いや、これからのことがわかっているから。
僕はこの前の12月22日に考えていたのと同じことを考えた。
昨日、というのは正常な時間の流れに沿った昨日、12月21日も、その前の日、12月20日も、里木さんは青空台に姿を見せなかった。
会いたい。里木さんに会いたい。会って、里木さんのために何かをしてあげたい。僕だけにできる何かを。
でもいつ? いつ会える? 会ってもらえる? 明日? いや。明後日、12月24日。そうだ。里木さんにとっての特別な日に。どこで? 場所はどこでもいい。もし会ってくれるなら、どこでも。そのためには……まず、里木さんと連絡を取らないと。
昨日、つまり21日も、その前の20日も、僕は里木さんにラインしようと思っていた。でもできなかった。「あのこと」があったから……「あのことに」について、どう話したらいいのか、わからなくて。でも……でも今日は。
僕はラインを開いた。
『大学来てますか? 心配してます』
すぐに返事は来ない。わかってる。返事が来るのは、昼休みだ。
一時限目。僕はほとんど授業を聞いていなかった。二回目だし。一回目も聞いてなかったけど。
階段式教室の前の方の席に髪を金髪に染めた長身の後ろ姿があった。慶野君だ。
慶野圭太。大学内では数少ない「友達」と呼べる存在。
僕が、僕にとって二回目の「12月22日」にいることを話したら、慶野君は信じてくれるだろうか? そう思った。でも今は慶野君とは話したくない。一度目の12月22日も僕は慶野君に声をかけなかった。そう、僕はまだ、慶野君のことを許していない。
午前の授業が終わった。学生がぞろぞろと教室を出ていく。慶野君も黙って僕の横の通路を通り抜けた。僕のことを無視して。
僕は学生がいなくなった教室に一人残っていた。
「テロリン」
スマホが鳴った。里木さんからの返信だ。
『体調が悪くて大学休んでました。でも、もう大丈夫です』
『それならよかったです』
ラインにそう打ってから、僕はすぐに次のメッセージを送った。弱虫の僕が、精一杯の勇気を振り絞って。二回目でもやっぱり。
『あさって、12月24日に会えませんか』
しばらくして、里木さんから返信がきた。
『ごめんなさい。その日は毎年両親と過ごすことにしてます。ですからその日は会えません。』
そう。わかっている。そうなんだ。でも。それでも。
『少しでもいいので時間取れませんか?』
しばらくして里木さんからまたラインが入る。
『お昼から両親と買い物へ行って、それからクリスマスの準備をしないといけなくて。でも、午前中なら時間が取れます。午前中じゃ、ダメですか?』
ダメなわけない。午前中だっていい。いいに決まっている。里木さんに会えるなら。
『大丈夫です。よろしくお願いします』
返信した。二回目だから悩むこともない。
『ありがとうございます』
うれしかった。わかっていたことだけど、やっぱりうれしかった。
『昨日も一昨日も、青空台にいてくれたんですか?』
続けて里木さんからラインが入った。
『はい』
『ごめんなさい。この前のことがあって、ちょっと倉田さんに会いづらくなってしまって』
この前のこと……里木さんが言っていることはすぐにわかった。「あのこと」だ。でもあの時、僕は、うれしかった。たまらなくうれしかったんだ。それなのに僕は……
『倉田さんに会うのが恥ずかしくなってしまって』
里木さんからのラインが続く。
恥ずかしがることなんてないのに……そう思った。むしろ、恥ずかしいのは僕の方だった。あの時、もっとましな対応ができたんじゃないか、そう思っていた。後悔していた。
『謝らなくちゃいけないですよね』
『謝ることなんてないですよ』
『でも、倉田さんに迷惑かけたんじゃないかと思って。余計な心配かけて』
『迷惑なんてこと、ありません』
迷惑なわけない。それに、里木さんに対する心配が、僕にとって余計なわけない。
『ありがとうございます。そう言ってもらえると』
ありがとう? 何もできなかったのに。僕は、何もしてあげられなかったのに……
会いたい。今すぐに里木さんに会いたい。そんな気持ちになった。でも……今日じゃない。今日はまだ、何の準備もできていない。あさって、12月24日、里木さんの特別な日に、僕は。
『場所は、どこにしますか』
そう。里木さんは昼には家に帰らなければならないのだから、あまり遠くじゃなくて。
『里木さんの家の近くにしましょう』
『ありがとうございます。うちの近くの駅でいいですか』
駅ならすぐにわかる。
『はい。そうしましょう』
『では、駅の改札前で。改札は一つですから。時間は、9時でいいですか? ちょっと早いですけど』
『はい、大丈夫です』
問題ない。朝ならいくら早くてもいい。
『クリスマスの準備って、料理とかですか』
訊いてみた。これも二回目だけど。
『はい』
『ケーキも自分で焼くんですか?』
『はい、母といっしょに』
そうなんだ。手作りのクッキーをもらったことがあったからそう思っていた。
『すごいですね』
『そんなことないですよ』
うれしかった。里木さんとラインでやりとりできたことが、たまらなくうれしかった。
二回目だったけど、里木さんがどんなメッセージを送ってくれるのか、わかっていたけど、それでもやっぱりうれしかった。
そう、そうだ。そして、これから僕は、里木さんへのプレゼントを買いに行くんだ。
午後の授業をパスして、僕は駅前通りの脇道の商店街にある雑貨店へ向かった。授業は一度聞いていたし。いや、聞いてなかったとしても。
その店のことは前から知っていた。中に入ったこともあった。自分用のコーヒーカップを買うために。僕には場違いなところだったけど。確かそこに、おしゃれなアクセサリーなんかもあった、ような気がした。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
僕がその店に入るとすぐに女性の店員さんが声をかけてくれた。僕にとっての一昨日と同じだ。
「プレゼントを」
「クリスマスのプレゼントですね」
この時期だから当然そう思うだろう。
「はい」
「どんな物をお考えですか?」
「ペンダントを」
僕は、僕自身がこの日ここで何を買うか、すでに知っている。
「石を一粒入れることができる、小さなカプセルのついたペンダントをください」
「でしたら……こちらはいかがでしょうか」
店員さんがペンダントを何本か持って来てくれた。その中の一本。鎖の先に、銀色の金属でできたしずくのような形の小さなカプセルが付いたペンダント。
「こちらはティアドロップのデザインになっています」
これだ。このペンダントだ。派手過ぎず、里木さんの雰囲気にピッタリだと思った。カプセルの大きさもちょうどいい。
「これを、これをお願いします」
「はい、かしこまりました……中に入れる石は、お決まりですか?」
「はい、大丈夫です」
そう、それはもう、決まっている。
僕は里木さんのショルダーバッグの取っ手についた水色のポーチを思い出した。里木さんはあの中におばあさんからもらったラピスラズリを一粒入れて持ち歩いている。このペンダントをポーチの代わりに使ってもらえればいいし、あるいはポーチと両方でもいい。里木さんのラピスラズリは一粒ではないのだから。
「では、こちらでよろしいですね」
店員さんがペンダントを持ってレジカウンターへ向かう。
待て。もう一つだ。
「あの、ブレスレッドも見せてください」
「はい?」
僕は思い出していた。いつか、里木さんが言っていたことを。
「他の人は年に二回プレゼントもらえるのに、わたしは一回、なんか、損してる気分」
そして、思いついた。僕だけにできること……プレゼントを、二つ。
「ブレスレッドも、お買い求めですか?」
「はい。ラピス、ラピスラズリのブレスレッドは、ありますか?」
「はい……こちらに」
そう。この店は宝飾品も置いていた。
店員さんがブレスレッドを持ってきてくれた。青色の、丸い玉をつなげて輪にしたブレスレッド。ラピスラズリの、ブレスレッド。あの、切れてしまったブレスレッドと同じもの。里木さんが、おばあさんからもらったと言っていたのと、同じもの。少しだけ石の粒が小さい、ような気がしたけど。
「あの、これもお願いします」
「……はい」
店員さんのちょっと不思議そうな顔。変な誤解をしているかもしれない。そう思って僕は言い訳した。
「彼女、12月24日生まれなんです。誕生日とクリスマスが、いっしょなんです」
店員さんは「まあ」という顔をした。それから、「かしこまりました」と言って微笑んでくれた。
店員さんはペンダントとブレスレッドをそれぞれ別の箱に入れてきれいに包装してくれた。そして一つにはピンクの、もう一つには緑色のリボンをつけてくれた。
二つの箱をきれいな模様の入った紙袋に入れて、それを僕に手渡しながら、店員さんが言ってくれた。
「彼女さんが、うらやましいです」
この言葉を聞くのも二回目だった。それでも、前の時と同じように、僕はてれた。
店員さんからプレゼントを受け取って、僕は雑貨店を出た。
その時。向かいの古いビルの壁にかかった看板が目に入った。
「占い 未来の窓」
占い。僕だって占える。今の僕なら、今日のことがわかる。明日のことがわかる。そう思った。でも今は占いどころじゃない。僕は、今自分がすべきことを考えた。
僕はいったんアパートの部屋に戻って里木さんへのプレゼントを置いてから、アルバイト先の「いつき庵」へ向かった。
「いつき庵」は大学通り沿いにある、小さいけれどちょっと高級な和食のお店だ。二か月ちょっと前、十月の半ばから僕はそこで働かせてもらっている。
「いつき庵」にはずいぶん助けられた。経済的にはもちろんだけど、僕の心も。大将はちょっと怖いけど、大将の奥さんの女将さん、「藤川さん」はとってもいい人で、本当の母親みたいに僕に接してくれた。
仕事は配膳や後片付け、食器洗い。僕はやっぱり、二日前と同じように働いた。仕事に集中していると、他のことを考えずにすんだ。
藤川さんに今の自分が体験していること、過去にさかのぼってしまったことを話してみようかと思ったけど、やめた。信じてもらえないだろうし、心配かけちゃいけないと思ったから。
「今日はなんか、元気ないわね」
藤川さんに言われた。やっぱり、変な心配をかけちゃいけない。
仕事が終わって、アパートの部屋に戻った僕はフローリングに布団を敷いてその上に寝転んだ。
今日のことをもう一度考えてみた。朝、起きると12月22日だった。ほんとうなら、12月24日、クリスマスイヴ、里木さんの誕生日、里木さんと会う約束の日、だったはずなのに。
昨日、というのは僕の感覚としての昨日、12月23日、僕は里木さんにラインして、12月24日のことを確認して、就寝した。ていうか、寝入ってしまった。あの日が夢、あるいは錯覚だったのか? 本当は前の日は12月21日だった? そんなことはない。そんなはずはない。
再び不安が襲ってくる。明日は、この次の日は、どうなってしまうのか。あんなことが起きたのは今日だけで、明日は23日になって、その次の日は24日になるのだろうか。それとも……
枕元に紙袋があることを確認する。今日、雑貨店で買った里木さんへのプレゼント。
思いついた。このまま、寝なければ。このまま起きていれば。
僕はスマホの画面を見た。そこに表示されている日付は「12月22日」。
枕元に置いた目覚まし時計を見た。日付はやっぱり「12/22」。
時刻は「23:31」。あと三十分待てば、日付は「12/23」、12月23日になる、はずだ。少なくとも、「昨日」ではなく、「明日に」になる。「明日」に、僕は行けるはずだ。
僕は、その時を待った。
「23:40」……「23:50」……「23:58」
目覚まし時計の時刻は進む。
いよいよだ。あと2分……あと1分……
数えながら、僕は眠りに落ちてた。