6 今日
聖冬は、夢を見ていた。
夢の中で聖冬は、祖母と話していた。家のリビング。二人は柔らかいソファに並んで座っている。
「これは、聖冬の誕生石。幸運の石だよ」
祖母はそう言いながら、聖冬の手を取って、その手のひらにラピスラズリのブレッスレトを乗せた。
「ありがとう。おばあちゃん」
聖冬がそう言うと、祖母は聖冬の顔を見てやさしく微笑んだ。
「この石の、一粒一粒が、聖冬の一年一年を守ってくれるんだよ」
「そうなの? でも……この石、十八個しかないよ」
「おや? 十九個あったはずなんだけどね」
「ごめんなさい……落として、一つ無くしちゃったの」
祖母は黙って微笑んでいる。
「わたし、十九歳になれないの?」
祖母は、何も言わない。ただ、優しく微笑んでいる。
「おばあちゃん……もう、死んじゃったんだよね?」
祖母は黙って微笑んでいる。
「ひょっとして、わたし、おばあちゃんの所へ行くの? わたしも、死んじゃうの?」
祖母が、口を開いた。
「大丈夫だよ。あの子が、変えてくれる」
「あの子?」
「そう。あの子は、強い子だよ。あの子ならきっと、変えてくれる」
「変える? 何を、変えるの?」
祖母の姿がぼやける。
「待って! おばちゃん、待って!」
「……見ていなさい、あの子を。今はただ、じっと、見ていればいいから……」
聖冬は、左手にラピスラズリのブレスレットを握りしめたまま、祖母に手を伸ばした。祖母は、優しく微笑みながら、消えた。
ひとしきり泣いた僕は、改めて目覚まし時計を見た。デジタル表示の時刻は、「7:29」。
時刻表示の下の日付は……「12/23」。
そうだ。今日はまだ12月23日、24日の一日前だ。間に合う。今ならまだ間に合う。
僕は起き上がった。
どうしよう。どうすればいい? 僕は考えた。
明日、12月24日、朝8時45分頃、地震が起きて、里木さんは駅の階段から転落してしまう。そして里木さんは……
階段を登らなければいい。階段の下にいれば、階段から転落することはない。
僕は階段の上にいた。里木さんがどちらから来るのかわからなかったから、階段の上から住宅街の方を見ていた。僕が、僕が階段の上にいたからいけないんだ。
階段の下で里木さんを待てばいい。里木さんが来たら、いっしょに安全な場所に避難して……安全な場所? どこだ? どこなら安全か、きちんと確認して……
すぐに避難することはできるだろうか? そんな時間があるだろうか? もっと早い時間に里木に会えれば……だったら、待ち合わせの時間を早めればいい。待ち合わせ時間は9時だったから、8時30分にすれば。地震前に里木さんと会って、二人で安全な場所に避難できる。そうだ、そうしよう。
でも……そもそも約束をキャンセルして、家にいてもらった方が……いや、家にいても安全だとは限らない。僕が、僕が里木さんを守るんだ。
僕はスマホを開いた。ラインでいいだろうか……いや、会いたい。会って直接話したい。でも……まずはラインだ。
「突然ですが、今日、会えませんか」
しばらく待った。「テロリン」という音がして、ラインに里木さんからのメッセージが入った。
「明日じゃなくて、今日ですか?」
「はい。今日、会って話したいことがあります」
「ごめんなさい。今日は高校の合唱部の演奏会があって、もうじき家を出なければなりません。ですから、今日は会えません。ごめんなさい」
前後に二度謝ってくれているところから、里木さんの、本当に申し訳ない、ていう気持ちが伝わってくる。仕方ない。
「わかりました。ところで明日ですが、待ち合わせ時間、朝9時から8時30分に変更してもらえませんか」
しばらくして返事が入った。
「わかりました」
よかった。まずは、よかった。これで、二人で安全な場所に避難する時間ができる。
事情も連絡しておいた方がいいだろうか。明日の朝、大きな地震があるからって。
信じてもらえるだろうか? いや、きっと信じてもらえないだろう。信じてくれたとしても、かえって不安になるかもしれない。
そう、これでいい。
里木さんからメッセージが入った。
「それじゃ、明日8時30分、駅で。よろしくお願いします」
僕もメッセージを入れた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
それから僕は……部屋の掃除をして、ギターを弾いて過ごす、はずだった。でも、まったく手につかなかった。明日、24日のことを思い出して、いや、考えて。
思い立って、僕は電車に乗って、里木さんとの待ち合わせの駅へ行ってみた。里木さんが登ってきた、あの階段を降りて、入り口から駅前を見渡してみた。小さなロータリー、クリスマスツリー、その先の住宅街。ロータリーの周りには喫茶店やコンビニもあるけど、もし、建物が倒壊してしまったら……建物の中はかえって危ない。
ロータリーとその周りの歩道の間は低いポールで仕切られていた。歩道で、なるべく建物から離れてポールにつかまっている、それが一番安全かもしれない、そう思った。
そうだ。そうしよう。
僕は、一度アパートへ戻った。それから、考えた。
里木さんのことで頭がいっぱいだったけど、心配すべき人は他にもいる。
実家の両親は、東京からかなり離れたところにいるから大丈夫だろう。次に思ったのは……慶野君と福波さん。あの二人も、放っておけない。
僕は慶野君にラインした。
『12月24日の朝、大きな地震がある。気負付けて。福波さんにも連絡して』
すぐに返信が入った。
『イヴは彩香とデートだ。じゃまする気か?』
やっぱり……信じてもらえないか。
『信じられないだろうけど本当だ。とにかく気を付けてくれ』
返信はなかった。しかたない。自分たちで何とかしてもらおう。
それから、いつき庵に電話した。藤川さんが出た。この日も夕方からバイトに行くはずだったけど、休ませてもらった。きっと仕事も手につかないだろうと思ったから。
「明日、24日の朝は何してますか?」
藤川さんに訊いてみた。
「家にいると思うけど……どうして?」
「いえ……家では、重い物の近くにはいないでくださいね。なるべく安全な場所にいてください」
「どうしたの? 急にそんなこと言い出して」
「信じてくれないかもしれませんが、明日の朝、大きな地震が起こるんです。僕は知ってるんです」
「ちょっと、変なこと言わないでよ。大丈夫?」
やっぱり、信じてくれない。
「大将は? 仕入れですか?」
大将は毎朝、魚河岸にその日の食材を仕入れに行っている。
「明日は魚河岸が休みだから仕入れには行かないはずよ。クリスマスだからお客さん少ないだろうしね。和食だから、うちは」
「そうですか。大将にも、気を付けてって、言っておいてください」
「ええ……あなたも気を付けてね」
わかってくれただろうか……わからない。それでも。
その後、僕は駅前通りの脇の商店街にある雑貨店へ向かった。
「いらっしゃいませ」
僕がお店に入るとすぐにあの女性の店員さんが声をかけてくれた。
「昨日はありがとうございました。あの……何かありましたか?」
この前の日に僕が里木さんへのプレゼントのペンダントとブレスレッドを買ったのを覚えていてくれた。
「いえ……あの、店員さんは、明日の朝、8時45分頃は何してますか?」
「はい?」
店員さんが驚いた顔をする。
「ええと……家で出勤の準備をしてる時間ですね。イヴも出勤で……」
「そうですか。その頃、地震があるかもしれませんから、気をつけてください」
「はい……ありがとうございます」
店員さんはちょっと不思議そうな顔をした。
アパートに戻った僕は、夜を待った。
夜になった。僕はフローリングの上に布団を敷いて、その上に正座した。
枕元を確認する。ギターケースの上の目覚まし時計、スマホ、ラピスラズリが一粒入った小さなケース、そしてきれいな模様の紙袋、里木さんへのプレゼント。
目覚まし時計の時刻を見た。
「23:45」。23時45分。もうじき明日、12月24日だ。
スマホを手に取って、ラインを打つ。
「明日、よろしく」
念のため、付け加える。
「8時30分に、駅で」
「テロリン」
スマホが鳴る。ラインに里木さんからの返信。
「こちらこそ、よろしくお願いします。おやすみなさい」
僕も返信する。
「ありがとう。おやすみなさい」
目覚まし時計の時刻を見た。「23:55」。
僕はケースからラピスラズリの粒を取り出した。それを手のひらの上に乗せて、願った。
「明日、里木さんが無事でありますように。里木さんを助けることができますように。慶野君も、福波さんも、藤川さんも、大将も、雑貨店の店員さんも、みんな、無事でありますように」
ラピスラズリの粒をケースに戻した。
眠るつもりはなかった。このまま朝まで待って、なるべく早く待ち合わせの駅へ行くつもりだった。
目覚まし時計を見た。「23:59」。もうじきだ。
間もなく僕は……意識を失っていた。
「ピピピ、ピピピ、ピピピ」
目覚まし時計の電子音で、僕は目を開けた。
手を伸ばして目覚まし時計の電子音を止める。時計の表示は「6:00」
その下にある日付は……「12/22」。
そうか。そういうことか。今日は12月22日。12月24日じゃない。僕はまた一日、過去にさかのぼってしまったんだ。
昨日、僕にとっての昨日、12月23日、僕は里木さんにラインして、待ち合わせ時間を9時から8時30分に変更してもらった。8時30分に会えば、里木さんを助けることができると思った。でも、僕はそこからまた一日前にもどってしまった。これじゃ……これじゃ里木さんを助けられない。いや、助けられたのかどうか、わからない。
今日僕は……そうだ。ラインで里木さんと24日の約束をするんだ。だったら、待ち合わせ時間を最初から8時30分にすればいい。今日ならできる。そう思った。
でも……もしこのまま過去にさかのぼり続けたら、明日が23日じゃなくて21日だったら……
昨日、23日の夜、僕はラピスラズリに願った。でも僕は24日に、クリスマスイヴの日に、里木さんの誕生日に、行けなかった。
占い師さんの言葉を思い出した。
「それは、あなたの心が、未来へ向かうことを拒絶しているからです」
そうかもしれない。僕自身が、12月24日に行くことを怖がっているのかもしれない。
でも、それでも、里木さんを助けたい。助けなくちゃいけない。それなら僕は、どうすればいいんだ……
12月22日、この後僕は、青空台へ行く。でも里木さんは来ない。知っている。だめだ、行けない。このままじゃ青空台へは行けない。なら、どうする、どうすればいい?
……占い師さん。そうだ、あのお店、「占い 未来の窓」。あの占い師さんのところへ行ってみよう。そう思った。今は……今は他に、相談できる人はいない。僕は起き上がった。
聖冬は、夢を見ていた。
夢の中で聖冬は、祖母と話していた。家のリビング。二人は柔らかいソファに並んで座っている。
「これは、聖冬の誕生石。幸運の石だよ」
祖母はそう言いながら、聖冬の手を取って、その手のひらにラピスラズリのブレッスレトを乗せた。
「ありがとう。おばあちゃん」
聖冬がそう言うと、祖母は聖冬の顔を見てやさしく微笑んだ。
「この石の、一粒一粒が、聖冬の一年一年を守ってくれるんだよ」
「そうなの? でも……この石、十八個しかないよ」
「おや? 十九個あったはずなんだけどね」
「ごめんなさい……落として、一つ無くしちゃったの」
祖母は黙って微笑んでいる。
「わたし、十九歳になれないの?」
祖母は、何も言わない。ただ、優しく微笑んでいる。
「おばあちゃん……もう、死んじゃったんだよね?」
祖母は黙って微笑んでいる。
「ひょっとして、わたし、おばあちゃんの所へ行くの? わたしも、死んじゃうの?」
祖母が、口を開いた。
「大丈夫だよ。あの子が、変えてくれる」
「あの子?」
「そう。あの子は、強い子だよ。あの子ならきっと、変えてくれる」
「変える? 何を、変えるの?」
祖母の姿がぼやける。
「待って! おばちゃん、待って!」
「……見ていなさい、あの子を。今はただ、じっと、見ていればいいから……」
聖冬は、左手にラピスラズリのブレスレットを握りしめたまま、祖母に手を伸ばした。祖母は、優しく微笑みながら、消えた。
ひとしきり泣いた僕は、改めて目覚まし時計を見た。デジタル表示の時刻は、「7:29」。
時刻表示の下の日付は……「12/23」。
そうだ。今日はまだ12月23日、24日の一日前だ。間に合う。今ならまだ間に合う。
僕は起き上がった。
どうしよう。どうすればいい? 僕は考えた。
明日、12月24日、朝8時45分頃、地震が起きて、里木さんは駅の階段から転落してしまう。そして里木さんは……
階段を登らなければいい。階段の下にいれば、階段から転落することはない。
僕は階段の上にいた。里木さんがどちらから来るのかわからなかったから、階段の上から住宅街の方を見ていた。僕が、僕が階段の上にいたからいけないんだ。
階段の下で里木さんを待てばいい。里木さんが来たら、いっしょに安全な場所に避難して……安全な場所? どこだ? どこなら安全か、きちんと確認して……
すぐに避難することはできるだろうか? そんな時間があるだろうか? もっと早い時間に里木に会えれば……だったら、待ち合わせの時間を早めればいい。待ち合わせ時間は9時だったから、8時30分にすれば。地震前に里木さんと会って、二人で安全な場所に避難できる。そうだ、そうしよう。
でも……そもそも約束をキャンセルして、家にいてもらった方が……いや、家にいても安全だとは限らない。僕が、僕が里木さんを守るんだ。
僕はスマホを開いた。ラインでいいだろうか……いや、会いたい。会って直接話したい。でも……まずはラインだ。
「突然ですが、今日、会えませんか」
しばらく待った。「テロリン」という音がして、ラインに里木さんからのメッセージが入った。
「明日じゃなくて、今日ですか?」
「はい。今日、会って話したいことがあります」
「ごめんなさい。今日は高校の合唱部の演奏会があって、もうじき家を出なければなりません。ですから、今日は会えません。ごめんなさい」
前後に二度謝ってくれているところから、里木さんの、本当に申し訳ない、ていう気持ちが伝わってくる。仕方ない。
「わかりました。ところで明日ですが、待ち合わせ時間、朝9時から8時30分に変更してもらえませんか」
しばらくして返事が入った。
「わかりました」
よかった。まずは、よかった。これで、二人で安全な場所に避難する時間ができる。
事情も連絡しておいた方がいいだろうか。明日の朝、大きな地震があるからって。
信じてもらえるだろうか? いや、きっと信じてもらえないだろう。信じてくれたとしても、かえって不安になるかもしれない。
そう、これでいい。
里木さんからメッセージが入った。
「それじゃ、明日8時30分、駅で。よろしくお願いします」
僕もメッセージを入れた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
それから僕は……部屋の掃除をして、ギターを弾いて過ごす、はずだった。でも、まったく手につかなかった。明日、24日のことを思い出して、いや、考えて。
思い立って、僕は電車に乗って、里木さんとの待ち合わせの駅へ行ってみた。里木さんが登ってきた、あの階段を降りて、入り口から駅前を見渡してみた。小さなロータリー、クリスマスツリー、その先の住宅街。ロータリーの周りには喫茶店やコンビニもあるけど、もし、建物が倒壊してしまったら……建物の中はかえって危ない。
ロータリーとその周りの歩道の間は低いポールで仕切られていた。歩道で、なるべく建物から離れてポールにつかまっている、それが一番安全かもしれない、そう思った。
そうだ。そうしよう。
僕は、一度アパートへ戻った。それから、考えた。
里木さんのことで頭がいっぱいだったけど、心配すべき人は他にもいる。
実家の両親は、東京からかなり離れたところにいるから大丈夫だろう。次に思ったのは……慶野君と福波さん。あの二人も、放っておけない。
僕は慶野君にラインした。
『12月24日の朝、大きな地震がある。気負付けて。福波さんにも連絡して』
すぐに返信が入った。
『イヴは彩香とデートだ。じゃまする気か?』
やっぱり……信じてもらえないか。
『信じられないだろうけど本当だ。とにかく気を付けてくれ』
返信はなかった。しかたない。自分たちで何とかしてもらおう。
それから、いつき庵に電話した。藤川さんが出た。この日も夕方からバイトに行くはずだったけど、休ませてもらった。きっと仕事も手につかないだろうと思ったから。
「明日、24日の朝は何してますか?」
藤川さんに訊いてみた。
「家にいると思うけど……どうして?」
「いえ……家では、重い物の近くにはいないでくださいね。なるべく安全な場所にいてください」
「どうしたの? 急にそんなこと言い出して」
「信じてくれないかもしれませんが、明日の朝、大きな地震が起こるんです。僕は知ってるんです」
「ちょっと、変なこと言わないでよ。大丈夫?」
やっぱり、信じてくれない。
「大将は? 仕入れですか?」
大将は毎朝、魚河岸にその日の食材を仕入れに行っている。
「明日は魚河岸が休みだから仕入れには行かないはずよ。クリスマスだからお客さん少ないだろうしね。和食だから、うちは」
「そうですか。大将にも、気を付けてって、言っておいてください」
「ええ……あなたも気を付けてね」
わかってくれただろうか……わからない。それでも。
その後、僕は駅前通りの脇の商店街にある雑貨店へ向かった。
「いらっしゃいませ」
僕がお店に入るとすぐにあの女性の店員さんが声をかけてくれた。
「昨日はありがとうございました。あの……何かありましたか?」
この前の日に僕が里木さんへのプレゼントのペンダントとブレスレッドを買ったのを覚えていてくれた。
「いえ……あの、店員さんは、明日の朝、8時45分頃は何してますか?」
「はい?」
店員さんが驚いた顔をする。
「ええと……家で出勤の準備をしてる時間ですね。イヴも出勤で……」
「そうですか。その頃、地震があるかもしれませんから、気をつけてください」
「はい……ありがとうございます」
店員さんはちょっと不思議そうな顔をした。
アパートに戻った僕は、夜を待った。
夜になった。僕はフローリングの上に布団を敷いて、その上に正座した。
枕元を確認する。ギターケースの上の目覚まし時計、スマホ、ラピスラズリが一粒入った小さなケース、そしてきれいな模様の紙袋、里木さんへのプレゼント。
目覚まし時計の時刻を見た。
「23:45」。23時45分。もうじき明日、12月24日だ。
スマホを手に取って、ラインを打つ。
「明日、よろしく」
念のため、付け加える。
「8時30分に、駅で」
「テロリン」
スマホが鳴る。ラインに里木さんからの返信。
「こちらこそ、よろしくお願いします。おやすみなさい」
僕も返信する。
「ありがとう。おやすみなさい」
目覚まし時計の時刻を見た。「23:55」。
僕はケースからラピスラズリの粒を取り出した。それを手のひらの上に乗せて、願った。
「明日、里木さんが無事でありますように。里木さんを助けることができますように。慶野君も、福波さんも、藤川さんも、大将も、雑貨店の店員さんも、みんな、無事でありますように」
ラピスラズリの粒をケースに戻した。
眠るつもりはなかった。このまま朝まで待って、なるべく早く待ち合わせの駅へ行くつもりだった。
目覚まし時計を見た。「23:59」。もうじきだ。
間もなく僕は……意識を失っていた。
「ピピピ、ピピピ、ピピピ」
目覚まし時計の電子音で、僕は目を開けた。
手を伸ばして目覚まし時計の電子音を止める。時計の表示は「6:00」
その下にある日付は……「12/22」。
そうか。そういうことか。今日は12月22日。12月24日じゃない。僕はまた一日、過去にさかのぼってしまったんだ。
昨日、僕にとっての昨日、12月23日、僕は里木さんにラインして、待ち合わせ時間を9時から8時30分に変更してもらった。8時30分に会えば、里木さんを助けることができると思った。でも、僕はそこからまた一日前にもどってしまった。これじゃ……これじゃ里木さんを助けられない。いや、助けられたのかどうか、わからない。
今日僕は……そうだ。ラインで里木さんと24日の約束をするんだ。だったら、待ち合わせ時間を最初から8時30分にすればいい。今日ならできる。そう思った。
でも……もしこのまま過去にさかのぼり続けたら、明日が23日じゃなくて21日だったら……
昨日、23日の夜、僕はラピスラズリに願った。でも僕は24日に、クリスマスイヴの日に、里木さんの誕生日に、行けなかった。
占い師さんの言葉を思い出した。
「それは、あなたの心が、未来へ向かうことを拒絶しているからです」
そうかもしれない。僕自身が、12月24日に行くことを怖がっているのかもしれない。
でも、それでも、里木さんを助けたい。助けなくちゃいけない。それなら僕は、どうすればいいんだ……
12月22日、この後僕は、青空台へ行く。でも里木さんは来ない。知っている。だめだ、行けない。このままじゃ青空台へは行けない。なら、どうする、どうすればいい?
……占い師さん。そうだ、あのお店、「占い 未来の窓」。あの占い師さんのところへ行ってみよう。そう思った。今は……今は他に、相談できる人はいない。僕は起き上がった。