星羅ちゃんと一緒に、駅前のアイス屋さんで三段重ねのアイスを食べた。
あの日屋上で彼女と分けたのと違ってどろどろに溶けてはいなくて。炎天下のコンクリートとは違って涼しい室内で。
決まった単色じゃなく、色とりどりのアイスから悩みに悩んで好きなのを選んで。二人のアイスを並べて写真を撮ってはしゃぐ。クラスメイトとの、放課後の買い食い。
加工した写真をタグ付けしてSNSに載せて、互いにいいねを送り合う。何とも女子高生っぽい。
とりとめのないお喋りは尽きることがなくて、アイスもとっても美味しかった。けれど、意識の端には常に屋上の彼女が居て、何と無く落ち着かない。
不意に、星羅ちゃんがスマホの画面を見て眉を寄せる。どうやら灰谷先生から、帰宅を促すメッセージが届いたようだ。
先生は今日部活がないことを知っているようだった。こういう時、家族が学校に居ると誤魔化しが利かない。
「わたし、もう高校生なのに! お兄ちゃんてば過保護なんだから」
「ふふ、愛されてるんだよ」
「むう……陽茉莉ちゃん家はそういうの厳しくないの?」
「うん……うちは、放任主義だから」
「そっかぁ、うらやましいな」
「……あはは」
アイスを食べ終え今日は素直にお開きになって、わたしは駅の改札に向かう星羅ちゃんの背へと大きく手を振り見送る。
「じゃあ、今日はありがとう、急に誘ってごめんね? すっごく楽しかった!」
「こちらこそ、星羅ちゃんと放課後遊べるなんて嬉しかった! あっ、そうだ、あとで加工前の写真送るね?」
「ありがとー、わたしも送るね!」
「うん、じゃあ、また明日!」
「また明日ね~」
彼女の姿が人混みに紛れ見えなくなると、わたしはドライアイスでしっかりと保冷されたお土産を持って、そのまま放課後の学校へと駆けた。
もう日が傾いている。すっかり遅くなってしまった。彼女は待ちくたびれてはいないだろうか。
否、約束した訳ではないし、待っていたなんて一度も言われたことがないけれど。
それでも何と無く、気になったのだ。そしてなにより、彼女とも美味しいや可愛いを共有したかった。
もう部活なり帰宅なり皆が散り散りになった後の、人の少ない校舎内。いつものように忍ぶ訳でもなく、わたしはそのまま駆けた。廊下を走るなと叱られそうだったけれど、見咎める人も居なかった。
すっかり通い慣れた屋上。鍵は既に開いていた。息を整え、わたしは静かに重厚な扉を開く。
「……こんにちはー……あれ、美月さん?」
おかしい。辺りを見回しても、彼女の姿はどこにもなかった。いつも必ずここに居て「また来たの」なんて呆れたようにしながらわたしを出迎えてくれるのに。
不思議に思ったわたしは足を進め、フェンスへと近付く。そこからは、校庭や校門が見下ろせる。もしかすると、美月さんはわたしが星羅ちゃんと帰るのをここから見ていたのかもしれない。
「美月さんも帰っちゃった、のかな? でも、だとすると、やっぱり神様じゃなく人間……?」
お土産が無駄になってしまったなと、わたしは袋に入ったアイスを揺らし踵返す。ドライアイスがからりと音を立てた。
そして今来た扉を開けようとして、不意にフェンスと塔屋の隙間、以前彼女が隠れていたスペースに、蹲るように丸い形をした黒い塊が目に入った。
「っ、美月さん!?」
「……今日は、来ないかと思ったわ」
慌ててわたしが駆け寄ると、彼女はぼんやりとした様子で目を開ける。しかしどこか虚ろなその表情は、ただ眠っていた訳では無さそうだ。頬には赤みが差して、呼吸も浅い。
「具合悪いんですか!? どうしよう、どこか痛みますか?」
「……頭が、……でも、平気よ。直ぐに治るわ」
普段毅然とした態度の彼女が、双眸を閉じて呟く。もしかすると、熱中症かもしれない。今日は本当に暑かったのだ。そんな中、ずっとカーディガンを着て屋上に居るなんて。
「水分は摂りました? ずっと外に居たんですか?」
黒いカーディガンは熱を吸収する。せめて袖を捲るなりして欲しい。わたしは脱力する彼女の身体を支えながら、徐に片方の袖を捲った。
すると、今までぐったりとしていた美月さんは、まるで飛び起きたみたいびくりとして離れ、咄嗟に腕を庇うようにした。
「……っ! やめて!」
驚いて、わたしは手を止める。一瞬だけ見えた彼女の白い腕には、切り傷があった。横一直線の赤や茶色が、何本も。
けれどわたしはそれに気付かない振りをして、手元のアイスの袋を彼女へと押し付けた。急に動いた反動か、美月さんは再び具合が悪そうにしている。これは少し危険かもしれない。わたしの鞄を枕代わりに、彼女に横になって貰うことにした。
「……アイス、手とか首とかに当てて、身体を冷やしておいてください。熱中症かもしれないんで、動かないで安静に。わたし、飲み物買ってきます」
彼女の返事を待たないまま、わたしは屋上から飛び出した。一階にある自販機までの道程を、どこか現実味のなさを感じながら駆ける。
一瞬だけ見えた、美しい彼女に不釣り合いな腕の切り傷。あれは、自分でしたのだろうか。
ぐるぐる考えている内、あっという間に自販機まで辿り着いたものの、お財布を鞄の中に入れたまま飛び出して来たことを思い出し愕然とする。
「そんな……どうしよう……」
「おや、白楽さん? どうしたんですか?」
「……! 灰谷先生! いいところに! わたしにお金を貸してください!」
「……はい!?」
先生は思わず教師としての立場を忘れドン引きしたような顔をした。
追い剥ぎか物乞いかと思われた気がする。わたしはしどろもどろになりつつも、何とか状況を説明した。
「えっと、その、友達が熱中症かもしれなくて、お水買おうと思って……でもお財布忘れて……」
「……! それは大変だ……熱中症なら水よりスポーツドリンクが良いですね、場所はどこですか!?」
「え……あ」
先生の問い掛けに、僅かに躊躇う。本来屋上は、立ち入り禁止だ。叱られるのは勿論、下手をすれば、彼女の居場所を奪ってしまうかもしれない。
神様ではない、傷だらけの女の子の居場所を。
それでも、葛藤はほんの一瞬だった。わたしの中に、今弱っている彼女を助けないと言う選択肢はない。
「……屋上です!」
*******
あの日屋上で彼女と分けたのと違ってどろどろに溶けてはいなくて。炎天下のコンクリートとは違って涼しい室内で。
決まった単色じゃなく、色とりどりのアイスから悩みに悩んで好きなのを選んで。二人のアイスを並べて写真を撮ってはしゃぐ。クラスメイトとの、放課後の買い食い。
加工した写真をタグ付けしてSNSに載せて、互いにいいねを送り合う。何とも女子高生っぽい。
とりとめのないお喋りは尽きることがなくて、アイスもとっても美味しかった。けれど、意識の端には常に屋上の彼女が居て、何と無く落ち着かない。
不意に、星羅ちゃんがスマホの画面を見て眉を寄せる。どうやら灰谷先生から、帰宅を促すメッセージが届いたようだ。
先生は今日部活がないことを知っているようだった。こういう時、家族が学校に居ると誤魔化しが利かない。
「わたし、もう高校生なのに! お兄ちゃんてば過保護なんだから」
「ふふ、愛されてるんだよ」
「むう……陽茉莉ちゃん家はそういうの厳しくないの?」
「うん……うちは、放任主義だから」
「そっかぁ、うらやましいな」
「……あはは」
アイスを食べ終え今日は素直にお開きになって、わたしは駅の改札に向かう星羅ちゃんの背へと大きく手を振り見送る。
「じゃあ、今日はありがとう、急に誘ってごめんね? すっごく楽しかった!」
「こちらこそ、星羅ちゃんと放課後遊べるなんて嬉しかった! あっ、そうだ、あとで加工前の写真送るね?」
「ありがとー、わたしも送るね!」
「うん、じゃあ、また明日!」
「また明日ね~」
彼女の姿が人混みに紛れ見えなくなると、わたしはドライアイスでしっかりと保冷されたお土産を持って、そのまま放課後の学校へと駆けた。
もう日が傾いている。すっかり遅くなってしまった。彼女は待ちくたびれてはいないだろうか。
否、約束した訳ではないし、待っていたなんて一度も言われたことがないけれど。
それでも何と無く、気になったのだ。そしてなにより、彼女とも美味しいや可愛いを共有したかった。
もう部活なり帰宅なり皆が散り散りになった後の、人の少ない校舎内。いつものように忍ぶ訳でもなく、わたしはそのまま駆けた。廊下を走るなと叱られそうだったけれど、見咎める人も居なかった。
すっかり通い慣れた屋上。鍵は既に開いていた。息を整え、わたしは静かに重厚な扉を開く。
「……こんにちはー……あれ、美月さん?」
おかしい。辺りを見回しても、彼女の姿はどこにもなかった。いつも必ずここに居て「また来たの」なんて呆れたようにしながらわたしを出迎えてくれるのに。
不思議に思ったわたしは足を進め、フェンスへと近付く。そこからは、校庭や校門が見下ろせる。もしかすると、美月さんはわたしが星羅ちゃんと帰るのをここから見ていたのかもしれない。
「美月さんも帰っちゃった、のかな? でも、だとすると、やっぱり神様じゃなく人間……?」
お土産が無駄になってしまったなと、わたしは袋に入ったアイスを揺らし踵返す。ドライアイスがからりと音を立てた。
そして今来た扉を開けようとして、不意にフェンスと塔屋の隙間、以前彼女が隠れていたスペースに、蹲るように丸い形をした黒い塊が目に入った。
「っ、美月さん!?」
「……今日は、来ないかと思ったわ」
慌ててわたしが駆け寄ると、彼女はぼんやりとした様子で目を開ける。しかしどこか虚ろなその表情は、ただ眠っていた訳では無さそうだ。頬には赤みが差して、呼吸も浅い。
「具合悪いんですか!? どうしよう、どこか痛みますか?」
「……頭が、……でも、平気よ。直ぐに治るわ」
普段毅然とした態度の彼女が、双眸を閉じて呟く。もしかすると、熱中症かもしれない。今日は本当に暑かったのだ。そんな中、ずっとカーディガンを着て屋上に居るなんて。
「水分は摂りました? ずっと外に居たんですか?」
黒いカーディガンは熱を吸収する。せめて袖を捲るなりして欲しい。わたしは脱力する彼女の身体を支えながら、徐に片方の袖を捲った。
すると、今までぐったりとしていた美月さんは、まるで飛び起きたみたいびくりとして離れ、咄嗟に腕を庇うようにした。
「……っ! やめて!」
驚いて、わたしは手を止める。一瞬だけ見えた彼女の白い腕には、切り傷があった。横一直線の赤や茶色が、何本も。
けれどわたしはそれに気付かない振りをして、手元のアイスの袋を彼女へと押し付けた。急に動いた反動か、美月さんは再び具合が悪そうにしている。これは少し危険かもしれない。わたしの鞄を枕代わりに、彼女に横になって貰うことにした。
「……アイス、手とか首とかに当てて、身体を冷やしておいてください。熱中症かもしれないんで、動かないで安静に。わたし、飲み物買ってきます」
彼女の返事を待たないまま、わたしは屋上から飛び出した。一階にある自販機までの道程を、どこか現実味のなさを感じながら駆ける。
一瞬だけ見えた、美しい彼女に不釣り合いな腕の切り傷。あれは、自分でしたのだろうか。
ぐるぐる考えている内、あっという間に自販機まで辿り着いたものの、お財布を鞄の中に入れたまま飛び出して来たことを思い出し愕然とする。
「そんな……どうしよう……」
「おや、白楽さん? どうしたんですか?」
「……! 灰谷先生! いいところに! わたしにお金を貸してください!」
「……はい!?」
先生は思わず教師としての立場を忘れドン引きしたような顔をした。
追い剥ぎか物乞いかと思われた気がする。わたしはしどろもどろになりつつも、何とか状況を説明した。
「えっと、その、友達が熱中症かもしれなくて、お水買おうと思って……でもお財布忘れて……」
「……! それは大変だ……熱中症なら水よりスポーツドリンクが良いですね、場所はどこですか!?」
「え……あ」
先生の問い掛けに、僅かに躊躇う。本来屋上は、立ち入り禁止だ。叱られるのは勿論、下手をすれば、彼女の居場所を奪ってしまうかもしれない。
神様ではない、傷だらけの女の子の居場所を。
それでも、葛藤はほんの一瞬だった。わたしの中に、今弱っている彼女を助けないと言う選択肢はない。
「……屋上です!」
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