あの日出会った、屋上の神様はもう居ない。
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「ねえ、知ってる?」
それは何気無い噂話だった。
大人と子供の境界線、高校一年生の夏。新しい環境、難しい勉強、刻一刻と迫る大人へのタイムリミット。
容赦なく押し寄せる現実と、幼い頃から抱いてきた理想と空想の狭間で日々足掻き、けれど心の中でひとつひとつ静かに諦め始めるわたし達の年代は、殊更この手の話が好きだった。
「放課後の屋上には神様が居て、何でもひとつ願いを叶えてくれるんだって」
わたしもそんな、地に足のついた現実を理解しつつも、一握りの空想を諦め切れない内の一人だった。
そして、身近に理想を体現したかのような噂話を聞いたからには、その可能性を確かめてみたくなったのだ。
「なんでも!? 神様……その神様って男? 女? 会うのに条件とかある? 代償とかある!?」
「えっ……と、ごめん、そこまではちょっと。あっ、でも『神様に会うためには、誰にも見付かっちゃいけない』とは聞いたかな」
「そっかぁ……見付かっちゃいけないってことは、忍者的な移動をしないとダメかな?」
「さあ、それはどうだろう……」
思わず身を乗り出して矢継ぎ早に質問を重ねるわたしに対して、その噂話を聞かせてくれたクラスメイトの星羅ちゃんは、一瞬たじろいだ後、困ったように笑った。
彼女にとっては、お弁当を食べ終えて余った半端な昼休みの残り時間を潰すための、何気無い世間話のひとつだったようだ。それがわたしに予想外に食い付かれて、心底驚いたように視線を向けてくる。
「……陽茉莉ちゃん、こういう話好きなんだね?」
「うん! だってそういうの、面白いもん」
「そっか……確かに、身近にそういう話があると、ちょっとわくわくしちゃうよね」
わたしに合わせてくれたのか、朗らかに微笑んで頷いてくれる星羅ちゃんとは、高校に入学してからの付き合いだった。偶々出席番号が前後だったから、入学当初から何かと同じ班になることが多く、自然と話す仲になったのだ。
黒髪ボブに青縁眼鏡、膝丈スカートに化粧っ気はなく、特にクラスでも目立つ訳ではない。控え目だけど、周りに気を遣える心優しい女の子。灰谷星羅ちゃん。
わたしはどちらかと言うと勢いで後先考えず行動してしまう質なので、思慮深くフォローしてくれるサポートタイプの彼女と仲良くなれて素直に嬉しいけれど、わたし達はまだ出会って三ヶ月ちょっとなのだ、お互い知らないことの方が多かった。
そう、彼女は知らないのだ。
わたしがそんな話を聞いたら、居てもたってもいられずその日の内に見に行ってしまうような、野次馬根性の強い浅はかな女だということを。
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