半分ほど開けられた障子から吹き込む風は、まだ少し冷たい。それでも気にせず、時折隙間から庭先の桜の花弁が舞い込むのを、白い布団の上の老女は愛おしそうに眺めた。
 柔らかな薄紅が指先に触れて、今は遠い、いつかの熱を思い出す。

「大好きで、大嫌い……今なら、わかる気がします。桜を見ると、あなたとの約束を想って、笑顔になれる……けれど、あなたを思い出して、泣きそうにもなるのです……」

 老女の枕元には、ラムネの瓶がいつも置かれている。水分は噎せてしまうため封を開けることはないものの、春の日差しが差し込むと、光が柔く反射して美しかった。

 彼女は冷えた細い指で瓶に触れ、硝子の質感を確かめるように撫でる。何度か繰り返して、やがて力尽きたようにその手はぱたりと畳に落ちた。
 拍子に倒れた瓶が転がり、揺らぎ泡立つ甘露の中に、美しい桜の庭を映す。

「ああ……お嬢様。良いお天気ですね……今年は、一緒にお空でお散歩なんかも、いいかもしれません……」

 穏やかな声で呟く彼女の声は、桜を舞わせる春風の中に吸い込まれ、やがて静かに消えていった。