あの桜色の吹雪のよるから十数年経った。
あの卒業式を迎えてから上京するまで怒涛の日々だったのを鮮明に覚えている。
すぐに波音の死が知れ渡った。
死の原因がいじめによる自殺であったことで珍しく学校と教育委員会も腰を上げてくれたのはとても感謝している。
卒業式の後も、いじめの調査の為に何度か学校に集まったりしていたせいもあって本当に卒業した気にならなかった。
卒業式の時の波音のクラスだけ空席が目立った理由もすぐに分かった。あそこに座っていたのは彼女にいじめを加えていた加害者達の席だったからだ。
波音は俺以外にも遺書を3通渡していたのだ。
そのうちの一つが俺の手元にある手紙。後は、彼女の両親、そして、信頼できる親友に。
俺以外の手紙には加害者の名前が書いてあったらしかった。
すぐに波音の自殺のことは手紙を受け取った親友が加害者達への復讐としてSNSで拡散され、壮絶ないじめを行っていた加害者達の顔と住所、家族構成、通っている高校と、これから入学する大学や就職先もすぐに特定されてしまっていた。
当然、加害者達とその家族は不幸に見舞われた。
取り巻き達や親族は入学取り消しや採用取り消し。高校卒業後に結婚する予定だった奴は婚約破棄された奴、失踪した奴、極めつきは逆上した愛人に殺されたり自殺した奴もいたと姉と母さんから聞いた。
その中で1番悲惨だったのは主犯の女だったらしい。
後ろ指を刺されながらの大学生活に耐えきれず中退、なんとか結婚まで漕ぎ着けたものの、夫の母親である姑に生まれたばかりの子供を奪われた挙句、義姉夫婦の養子となったそう。
「1人の女の子を寄ってたかっていじめ殺した様な女にこの子を育てさせるわけにはいきません」と返して欲しいと土下座する主犯の女に言い放ったらしい。
子供の名前も義姉夫婦が付け、いざ会わせてもらっても「おばちゃん」と呼ばれショックで精神を病んでしまったらしい。
そのせいで夫婦仲も悪化し、今ではたった1人でゴミ屋敷住んでいて時折奇声を上げたり、意味不明な事を言って周囲を困らせているらしい。
その不幸はいずれ俺にも降りかかるだろう。
俺は、初恋の人を守れず死に追いやってしまったのだから。
けれど、今だけは許して欲しいと願ってしまう。
あの卒業式と同じ様に桜の花で満ちた季節。
今日、俺は地元の神社、荒牧神社で結婚式を挙げる。
何故そこで挙げるのかというと、一つはドラマのロケ地として使われたからだ。主人公とその想い人が最終回でこの神社で桜に囲まれながら結婚式を挙げるというシーン。
結構な高視聴率だったドラマで話題になっていたのと、恋人でこれから妻になる辻美華の推し主演俳優がここに来ていたから。
もう一つは、こんなに桜が綺麗なところで結婚を挙げてみたいという美華の願いからだった。
ドラマ開始前から美華には俺と波音のことは話してあった。なんという偶然なのか偶々そこの神社がロケ地に選ばれたという流れ。
とても人気で、尚且つ桜が咲いている時期ということもあり予約がなかなか取れなかったが、粘り強く待って予約が取れて、ようやく先を迎えられたというわけだ。
けれど、俺にはそれ以外の理由がある。やはり波音のことだ。
もう十数年経ってるのにこの初恋からまだ断ち切れていない。その証拠があの手紙だ。何度も読み直してシワと切れ目が目立ってしまった手紙を俺まだ手放せずにいる
このまま持っていてもいいかもしれない。けれど、波音はきっとそれを望まないだろう。
結婚直前になっても引きずり続ける情けない俺に彼女は呆れているのかも。
袴を着て後は先を迎えるだけの状態になっていた俺は、両親とスタッフに一声かけてからあの桜の元に向かう。
もう現実に恐怖していた高校生の頃の俺はそこにはいない。迷いを断ち切れない男が一人いるだけ。
久々に見た大きな桜は相変わらず綺麗に咲き誇っている。本当に此処が別れの場所とは思えないほど神秘的な美しさだった。
俺は桜の木に触れて、この場所で消えてしまった波音に話しかける。
「……久しぶりだな。波音。卒業して上京してさ、大学行って、好きな職業に就けて、波音以外の人を好きになって戻ってきちまった。まだ波音のこと忘れられてないのに。まだ好きなのに」
返事は当然返ってこない。
「やっぱり忘れるなんて無理だよ。一緒に大人になりたかったし、一緒に酒飲んだりしたかったし、一緒にいろんな場所に行ってみたかった。死を選んで欲しくなかった」
大人になった波音といろんなことをしたかった。もう叶えられない願いだ。
波音がいなくなった時のことを思い出して目頭が熱くなる。
持っていた封筒から手紙を取り出し、あの卒業式の日の時の様に再び目を通す。
これは呪具にも似た未練の証。手放さなければいけないのに。
「俺、今日結婚するんだ。波音以外の人と。俺には勿体無いぐらい可愛くて優しい子。なのに、俺はまだ波音のことが…」
好きだ。そう言いかけた時だった。
「ありがとう。広也。私の事をまだ愛してくれて」
背後から懐かしい声が聞こえてきた。俺は慌てて後ろを振り返るとそこにはあの頃から変わっていない制服姿の波音の姿だった。
「波音…?!」
「久しぶりだね。あと…結婚おめでとう」
あの時の様に笑う波音に俺は涙を堪えることができなかった。この桜の木の下でぶつけた言葉を彼女にぶつけてしまう。
「どうしてあの時の何も言ってくれなかったんだよ…!」
「手紙に書いてある通り。貴方に迷惑かけたくなかった。お互いに想いあってる気持ちのまま死にたかった」
「でも…こんなの酷い…!!俺はずっと波音のことが好きだったのに。一緒に大人になりたかったのに…」
「ごめんね。あの時の私には考えられなかった。今でも後悔してない。一つあるとしたら貴方の隣に居られないことかな」
波音は俺に近づきそっと抱き締めてきた。俺は波音の背中に手を回しかけるが直前のところで手が止まってしまった。美華の顔が頭を過ったからだ。
波音もそれを分かっていたのだろう。どこか切なげな笑顔を俺に見せる。
「……もう広也は高校生の時は違うのね。私のせいで縛り付けてた」
「波音…」
「私がもう一度貴方の前に現れたのは私への想いと、広也の中の私の記憶を消す為。もう、この初恋から解放させる為に。美華さんと幸せになってもらう為に」
「待って。忘れるって…。嫌だ、俺は波音のこと忘れたくない!!」
「見たでしょ?私の手紙。早く私の事を忘れて幸せになってて。その時が来たのよ」
ゆっくりと散った桜の花弁が風で舞い始める。あの桜色の吹雪が起きる前も感じた弱い風。
胸騒ぎがする。忘れたくない。波音。待ってくれ。
「これが最初で最後の貴方への不幸よ」
波音の唇が俺の唇を重なる。2度目の口付けだった。
短い口付けを終える。あの夜と同じ様な悲しげな笑顔ではなく、どこか満足げな笑顔の波音がそこにいた。
次の瞬間、再び桜色の吹雪が俺に打ち付ける。あの時よりも強い吹雪。
「あっ!!!」
手に持っていた手紙が風の勢いで手放してしまった。取り戻そうとするも、目が開けられないほどの吹雪が邪魔をする。
「さよなら」
意識が飛びかかる直前、どこか懐かしい様な少女の声を聞こえた気がした。
ずっとそばにいた気がするのに。さっき覚えていたはずなのに。
どうして。
何かが断ち切られる音がした。
あの卒業式を迎えてから上京するまで怒涛の日々だったのを鮮明に覚えている。
すぐに波音の死が知れ渡った。
死の原因がいじめによる自殺であったことで珍しく学校と教育委員会も腰を上げてくれたのはとても感謝している。
卒業式の後も、いじめの調査の為に何度か学校に集まったりしていたせいもあって本当に卒業した気にならなかった。
卒業式の時の波音のクラスだけ空席が目立った理由もすぐに分かった。あそこに座っていたのは彼女にいじめを加えていた加害者達の席だったからだ。
波音は俺以外にも遺書を3通渡していたのだ。
そのうちの一つが俺の手元にある手紙。後は、彼女の両親、そして、信頼できる親友に。
俺以外の手紙には加害者の名前が書いてあったらしかった。
すぐに波音の自殺のことは手紙を受け取った親友が加害者達への復讐としてSNSで拡散され、壮絶ないじめを行っていた加害者達の顔と住所、家族構成、通っている高校と、これから入学する大学や就職先もすぐに特定されてしまっていた。
当然、加害者達とその家族は不幸に見舞われた。
取り巻き達や親族は入学取り消しや採用取り消し。高校卒業後に結婚する予定だった奴は婚約破棄された奴、失踪した奴、極めつきは逆上した愛人に殺されたり自殺した奴もいたと姉と母さんから聞いた。
その中で1番悲惨だったのは主犯の女だったらしい。
後ろ指を刺されながらの大学生活に耐えきれず中退、なんとか結婚まで漕ぎ着けたものの、夫の母親である姑に生まれたばかりの子供を奪われた挙句、義姉夫婦の養子となったそう。
「1人の女の子を寄ってたかっていじめ殺した様な女にこの子を育てさせるわけにはいきません」と返して欲しいと土下座する主犯の女に言い放ったらしい。
子供の名前も義姉夫婦が付け、いざ会わせてもらっても「おばちゃん」と呼ばれショックで精神を病んでしまったらしい。
そのせいで夫婦仲も悪化し、今ではたった1人でゴミ屋敷住んでいて時折奇声を上げたり、意味不明な事を言って周囲を困らせているらしい。
その不幸はいずれ俺にも降りかかるだろう。
俺は、初恋の人を守れず死に追いやってしまったのだから。
けれど、今だけは許して欲しいと願ってしまう。
あの卒業式と同じ様に桜の花で満ちた季節。
今日、俺は地元の神社、荒牧神社で結婚式を挙げる。
何故そこで挙げるのかというと、一つはドラマのロケ地として使われたからだ。主人公とその想い人が最終回でこの神社で桜に囲まれながら結婚式を挙げるというシーン。
結構な高視聴率だったドラマで話題になっていたのと、恋人でこれから妻になる辻美華の推し主演俳優がここに来ていたから。
もう一つは、こんなに桜が綺麗なところで結婚を挙げてみたいという美華の願いからだった。
ドラマ開始前から美華には俺と波音のことは話してあった。なんという偶然なのか偶々そこの神社がロケ地に選ばれたという流れ。
とても人気で、尚且つ桜が咲いている時期ということもあり予約がなかなか取れなかったが、粘り強く待って予約が取れて、ようやく先を迎えられたというわけだ。
けれど、俺にはそれ以外の理由がある。やはり波音のことだ。
もう十数年経ってるのにこの初恋からまだ断ち切れていない。その証拠があの手紙だ。何度も読み直してシワと切れ目が目立ってしまった手紙を俺まだ手放せずにいる
このまま持っていてもいいかもしれない。けれど、波音はきっとそれを望まないだろう。
結婚直前になっても引きずり続ける情けない俺に彼女は呆れているのかも。
袴を着て後は先を迎えるだけの状態になっていた俺は、両親とスタッフに一声かけてからあの桜の元に向かう。
もう現実に恐怖していた高校生の頃の俺はそこにはいない。迷いを断ち切れない男が一人いるだけ。
久々に見た大きな桜は相変わらず綺麗に咲き誇っている。本当に此処が別れの場所とは思えないほど神秘的な美しさだった。
俺は桜の木に触れて、この場所で消えてしまった波音に話しかける。
「……久しぶりだな。波音。卒業して上京してさ、大学行って、好きな職業に就けて、波音以外の人を好きになって戻ってきちまった。まだ波音のこと忘れられてないのに。まだ好きなのに」
返事は当然返ってこない。
「やっぱり忘れるなんて無理だよ。一緒に大人になりたかったし、一緒に酒飲んだりしたかったし、一緒にいろんな場所に行ってみたかった。死を選んで欲しくなかった」
大人になった波音といろんなことをしたかった。もう叶えられない願いだ。
波音がいなくなった時のことを思い出して目頭が熱くなる。
持っていた封筒から手紙を取り出し、あの卒業式の日の時の様に再び目を通す。
これは呪具にも似た未練の証。手放さなければいけないのに。
「俺、今日結婚するんだ。波音以外の人と。俺には勿体無いぐらい可愛くて優しい子。なのに、俺はまだ波音のことが…」
好きだ。そう言いかけた時だった。
「ありがとう。広也。私の事をまだ愛してくれて」
背後から懐かしい声が聞こえてきた。俺は慌てて後ろを振り返るとそこにはあの頃から変わっていない制服姿の波音の姿だった。
「波音…?!」
「久しぶりだね。あと…結婚おめでとう」
あの時の様に笑う波音に俺は涙を堪えることができなかった。この桜の木の下でぶつけた言葉を彼女にぶつけてしまう。
「どうしてあの時の何も言ってくれなかったんだよ…!」
「手紙に書いてある通り。貴方に迷惑かけたくなかった。お互いに想いあってる気持ちのまま死にたかった」
「でも…こんなの酷い…!!俺はずっと波音のことが好きだったのに。一緒に大人になりたかったのに…」
「ごめんね。あの時の私には考えられなかった。今でも後悔してない。一つあるとしたら貴方の隣に居られないことかな」
波音は俺に近づきそっと抱き締めてきた。俺は波音の背中に手を回しかけるが直前のところで手が止まってしまった。美華の顔が頭を過ったからだ。
波音もそれを分かっていたのだろう。どこか切なげな笑顔を俺に見せる。
「……もう広也は高校生の時は違うのね。私のせいで縛り付けてた」
「波音…」
「私がもう一度貴方の前に現れたのは私への想いと、広也の中の私の記憶を消す為。もう、この初恋から解放させる為に。美華さんと幸せになってもらう為に」
「待って。忘れるって…。嫌だ、俺は波音のこと忘れたくない!!」
「見たでしょ?私の手紙。早く私の事を忘れて幸せになってて。その時が来たのよ」
ゆっくりと散った桜の花弁が風で舞い始める。あの桜色の吹雪が起きる前も感じた弱い風。
胸騒ぎがする。忘れたくない。波音。待ってくれ。
「これが最初で最後の貴方への不幸よ」
波音の唇が俺の唇を重なる。2度目の口付けだった。
短い口付けを終える。あの夜と同じ様な悲しげな笑顔ではなく、どこか満足げな笑顔の波音がそこにいた。
次の瞬間、再び桜色の吹雪が俺に打ち付ける。あの時よりも強い吹雪。
「あっ!!!」
手に持っていた手紙が風の勢いで手放してしまった。取り戻そうとするも、目が開けられないほどの吹雪が邪魔をする。
「さよなら」
意識が飛びかかる直前、どこか懐かしい様な少女の声を聞こえた気がした。
ずっとそばにいた気がするのに。さっき覚えていたはずなのに。
どうして。
何かが断ち切られる音がした。