* * *


 それはバレンタインのこと。


「これっ!良かったら、受け取ってください……!」


 後輩の女の子に呼び出されたと思ったら、まさかのチョコレートを差し出された。


「和泉先輩のこと、ずっと好きでした……!」


 真っ赤になりながら、一生懸命想いを伝えてくれる女の子が、俺にもいる。

 しかも結構かわいくね?マジでこんな子が俺のことを?
 素直に嬉しいけど、でも……


「ごめん、他に好きな奴がいるんだ」


 ダメなんだ、あいつじゃないと。欲しいのはずっと一人だけなんだ。
 隣にいたいのも、隣にいて欲しいのも、くるみただ一人だけなんだよ――。

 そんなくるみは、溢れるくらいにチョコが詰め込まれた九竜の下駄箱の前で突っ立っていた。
 なるべくいつも通りの声色を心がけて、声をかける。


「相変わらずすげえな、九竜のやつ」
「わっ、橙矢!いきなり話しかけてこないでよ」
「なんだよ、別にいいだろ」


 くるみはいつも通りだった。
 それどころか俺を見て失礼なこと吐かしやがる。


「言っとくけど、もらえなかったわけじゃねぇからな!俺は……」
「俺は?」
「……っ、なんでもない。それよりお前こそ、どーせ渡す相手なんていないだろ?俺がもらってやってもいいけど?」


 冗談っぽく言ったつもりだった。
 でも、くるみは焦ったように鞄を隠して……それだけでわかっちまうじゃねぇか……。


「……っ、」


 胸が締め付けられるみたいに、苦しい――。


* * *


 その夜、自室の前で何かを持ったまま立ち尽くす九竜を見かけた。


「おーい九竜、どうかしたのか?」
「和泉……なんか部屋の前にこれが置いてあって」


 多分バレンタインのチョコだろう。それも、贈り主は多分……。


「流石に寮の部屋の前まで持って来られると、ちょっと怖いなって……どうしようかと思ってた」
「名前とかないのか?」
「ない」
「じゃあさ、俺にくれよ」
「え?」


 九竜は怪訝そうに俺を見る。


「だってさー、お前大量にもらってんだろ?一個くらいくれよ!」
「いや、どれも受け取ってないけど」
「えっ?マジで?」
「こういうのは一人のしか受け取らないって決めてるから」
「……じゃあ、他の奴のは捨ててんのか?」
「いや?寮母さんにあげた」
「あっそう……」
「和泉が欲しいなら、これはあげるけど」
「おー、もらうわ」


 なるべく平静を装って、受け取った。

 ぶっちゃけムカつくとか、そういう感情は一切なかった。多分九竜も同じなんだと思った。
 好きな奴のチョコしか欲しくない。

 悔しいことには変わりないけどな。
 勝手に譲り受けたそのチョコは、ホワイトチョコのはずなのに何故か少し苦く感じた。

 それから1週間後、九竜が卒業と同時に寮を出ることを知った。
 うちの学校は中高一貫だから、高校もそのまま持ち上がりかと思っていたら、密かに受験していたらしい。

 色々と衝撃だったけど、くるみは……こんな時でも俺が気になるのはあいつのこと。

 くるみは、どうする気なんだろう?

 九竜が寮を去る卒業式の日は、ホワイトデーでもある。
 バレンタインの特設フロアは、どこもホワイトデーに変わっていた。

 俺はその中から、あるチョコレートを手に取った。