バレンタインから1週間経った日のことだった。
 九竜くんが寮から出ていくことを知ったのは。


「――九竜くんっ!」
「青葉?」
「聞いたよっ!寮から出て行くって本当!?」


 ただの噂であって欲しいと願いながら、九竜くんの返答を待った。


「本当」
「なんで!?」
「元々決めてたから。高校は地元に戻るって」


 九竜くんは地方留学でこっちに来たと、前に話していたことがある。
 事情はよく知らないけど、あまり実家に帰る様子もなかったから、てっきり高校もそのまま寮に残るんだと思ってた。

 違うの?
 もう会えなくなるの……?


「そう、なんだ……」
「うん」
「寂しいな……九竜くん、いなくなっちゃうんだ」


 ――今、笑えてる?

 泣きそうになんかなってないよね?


「私と九竜くんはアオアオコンビだったのになぁ」
「……何それ」
「青葉と蒼永でアオアオでしょー?絶対バズるコンビじゃな〜い?」


 大丈夫、いつもみたいにふざけて笑えてる。
 気持ちはバレてないはず。

 でも、本当にそれでいいの……?


「……いつまでいるの?」
「卒業式が最後。色々あって高校入学は遅れるけど、寮を出るのは卒業式」


 ってことは、あと1ヶ月もないんだ――…。

 その時、私は決めた。

 卒業式の日は、まさかの3月14日。
 ホワイトデーの日に、告白する。

 だって、このままお別れしたら絶対後悔するから。

 叶わない恋だってわかってる。
 でも、この初恋からちゃんと卒業したい。

 いっぱい泣くことになっても、笑顔で春を迎えたいの――。

 私はバレンタインの時と同じホワイトチョコを買った。
 やっぱり手作りを渡す勇気はなかった。

 それでも、私の想いは変わらない。


「九竜くんっ!」


 卒業式が終わり、寮に戻って一人部屋で荷物を整理する九竜くんに声をかける。
 部屋はものすごく片付いて物がなくて、ああ本当にここから出て行くんだって……寂しくなった。


「どうかした?」
「あの、私……っ、私は、九竜くんのことが好きです……!」


 震える手で、ホワイトチョコを差し出す。


「ずっと好きでした……っ」


 声も手も震えて、顔は真っ赤。
 逃げたいくらいに恥ずかしい、人生初の告白だ。



「……ごめん、好きな人がいるから、青葉の気持ちには応えられない」



 その返答に、思わず彼の顔を見た。
 いつもと変わらず無表情だったけど、ほんの少しだけ申し訳なさそうにしてる、ような気がした。

 何より驚いたのは、好きな人がいるとはっきり言ってくれたこと。

 今まで九竜くんは告白されて「許嫁がいるから」と断っていたらしい。
 彼女ではなく許嫁という、本当なのかわかりにくい返答に、適当にあしらわれたと感じる女子もいたのだとか。

 でも、違った。


「どうして許嫁がいるからって、言わなかったの?」
「青葉には前に話したから。知ってて言ってくれたのなら、ちゃんと答えた方がいいかと思って」
「……っ!」


 ……わかってくれたんだ、私の気持ち。

 届かなくても、ちゃんと伝わったんだ――。


「ありがとう……」
「それ、くれたの青葉だったんだね」
「えっ、覚えてたの?」
「流石に部屋の前に置いてあるのは怖かったから」
「あ、ごめん、そうだよね……」


 下駄箱や机の上がもういっぱいいっぱいだったから、部屋の前に置いたけど……冷静に考えたら名無しのチョコが部屋の前にあるの恐怖だよね……。


「寮の誰かかなとは思ったけど……」
「うん、ごめん……」
「でも、それも受け取れない。ごめん」
「……ううん、ありがとう」


 受け取ってもらえなくても、気持ちが伝わったから。
 私の気持ちにちゃんと向き合ってくれたから。

 それだけで嬉しい。


「また会おうね、九竜くん……!」


 笑ってあなたにお別れを言えて、良かった。