でも、許嫁かどうかはわからないけど、九竜くんに好きな人がいることだけは確実。


「……うん、うん。ふっ、さくらしいね」


 ある夜、私は見てしまったのだ。

 九竜くんが誰かと電話しているのを。
 見たこともない優しそうな声で、楽しそうに笑いながら通話してるのを。

 当時の私はレアショットすぎて写真に撮れば良かった!なんて後から悔しがったけど、今の私はわかってしまう。

 電話の相手は九竜くんが恋する人。
 だから全ての告白を断っていたんだ。

 つまり、私の恋は自覚したと同時に失恋が確定した。

 自分でも思うよ、なんでこんな不毛な片想いしちゃってるんだろうって。
 でも、もう好きになっちゃった。

 好きだなんて言わない。
 だからせめて、今のままの関係でいたい。

 ひっそりと想うことだけ、許してほしい。


* * *


 バレンタインデー当日。
 九竜くんの下駄箱にも机の上にも、ぎっしりとチョコが詰め込まれている。
 詰め込まれすぎて何個か床に落ちてる。


「相変わらずすげえな、九竜のやつ」
「わっ、橙矢!いきなり話しかけてこないでよ」
「なんだよ、別にいいだろ」


 そんな橙矢をじっと見て、肩ポンした。


「どんまい!」
「何がだよ!!」
「チョコなんてなくても……なんとかなるよ!」
「お前がすげえ腹立つこと考えてんのはわかった」


 流石の橙矢も天下のモテ男の前では霞むよね……。


「言っとくけど、もらえなかったわけじゃねぇからな!俺は……」
「俺は?」
「……っ、なんでもない。それよりお前こそ、どーせ渡す相手なんていないだろ?
俺がもらってやってもいいけど?」
「……っ!」


 思わずチョコレートを忍ばせたバッグを、背中に隠す。


「橙矢にあげるものなんてないからっ!」
「はあ!?」
「それに渡す相手くらい……」
「もしかして、誰かに渡すつもりなのか?」
「……」
「だっ、誰だよ!」
「うるさい!橙矢には関係ないもんっ!」


 ――橙矢のバカ!

 ほっといてよ……っ!!

 私はその場から逃げるように立ち去る。
 私の背中を切なげに、苦々しく見つめる橙矢の呟きなんて、まるで届いていなかった。


「……関係なくなんかねーよ……」


* * *


 ……本当は、用意してる。

 手作りなんて渡したら重く受け止められそうだから、市販のホワイトチョコレートを買った。
 ホワイトチョコは「純粋な気持ちを受け取って」という意味があるらしい。

 この気持ちは清廉潔白なもので、何かを望んでるわけじゃない。
 ただ、あなたが好きなだけなの。

 ――なんて、それのどこが純粋な気持ちなんだろう?笑っちゃうよね……。

 どうするか悩んだ挙句、私は九竜くんの部屋の前にチョコを置いた。
 名前は書いてない、メッセージも特にない。

 こんな名無しのチョコレート、捨てられてしまうかもしれない。
 それでもいいの。

 これは告白できない私の想いの代わりだから。
 返してくれなくてもいい。
 ただの私のエゴなんだ。


「……好きになって、ごめんね……っ」


 胸の奥に押し込むことしかできない、私の初恋。
 やめられたらいいのにって思うのに、やめられない。

 どうして想いは募っていくばかりなんだろう――……。