バスケ部が練習してる体育館の隣にある武道館は、一際大勢の女子たちが見に来ている。
みんなお目当てはたった一人。
「キャーーーー!カッコイイ〜!!」
「こっち向いて〜!!」
自分よりも大柄な相手でも、一瞬の隙を突いて竹刀を振り下ろす。
その鮮やかたるや、素人でも一目瞭然。
防具を脱いで端麗すぎる容姿が露わになると、もう金切り声のような黄色い悲鳴が轟く。
そして、私の心臓も大きく跳ね上がる。
剣道部のエース・九竜蒼永くん。
空手部にも所属し、そちらもエースとして活躍する武道の天才。
学校一の超イケメンで女子人気は断トツ。
ライバルが多くて無謀なのはわかってるけど……、私の好きな人でもある。
だけど、この恋は絶対秘密なんだ。
「九竜くん!おっつ〜!」
私は胸のときめきを無理矢理押さえ込み、いつものように明るく挨拶する。
「青葉、撮らないでね」
「ひっど!私まだ何もしてないじゃん!」
「だからする前に言ったんだよ」
「しないよ〜。一緒に撮ってくれたら鬼バズ間違いなしだし、お願いしたいとは思ってるけどね?」
「やだ」
「相変わらずつれないなぁ」
実は九竜くんは、私や橙矢と同じ寮生だったりする。
だから女子に全く興味がない、全ての告白を断りまくってるクールな王子と気安く話せてしまうというわけ。
中学で寮に入る人なんて珍しいから少ないし、食事は一緒に摂ってるから寮生同士は結構仲が良い。
去年一人転校しちゃって寂しいんだけど、残りのメンバーで楽しくやってる。
九竜くんは見ての通りの塩対応だけど、下心ある女子には見向きもしないから、私はまだマシな方。
――だから、九竜くんが好きなんて、絶対バレちゃいけないんだ。
「そういえば!今日の夕飯カレーだって!」
「ふーん」
「カレーの日ってテンション上がらない?」
「特には」
「え〜、私なんて朝からずーっと楽しみにしてたのにな〜」
「青葉って面白いよね」
「っ、」
好きってバレたら、きっと今までみたいに話してくれない。
友達って言っていいのかもわからないけど、寮生という関係性を壊したくない。
嫌われたくないの。
……だからお願い、これ以上好きにさせないで。
* * *
ちなみに恋をしたのは中3になってから。
中1から同じ寮に入ってるけど、ぶっちゃけ恋愛対象とは見てなかった。
まあその頃からめっちゃ綺麗な顔してるな〜とは思ってたけど、寮生の一人でしかなかったんだよね。
そうじゃなくなったのは、ある出来事がきっかけだった。
「くるみってちょっとウザくない?」
「わかる、動画撮ろ〜とか言って目立とうとしてるよね」
「男子にもめっちゃ構ってアピにしか見えないしさ〜」
私に対する陰口を聞いてしまったこと。
教室のドアの前で立ち尽くしてしまった。
そんなつもりじゃない、ただ私は本当に好きで動画を撮っていただけ。
一度きりの青春だから、友達との思い出を残しておきたかっただけなのに。
そんな風に思われてたなんて……。
「……っ、うっ……」
教室の前で泣いていたら、急に誰かにハンカチを差し出される。
「……え?」
「使えば」
半ば無理矢理ハンカチを押し付けると、九竜くんはすぐに立ち去ろうとした。
「あっ、待って……!」
「何?」
「あ、いや、ありがとう……」
びっくりしすぎて涙止まっちゃったよ。
「……青葉は」
「え?」
「人の嫌がることはしないから、いいと思う」
「へ……?」
それだけ言って踵を返した。
どういうことなのかはわからなかったけど、多分私のことを励ましてくれてることはわかった。
さりげなくハンカチを差し出してくれたのも、九竜くんの優しさだと思ったら――、
「……っ」
顔の熱りが止まらなくなっていた。
その日をきっかけに、私は九竜くんに恋をした。
初めての恋に戸惑うことばかり。
それからは自然と九竜くんのことを目で追ってしまうし、剣道や空手をやってる姿を見てはときめきまくってる。
毎日好きが大きくなる。
でも、この恋は叶わない。
「ねぇ、九竜くんってさ。めちゃめちゃモテるのになんで彼女作らないの?」
1年前のある日、いつも通りみんなで夕飯を食べてる時、それとなく聞いたことがある。
私以外のメンバーも同じことが気になっていたらしく、全員興味津々で九竜くんを見た。
返ってきた答えに、全員目が点になった。
「許嫁がいるから」
えっ、許嫁?
「許嫁って……つまり、婚約者ってこと?」
「そう」
「マジかよ九竜!冗談じゃねーの?」
橙矢がそう言うと、九竜くんは真顔で返した。
「冗談じゃない」
「じゃあその許嫁、見せてみろよ」
「やだ」
「なんでだよ!いいじゃねーか」
「絶対見せない」
橙矢がどんなに騒いでも、九竜くんは頑なに見せなかった。
正直この時は、絶対冗談だと思ってた。
九竜くんは冗談を言う性格じゃないけど、中学生で許嫁なんて流石にねぇ?
後で橙矢たち他の寮生と、「子どもの頃に結婚の約束したことを今も婚約してると思ってるんじゃないか?」と話し合い、意外とロマンチストな変な人、ということになった。