* * *
「それじゃあ、お世話になりました」
大きなスーツケースを持ち、九竜は寮母さんに向かって頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとう。頑張ってね」
笑顔で見送る寮母さんの隣で、くるみも笑っていた。去り行く九竜に向かって、何度も何度も手を振った。
「また会おうね、九竜くん……!」
でも、俺は気づいてる。くるみの目が少し赤いこと。
お前は笑顔で見送ったと思ってるんだろうな。でも、何があったかなんて丸わかりなんだよ。
なのにバカみてーに動画なんか撮りやがって。
「こんな時まで、ヘラヘラ動画撮ってんじゃねーよ」
「橙矢……」
痛々しく笑ってるお前なんか見たくない。本当は笑えないくせに。
つらいんだろ?だったら無理して笑うなよ。
「バカじゃねーの?泣きたいなら泣けばいいだろっ!」
「……ぅっ、うわあああああああっ」
まるで糸が切れたみたいに、くるみは大声をあげて泣きじゃくった。
そんなくるみの頭を胸元に寄せた。今の俺にできるのは、これくらいが精一杯だ。
「……俺にしろよ……」
俺だったら、お前にそんな顔させない。
離れて行ったりしないし、飽きる程隣にいてやれるのに。
わかってる、簡単には忘れられないことも。だけど、俺が忘れさせてやる。
忘れるくらい、くるみのこと愛してやれるのに――……
その時、俺は決意した。もう、幼馴染は卒業すると。
* * *
「――ほら、これでも食え」
ひとしきり泣いて落ち着いたくるみに、チョコレートを差し出す。
「これ、どうしたの?」
「ホワイトデーだから」
「私別に橙矢にあげてないけど……」
「いいんだよ」
勝手にもらったから。
「……苦っ」
「は?そんなわけないだろ。それミルクチョコだぞ」
「どこが!?めっちゃビターなんだけど!」
言われて俺も一個食べてみたら、マジで苦かった。
「なんだこれ!!ビターじゃねぇか!!」
「だから言ったじゃん!!」
まさかの間違えて買っちまったのか。しかもこれ、結構カカオ効いてるやつでマジで苦い……。
「ったくもう!ま、私のホワイトチョコと一緒に食べたらちょうどいいかもね」
「それ……いいのかよ」
「いいよ。食べなきゃもったいないでしょ?」
包装紙をビリビリ破き、箱からホワイトチョコを取り出して口に入れる。
「おっ!甘苦くていい感じ!」
「俺にもよこせ」
確かにホワイトチョコも食べたら、口の中で甘さが広がり苦味が中和されたような気がする。
「悪くねぇな」
「でしょー?」
俺たちの恋は、まだ始まってない。このビターチョコのように、まだ苦い。
でも、ホワイトチョコの甘さでとかしていけたら
「くるみ」
「何?」
「俺は、諦めないからな」
悪いけど、諦めの悪さなら誰にも負けない自信しかねぇんだ。
「は?何のこと?」
「今にわかるから覚悟しとけ」
今はまだ言わない。
今言っても混乱させるだけなことはわかってる。でも、明日からは容赦しねぇから。
ただの幼馴染は卒業する。
今度こそ、くるみにとってのたった一人の男になってやる。
お前を幸せにするのは俺だって、わからせてやるから。
「絶対見とけよ!」
「だから何の話だっつーの!」
15歳、悲しむくるみを見ていることしかできなかった。
くるみを前にすると素直になれなくて、つい口喧嘩ばっかりになって。
本当に言いたいことは一つも言えない。
でも、それも今日で終わりにする。
今度こそ「好きだ」と伝えたい。断られても構わない。
一回フラれるくらい上等だ。それでも絶対に諦めないからな。
3月14日。
中学卒業とともに、幼馴染からの卒業も誓った15歳の春。