「動物園……?」
チヒロに連れられるまま歩いて行った先に遭ったのは、営業時間を過ぎて閉園した動物園だった。
「オレの病室からずっと見えとったんやけど、一回も来たことなかったんよ」
閉ざされた門を前に、チヒロはなんだか嬉しそうだった。
「あ、すり抜けられるよ」
「え、どうやって?」
門をつかんでよじ登ろうとする仕草をするチヒロにそう言うと、そう返されてしまった。
「どうって……」
言われてみれば、どうやってたんだろう。人間とかは勝手にすり抜けてたけど、さっきの病院も一階の天井はすり抜けたのに二階の床には立ててたし、すり抜けた天井と立った床って、ほぼ同じものなのに、どうやってすり抜けるのとすり抜けないの使い分けてたんだろう。改めて聞かれると、困ってしまう。
「気合?」
チヒロは今柵をつかんでいるけど、たぶんその柵だってすり抜けられると思う。気持ちの問題なのかなぁ。幽霊に実体はないんだろうし、今チヒロが柵をつかんでいるのもつかんでるって思いこんでるだけの、パントマイムなのかもしれない。
「こういう、感じで……!」
実際にやってみせた方が早いかもしれない。
私は映画館でやったみたいに助走をつけて、柵に体当たりをする。ぶつかる瞬間目をつむってしまうのは、やっぱり怖いから仕方がない。意識したせいで出来なかったらどうしようって思ったけど、あの風の感覚がして、目を開けたときには柵の内側にいた。
「おー」
ぱちぱちと、柵の向こう側でチヒロが拍手していた。
「でも、なんか怖ぇな」
「慣れれば、案外平気だよ」
柵の中と外。チヒロは、なかなか動こうとしなかった。
「なあ、手ぇ握ってーな」
「え?」
また、チヒロが八重歯をのぞかせて笑う。
「そっちから、手ぇ引っ張ってーな」
柵の隙間から、チヒロが手を差し出してくる。
さっき握れなかった、チヒロの手。
さわると、どんな感じがするんだろう。
生きてる人間みたいに、すり抜けたりしないかな。
「いいよ」
私はチヒロの手を握り返した。
ちゃんと触れたチヒロの手は、決して温かくはないけど冷たくもなかった。なんだか、ぬるいような不思議な感じがした。
「いくよ!」
「おう!」
勢いをつけて、チヒロの手を引っ張る。
自分じゃないのに、チヒロが柵にぶつかるっていう瞬間は思わず目をつぶってしまった。勢いよく引っ張ったのに上手くすり抜けられなくて、チヒロが激突したらどうしよう。そう思ったけど、チヒロの動きが止まっておそるおそる目を開けると、柵の内側に立つチヒロが目の前にいた。
「へえ。おもろいなぁ」
私の胸に飛び込むすんでのところで立ち止まったチヒロが、楽しそうだった。
「じゃあ、行こか」
そう言って歩き始めたチヒロは、私の手を握ったままだった。
男の人と手を繋いで歩くなんて、幼稚園ぶりかもしれない。
幽霊でも顔色変わったりするのかなって、自分の顔が赤くなってないか心配になる。
なんで手を繋いだままなんだろうって不思議に思うけど、なんだか聞けなくて手を離すことが出来なかった。
「やっぱ、みんな寝とんなぁ」
パジャマ姿のチヒロが夜の動物園の中を歩いているのはなかなかシュールな光景だった。
B級ホラー映画にありそうとか、ちょっと思ってしまった。
私もだけど、チヒロも全然怖くない幽霊だった。お互いにしかお互いが見えてないだけで、自分たちがもう死んでいるだなんて信じられない。
静かな動物園の中で、時折なんだかよくわからない動物の鳴き声がする。その声の方が、よっぽど幽霊らしかった。
「隠れててよく見えないね」
「暗いしなぁ」
動物たちは木の影とかで眠っているか、大型動物は別に寝床があるみたいで檻の中はからっぽだった。起きている動物がいないか、歩きながら探してみる。
「知っとる?」
「えっ、なにが?」
手を引っ張ってもらってるとはいえ、チヒロは早足だった。気の向くままに動物園内を歩くチヒロについていくのに必死になって、話をよく聞いてなかった。
「夜行性の動物」
チヒロの問いかけに、頭に思い浮かんだ動物がそのまま口をついて出る。
「ハムスター」
小学生のころ飼いたくて、エッセイマンガを読んだり、飼ってもらえる予定もないのに飼育書を図書館で借りたりしていた。
「ハムスター! ええなぁ。ふれあい広場みたいなん、あらへんかな」
おあつらえむきに、動物園内の案内板を見つけた。
園内はとっくに消灯されていて、明かりらしい明かりもなかったけど、満月だからか、それとも幽霊だからか、意外なほどはっきりと案内板を読むことが出来た。
「あっちの方やな」
チヒロが、動物園の奥の方を指差した。
「じゃあ、行こか」
チヒロがまたそう言って、私の手を握り直してまた歩き始める。
チヒロに連れられるまま歩いて行った先に遭ったのは、営業時間を過ぎて閉園した動物園だった。
「オレの病室からずっと見えとったんやけど、一回も来たことなかったんよ」
閉ざされた門を前に、チヒロはなんだか嬉しそうだった。
「あ、すり抜けられるよ」
「え、どうやって?」
門をつかんでよじ登ろうとする仕草をするチヒロにそう言うと、そう返されてしまった。
「どうって……」
言われてみれば、どうやってたんだろう。人間とかは勝手にすり抜けてたけど、さっきの病院も一階の天井はすり抜けたのに二階の床には立ててたし、すり抜けた天井と立った床って、ほぼ同じものなのに、どうやってすり抜けるのとすり抜けないの使い分けてたんだろう。改めて聞かれると、困ってしまう。
「気合?」
チヒロは今柵をつかんでいるけど、たぶんその柵だってすり抜けられると思う。気持ちの問題なのかなぁ。幽霊に実体はないんだろうし、今チヒロが柵をつかんでいるのもつかんでるって思いこんでるだけの、パントマイムなのかもしれない。
「こういう、感じで……!」
実際にやってみせた方が早いかもしれない。
私は映画館でやったみたいに助走をつけて、柵に体当たりをする。ぶつかる瞬間目をつむってしまうのは、やっぱり怖いから仕方がない。意識したせいで出来なかったらどうしようって思ったけど、あの風の感覚がして、目を開けたときには柵の内側にいた。
「おー」
ぱちぱちと、柵の向こう側でチヒロが拍手していた。
「でも、なんか怖ぇな」
「慣れれば、案外平気だよ」
柵の中と外。チヒロは、なかなか動こうとしなかった。
「なあ、手ぇ握ってーな」
「え?」
また、チヒロが八重歯をのぞかせて笑う。
「そっちから、手ぇ引っ張ってーな」
柵の隙間から、チヒロが手を差し出してくる。
さっき握れなかった、チヒロの手。
さわると、どんな感じがするんだろう。
生きてる人間みたいに、すり抜けたりしないかな。
「いいよ」
私はチヒロの手を握り返した。
ちゃんと触れたチヒロの手は、決して温かくはないけど冷たくもなかった。なんだか、ぬるいような不思議な感じがした。
「いくよ!」
「おう!」
勢いをつけて、チヒロの手を引っ張る。
自分じゃないのに、チヒロが柵にぶつかるっていう瞬間は思わず目をつぶってしまった。勢いよく引っ張ったのに上手くすり抜けられなくて、チヒロが激突したらどうしよう。そう思ったけど、チヒロの動きが止まっておそるおそる目を開けると、柵の内側に立つチヒロが目の前にいた。
「へえ。おもろいなぁ」
私の胸に飛び込むすんでのところで立ち止まったチヒロが、楽しそうだった。
「じゃあ、行こか」
そう言って歩き始めたチヒロは、私の手を握ったままだった。
男の人と手を繋いで歩くなんて、幼稚園ぶりかもしれない。
幽霊でも顔色変わったりするのかなって、自分の顔が赤くなってないか心配になる。
なんで手を繋いだままなんだろうって不思議に思うけど、なんだか聞けなくて手を離すことが出来なかった。
「やっぱ、みんな寝とんなぁ」
パジャマ姿のチヒロが夜の動物園の中を歩いているのはなかなかシュールな光景だった。
B級ホラー映画にありそうとか、ちょっと思ってしまった。
私もだけど、チヒロも全然怖くない幽霊だった。お互いにしかお互いが見えてないだけで、自分たちがもう死んでいるだなんて信じられない。
静かな動物園の中で、時折なんだかよくわからない動物の鳴き声がする。その声の方が、よっぽど幽霊らしかった。
「隠れててよく見えないね」
「暗いしなぁ」
動物たちは木の影とかで眠っているか、大型動物は別に寝床があるみたいで檻の中はからっぽだった。起きている動物がいないか、歩きながら探してみる。
「知っとる?」
「えっ、なにが?」
手を引っ張ってもらってるとはいえ、チヒロは早足だった。気の向くままに動物園内を歩くチヒロについていくのに必死になって、話をよく聞いてなかった。
「夜行性の動物」
チヒロの問いかけに、頭に思い浮かんだ動物がそのまま口をついて出る。
「ハムスター」
小学生のころ飼いたくて、エッセイマンガを読んだり、飼ってもらえる予定もないのに飼育書を図書館で借りたりしていた。
「ハムスター! ええなぁ。ふれあい広場みたいなん、あらへんかな」
おあつらえむきに、動物園内の案内板を見つけた。
園内はとっくに消灯されていて、明かりらしい明かりもなかったけど、満月だからか、それとも幽霊だからか、意外なほどはっきりと案内板を読むことが出来た。
「あっちの方やな」
チヒロが、動物園の奥の方を指差した。
「じゃあ、行こか」
チヒロがまたそう言って、私の手を握り直してまた歩き始める。