「そうだな。和葉を困らせるのはよくないな。すまない」

「い…いえ」


本当は、足音なんて聞こえなかった。

それに乙葉は、夜は食事を済ませるとほとんど部屋から出歩かない。


近くに乙葉がいるはずもないのに、キスを拒んだ理由として和葉はとっさに嘘をついたのだった。


「やはり夜は冷えるな。そろそろ戻ろうか」

「はい」


玻玖は狐の面をつけると、和葉に寄り添って歩いていく。


その後ろ姿を廊下の陰から覗く者が――。


「…東雲様。なんてきれいなお顔をされていらっしゃるの…」


それは、胸の辺りに手を添え、愛おしそうに玻玖を見つめる乙葉だった。



「東雲様、お待ちになって〜!」


屋敷の中に響く、乙葉の高い声。


まるで親ガモを追う子ガモのように、玻玖の後ろをついてまわる乙葉。