数人しかいない車両の、端の席をそれぞれ陣取る。
せっかく修と会えてもやもやの種も解決したのに、一日の最後に見る顔が白田だと思うと、イライラするのにそちらを向いてしまう。白田もこちらを向いていた。ものすごい犯罪顔で。
「きもっっちわるっ」
「こっちの科白だ、ボケ」
はあああ、深いため息が出るのも仕方がない。白田のことは一ミリも興味が無い、というよりあまり近づきたくないくらいだ。修と話したいのに隣にいて、今日だって修に関しての用事だったのに付いてきて。
「邪魔だし」
「そっくり返す。にしても、お前よくやるよなぁ。神田には可愛い年上彼女がいるんだから、さっさと諦めろ」
璃子の高くない沸点がさっそく爆発した。
「もう! そんなの分かってんの! それで来てるんだから、ちょっとは慰めるとかしないの?」
「なに、俺のことも気になるとか? いや~イケメンつらいわ」
「アンタ三点。言っとくけど百点満点だから。顔がチャラいし頭もチャラ~い。修君とは大違い」
「あ? 俺のがイケてんだろうが」
「ほんとに目ェ付いてる? 眼科紹介してあげよっか」
一触即発の雰囲気に、次の駅で数人の乗客は全員他の車両に移っていった。
修が間にいるおかげで今後もたびたび話をするようになるが、特に何かへ発展することもなく、卒業までケンカ友だちという枠に収まることとなる。
「お墓参りがしたいわ」
ある日、ぽつりと言われた。本棚から取り出した本をテーブルに置き、顔を上げる。
誰の、とは聞かない。そういえば、コトと知り合ってから、一度も墓の話題を出されたことがなかった。なにせ、最近まで修が彼自身だったのだから。
「どの辺りにありますか?」
「ここからなら、車で五分くらい。歩きでも十五分あれば。大丈夫?」
「近いんですね。問題無いと思いますよ。天気が良ければ、歩いていきましょうか」
「まあっ」修の返事で目を細める。目尻に皺が寄る。優しい年輪だ。
「何を着ていこうかしら。着物は動きにくいから、お花のワンピースもいいわね」
杖を突き、時おり空いている片方を壁に当てながら、コトが楽しそうに自室へ向かう。タンスの中を確認するのだろう。
先日、海を見に行ったきり、外に出たいと言い出さなかったので、修としても嬉しい。だって、コトは元気だ。杖を使えば家中を歩き回れるし、咳一つしていない。年を取っているといっても、余命幾ばくも無いとは、到底思えなかった。
このままこの家で、毎日を穏やかに、たまに散歩をしてみたりして。そうしたら、医師の診断を覆して、一年、二年と何事もなく過ぎ去っていくのではないか。
「芽衣ちゃぁん」
コトが呼ぶ。すぐに芽衣が台所からやってきた。
「何? おばあちゃん」
食事の支度を中断させられても、芽衣はとびきりの笑顔でコトと話す。孫として接することが出来て、ようやく大勢の中の「お姉さん」から抜け出せたのが、堪らないらしい。
『おばあちゃんがね、「おばあちゃん」って呼んでも変な顔しないの。「なあに?」って、笑ってくれるの』
いつだったか、しみじみ言っていた彼女を思い出す。
「今度、俊彦さんのお墓参りをしようと思って。パパとママのお墓にも。着るならどちらがいい?」
途端、芽衣が瞠目し、肩を張った。柔らかな髪の毛が揺れる。
「そ、それ。そっちのワンピースがいい」
おずおず、右手で指差したのは、先ほどコトが言っていた「お花のワンピース」。コトの反応を窺う前に、芽衣はどたどた足音を立てて行ってしまった。珍しい行動に、開けられた廊下を見遣る。
「どうしたんでしょうか」
「もしかしてあの子」
ワンピースを眺め、花柄の刺繍に手を添える。すぐに、芽衣が戻ってきた。そこには、コトと色違いのワンピースがある。
「あの、あの、私もこれ、着ていいかな!」
「取っておいてくれていたのね。もちろんよ、お揃い嬉しいわぁ」
二人で自分の体にワンピースを当て、久しぶりだの、サイズはどうだの言い合う。
聞くところによると、このワンピースは、芽衣が高校生の頃にコトが買ったものらしい。一度は着てみたものの、思春期に家族と同じ服は些かハードルが高く、出かけたのはその時きりだったという。
思いがけず出番がやってきて、芽衣のワンピースも喜んでいるに違いない。
墓参りへは、来週、天気予報と相談して、風の少ない日に決まった。
せっかく修と会えてもやもやの種も解決したのに、一日の最後に見る顔が白田だと思うと、イライラするのにそちらを向いてしまう。白田もこちらを向いていた。ものすごい犯罪顔で。
「きもっっちわるっ」
「こっちの科白だ、ボケ」
はあああ、深いため息が出るのも仕方がない。白田のことは一ミリも興味が無い、というよりあまり近づきたくないくらいだ。修と話したいのに隣にいて、今日だって修に関しての用事だったのに付いてきて。
「邪魔だし」
「そっくり返す。にしても、お前よくやるよなぁ。神田には可愛い年上彼女がいるんだから、さっさと諦めろ」
璃子の高くない沸点がさっそく爆発した。
「もう! そんなの分かってんの! それで来てるんだから、ちょっとは慰めるとかしないの?」
「なに、俺のことも気になるとか? いや~イケメンつらいわ」
「アンタ三点。言っとくけど百点満点だから。顔がチャラいし頭もチャラ~い。修君とは大違い」
「あ? 俺のがイケてんだろうが」
「ほんとに目ェ付いてる? 眼科紹介してあげよっか」
一触即発の雰囲気に、次の駅で数人の乗客は全員他の車両に移っていった。
修が間にいるおかげで今後もたびたび話をするようになるが、特に何かへ発展することもなく、卒業までケンカ友だちという枠に収まることとなる。
「お墓参りがしたいわ」
ある日、ぽつりと言われた。本棚から取り出した本をテーブルに置き、顔を上げる。
誰の、とは聞かない。そういえば、コトと知り合ってから、一度も墓の話題を出されたことがなかった。なにせ、最近まで修が彼自身だったのだから。
「どの辺りにありますか?」
「ここからなら、車で五分くらい。歩きでも十五分あれば。大丈夫?」
「近いんですね。問題無いと思いますよ。天気が良ければ、歩いていきましょうか」
「まあっ」修の返事で目を細める。目尻に皺が寄る。優しい年輪だ。
「何を着ていこうかしら。着物は動きにくいから、お花のワンピースもいいわね」
杖を突き、時おり空いている片方を壁に当てながら、コトが楽しそうに自室へ向かう。タンスの中を確認するのだろう。
先日、海を見に行ったきり、外に出たいと言い出さなかったので、修としても嬉しい。だって、コトは元気だ。杖を使えば家中を歩き回れるし、咳一つしていない。年を取っているといっても、余命幾ばくも無いとは、到底思えなかった。
このままこの家で、毎日を穏やかに、たまに散歩をしてみたりして。そうしたら、医師の診断を覆して、一年、二年と何事もなく過ぎ去っていくのではないか。
「芽衣ちゃぁん」
コトが呼ぶ。すぐに芽衣が台所からやってきた。
「何? おばあちゃん」
食事の支度を中断させられても、芽衣はとびきりの笑顔でコトと話す。孫として接することが出来て、ようやく大勢の中の「お姉さん」から抜け出せたのが、堪らないらしい。
『おばあちゃんがね、「おばあちゃん」って呼んでも変な顔しないの。「なあに?」って、笑ってくれるの』
いつだったか、しみじみ言っていた彼女を思い出す。
「今度、俊彦さんのお墓参りをしようと思って。パパとママのお墓にも。着るならどちらがいい?」
途端、芽衣が瞠目し、肩を張った。柔らかな髪の毛が揺れる。
「そ、それ。そっちのワンピースがいい」
おずおず、右手で指差したのは、先ほどコトが言っていた「お花のワンピース」。コトの反応を窺う前に、芽衣はどたどた足音を立てて行ってしまった。珍しい行動に、開けられた廊下を見遣る。
「どうしたんでしょうか」
「もしかしてあの子」
ワンピースを眺め、花柄の刺繍に手を添える。すぐに、芽衣が戻ってきた。そこには、コトと色違いのワンピースがある。
「あの、あの、私もこれ、着ていいかな!」
「取っておいてくれていたのね。もちろんよ、お揃い嬉しいわぁ」
二人で自分の体にワンピースを当て、久しぶりだの、サイズはどうだの言い合う。
聞くところによると、このワンピースは、芽衣が高校生の頃にコトが買ったものらしい。一度は着てみたものの、思春期に家族と同じ服は些かハードルが高く、出かけたのはその時きりだったという。
思いがけず出番がやってきて、芽衣のワンピースも喜んでいるに違いない。
墓参りへは、来週、天気予報と相談して、風の少ない日に決まった。