芽衣はアルバイトを辞めた。しばらく働かなくてもいい分は稼いでいたし、何よりコトとの時間を大切にしたかった。ヘルパーに頼ることも止めれば、余計な出費も無くなりコトの年金が減らないため生活に余裕さえ出た。
車椅子をレンタルし、体調が良い日は三人揃って散歩に出た。公園にも行った。コトとデートしたり、璃子を慰めた、あの公園だ。
バイトもある修は毎日とはいかなかったものの、夏休みの今、バイト以外の全てをコトや芽衣と過ごしている。コトに本を読んだり、コトと一緒になってあれこれ芽衣に本を薦めた。
「コトさん。この前新しい作家にもチャレンジしようと思って、友だちが好きだって言ってた本読んでみたんですよ」
「まあ、修さんといるといつでも刺激になっていいわ」
「修君も新しい本読むんだねぇ」
鞄から取り出すや否や興味津々な芽衣を見て、いかに修が普段古いものばかり好んでいると思われていることを痛感する。薦められた本は読み始めればあっという間で、最近出た他の本にも挑戦したい気になった。
「恋愛主体の小説は久しぶりに読みました」
「修さんは芽衣ちゃんといるから、わざわざそういう話を読まなくても体験してるものね」
「おばあちゃんっ」
修について何も説明はしていないものの、ここへやってくるのは修だけなので、薄々感づいているに違いない。何かに付けて面白がってからかうコトだったが、余裕が無くては冗談は言えないのだから、祝福してくれているということだ。
「最近発売した本だと図書館にはありませんから、本屋へ散歩に行くのもいいかもしれません」
「それは良い提案だわ」
最近のコトは、以前よりずっと行動的だ。目がよく見えなくとも、新しいものを取り入れようと情報収集を欠かさない。修は、コトの目となるべく、さっそく近所の本屋をピックアップした。
夏休み明け、大学へ行きさっそく白田へ本のことを伝える。細い眉を器用に片方だけ動かし、喜々として修の腕をばんばん叩いた。
「神田ァー、やっと読んだのか。遅ぇよ」
「悪い。結構面白かったよ。女の子が素朴で可愛かった」
「だろう? あのさ、他にも薦めていい? 読まないと思ってたから言わなかったけど、貸したいやついっぱいあんの!」
瞳を輝かせた白田がコトに初めて会った時の修とまるで同じで、自分もこうだったのかと思う一方、好きなものを共有出来る嬉しさを知っているので、今まで目を向けなかったことに手を伸ばして良かったと心から思う。これだけ喜んでもらえるのなら、もっと早くに読んでおけばもっと共有出来たのに。
「にしても、こてこての恋愛モノ読んでくれるとはね。彼女でも出来たのか?」
「彼、女? ああ、まあ、そんな感じの人なら」
軽い冗談のつもりだった白田が身を乗り出す。顔色も心なしか青くなったようだ。
「まさか宮野璃子!?」
「何でそこで璃子なんだ」
「だって、あいつ夏休み入るちょっと前あからさまに機嫌悪かったのにさ、今はテンション高くて修にもいつも以上に笑顔だし」
白田の発言に大きく頷く。確かに、璃子は無駄な媚びが無くなり、自然な笑顔が増えた。そのおかげで、女の友人も前より多くなった。
中途半端なまま別れたことを反省し謝罪した月曜日、璃子は「もう平気」と一言漏らしただけで、次からは以前にも増した明るさで接してくれている。修もいくら困らされたとはいえ璃子と友人関係を止めるつもりはなかったので、気持ちを消化してくれたことは有り難いと感謝した。
璃子のことを考えていたら、遠くの席にいる彼女と目が合った。見ていたことを誤魔化すために手を振れば、同じように返ってくる。はにかむ璃子は可愛らしい。璃子は修にとって大切な友人で、璃子にもこの先一直線に伸びる光があってほしいと願った。
「なんかさ、お前、手馴れてきた」
「その言い方おかしくない?」
「いーや、変わった。絶対変わった。なんか先越された気分。今度、絶対彼女会わせろよ」
「えー」ぐいぐい詰め寄られて、反射で拒否の言葉が出る。芽衣を紹介するのはいい。自慢の人だ。どうせなら、みんなに紹介したいくらい、自分にはもったいない人だ。
同時に、そっと内緒に、秘密の関係でいたくもあった。誰かが、たとえば白田が彼女の魅力を知ってしまったら。まだ、修には繋ぎ止めておく自信が持てなかった。
「別に、遠くから見る、とかなら」
「もったいぶってんじゃねえよぉ!」
先ほどより強く叩かれた。普通に痛い。
「何々、楽しそうなんだけど!」
「璃子!」
「げえっ宮野璃子っ」
あまりに五月蠅くし過ぎたらしい。璃子が後ろに立って、話題に入ってきた。白田のあからさまな反応に璃子も舌を出して反撃する。修はため息を吐いた。
「白田が、その、璃子が前会った人に会いたがってて」
「遠藤桃子!?」
「え? あ、そうそう。桃子さん」
そういえば、つい最近までそんな名前だった。璃子は本名を知らない。これ以上こじれるのは面倒なので、桃子で通すことにした。
「私も会いたい!」
「え……璃子も?」
会いたいと言われるとは思っていなかった。真剣な表情に、変な気持ちは込められていないことを確認する。
「その、あのね、一言、謝りたいなって思って」
「ああ、なるほど」
確かに、謝ったのは修に対してだけで、芽衣と会ったのはあの時限りだ。反省はいくらでもしただろうから、謝りたいという意志を尊重してもいいのかもしれない。
「宮野、神田の彼女にもちょっかい出してたのか! やっぱりお前、嫌な奴」
「面と向かって女子にそんなこと言う人、こっちから願い下げ~。修君とは大違いね」
「ンだとコラ、あ?」
「ほら! そういうとこ!」
相性は悪そうだが、白田と璃子は傍から見ていると良いコンビにも見える。これをきっかけに、少しは話をする仲になってくれるといい。
ところで、こちらが了承しないまま二人で話が進み、芽衣と会わせることになってしまった。困った。修はともかく、芽衣が璃子と会ってもいいか分からないのに。やはり、強引な二人はどこか似ている。
車椅子をレンタルし、体調が良い日は三人揃って散歩に出た。公園にも行った。コトとデートしたり、璃子を慰めた、あの公園だ。
バイトもある修は毎日とはいかなかったものの、夏休みの今、バイト以外の全てをコトや芽衣と過ごしている。コトに本を読んだり、コトと一緒になってあれこれ芽衣に本を薦めた。
「コトさん。この前新しい作家にもチャレンジしようと思って、友だちが好きだって言ってた本読んでみたんですよ」
「まあ、修さんといるといつでも刺激になっていいわ」
「修君も新しい本読むんだねぇ」
鞄から取り出すや否や興味津々な芽衣を見て、いかに修が普段古いものばかり好んでいると思われていることを痛感する。薦められた本は読み始めればあっという間で、最近出た他の本にも挑戦したい気になった。
「恋愛主体の小説は久しぶりに読みました」
「修さんは芽衣ちゃんといるから、わざわざそういう話を読まなくても体験してるものね」
「おばあちゃんっ」
修について何も説明はしていないものの、ここへやってくるのは修だけなので、薄々感づいているに違いない。何かに付けて面白がってからかうコトだったが、余裕が無くては冗談は言えないのだから、祝福してくれているということだ。
「最近発売した本だと図書館にはありませんから、本屋へ散歩に行くのもいいかもしれません」
「それは良い提案だわ」
最近のコトは、以前よりずっと行動的だ。目がよく見えなくとも、新しいものを取り入れようと情報収集を欠かさない。修は、コトの目となるべく、さっそく近所の本屋をピックアップした。
夏休み明け、大学へ行きさっそく白田へ本のことを伝える。細い眉を器用に片方だけ動かし、喜々として修の腕をばんばん叩いた。
「神田ァー、やっと読んだのか。遅ぇよ」
「悪い。結構面白かったよ。女の子が素朴で可愛かった」
「だろう? あのさ、他にも薦めていい? 読まないと思ってたから言わなかったけど、貸したいやついっぱいあんの!」
瞳を輝かせた白田がコトに初めて会った時の修とまるで同じで、自分もこうだったのかと思う一方、好きなものを共有出来る嬉しさを知っているので、今まで目を向けなかったことに手を伸ばして良かったと心から思う。これだけ喜んでもらえるのなら、もっと早くに読んでおけばもっと共有出来たのに。
「にしても、こてこての恋愛モノ読んでくれるとはね。彼女でも出来たのか?」
「彼、女? ああ、まあ、そんな感じの人なら」
軽い冗談のつもりだった白田が身を乗り出す。顔色も心なしか青くなったようだ。
「まさか宮野璃子!?」
「何でそこで璃子なんだ」
「だって、あいつ夏休み入るちょっと前あからさまに機嫌悪かったのにさ、今はテンション高くて修にもいつも以上に笑顔だし」
白田の発言に大きく頷く。確かに、璃子は無駄な媚びが無くなり、自然な笑顔が増えた。そのおかげで、女の友人も前より多くなった。
中途半端なまま別れたことを反省し謝罪した月曜日、璃子は「もう平気」と一言漏らしただけで、次からは以前にも増した明るさで接してくれている。修もいくら困らされたとはいえ璃子と友人関係を止めるつもりはなかったので、気持ちを消化してくれたことは有り難いと感謝した。
璃子のことを考えていたら、遠くの席にいる彼女と目が合った。見ていたことを誤魔化すために手を振れば、同じように返ってくる。はにかむ璃子は可愛らしい。璃子は修にとって大切な友人で、璃子にもこの先一直線に伸びる光があってほしいと願った。
「なんかさ、お前、手馴れてきた」
「その言い方おかしくない?」
「いーや、変わった。絶対変わった。なんか先越された気分。今度、絶対彼女会わせろよ」
「えー」ぐいぐい詰め寄られて、反射で拒否の言葉が出る。芽衣を紹介するのはいい。自慢の人だ。どうせなら、みんなに紹介したいくらい、自分にはもったいない人だ。
同時に、そっと内緒に、秘密の関係でいたくもあった。誰かが、たとえば白田が彼女の魅力を知ってしまったら。まだ、修には繋ぎ止めておく自信が持てなかった。
「別に、遠くから見る、とかなら」
「もったいぶってんじゃねえよぉ!」
先ほどより強く叩かれた。普通に痛い。
「何々、楽しそうなんだけど!」
「璃子!」
「げえっ宮野璃子っ」
あまりに五月蠅くし過ぎたらしい。璃子が後ろに立って、話題に入ってきた。白田のあからさまな反応に璃子も舌を出して反撃する。修はため息を吐いた。
「白田が、その、璃子が前会った人に会いたがってて」
「遠藤桃子!?」
「え? あ、そうそう。桃子さん」
そういえば、つい最近までそんな名前だった。璃子は本名を知らない。これ以上こじれるのは面倒なので、桃子で通すことにした。
「私も会いたい!」
「え……璃子も?」
会いたいと言われるとは思っていなかった。真剣な表情に、変な気持ちは込められていないことを確認する。
「その、あのね、一言、謝りたいなって思って」
「ああ、なるほど」
確かに、謝ったのは修に対してだけで、芽衣と会ったのはあの時限りだ。反省はいくらでもしただろうから、謝りたいという意志を尊重してもいいのかもしれない。
「宮野、神田の彼女にもちょっかい出してたのか! やっぱりお前、嫌な奴」
「面と向かって女子にそんなこと言う人、こっちから願い下げ~。修君とは大違いね」
「ンだとコラ、あ?」
「ほら! そういうとこ!」
相性は悪そうだが、白田と璃子は傍から見ていると良いコンビにも見える。これをきっかけに、少しは話をする仲になってくれるといい。
ところで、こちらが了承しないまま二人で話が進み、芽衣と会わせることになってしまった。困った。修はともかく、芽衣が璃子と会ってもいいか分からないのに。やはり、強引な二人はどこか似ている。