「お弁当、有難う御座います」
「いいえー、おそまつさま」
弁当を洗って返すあたり真面目さが窺える。弁当を作る約束をし、何度目か数えた頃から、週に三度は弁当を渡すようになった。
桃子の出勤時間と修の家を出る時間が合ったことがきっかけだが、さすがに待ち合わせがコトの家とはいかないので、たいてい駅で待ち合わせ、返す時は修が桃子の家に届けに行った。
結果的に桃子の家を知ることになり、修は思いがけない収穫に気持ちが昂る。
気付いた気持ちに戸惑いながらも、開き直ってしまえば楽しめた。理由はどうあれ、手作り弁当をもらい桃子の部屋へ返しに行く。彼氏と彼女のそれに思えてこそばゆい。
「かつ、美味しかったです」
「育ち盛りだもんね」
「もうそんな年じゃないですよ。いちおう成人してます」
「成人してるって考えると、そんなに年離れてないように思えちゃうね」
笑う桃子を見て、そうであればいいと思う。五歳、社会人になったら気にならないかもしれない微妙な年齢差は、やはり修を足踏みさせた。
学生と社会人では暮らし方の基準がまるで違う。起きる時間も行く場所も、働いて得る金も違うだろう。
何が彼女より勝った暮らしが出来ているか考えると、どうにも自分より相応しい男がいると思えてしまう。彼女を幸せにするのは自分ではないと落ち込むのだ。
それでも諦めきれないのは、桃子が優しくしてくれるからで、この特別な出来事を含みを持って捉えてしまうからだった。ただの仕事先にいる学生に弁当を作るだろうか。少なくとも種類はどうあれ、好意がないと出来ないことである。修だったら嫌いな相手に尽くすことはしない。そう思うと、もしかしたら桃子も同じ気持ちではないかと、妄想めいた結論を頭が導き出して、毎日部屋で一人あれこれ明るい明日を想像した。
「次は明後日かな。時間はいつも通りでいい?」
「はい、お願いします」
翌日、教室に入ると璃子が抱き着く勢いで飛び込んできた。思わずバランスを崩しながら肩に手を置いて、抱きしめる事態を防ぐ。教室内にはクラスメイトがいるのだから、いらない噂は立てたくないし璃子も同じだろうと考えたのだ。
璃子は頬を膨らませて面白くない顔をしたが、すぐに距離を取って満面の笑みを張り付ける。
「ね、今日暇? 夜に家行ってもいい?」
面を食らった。同性ならまだしも、夜に異性の友人を一人きりで家に呼ぶことなど考えたこともなかった。事情があって部屋に来るのならば仕方ないが、家に来ることが目的の場合はあまり声に出して言えることではない。自分の考えが古いと思っても、考えを変える気は無かった。
「時間はあるけど、夜はちょっとな。夜遅くなったら女の子は危険だから、明日の午前中ならいいけど」
「あ、そうだよね。危ないよね」
修は純朴な女が良いことは分かっていた。少々焦りが前に出てしまい、仕切り直しをする。修が代替案を提示したことに喜びながら一にも二にも頷いた。
約束はこぎつけた。あとはこれまでの経験を生かして、修をいかに取り込むかだ。今までは、見目を努力で最大限に引き延ばして、それを武器にお願いごとをしてみればたいてい叶った。今回はそう上手くはいかないことは予想済なので、なるべくおしとやかに事を進めようとにやつく頬を叱咤する。
「用事があるんだっけ。今日じゃなくても平気なのか?」
そういえばそんな口実を伝えていた。こくこく首を縦に振って、今思い出したことを必死に誤魔化す。どうにも修相手だといつも通りに余裕が持てない。
「大丈夫、お店寄るだけだから! 明日朝行くね、十時くらいでいいかな」
「おう。ちょうど十時に駅で知り合いから受け取る物あるから、家じゃなくて駅に待ち合わせでいい? そしたら一緒に大学着くまで話せるだろうし」
「いいよ!」
本当は家で二人きりのシチュエーションを望んでいたが、同じ電車で大学に行くのも悪くない。一緒に教室に入れば、クラスメイトの何人かは勘違いをしてくれる。外堀から攻めて、いつの間にか身動き取れなくさせてやれば彼も頷く他なくなるだろう。
白田が教室に入り、会話が終わる。修は白田のもとに行ったが、すでに今日すべきことは終わっているので構わなかった。
斜め前に座る修の口から昼食という単語が聞こえた。
今日は弁当を持ってきていないらしい。作ってくれる人間のいない部屋に住む彼に、一体誰が持ってきているのか一番気になるところで、こうして耳をそばだてる毎日であるのに中々突き止められない。
修自身が作っているのであれば安心なのだが、周りの男どもを見回す限りでは可能性は低い。
――女……って考えるのが普通なんだけど、面白くないなぁ。
修に特別かもしれない人間がいるとすれば、そしてそれが自分でないのなら排除するしかない。選択肢は最初から一つだった。
「いいえー、おそまつさま」
弁当を洗って返すあたり真面目さが窺える。弁当を作る約束をし、何度目か数えた頃から、週に三度は弁当を渡すようになった。
桃子の出勤時間と修の家を出る時間が合ったことがきっかけだが、さすがに待ち合わせがコトの家とはいかないので、たいてい駅で待ち合わせ、返す時は修が桃子の家に届けに行った。
結果的に桃子の家を知ることになり、修は思いがけない収穫に気持ちが昂る。
気付いた気持ちに戸惑いながらも、開き直ってしまえば楽しめた。理由はどうあれ、手作り弁当をもらい桃子の部屋へ返しに行く。彼氏と彼女のそれに思えてこそばゆい。
「かつ、美味しかったです」
「育ち盛りだもんね」
「もうそんな年じゃないですよ。いちおう成人してます」
「成人してるって考えると、そんなに年離れてないように思えちゃうね」
笑う桃子を見て、そうであればいいと思う。五歳、社会人になったら気にならないかもしれない微妙な年齢差は、やはり修を足踏みさせた。
学生と社会人では暮らし方の基準がまるで違う。起きる時間も行く場所も、働いて得る金も違うだろう。
何が彼女より勝った暮らしが出来ているか考えると、どうにも自分より相応しい男がいると思えてしまう。彼女を幸せにするのは自分ではないと落ち込むのだ。
それでも諦めきれないのは、桃子が優しくしてくれるからで、この特別な出来事を含みを持って捉えてしまうからだった。ただの仕事先にいる学生に弁当を作るだろうか。少なくとも種類はどうあれ、好意がないと出来ないことである。修だったら嫌いな相手に尽くすことはしない。そう思うと、もしかしたら桃子も同じ気持ちではないかと、妄想めいた結論を頭が導き出して、毎日部屋で一人あれこれ明るい明日を想像した。
「次は明後日かな。時間はいつも通りでいい?」
「はい、お願いします」
翌日、教室に入ると璃子が抱き着く勢いで飛び込んできた。思わずバランスを崩しながら肩に手を置いて、抱きしめる事態を防ぐ。教室内にはクラスメイトがいるのだから、いらない噂は立てたくないし璃子も同じだろうと考えたのだ。
璃子は頬を膨らませて面白くない顔をしたが、すぐに距離を取って満面の笑みを張り付ける。
「ね、今日暇? 夜に家行ってもいい?」
面を食らった。同性ならまだしも、夜に異性の友人を一人きりで家に呼ぶことなど考えたこともなかった。事情があって部屋に来るのならば仕方ないが、家に来ることが目的の場合はあまり声に出して言えることではない。自分の考えが古いと思っても、考えを変える気は無かった。
「時間はあるけど、夜はちょっとな。夜遅くなったら女の子は危険だから、明日の午前中ならいいけど」
「あ、そうだよね。危ないよね」
修は純朴な女が良いことは分かっていた。少々焦りが前に出てしまい、仕切り直しをする。修が代替案を提示したことに喜びながら一にも二にも頷いた。
約束はこぎつけた。あとはこれまでの経験を生かして、修をいかに取り込むかだ。今までは、見目を努力で最大限に引き延ばして、それを武器にお願いごとをしてみればたいてい叶った。今回はそう上手くはいかないことは予想済なので、なるべくおしとやかに事を進めようとにやつく頬を叱咤する。
「用事があるんだっけ。今日じゃなくても平気なのか?」
そういえばそんな口実を伝えていた。こくこく首を縦に振って、今思い出したことを必死に誤魔化す。どうにも修相手だといつも通りに余裕が持てない。
「大丈夫、お店寄るだけだから! 明日朝行くね、十時くらいでいいかな」
「おう。ちょうど十時に駅で知り合いから受け取る物あるから、家じゃなくて駅に待ち合わせでいい? そしたら一緒に大学着くまで話せるだろうし」
「いいよ!」
本当は家で二人きりのシチュエーションを望んでいたが、同じ電車で大学に行くのも悪くない。一緒に教室に入れば、クラスメイトの何人かは勘違いをしてくれる。外堀から攻めて、いつの間にか身動き取れなくさせてやれば彼も頷く他なくなるだろう。
白田が教室に入り、会話が終わる。修は白田のもとに行ったが、すでに今日すべきことは終わっているので構わなかった。
斜め前に座る修の口から昼食という単語が聞こえた。
今日は弁当を持ってきていないらしい。作ってくれる人間のいない部屋に住む彼に、一体誰が持ってきているのか一番気になるところで、こうして耳をそばだてる毎日であるのに中々突き止められない。
修自身が作っているのであれば安心なのだが、周りの男どもを見回す限りでは可能性は低い。
――女……って考えるのが普通なんだけど、面白くないなぁ。
修に特別かもしれない人間がいるとすれば、そしてそれが自分でないのなら排除するしかない。選択肢は最初から一つだった。