「それで、コトさんは一年待ったんですか?」

 図書館帰り、桃子を送るため修が自転車を押しながら二人で歩く。影が伸び、地面でゆらゆら頼りなげに揺れている。

「もちろん。そして俊彦さんも頑張って、大分体調がよくなったの。だから、コトさんのご両親も安心なさって結婚することに決まったそうよ」

 修の影が、ゆっくり立ち止まり、左右に揺れて桃子の影に一歩近づいた。内緒話をするように、一気にトーンの下がった声が桃子の耳元に囁かれる。

「それならどうして、俊彦さんは「コトさんと結婚するはずだった人」なんですか?」

 随分前に同じ質問をコトにして、聞いてはいけなかったと思うくらい一番辛かった。不幸ばかり押し寄せる。幸せかどうかは何を与えられたかではなくどう思うかによる、しかしそれも、俊彦とコトには当てはまらないと思わざるを得ない。

 まだ桃子の背がずっと低かった頃、コトが静かに、はら、はら、綺麗に涙を流して言ったことを思い出した。丸まって顔を覆う姿を見たくなくて必死に擦ってみても、コトを慰めることすら叶わず、自分の手のひらの未熟さを恥じたものだ。修の瞳は桃子のそれで、そして全く異なる道に立っていた。

「それは――式の直前、流行り病で亡くなったの」









「しゅーう君」
「璃子」
「似合うね、格好良い!」

 話しかけられて以来、璃子はクラスに来ると真っ先に修のいる席へ行くようになった。修も、最初こそあからさまな璃子の仕草が気になったが、慣れれば可愛らしい女子で、親しい友人の一人になった。彼女に限らず、見目が明るくなった所為かあまり交流の無かったクラスメイトと話す機会が増え、今ではクラスで話したことが無い人間はいない。服も例の店でもう一着購入し、元からある服と着回しで何とかこなしている。

 予定通り兄の助言を元に短髪にした修を、璃子が手放しに褒める。変わることは怖かったが、桃子と話している内に変化が喜びになった。以前がダメであったとは思わない、自分のことを気に掛けることで周りとの付き合いも良くなることが嬉しかった。

「視界がいきなり広がって、中々慣れないけどね」

 短い前髪を弄る。今朝鏡を見て一瞬誰かと思った。振り返れば、短髪にしたのは小学生以来かもしれない。中学の時は運動部に属してはいたが、髪型が自由だったため眉毛にかかるくらいは伸ばしていた。

「顔が全部見えて良いよ。わたし修君の目、男らしくて好きだし」
「好きとか……すぐ言うと勘違いされるぞ」
「修君になら勘違いされていいよ」

 直線的な物言いが少し羨ましい。社交辞令でも全力で投げつけてくる璃子をかわしながら、後から来た白田に挨拶する。

「神田、今日も絡まれてるな」
「絡まれてるって、別に普通の会話してるだけだろ」

 璃子をよく思っていない白田は、修から離れていく姿を見て明らかに分かるように渋い顔をする。だから、璃子も白田が来ればよそよそしく違う席へ行ってしまう。本当ならば白田と璃子とも一緒にいたいが、人によって得意不得意は違うわけで、「クラス皆と仲良くしましょう」と的外れなアドバイスをする程馬鹿でもない。

――小学生じゃあるまいし。友だちになりたいかどうかは当人次第なんだから。