「中には、調べる術が無かっただけでそういう人もいるでしょう。ただそれだけじゃなくて、本人にしか知られない出来事があって、その果てにあるものが何かということで、他人が誰の人生をとやかく言う権利は無いのかなって。まあ、友人が命を終わらせようとしていたら全力で止めたいし、自分は絶対に自ら捨てることはしないと決めているくらいですけど」

「難しいことだね。前から思ってたけど、修君ていろいろなことを考える人だよね。この話もそうだし、本が好きなだけじゃなくて書いた人のことまで考えてる」

「そんな高尚なことは考えてないですよ。思ったことをだらだら言ってしまってすみません。つまんなかったですよね。僕、本のことで話せる人ってコトさんくらいだし、夢中になっちゃって。兄にも、見た目と合わないから止めろって」

 項垂れる修の頭を桃子が撫でる。桃子より大分高い位置にあるそれを優しく撫でる様はまさに母親で、気持ちがこちらまで流れ落ちるようだった。二十歳にもなって甘えてしまい、途端に恥ずかしさで一杯になり逃げだしたくなる。

「お兄さんも、修君を否定したくて言ったんじゃないと思うよ。もっと良いところを出せばいいってことだと思う。それに」

 今度は両手で修の頬を挟む。無気力な呻き声が鳴った。崩れた顔を見て桃子が笑う。

「前も言ったけど、修君は修君。アドバイスをもらってどうするか、止めるのも止めないのも、新しいことをしてみるのも全部修君だよ」
「い」
「い?」
「痛い、です……」

「ご、ごめん!」思ったまま行動していたら力加減を間違えて、ぎゅうぎゅうに押しつぶしていた。謝って手を離すと、ほんのり赤くなった頬を擦って修が苦い笑いを零した。

「有難う御座います。ちょっと分かった気がします」
「いえいえ」

 途中で放られていた本の選択に会話を戻して、二人で「これは何回も読んだ」「これは怖い話だけれど大丈夫か」とあれこれ言い合って、とりあえず試しに借りる本を数冊選ぶことに成功した。

 今までは、コトの家にある本のタイトルを適当に覚えておいて、本屋で見かけたら買ってみて読んで途中で挫折の繰り返しであったので、興味が持てそうな本を見つけられただけ大した進歩だ。忙しい中付き合ってくれた修に感謝し、「礼がしたい」と伝えれば「では、また美味しいご飯をご馳走になりたい」と言われた。謙虚な年下の学生に頭が下がる。

「私のなんかでよければいつでも。コトさんも修君といるといつもじゃ考えられないくらい明るいから」
「普段は違うんですか? でも、僕も俊彦さんだと思われてるからだし」

 褒められても、他人が褒められていることを聞いている気がしていまいち喜べない。桃子は何度も首を振った。

「それだけじゃないよ。顔が似てるだけじゃ全然違う。修君だからコトさんも俊彦さんだって思うんだよ」
「そう……かな」
「そうだよ」

 年下の、まだ少年とも呼べそうな修がくしゃくしゃにさせて笑うものだから、公共の場でなければ思い切り抱きしめてやりたくなる。礼についての返答も健気で、つい口を突いて出てしまった。

「お弁当……作ろうか」
「え! お弁当?」
「やっぱ迷惑、かな」

 修が美味しいご飯が食べたいと言うので、一人暮らしで料理も出来ないと聞けば弁当を作るのはどうかと思ったのだが、近しい者がする行為だと修の反応を見て反省する。急な話過ぎた。慌てて提案を引っ込めようと謝ると修の顔が徐々に朱に染まり始め、両手を左右にぶんぶん振られた。

「迷惑じゃないです! 弁当ってことは、コトさんの家じゃない時も桃子さんの料理食べられるってことですよね! すごいなあ、毎回美味しいって思ってるんです。和食って凝ってるものが多いから手順とか大変なんだと思いますけど、短時間でぱぱって作っちゃうし。あ、ずうずうしく感想言ってすみません。よかったら是非作ってください。もちろん一回でいいですよ」

 コトと一緒に食べてくれる時は修の分も作っていたのだが、ここまで思われているとは気が付かず、純粋な修の様子に嬉しくなる。

「ふふ、ありがとう。料理を褒められることって中々機会が無いから。迷惑じゃないんなら、たまに作ってもいいかな? 修君大学行くの遅い曜日とかあるよね、私午前中暇な日あるからお互いの時間が合う時にでも」
「ほ、本当ですか!」

 滅多に声を荒げない修が、自分のことで表情をくるくる変える様に満足した。

 もう、気付いてしまったのだから仕方がない。桃子はこの男が可愛くて可愛くて、手放したくなかった。他の女の所へ行ってほしくなかった。滅多な願いだと分かっている。年齢も環境も全く違う二人で、桃子は修に言っていない秘密もある。それを抱えてなお消えてくれない気持ちに、せめて笑い合う関係が一日でも長く続けば良いと、踏み出せない一歩に思いを馳せた。

「いつもはコトさんに合わせて和食が多いけど、お弁当だし揚げ物とかも入れようか」
「え、それってリクエストも有りってことですか?」
「いいよ! 思い付いたら教えてね」
「はい!」