あの日、あの交差点で消えたと思ったミツハは、大型のトラックにぶつかられて、吹っ飛ばされていた。

 僕らはミツハより少し後ろを歩いていたので、そのまましりもちをついた程度で済んだ。ミツハも綺麗に飛ばされたので、目立った外傷はほとんどなかったものの、当たり所がよくなかった。

 あれから、ミツハは、一度も目を醒ましていない。

 何度も僕らはミツハに会いに行った。そのたびにその小さな手のひらを握りしめては、今日会ったことをお互いに話した。

 右手は、モモの左手と。左手は、僕の右手と。

 だけれども、どれほど握りしめても、どれほど指を絡めても、ミツハからは何も、返ってこない。

 ピッ、ピッ、という整ったリズムが、ミツハが生きていることを示す、たったひとつの証。



 ミツハ。

 君の得意分野は、確かに正確なBPMを刻むことだったけれど。

 こんな、こんなにも生気のない音は、誰も望んじゃいない。あの日みたいに、きらきらして、キラキラして、煌めいた何色もの音を、君にしか出せない音を、きかせてよ。


 ぬくもりで呼び起こされる、感情。溢れそうになって、必死で目を見開く。



「ナシ。まだ、泣いちゃ駄目だ」

「……泣いて、ない」



 ぐっと歯を食いしばる。零れ落ちそうになる涙を、堪える。

 それでも堪え切れずに睫毛を越えて、ぼろ、と一粒転げ落ちる。頬を伝った感情の雫は、今にもギターに落下しそうだった。

 刹那、モモの右手が伸びてきた。その指先は、僕の顎をそっと撫でて、感情を掬い上げる。



「これは、ノーカンな」

「モモ……、」

「ミツハが戻って来て、完成形の俺達になるまで、泣いたら駄目だ」



 ハッとした。思わず、モモを見上げる。滲んだ世界の先に、潤んだ瞳でまっすぐに何かを睨みつけているモモがいた。



「俺達は、ミツハの為に、そして自分たちの為に、ミツハをこの場所に連れてくるってそう約束した」



 そうだ。

 だから、僕らはどれだけネットで叩かれても、どれだけ方向性が合わなくても、音楽をつづけた。ドラムのいないバンドなんてバンドじゃないってそう言われようと、お互いにソロで活動をした方がいいと言われようと、同じ歌詞を見て思いつくのがバラードとハードロックくらい方向性が異なっていようと、この3年間、けしてこのコンビを解散することは無かった。

 それも全部、ミツハと一緒にこの場所に来るためだった。



 ぎゅう、と繋いだ手のひらに力を入れた。
 同じくらいの力で、握り返された。

 同時に、絡めていた指を振り解いた。




 目線はあわない。絶対に、あわない。

 ああミツハ。君がいないと、僕らはいつまで経っても未完成のままだよ。

 だけれども。

 君の記憶の最後の一片から、僕らが失われるその日まで。



「いこう、モモ」

「いくぞ、ナシ」



 僕らは世界のはざまで、笑ってみせよう。

 未完成のこの場所で、いつまでだって、笑ってみせよう。

 たとえ僕らのちっぽけな笑みが、虹色なんかじゃなくて、グリッチ程度の色にしかなれなかったとしても、それが、僕らが君の為にできる、そうして、僕らの為にできる、すべてだと思うから。









 ——……ミツハ、20歳のお誕生日、おめでとう。