「お前のことだって、めちゃくちゃ見てるやつがいんだよ!」

「ッ」



 言ってしまった。目の前で息を詰めているナシに、俺は内心非常に焦っていた。

 前のバンドの喧騒が俺らがいる舞台裏にまで響いてくる。それでも自分の心臓の方が大きな音がする気がした。

 自分がナシに惹かれていると気がついたのは、一緒にバンドをやり始めて2年経った中学3年の春だった。高校に向けての進路に悩んでいた俺は、バンドの練習に身が入らなくなっていた。

 それに気が付いたミツハは「あれれ、調子悪いの〜?」といつもの調子でおちょくるように俺をドラムのスティックでこづいてきた。いつもなら、何も思わない。だけれども、その日は3者面談があって、ちょうど二人と同じ高校に行くためには成績を伸ばさなきゃいけないと言われた日だった。タイミングが悪かった。



「何もしらねぇくせに口出すなよ」

「っ」

「お前らはいいよなぁ、呑気に楽器だけやってれば良くて。俺にもその頭脳くれよ!」



 シン、と沈黙が満ちた。その静寂が自分を取り囲んでいることにも気づかないくらいには、俺の感情は暴走していた。



「……モモ、言いすぎ」



 ナシの声にハッと我に返れば、目の前のミツハは泣きそうに瞳を潤ませていた。ぎゅっと握られたスティックが目に入った瞬間、「ごめん」と声が出ていた。



「……今日は終わりにしよ。僕、ミツハと帰るね」

「おう」

「また、明日」



 二人は片付けをして帰っていった。寄り添うように出ていった二人の後ろ姿に、ショックを受けている自分がいた。

 ナシは、ミツハを庇った。当たり前だ、こんなの八つ当たりなのだから。別にナシがミツハのことを好きじゃなくても、きっと庇ったと思う。

 そんなことは、わかっている。わかっているのに。
 どうしてか、苦しかった。

 そうして、俺は気づいたんだ。


 気づいてからは押し潰して生きてきた。ナシを見ていれば、ナシが誰を好きなのかなんて、簡単にわかることだった。

 自分がいなければ、きっと、ふたりはうまく行く。

 そう思っていたのに、なのに、何だよ。ミツハが俺のことを好き?

 ……ふざけんな。

 苦しくて苦しくて、それでもナシの幸せを願ってここまで我慢してきたんだ。勝手に拗ねてんじゃねぇよ。拗ねたいのはこっちだっつーの!



 俺は、お前が好きなんだ。


 そのセリフを口に出すことはとても簡単だ。でも。



「お前、ミツハが好きなんだろ。だったら……正々堂々としようぜ」

「……うん」



 ほら。だからきっと、俺は口に出さずに生きていく。


 ミツハの元に戻った俺に、ナシはしょんぼりして謝ってきた。


「ごめん」


 あーあ、情けねー顔しちゃって。


「目ぇ醒めたか、このあんぽんたん」

「……醒めたよ、モモ」


 頑張れよ、ナシ。
 俺はお前を、ずっと応援してるからさ。