『清めの舞い』

 夜、月明かりが照らす人気のない公園で、赤袴と袖をひらひらと揺らし舞う詩桜の姿は、さながら蝶のようで可憐だった。

「っ――」

 だが、自分の周りにいる狂鬼たちを清め終えた途端、目眩がしてその場に蹲る。
 霊力を使い過ぎたせいだ。

「……やっぱり、わたしって力不足」
 村を守るには今の自分の力では頼りない自覚がある。
 この村も昔は狂鬼など滅多に出ず、もっと平和だったと聞く。こうなっているのはすべて、正式な星巫女不在の不安定な状態が続いているせいだ。

「グルルルルル」
 一瞬の隙を突かれ新たに寄ってきた狂鬼が、詩桜へ襲い掛かってきた。

「――――っ」

 油断した……。
 そう思い固く目を瞑ったが、いつまでたっても身体に衝撃や痛みがこない。
 ただ、グルルルルと、低い唸り声のような音だけはまだ聞こえている。

 どういうことかと片目を薄っすら開き、恐る恐る見渡すと自分を喰らおうとしていた狂鬼が血を流し倒れていた。

「一人で出歩くな。危なっかしくて見てられない」
「灯真……」
 こっそり屋敷を抜け出したつもりだったのに……彼はいつもこうして詩桜を見つけ迎えにくる。
 まだ巫女候補でしかない詩桜を守る義務はないはずなのに、まるでそれが自分の役目だというように。

「夜に出歩くなら、一声掛けろって前にも言っただろ」
「…………」

 そう言われても、普段灯真と一緒に出掛けると「美味そう」「食いたい」「もう待てない」「お前が欲しい」などと心臓に悪い台詞で迫られることがしばしばあるため集中して舞う自信がない。
 正直色んな意味で身の危険を感じるのだ。

「聞いてるのか?」
 そう言いながら灯真は刀を鞘に収める。詩桜の視線は彼が持っている刀に向けられた。

 それは守護者五家と星巫女にそれぞれ受け継がれてきた《誓い刀》という刀であり、灯真はその刀に選ばれたからこそ詩桜を護衛する守護者の地位にいる。

 それなのに、肝心な自分は……。

 詩桜は、星巫女が受け継ぐ刀にまだ選ばれておらず鞘を抜けない。ゆえに、いつまで経っても星巫女候補のままなのだ。

(わたしにもっと力があれば、この吸血鬼も救えたのに……)

 自分の周りで血を流した吸血鬼が倒れている姿に、詩桜は唇を噛み締めた。
 狂鬼と化した吸血鬼は、詩桜の浄化能力がない限り元に戻ることはない。そのため多くの狂鬼はこうして退治されてしまう。

「……お前は狂鬼の存在に怯えているくせに、自ら恐怖の存在に襲われるようなことをするから、気が知れない」
「確かに、狂鬼は怖いけど……」
「どんなにお前ががんばろうとも、一人で全てを救うのは無理だ。こういう時のための守護者だろ? もっと頼れ」
 そう言われると何も言い返せない。灯真が来てくれなければ喰われ死んでいたのは自分のほうだ。

「まだ巫女として覚醒前のお前が自ら囮になって狂鬼化したモノをおびき寄せるなんて捨て身すぎるんだ」
「…………」
 吸血鬼が狂鬼化すると、人間はもちろん同種だった者にまで牙を剥き手が付けられない程、凶暴になる。灯真の言うとおり、一人で立ち向かおうとするのは無謀なことなのかもしれない。

「お前は、俺だけの甘い果実だろ。他の奴に一口でも喰われたりしたら……嫉妬でどうにかなりそうだ」
 灯真の目が鋭く光って見えた気がして、詩桜は肩を竦める。
 普段はクールなくせに、食料(詩桜)にだけは異様なまでの独占欲だと思う。

「灯真の食料になったつもりはないです……それに、全ては救えなくても、せめて自分にできる精一杯のことをしたいから」

 星翔村含め、日ノ本には昔から妖し風という風が吹く地がある。
 その風を強く浴びると、人と吸血鬼のハーフである半鬼たちは狂鬼化してしまうと言われているのだ。日ノ本に張り巡らされた五芒星の結界がそれを封じているはずなのだが、星巫女不在の現在、徐々にその力が弱まり被害が拡大しているのが現状だった。

「わたしにもっと力があれば」
「そんな風に焦らなくていい」
「…………」

 こんな時、前の村長がいる頃は、よく役立たずだとか偽物だと罵られていた。
 妖し風の影響が強まっているのも、結界の力が弱まっているのも、全て詩桜のせいだと。

 けれど、辰秋もそうだが灯真は決して詩桜を責めたりはしない。

「今日はもう、妖し風も落ち着いただろ。帰るぞ」
「……うん」

 だがこの優しさ全部、彼が詩桜のことを、本物の星巫女だと思っているからなのだとしたら、過去の幻影と詩桜を重ねているのだとしたら、罪悪感で胸が苦しくなってくる。

 自分にはそんな優しさを受ける資格がないのに……