「詩桜。また、勝手に屋敷を抜け出したな」
ずっと遠くを眺めたままの詩桜の背後に、いつのまにか灯真がいた。
「……泣いてるのか?」
言われるまで気付かなかったが、頬を指で撫でると涙で濡れていた。
「遥ちゃんと……遥斗くんと、お別れしたの……」
「……お前にそんな顔させるあいつが憎い」
「灯真?」
「泣くほど……あいつが好きだったってことだろ?」
灯真の顔が歪む。まるで詩桜と同じぐらい泣きたいみたいに。
これは恋だった? きっと違う。でも詩桜にとっては、性別を越えた特別な友情だったんだと思う。
「好きだよ。遥ちゃんは、わたしの親友だから。でも……一緒に来るかって聞かれた時、行けないって思った」
「どうして?」
「分からないけど……灯真の顔が浮かんできたの」
「っ!」
「わたしが今回のこと乗り越えられたのは、逃げ出さないで遥ちゃんや過去と向き合えたのは、灯真のおかげ」
灯真がいなかったら、たぶん途中で挫けていた。今の自分も存在していなかった。
それぐらい、いつの間にか灯真は詩桜にとって大きな存在になっていたのだ。
「灯真がいてくれたから、わたしは今も、こんな風に笑っていられるんだよ。ありがとう」
自分の気持ちを確かめるように、ゆっくりと微笑んだ詩桜を見て、灯真は詩桜を痛いぐらい抱きしめてくる。
「お前を誰にも渡したくない」
「灯真……」
また美味しいから手放したくないと言われるのかと思った。けれど。
「詩桜……好きだ。お前が欲しい、お前の心が」
「心?」
灯真のストレートな言葉は、いつもとは少し違うものだった。
「お前の全部が愛しい。俺は、出会った時からずっとお前に惹かれてるんだ」
そっと髪を撫で、頬に触れ、言葉通りの愛おしそうな眼差しで見つめられ、それだけで詩桜は恥ずかしくて溶けてしまいそうになる。
「と、突然なに?」
「突然じゃない、いつも思ってた。何年も詩桜だけを想い続けてきた。お前を愛してる」
「灯真……」
「俺の気持ち……精いっぱい人間らしい言葉に置き換えてみたけど。伝わったか?」
普段は言いたい放題なにを言っても羞恥心の欠片も見せない灯真が、少しだけ頬を赤らめ照れているように見える。
その様子につられて、詩桜もさらに赤くなりおずおずと頷いた。
これは紛れもない愛の告白なのだと、鈍感な詩桜でもさすがに分かる。
そんな風に思いを伝えてもらったのは初めてだった。
お前が喰いたいのではなく、愛してると灯真は言った。
詩桜はそれを嬉しいと思ってしまった。
きっと、灯真の想いを受け入れたら幸せになれる。
そう思うからこそ躊躇があった。本当に、こんな自分が幸せになっていいのだろうかと。
でも……素直になったほうがいいよと言ってくれた奈津の言葉を思い出す。
そうだ。もう、自分なんかと俯く事から卒業したいと思った。
「わたしも……灯真が好き。とても大切に想ってる」
自覚したばかりの気持ちだけど、今伝えないと一生後悔する。そんな気がして、詩桜は心の底から勇気を振り絞る。
「だから灯真はいなくならないで。ずっと傍にいて」
言葉にした瞬間。ずっと胸に詰まっていた重く冷たい感情が、すっと溶けて消えていった。
そしてその場所に、新しく温かな感情が溢れてくる。
「…………」
「灯真?」
自分から告白してきたくせに、詩桜の言葉を聞いて灯真は信じられないといった表情を浮かべている。
まるで自分はフラれるのだと覚悟を決めていたみたいだ。
「…………」
「灯真ってば、どうし……っ!」
次の瞬間、無言でまたキツク抱きしめられる。
痛いぐらい強く。けれど自分の気持ちを自覚した詩桜は、それさえも心地よかった。
その力強さから、言葉がなくとも灯真の想いが伝わってくるようで、自分の心も満たされてゆく。
「ずっと一緒にいよう、詩桜」
「うん」
頷いた詩桜を見て、灯真はこれが夢じゃないか確かめるようにキスをした。
詩桜はそれを受け入れ瞳を閉じる。
啄むようなキスにムズムズと心が騒ぐ。詩桜は、それだけでも一杯一杯だったのに、徐々に深くなってゆく口付けにくらりと目眩を覚え耐えきれず唇を離した。
「ま、待って、灯真っ」
「このまま、花嫁の刻印を刻みたい」
「あ……」
それは奈津の言うとおりなら、同じ時を生きる契約の事なのだろう。
前みたいに生贄にされるという恐怖心はない。けれど、やはりそんな重大な契約は、簡単には結べないと思った。
「そ、それは……まだ、待ってほしいの」
「なんで?」
「だって、わたしたちまだ学生だし……恋人期間も楽しみたいし……わたしの覚悟がまだ足りなくて……」
こんな言葉で納得してくれるだろうかと、詩桜の声は尻窄みになっていったが。
「……分かった」
「え、いいの?」
暫しの沈黙の後、灯真はそう言い頷いてくれた。
「しょうがないから待ってやる。お前の覚悟が決まるまで」
性急な灯真のことだ。無理矢理にでも迫ってくるかと思ったのだが。
「……恋人期間か。考えたこともなかったが、いいかもしれない」
灯真は微笑んで、詩桜の唇にまた不意打ちで優しい口づけをした。
「っ!? い、今、待ってくれるって言ったばかりじゃ」
「これは、ただの恋人同士の口付けだろ。本当はもっと色々したいのに、我慢してやってるんだ」
そう言われるとなにも言えなくて、詩桜の頬が赤く染まってゆく。
「これからは、今まで以上の愛情表現でお前を甘やかしてやる。お前が自ら早く花嫁になりたいと思うまでな」
「えぇっ!?」
もしかして、選ぶ言葉を間違えてしまっただろうか。
灯真からの甘い熱視線に、今の状況でも一杯一杯なのにと詩桜は眩暈を感じた。
「好きだ、詩桜。お前の味も、身体も心も……すべてが欲しくて、すべて喰い尽したい」
抱き上げられ、額に頬に目元に唇にキスが降ってくる。
「やっぱりお前は甘美だな」
「と、灯真! 待って、恋人同士にも順序というものが!?」
このままじゃ、心臓がもたない。
「順序?」
「ま、まずは、文通から始めましょう!」
「……お前はいつの時代の人間だ」
キスの嵐に悶える詩桜を見て、灯真はそう言いながらも愛おしそうに笑っていたのだった。
END
ずっと遠くを眺めたままの詩桜の背後に、いつのまにか灯真がいた。
「……泣いてるのか?」
言われるまで気付かなかったが、頬を指で撫でると涙で濡れていた。
「遥ちゃんと……遥斗くんと、お別れしたの……」
「……お前にそんな顔させるあいつが憎い」
「灯真?」
「泣くほど……あいつが好きだったってことだろ?」
灯真の顔が歪む。まるで詩桜と同じぐらい泣きたいみたいに。
これは恋だった? きっと違う。でも詩桜にとっては、性別を越えた特別な友情だったんだと思う。
「好きだよ。遥ちゃんは、わたしの親友だから。でも……一緒に来るかって聞かれた時、行けないって思った」
「どうして?」
「分からないけど……灯真の顔が浮かんできたの」
「っ!」
「わたしが今回のこと乗り越えられたのは、逃げ出さないで遥ちゃんや過去と向き合えたのは、灯真のおかげ」
灯真がいなかったら、たぶん途中で挫けていた。今の自分も存在していなかった。
それぐらい、いつの間にか灯真は詩桜にとって大きな存在になっていたのだ。
「灯真がいてくれたから、わたしは今も、こんな風に笑っていられるんだよ。ありがとう」
自分の気持ちを確かめるように、ゆっくりと微笑んだ詩桜を見て、灯真は詩桜を痛いぐらい抱きしめてくる。
「お前を誰にも渡したくない」
「灯真……」
また美味しいから手放したくないと言われるのかと思った。けれど。
「詩桜……好きだ。お前が欲しい、お前の心が」
「心?」
灯真のストレートな言葉は、いつもとは少し違うものだった。
「お前の全部が愛しい。俺は、出会った時からずっとお前に惹かれてるんだ」
そっと髪を撫で、頬に触れ、言葉通りの愛おしそうな眼差しで見つめられ、それだけで詩桜は恥ずかしくて溶けてしまいそうになる。
「と、突然なに?」
「突然じゃない、いつも思ってた。何年も詩桜だけを想い続けてきた。お前を愛してる」
「灯真……」
「俺の気持ち……精いっぱい人間らしい言葉に置き換えてみたけど。伝わったか?」
普段は言いたい放題なにを言っても羞恥心の欠片も見せない灯真が、少しだけ頬を赤らめ照れているように見える。
その様子につられて、詩桜もさらに赤くなりおずおずと頷いた。
これは紛れもない愛の告白なのだと、鈍感な詩桜でもさすがに分かる。
そんな風に思いを伝えてもらったのは初めてだった。
お前が喰いたいのではなく、愛してると灯真は言った。
詩桜はそれを嬉しいと思ってしまった。
きっと、灯真の想いを受け入れたら幸せになれる。
そう思うからこそ躊躇があった。本当に、こんな自分が幸せになっていいのだろうかと。
でも……素直になったほうがいいよと言ってくれた奈津の言葉を思い出す。
そうだ。もう、自分なんかと俯く事から卒業したいと思った。
「わたしも……灯真が好き。とても大切に想ってる」
自覚したばかりの気持ちだけど、今伝えないと一生後悔する。そんな気がして、詩桜は心の底から勇気を振り絞る。
「だから灯真はいなくならないで。ずっと傍にいて」
言葉にした瞬間。ずっと胸に詰まっていた重く冷たい感情が、すっと溶けて消えていった。
そしてその場所に、新しく温かな感情が溢れてくる。
「…………」
「灯真?」
自分から告白してきたくせに、詩桜の言葉を聞いて灯真は信じられないといった表情を浮かべている。
まるで自分はフラれるのだと覚悟を決めていたみたいだ。
「…………」
「灯真ってば、どうし……っ!」
次の瞬間、無言でまたキツク抱きしめられる。
痛いぐらい強く。けれど自分の気持ちを自覚した詩桜は、それさえも心地よかった。
その力強さから、言葉がなくとも灯真の想いが伝わってくるようで、自分の心も満たされてゆく。
「ずっと一緒にいよう、詩桜」
「うん」
頷いた詩桜を見て、灯真はこれが夢じゃないか確かめるようにキスをした。
詩桜はそれを受け入れ瞳を閉じる。
啄むようなキスにムズムズと心が騒ぐ。詩桜は、それだけでも一杯一杯だったのに、徐々に深くなってゆく口付けにくらりと目眩を覚え耐えきれず唇を離した。
「ま、待って、灯真っ」
「このまま、花嫁の刻印を刻みたい」
「あ……」
それは奈津の言うとおりなら、同じ時を生きる契約の事なのだろう。
前みたいに生贄にされるという恐怖心はない。けれど、やはりそんな重大な契約は、簡単には結べないと思った。
「そ、それは……まだ、待ってほしいの」
「なんで?」
「だって、わたしたちまだ学生だし……恋人期間も楽しみたいし……わたしの覚悟がまだ足りなくて……」
こんな言葉で納得してくれるだろうかと、詩桜の声は尻窄みになっていったが。
「……分かった」
「え、いいの?」
暫しの沈黙の後、灯真はそう言い頷いてくれた。
「しょうがないから待ってやる。お前の覚悟が決まるまで」
性急な灯真のことだ。無理矢理にでも迫ってくるかと思ったのだが。
「……恋人期間か。考えたこともなかったが、いいかもしれない」
灯真は微笑んで、詩桜の唇にまた不意打ちで優しい口づけをした。
「っ!? い、今、待ってくれるって言ったばかりじゃ」
「これは、ただの恋人同士の口付けだろ。本当はもっと色々したいのに、我慢してやってるんだ」
そう言われるとなにも言えなくて、詩桜の頬が赤く染まってゆく。
「これからは、今まで以上の愛情表現でお前を甘やかしてやる。お前が自ら早く花嫁になりたいと思うまでな」
「えぇっ!?」
もしかして、選ぶ言葉を間違えてしまっただろうか。
灯真からの甘い熱視線に、今の状況でも一杯一杯なのにと詩桜は眩暈を感じた。
「好きだ、詩桜。お前の味も、身体も心も……すべてが欲しくて、すべて喰い尽したい」
抱き上げられ、額に頬に目元に唇にキスが降ってくる。
「やっぱりお前は甘美だな」
「と、灯真! 待って、恋人同士にも順序というものが!?」
このままじゃ、心臓がもたない。
「順序?」
「ま、まずは、文通から始めましょう!」
「……お前はいつの時代の人間だ」
キスの嵐に悶える詩桜を見て、灯真はそう言いながらも愛おしそうに笑っていたのだった。
END