詩桜が星巫女に就任してから少し経ち、張り紙騒ぎや狂鬼の事件の話題も風化されつつある。
 五ノ花高校の雰囲気も落ち着きを取り戻してきていた。
 人と吸血鬼という種族の違う生徒間での交流も少し増え、そういった生徒たちへの風当たりも前ほど冷たくなくなったと聞く。
 これが、本来のこの学園の雰囲気なのかもしれない。



「すっごく楽しかった。また行きたいな~」
 今日は天気も良いので、外でお昼を食べようと奈津に誘われた詩桜は、東棟の屋上にやってきた。二人はランチを食べながら、この前奈津が中岡と行ってきたと言う村から離れた都市にあるアミューズメントパークの写真をスマホで見せてもらっていた。

「これが遊園地……」
 テレビの中でしか見たことのないキラキラとした世界に、詩桜は釘付けになる。
「あれ、詩桜って遊園地行ったことないの?」
「う、うん。村の外のことはあまり知らなくて」
「へー、そうだったんだ」

 というか、日向家の屋敷の外の世界すべてに疎い。
 つい最近、辰秋にスマホを与えられたものの、まったく使いこなせず、目の前にいる灯真に何度も電話を掛けてもらいそれに出る練習から始めたぐらいだ。

「詩桜も白波瀬くんを誘って行ってきたら? 絶対楽しいよ!」
「そうかなぁ」
 写真の奈津たちみたいに満面の笑みでピースサインやポーズを取る自分達はあまり想像できないが、確かに楽しそうだなとは思う。

「これはジェットコースター、こっちはコーヒーカップで~」
 アトラクションの種類さえよく分かっていない詩桜に、奈津は一つ一つどんなものなのか教えてくれる。
「そしてこれが、ここの遊園地の目玉の一つ大観覧車!」
 天辺から見えるのは絶景なのだと言う。

「この観覧車には天辺で告白して両想いになったカップルは幸せになれるって伝説があるんだけどね」
 奈津たちはすでに付き合っているのだから、そんな言い伝えはもう関係ないのではないかと詩桜は思ったのだが。

「彼がね、言ってくれたの。将来、僕の……吸血鬼の花嫁になって欲しいって。もちろん返事はイエスだよ!」
「えぇっ!? それは危険じゃないかな!?」
「え? 危険ってなにが?」
 きょとんとした奈津の反応をみて、詩桜は吸血鬼の花嫁という言葉から連想される互いの認識が、まったく違うように感じた。

「だって……花嫁って言えば聞こえはいいけど、それってつまり自分の食糧にしたい人間にマーキングする、生贄の契約でしょ?」
 それなのになんで奈津は嬉しそうなのかと不思議でしょうがなかったのけど、詩桜の言葉を聞いて奈津は驚いたように目を丸くする。

「違う、違うよ! 吸血鬼の花嫁っていうのは、同じ時を生きる契約だよ」
「同じ時?」
「確かに、花嫁っていう言葉を使って騙して生贄にする困った吸血鬼も中にはいるみたいだけど……本来は、そうじゃない。寿命の違いすぎる人間と吸血鬼が、共に生きると愛を誓う契約なの」

 口付けにより相手の吸血鬼の血を分け与えられることにより契約は発動し、人間はつがいとなった吸血鬼と生を分け合い同じ時を生きられるようになるのだと彼女は言う。

「そ、そうなの?」
 今度は詩桜がきょとんとする番だった。
「あー! まさか詩桜、白波瀬くんに花嫁にしたいって言われたことあるんじゃないの?」
 ギクリとして詩桜は、身を竦めた。

「それなのに、生贄としての花嫁だと勘違いしてたんでしょ!」
「えっとぉ……」
 視線を泳がせた詩桜を見て察した奈津が、やれやれと大袈裟な溜息をつく。

「本当に、知れば知るほど白波瀬くんって不憫だよね。学園の王子様なのに……」
 奈津にジト目であきれられ、なんとも言えない気分になりながらも詩桜は考えてみた。
 詩桜と同じ時を生きたいのだと。灯真は、そういう気持ちをずっと伝えてくれていたのだろうか……

「まあ、言葉の足りない彼にも原因があるんだろうけど……詩桜も、いい加減分かってあげなよ」
「そんなこと言われても……」
 灯真の言動は詩桜の思考回路じゃ理解できないことばかりなので困ってしまう。

「詩桜は、白波瀬くんのこと好きじゃないの?」
「え……」
 そう聞かれるとなんと答えてよいのか分からなかった詩桜は、僅かに頬を赤らめながら考えてみたが、自分の今の気持ちを上手く表現できる言葉が思い付かずに黙り込んでしまった。

「まあ、白波瀬くんに限って心変わりはないと思うけど、思うところがあるなら素直になったほうがいいよ。あたし、応援してるし!」

 素直に……自分の素直な気持ちは、どこへ向いているのだろう。
 そんなことを思いながら、詩桜は曖昧な笑みを浮かべたのだった。