「爺さま、詩桜をどこへやったんですか!!」
「……魔の化身は聖なる星巫女に粛清される運命。それがついに実行されるだけじゃ」
「まさかっ……なんて惨いことを考えるんだ、あなたは!!」
 日向家に戻って来て早々、問い詰めてくる孫の辰秋に義雄は眉を顰める。

「そんなことより、なんで貴様がここにいる。帰りは明日の夜だったはずだ」
「嫌な夢を見たもので。胸騒ぎがして一日早く帰ってきたんですよ」
「……ふん、くだらぬ理由だ」
「爺さま!! いくらアナタでも、詩桜になにかしたなら許されない。彼女はこの日ノ本唯一の星巫女だ!!」

「ククッ、わしはなにもしとらんよ。わしはな」
 含みのある言い分に今度は辰秋が眉を顰める。
「……まあ、いいでしょう。もうじきあの方が詩桜を連れ帰ってくるはずだ。そうすれば、真実は白日の下に晒される」
「なんじゃと?」

「今回のことで、俺も覚悟が決まりました。もう、貴方の好き勝手にはさせません」
 辰秋の低く冷たい声音に義雄はなにかを察したのか渋い顔をして黙り込んだ。





 意識を失っていた詩桜が目を覚ますと、いつの間にか日向家にある自分の部屋へ運ばれていた。
 ここ数日留守にしていた辰秋が心配そうに隣で顔を覗き込んでくる。

「お、やっとお目覚めか?」
「……わたし」
 なにが起きたのか分からず、起き上がってぼんやりとしている詩桜に、悪いが大事な話があるのですぐに広間に来てほしいと辰秋は言った。

 詩桜は黙って頷き、辰秋の後ろに続いて広間へ向かう。

 粛清されるはずだった自分が生きて帰ってきてしまったのだ。村長はひどくお怒りだろう。
 それから陽菜たちはどうなったのか。突如現れた灯真という吸血鬼は何者なのか。聞きたい事は山ほどあったけれど、珍しく真面目な面持ちの辰秋を見て、詩桜は声を掛ける事ができなかった。

 そうしている間に広間の前に着いてしまう。すると中から話し声が……

「わたくしは魔の化身である詩桜さんに引き寄せられ集まってきた狂鬼を、なんとか一人で退治していたんです」
「それは恐ろしい目に遭ったのう。灯真殿、これが現実じゃ。詩桜とは恐ろしい化け物の娘」

 中では義雄と陽菜が、いかに詩桜は恐ろし存在なのかと灯真に訴えかけているところだった。
 なら粛清対象にされても仕方ないと言われるのだと思った。
 けれど、ずっと黙って話を聞いていた灯真の反応は、詩桜の予想通りではなかった。

「詩桜は化け物じゃない。この日ノ本で唯一無二の星巫女となる娘だ。その彼女の命を狙い脅かしたお前たちを、黙って見過ごすことはできない」

「そ、そんな! 唯一無二の新しい星巫女はわたくしです!!」
 呆れ顔の灯真に対し、陽菜は前のめりに訴え続ける。

「だって、村長さんがわたくしの方が星巫女に相応しいって。代々星巫女を選出してきた日向家のご当主様がですよ!!」

「残念だったな、爺さまにそんな権限ないんだよ」
 そう言う辰秋に背を押され詩桜も一緒に広間へ足を踏み入れる。

「どういう意味ですか?」
 陽菜は突然詩桜を連れて現れた辰秋を訝しそうに見上げた。

「少し調べさせてもらった……高瀬の家から賄賂を貰い、詩桜を暗殺すればそこの娘さんに星巫女の座を与えようと勝手な約束を取り付けてたみたいだが、それは全て爺さまの独断だ。決して日向家や守護者五家の意向ではなく、許されない卑劣な行い」

「なにを言う!! わしは、日ノ本の今後を案じてだなっ」
「そうです! 暗殺ではなく、魔の化身を粛清しようとしただけでっ」
「星巫女とは金を積んでなれるものじゃない。第一、そこの女に星巫女が勤まるとでも?」
「わ、わたくしは、高瀬家で随一の霊力を持って生まれてきた娘です!! そこの偽物なんかとはっ」
 灯真の言葉に陽菜は不服そうに声をあげたが。

「お前、本気で詩桜の霊力に自分が勝ると思っているのか? 先程は、狂鬼を前に腰を抜かすことしかしていなかったようだが? 呆れるほどの身の程知らずだな」
「っ!!」
 今までそんなこと言われたことがなかったのだろう。
 陽菜はカッと気色ばみ、自分を身の程知らずと言った灯真ではなく詩桜を睨みつけてきた。

「なんでっ、こんな根暗な子より、陽菜のほうが華がある! 陽菜のほうが星巫女に相応しいです! 灯真様の隣に並ぶのだってわたくしのほうがふさわしっ」
「俺が忠誠を誓う星巫女はこの世で詩桜ただ一人と決めている。お前こそ偽物だ。とっとと俺たちの前から消えろ」
「な、なんでっ、なんで……わたくし、灯真様のパートナーになるためにここまできたのに!!」

「そんなこと知らない。俺は、詩桜を守るためだけに首座になった。もしなにかの間違いで別の者が星巫女に選ばれたなら、守護者を降りる」
「なっ!?」

(どうして……わたしなんかを庇うの?)

 そんなことをしたら……村長に刃向ったりしたら、この人の立場が悪くなるのではないかと思った。幽閉され狭い世界しか知らなかった詩桜は、それぐらい日向家の村長の権力は絶対なのだと思っていたのだ。けれど詩桜の心配は杞憂に終わる。

 現守護者の首座であり吸血鬼の純血種白波瀬家の灯真に刃向えるだけの力など、高瀬家にも義雄にもないのだ。そして。

「爺さま、さすがに今回の暴走は見逃せない。あなたには村長の任も日向家当主の座も降りてもらう」
「なにを言う!! 貴様にそんな権限などっ」
「これは守護者五家の意向だ」
 声を荒げた義雄は、けれど灯真にそうぴしゃりと告げられ言葉を失った。

「長いこと村長を続け随分好き勝手やっていたようだけど、全部バレたんだよ」
 辰秋の呟きに村長は表情を失い膝をつく。

「そ、そんな……じゃあ、わたくしが星巫女になれるっていう話は?」
 その光景を見て、陽菜は呆然としていた。

「そんな話無効に決まってるだろ。それだけじゃない。詩桜に対しこれだけのことをしようとしたんだ。お前の家諸共タダで済むと思うな」
「そんな、そんなっ、わたくしはただ灯真さまの星巫女になりたかっただけでっ」
 自分は悪くないと縋り泣きながら許しを請う陽菜を、灯真は冷めた目で一瞥するだけだった。

(どういうこと? わたし、粛清されるんじゃなかったの?)

 詩桜は訳が分からないまま、この状況にただただ困惑していた。