「……どうして僕が誓い刀を君に返すことにしたのか理解してよ」
 理解なんてしたくない。どうして、自分が遥斗を殺めなくてはならないのか。

「ずっと君が憎かった。僕から蓮美を奪った君が表に出てくると知って学校に変装してまで侵入した。近付く好機をもらったのだから、じわじわと苦しめてやるつもりだったのに……なんでかな。君と出会って、ちょっと優しくしただけで、君は無防備に僕を慕うから、きっと、そこから歯車が狂いだしてた。実際、君を追い詰めて、君の傷ついた顔を見ると……ただ、空しいだけだった」
 力ない遥斗の声。その弱々しさが、詩桜の胸を締め付けた。

「そのうち、左腕の変化で……気付いたんだ。魔のモノを集わせ、魔の化身と成り果てる者とは、僕のことだったんだってね。僕の生まれた日は、キミや蓮美と……同じ日なんだから」
「っ!」
 詩桜は、思わず反応して遥斗の方を振り向いた。
 遥斗の左手に侵食する痣は、さらに彼の肩から首筋、頬までも浮かび上がっている。

「生まれた時は特に抜きにでた力もなかったし、蓮美に注目が集まっていたから対象外とされていたけど……魔に成り果てたのは、僕だ」
 力ない苦笑いに詩桜の胸も苦しくなる。

「そして、君は今日、僕に刀を向けた瞬間、誓い刀に選ばれた……」
 今夜、遥斗はそれを確かめるために……
 おめでとう。皮肉気味に祝福してきた、あの時の遥斗を思い出す。

「……どうせ、このまま魔の化身に成り果てるぐらいなら、君の役に立って死にたいと思った。泣き顔より、君の笑った顔を見たいなんて、情に絆されて我ながら笑えるけど」
「遥ちゃん……」
「魔の化身である僕を、君が倒して? そうしたら、予言通り君は正真正銘の星巫女だ」

「あの予言は……あやふやな状態のまま、世間に広がってしまったものなの。それぞれの解釈によって形を変える。だから、わたしは魔の化身なんていないと思う。遥ちゃんもわたしも、そんなものじゃない。もっと生きて、人並みの幸せを望んだっていいはずだよ」
 泣いてはいけない。伝えたいことが言葉にできなくなってしまうから。だから、詩桜は涙を呑み込んだ。

「死ぬことで、わたしの役に立つなんて考えないで。そんなのちっとも嬉しくないよ!」
「こんな穢れた身体じゃ、詩桜がやらなくたっていずれ誰かに始末されるよ!!」
 遥斗が地面に左手をつくと、周りに生えていた草花が精気を吸い取られたかのように枯れ果ててゆく。

 詩桜はそれを恐れることなく、今度こそ遥斗のもとへ辿り着くと、倒れる彼の顔を覗き込み訴えた。

「生きる事を諦めないでっ」
「どうしてそこまで……君の友人の遥ちゃんなんていないんだよ。本当の僕は男だし、性格だって捻くれてるし、君の事も友達だなんて一度も……思えたことなかった」

「あなたにとっては偽りの時間でも、わたしにとっては幸せな時間だった。遥ちゃんには、たくさん助けてもらったから今度は、わたしが救いたい」
 彼も予言に振り回され、翻弄された被害者。詩桜には、そう思えてならない。

「……こんなことした僕を……君は許せるの?」
 遥斗の言葉は、途切れ途切れだった。意識を保つのも苦痛なほど魔の痣に侵食されている。

「いっぱい喧嘩して、ぶつかり合って、それでも認め合えたなら……本当の意味で友達ってことじゃないかな。そうだといいなって、わたしは思うよ」

 たとえ、やり方を間違えてしまったのだとしても、わたしが星巫女となるためにこの身を捧げてもいいと言ってくれた人を救いたい。詩桜はそう願った。