今日は薄い雲が月を隠し闇が深い夜だった。
結界の弱まりは日に日に強くなっているように思える。それは気のせいではなく、羅針盤からも窺える。
現に狂鬼化の事件も多発しているし、詩桜が一度におびき寄せ清める数も増える一方だ。
「ふぅ……終わった」
詩桜は、舞い終えるとへなへなと星翔川沿いの土手にしゃがみ込んだ。この辺りはチクチクと硬い草がはえていて、座り心地が良いとはいえないけど。
「毎日立てなくなるまで、よく続けられるな」
近くで護衛をしてくれていた灯真も隣へ腰を下ろす。
「元に戻れる可能性が残っているのに、殺されてしまうなんて見過ごせないでしょ」
「怖いくせに。狂鬼に対して慈悲深いというか、酔狂だな」
「最初は、わたしも狂鬼化した者は、殺されるのが当然だって思ってた。けど……実はね、昔出会った小さな吸血コウモリとこっそり一緒に生活していた時期があって」
「っ!」
「その子との出会いで少し考えが変わったの。吸血鬼も好きで狂鬼になるわけじゃないんだって。種族は違っても、彼らにだって感情があって、家族がいて、わたしたちと同じなのかもって思えたの」
でも……と詩桜は悲しそうに俯いた。
「わたしに大切なことを教えてくれたその子は、わたしのせいで死んじゃったんだ」
「死んだ?」
「前の村長の義雄様に見つかって、斬られて……わたしが、連れてきてしまったばっかりに」
今思い出しても悲しみが蘇り声が震えた。
「……大丈夫だ。その吸血コウモリは、斬られたことをお前のせいだなんて思ってない」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「こうして、今お前の目の前にいるから」
灯真は笑っていた。
「……へ?」
訳が分からず、詩桜は間の抜けた声を出してしまう。
けれどそんな詩桜を見つめる灯真の目は優しげで、どこか嬉しそうでもあった。
「忘れてなんていなかったんだな」
「え、え?」
「そうか、あの時、俺が死んだと思って……それで」
ぎゅっと抱きしめられ、詩桜は赤面しながらもがいた。
「と、灯真、どうしたの突然。苦しい」
「キュウちゃん。お前が俺にくれた名だ、覚えてるだろ?」
それは自分だけが知っている、吸血コウモリに付けた名前だった。
それを知っているということは、灯真があの吸血コウモリだったという事実が、嘘ではないということで……
「本当に……灯真が、キュウちゃんなの?」
「ああ」
「そんな……思い出したというか、キュウちゃんのことは一度だって忘れた事ないよ。まさか、灯真と同一人物だとは気付けなかっただけで」
「そうか。最後に呪いが解けて、人型に戻った俺の姿を覚えてなかったんだな」
話しているうちに詩桜の中でぼやけていた記憶が蘇ってくる。確かにあの時は……大怪我を負ったキュウちゃんを助ける為、自分の血を捧げた。その後、血を吸われ過ぎて意識が朦朧として……その先のことは思い出せないまま気が付けば屋敷に連れ戻されていたのだ。
そして義雄に吸血コウモリは死んだと聞かされ、ずっとそれを信じていた。
キュウちゃんが生きていたなんて。そんな驚きと喜びを感じた詩桜だったのだけど……
「ん? 待って……灯真がキュウちゃんで間違いないと言うなら。わたしキュウちゃんと一緒にお風呂に入った記憶があるんだけど」
「…………」
「ほ、他にも、キュウちゃんが普通の吸血コウモリだとばかり思っていたから、わたしっ」
「……俺は、あんまり無防備なことをするなとその都度忠告していたはずだ」
しれっとそう言われてしまうとなにも言えない。いや、しかし灯真が正体を隠していたせいなのだが。
「いいだろ、お互いガキだったんだし今さらだ」
「よ、良くないよ!」
「なんなら今だって、また一緒に風呂へ」
ぐいっと腰を掴まれ引き寄せられる。
「もっと良くないよ!」
灯真のそういうところは相変わらずで、けれど前より……灯真に触れられることが、嫌じゃなくなってきている自分に、詩桜は気付かないフリをして彼の腕から逃げ出した。
だって、これ以上ほだされたら辛くなる。
遥が正式な星巫女ならば、灯真はいずれ彼女の守護者になるのだから……
結界の弱まりは日に日に強くなっているように思える。それは気のせいではなく、羅針盤からも窺える。
現に狂鬼化の事件も多発しているし、詩桜が一度におびき寄せ清める数も増える一方だ。
「ふぅ……終わった」
詩桜は、舞い終えるとへなへなと星翔川沿いの土手にしゃがみ込んだ。この辺りはチクチクと硬い草がはえていて、座り心地が良いとはいえないけど。
「毎日立てなくなるまで、よく続けられるな」
近くで護衛をしてくれていた灯真も隣へ腰を下ろす。
「元に戻れる可能性が残っているのに、殺されてしまうなんて見過ごせないでしょ」
「怖いくせに。狂鬼に対して慈悲深いというか、酔狂だな」
「最初は、わたしも狂鬼化した者は、殺されるのが当然だって思ってた。けど……実はね、昔出会った小さな吸血コウモリとこっそり一緒に生活していた時期があって」
「っ!」
「その子との出会いで少し考えが変わったの。吸血鬼も好きで狂鬼になるわけじゃないんだって。種族は違っても、彼らにだって感情があって、家族がいて、わたしたちと同じなのかもって思えたの」
でも……と詩桜は悲しそうに俯いた。
「わたしに大切なことを教えてくれたその子は、わたしのせいで死んじゃったんだ」
「死んだ?」
「前の村長の義雄様に見つかって、斬られて……わたしが、連れてきてしまったばっかりに」
今思い出しても悲しみが蘇り声が震えた。
「……大丈夫だ。その吸血コウモリは、斬られたことをお前のせいだなんて思ってない」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「こうして、今お前の目の前にいるから」
灯真は笑っていた。
「……へ?」
訳が分からず、詩桜は間の抜けた声を出してしまう。
けれどそんな詩桜を見つめる灯真の目は優しげで、どこか嬉しそうでもあった。
「忘れてなんていなかったんだな」
「え、え?」
「そうか、あの時、俺が死んだと思って……それで」
ぎゅっと抱きしめられ、詩桜は赤面しながらもがいた。
「と、灯真、どうしたの突然。苦しい」
「キュウちゃん。お前が俺にくれた名だ、覚えてるだろ?」
それは自分だけが知っている、吸血コウモリに付けた名前だった。
それを知っているということは、灯真があの吸血コウモリだったという事実が、嘘ではないということで……
「本当に……灯真が、キュウちゃんなの?」
「ああ」
「そんな……思い出したというか、キュウちゃんのことは一度だって忘れた事ないよ。まさか、灯真と同一人物だとは気付けなかっただけで」
「そうか。最後に呪いが解けて、人型に戻った俺の姿を覚えてなかったんだな」
話しているうちに詩桜の中でぼやけていた記憶が蘇ってくる。確かにあの時は……大怪我を負ったキュウちゃんを助ける為、自分の血を捧げた。その後、血を吸われ過ぎて意識が朦朧として……その先のことは思い出せないまま気が付けば屋敷に連れ戻されていたのだ。
そして義雄に吸血コウモリは死んだと聞かされ、ずっとそれを信じていた。
キュウちゃんが生きていたなんて。そんな驚きと喜びを感じた詩桜だったのだけど……
「ん? 待って……灯真がキュウちゃんで間違いないと言うなら。わたしキュウちゃんと一緒にお風呂に入った記憶があるんだけど」
「…………」
「ほ、他にも、キュウちゃんが普通の吸血コウモリだとばかり思っていたから、わたしっ」
「……俺は、あんまり無防備なことをするなとその都度忠告していたはずだ」
しれっとそう言われてしまうとなにも言えない。いや、しかし灯真が正体を隠していたせいなのだが。
「いいだろ、お互いガキだったんだし今さらだ」
「よ、良くないよ!」
「なんなら今だって、また一緒に風呂へ」
ぐいっと腰を掴まれ引き寄せられる。
「もっと良くないよ!」
灯真のそういうところは相変わらずで、けれど前より……灯真に触れられることが、嫌じゃなくなってきている自分に、詩桜は気付かないフリをして彼の腕から逃げ出した。
だって、これ以上ほだされたら辛くなる。
遥が正式な星巫女ならば、灯真はいずれ彼女の守護者になるのだから……