詩桜が偽りの星巫女だと張り紙が出され数日。

「本当に、河合さんとはなにもないんだよな。ただの、友達なんだよな?」
 屋上で一人、星翔村を一望していると月嶋に声を掛けられた。最近月嶋は、しつこいぐらいこの前のことを確認してくる。

「他に、どんな関係だっていうの?」
「いや、そうだよな。いくらなんでも、さすがにあれはおれの誤解か。あはは」
「なんの誤解をしたの?」
「な、なんでもな~い。ゴホンッ、でさ、真面目な話なんだけど……河合さんに、なにも確かめないままだね」

 あれから遥は特に詩桜と距離を置くことなく接してくれているけど、お互いにどこかぎこちなさが残っている。

「真実を知るのが怖い?」
「うん、怖い……わたしは、弱虫かな」
「どうだろう」
 月嶋は、困った顔をして微笑を浮かべた。

 不思議な人だ。敵なのか味方なのかも謎のまま、こうして彼と過ごす時間も日常となってきている。

(この人は、どこまで知っているんだろう。遥ちゃんが蓮美さんかもしれないことは、知らないはず……だけど)
 考えることは山積みなのだが、頭は上手く働いてくれなくて、口を押さえ大きな欠伸がでた。

「ごめんなさい、最近寝不足で」
「夜の仕事をしすぎだよ。職務を蔑ろにしろとは言いわないけどさ、春宮の霊力だって無限に湧き出るものじゃないんだから、もっと休息の日を増やさなきゃ」

「最近はますます狂鬼の事件が多いようだから、少しでも役に立ちたくて……あら? なんで、わたしが夜のお仕事をしていたことを、知っているの?」
「えっ、いや、それは……あれだよ、おれの冴え渡る勘の賜物、みたいな。とにかく……少しは、自分の身体も労わってあげてよ」
「う、うん……心配してくれて、ありがとう」

 遥が星巫女になったら、自分は……魔の化身として始末されるだろう。
 今度は陽菜の時のようにはならない。
 その想いが真実を確かめる心を曇らせていた。

 もう少し、もう少しだけ……このままで。皆と、一緒に過ごしていたいから。





「きゃっ、ごめんなさい。怪我はありませんか?」
 休み時間。ぼんやり歩いていた詩桜は、向かいから走って来た人とぶつかってしまった。
「ごめんね~。あたしこそ、急いでたから」
 顔をあげると、ツインテールの元気がよさそうな女子が謝ってくれた。
 胸元のリボンが詩桜と同じ赤だったので二年生のようだ。

「あら? 春宮さんだ!」
「そ、そうですけど」
 突然名前を呼ばれ身構えてしまった。

「近くで見ると、ますます可愛いね」
「え?」
 突然容姿を褒められ詩桜は戸惑う。

「あ、ごめんごめん。いきなり馴れ馴れしかったかな、あたし」
「そんなこと、ないですけど」
(ビックリはしたかも……)
「同い年なんだから、敬語とか使わないでよ~、他人行儀」
「そ、そっか。わかった」

「うんうん。ずっと、話しかけたいなって思ってたんだ」
「わ、わたしに?」
「そうだよ。なんかさ、色々、噂が一人歩きしてるみたいだけど、伝えたかったの……応援してるよって」

「応援? わたしのことを?」
「だから、そうだってば。あたしもね、春宮さんと同じだから」
 同じと言われなんのことかと思ったが、彼女は、にこっと微笑み詩桜の耳元に唇を寄せ秘密を教えてくれた。

「あたしは人間だけど、吸血鬼の彼と付き合ってるんだ」
「そうなの?」
「うん、そうなの。彼は、春宮さんと同じクラスだよ。中岡くんって言ってね、あまり目立つタイプじゃないんだけど、優しくってあたしにとっては最高に素敵な人」
 照れながらポリポリと頬を掻く彼女の表情が、なんだか可愛らしくて幸せそうで、詩桜まで自然と表情が和らいだ。

「だから、あなたと白波瀬くんのこと応援してる。最近は、妖し風のせいで種族の違う恋なんて~みたいな空気だけどさ。好きになっちゃったら仕方ないじゃんね。星巫女とか偽者とかあたしにはよくわかんないけど、立場なんて関係ないよ」
「あ、ありがとう」

 自分と灯真は恋人同士ではないのだけれど、彼女の言葉が嬉しくて詩桜の胸が温かくなる。
 その時、授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「じゃあ、またね。春宮ちゃん!」
 と、廊下に響く大声を残し台風みたいな女子は、ひまわりみたいな笑顔で走り去った。

 ぽつり。廊下に取り残された詩桜は、授業のことなどすっかり頭から抜け落ちてしまった。
 また、会えるだろうか。名前ぐらい聞いておけばよかった。