翌日は、空が厚い雲に覆われ、いつまでたっても布団から出る気のしない天気だった。
 学校に行くのを億劫に思いながらも、詩桜は身支度を済ませ登校した。

「今度は、なんだろう」
 中央棟、二階のホールへ着けば、昨日の記憶を呼び起こす人だかり。
 詩桜の姿を見るなり群れを成していた生徒たちは、ざわざわと道を開け散ってゆく。

『衝撃! 偽りの星巫女』

(な、なんで……)

 そこには、昨日同様出所の分からない張り紙が新たに張り出されていた。

「詩桜、おはよう。また……誰が、こんなことを」
 隣に来た遥の声も届かず詩桜は張り紙に釘付けになり、呆然と立ち尽くしたまま息を吸うのも忘れるぐらい必死で文面に並ぶ文字に視線を走らせる。


『今から十六年ほど前、この村で一つの予言が発表された。年に一度の星翔祭。その本祭の日にて、この村で生まれた赤子はやがて星巫女となり、この村に再び平和をもたらすだろうと』


 ここまでは、村人の誰もが良く知る予言だった。先代星巫女が任期を終えると、近いうちに新たな乙女が予言により選出されるのが、この村の習わしだから。
 けれど、張り紙には、一握りの者しか知らない秘密までもが綴られていた。


『そして同日に生まれるもう一人の赤子は、魔の者を集わせ、闇の化身と成り果てるだろう。

 予言通り、本祭の日。朝、麗らかな日差しに祝福されるようにして生まれた赤子は、清らかな霊力を持ち生まれた。闇夜、月光に見守られ生を受けた赤子には、人並みならぬ霊力の他、狂鬼すらも魅了し惹きつける力が授けられていた。どちらが光の者でどちらが闇の者か、それは一目瞭然のこと。予言には、こうも記されていた。その闇の化身を倒せるのは星巫女のみ。選ばれしモノたちは、生まれて七回目の誕生日を過ぎるとその力を開花させると。予言を受け、魔の化身を打ち砕くべく、村ではひっそりと儀式が行われた。朝に生まれた少女に刀を持たせ、夜に生まれし少女を抹殺させようと……』


 もう読まなくても続きになんと書かれているのか、詩桜には予想ができている。
 なぜなら自分は、朝に生まれた星巫女に成り代わった、闇に生まれし偽りの星巫女だから……。

 張り紙と共に張られた幼い詩桜ともう一人、黒髪の愛らしい少女の写真から詩桜は目を逸らす。自分の目の前で狂鬼に襲われ命を落とした本物の星巫女が、そこには写っていた。

「春宮、またやられちゃったね」
 昨日同様いつのまにか詩桜の後ろには、月嶋の姿があった。
「あのさ……少し、いいかな。二人きりで話さない?」
 いつになく真剣な面持ちの月嶋からの突然の申し出に、もちろん詩桜は戸惑ったし遥も訝しげな顔をしている。

「河合さん、ちょっと春宮借りるね。場所を変えよう」
 遥は心配そうにしていたが、詩桜は「大丈夫」と、そんな遥に目で合図を送り月嶋の背中を追いかけたのだった。





「ここなら、誰にも聞かれず話せるかな」
 東棟の屋上は、今日も人気がなく静かだった。
 そこまで警戒してする話とは、いったいどんなものなのか。緊張してしまう。
 月嶋は言いづらそうになにかを躊躇しているようで、なかなか話を切り出してくれない。

「あの、月嶋くん……お話って?」
「うん……単刀直入に聞くよ!」
「は、はい」
 辺りの空気がピンッと張り詰め、詩桜は息をするのも忘れるほどに緊張を覚える。

「最近、河合さんとは上手くいってる?」
「え?」
 質問の意図がよくわからない。遥とは特に喧嘩もしたことがないし、今日だって例の張り紙のこと、とても心配してくれているようだったが。

「おれの見間違いかもしれないけど……いや、見間違いじゃないな。おれ見ちゃったんだ」
「なにを、ですか?」
「あの張り紙、犯人は……河合さんかもしれない」
 この人は、なにを言い出すのか。怒りも、戸惑いもなく、詩桜はただまさかと思った。

「昨日の今日だからね。おれ、今朝は登校時間のずっと前から、校舎内に張り込もうと思ってさ」
 そうしたら人影を発見したのだという。中央棟二階の掲示板前。誰よりも早く登校していた遥が、ぼうっとその張り紙を眺めている姿を。

「直接、遥ちゃんが記事を貼っている場面を、目撃したわけではないんですよね」
「ああ、一足遅かった」
「なら、遥ちゃんが犯人だなんて、言い切れないと思います」

「おれだって、そう思いたいよ。でもさ、昨日あの張り紙を見つけた河合さんは、春宮の前でそれを破り捨てて見せたよね。キミのことを想っているなら、今朝だってすぐに破り捨ててしまえばよかったはずだ。そうすれば、これほど生徒の目に曝されることもなかった」
 月嶋の言うことはもっともだったが、納得できない部分も多すぎる。

「月嶋くんがその時、遥ちゃんに声を掛けなかったのはなぜですか? 張り紙もほうっておいて、遥ちゃんを捕まえることもなく、わたしにだけそれを伝える意図は?」

「信じてもらえないか。おれだって、河合さんのこと悪く言いたくないし、信じたいよ。だけど……キミが傷つけられているのを、黙って見過ごすことはできないと思った。でも、表立った手助けもできない。おれは、ただの傍観者だから」

「……どういう意味ですか?」
「キミに命の危険があったら、さすがに助けられるんだけど。おれの独断で判断を下すには、まだ証拠が足りない。だから、今のおれには気をつけるようにと忠告することぐらいしか」

「待ってください。あなた一体……」
 ただのクラスメイト……じゃない?
「おれが、敵か味方か気になる?」
「だって……」

「それは、おれも同じ。そして、その答えはキミの正体次第だ」
 真意の掴めない瞳に、詩桜は底知れぬ恐怖すら感じる。
「キミは、偽物か本物か……偽りの星巫女など誰も望んでいないから」
 この人は、もしかしたら張り紙が出る前から、詩桜の正体を知っていたのかもしれない。

「もうすぐ授業が始まっちゃうね。教室へ行こう」
 屋上まで聞こえてきた予鈴を聞いて、月嶋の表情はいつもの笑顔に戻ったが。

「心に止めておいてね、おれの忠告」
 月嶋が耳元で囁いた言葉に、詩桜は戸惑い頷くこともできなかった。