「あ、詩桜。もう授業始まっちゃうよ……どうだった? 白波瀬くんに詩桜が探してたよって、伝えておいたんだけど」
教室に戻る廊下の途中で、わざわざ迎えに来てくれた遥と出くわした。
「うん……会えたよ。ありがとう」
遥に心配を掛けないよう、精一杯笑ってみせたけれど、心の中に溜まったモヤモヤが晴れることはなかった。
その後、少し冷静になり言い過ぎたと灯真に謝ろうと試みもしたのだが、間が悪くなかなか声を掛けられないまま気が付けば放課後になっていた。
(灯真、まだ学校にいるのかな……)
家に帰ればどうせ会えるのだが、ついつい気が急いでしまい下校時刻の校内で灯真の姿を探していた。
ちょっと目を離した隙に教室にはもういなくて、あの大きな腹の虫も近くからは聞こえない。
「春宮、今帰り?」
顔を上げると、月嶋がいた。
「あ、月嶋くん、えっと……」
「白波瀬と、なにかあったのか?」
「え? な、なんでですか?」
「だって、今日のあいつ機嫌が悪そうだったから」
「……灯真、今どこにいるか分かりますか?」
「う~ん、さっき東棟の屋上の方へ向かっていたような……」
「ありがとう。行ってみます」
「あ、うん。仲直りできるといいね」
詩桜は、月嶋にペコリとお辞儀をすると走り出したのだった。
東棟屋上へ向かうため三階まで上ると、微かに聞こえるグルルルルという腹の音。
聞きなれた灯真の音に詩桜は安堵した。だが……屋上へ向かう階段へ一段足を乗せると、遥の声も微かに聞こえる。
見上げると踊り場を越えた辺りに二つの影。
灯真の後姿と遥の横顔が手すりの影から窺えた。二人とも詩桜にはまだ気付いていない様子だった。
「そんなに気になる? 私のこと」
うまく言えないが二人は、どこか割って入れるような雰囲気ではなかった。
「ああ、初めて見た時からな」
「そう……私も、ずっと気になってたよ。君のこと」
これは聞いてはいけない会話な気がして、引き返そうと思ったのだが。
「っ……」
軽くバランスを崩して、段差によろめいた詩桜の気配を感じたのか、ふと上にいる遥と視線がぶつかる。
「あれ、詩桜。どうしたの?」
「あ……わたし」
遥はすぐに灯真から離れ、パッといつもと同じ笑顔を向けてくれたけれど、灯真はなにも答えぬまま、詩桜の横をすり抜けて行ってしまった。
ずっと探していたのに。呼び止めればいいだけなのに。遠くなってゆく背中を見送ることしかできない。
「詩桜、一緒に帰ろう」
遥は、何事もなかったかのように詩桜の肩をぽんと叩き歩き出す。
「う、うん」
今の二人の雰囲気は……一体、なんだったのだろう。
詩桜も続いて歩き出すけれど、なぜか心は晴れないままだった。
歩きなれた夕暮れ時の並木道を遥と一緒に歩く。
けれど詩桜は、先程の光景が何度も頭を過っていた。
お互いに気になる存在だなんて……まるで惹かれあっている者同士のような会話だった。
「遥ちゃんの、好きな人って……」
まさか灯真? 分からない。でも、盗み聞きしてしまったような会話を聞くのは、さすがに気が引けたのだけど。
「そんなこと知りたいの?」
「えっ!? 今、わたし声に出して言ってた?」
「うん、思い切り声に出して言ってた」
しどろもどろな詩桜の態度に、遥はなぜか少し困ったようにクスッと微笑む。
「ご、ごめんなさい……でも、気になるかも」
「ふーん……いるよ、特別に想っている人なら」
なんて切なそうな目をするのだろう、と遥を見て詩桜は思った。
それは、どんな恋なの? 相手は灯真なの? 聞きたいことは他にもあったけれど、遥の横顔を見ていると、それ以上踏み込めないなにかを感じる。
「遥ちゃんは……その恋をして、幸せ?」
「どうかな……恋って言えるのかな。出逢わなければよかったって、思ってるし」
「え?」
「今さら抱いても……許されない想いだから。この気持ちを伝えても、伝えなくても、後悔する自分がいるんだ」
「どちらを選んでもなの?」
「そうだよ。だから……こんな気持ち、このまま風化させてしまえればいいのに」
遥は切ない恋をしているのか。そんな恋を知らない詩桜には、理解してあげられないけれど。
「……たとえどんな恋でも、わたしは遥ちゃんの味方だよ」
そう言うと自分の言葉で遥が微笑んでくれて、詩桜はそれが嬉しくて釣られて微笑み返した。
「で?」
「え?」
一言聞き返され、詩桜はなんのことかときょとんとする。
「私も教えたんだから、次は詩桜の番だよ」
「そ、そっか。こい、恋の話……えっと~」
一瞬、ほんの一瞬だけ灯真の顔が過ったけれど、自分を食べたいなんて言ってくる吸血鬼と恋愛なんて結びつくはずないとかき消した。
「う~ん、う~ん……」
「ふふ、無理しなくていいよ。詩桜には、まだ早かったね」
「……不甲斐無い、恋の一つも語れないなんて」
詩桜だって同級生の子たちと好きな人の話で盛り上がってみたいという気持ちはあるのに、恋愛経験がスカスカの自分じゃなにも語れないことが虚しく思えた。
けれど落ち込む詩桜の顔を見て、遥はクスッと笑いながら。
「詩桜には、今のままでいてほしいな。ずっと」
と、呟いていたのだった。
教室に戻る廊下の途中で、わざわざ迎えに来てくれた遥と出くわした。
「うん……会えたよ。ありがとう」
遥に心配を掛けないよう、精一杯笑ってみせたけれど、心の中に溜まったモヤモヤが晴れることはなかった。
その後、少し冷静になり言い過ぎたと灯真に謝ろうと試みもしたのだが、間が悪くなかなか声を掛けられないまま気が付けば放課後になっていた。
(灯真、まだ学校にいるのかな……)
家に帰ればどうせ会えるのだが、ついつい気が急いでしまい下校時刻の校内で灯真の姿を探していた。
ちょっと目を離した隙に教室にはもういなくて、あの大きな腹の虫も近くからは聞こえない。
「春宮、今帰り?」
顔を上げると、月嶋がいた。
「あ、月嶋くん、えっと……」
「白波瀬と、なにかあったのか?」
「え? な、なんでですか?」
「だって、今日のあいつ機嫌が悪そうだったから」
「……灯真、今どこにいるか分かりますか?」
「う~ん、さっき東棟の屋上の方へ向かっていたような……」
「ありがとう。行ってみます」
「あ、うん。仲直りできるといいね」
詩桜は、月嶋にペコリとお辞儀をすると走り出したのだった。
東棟屋上へ向かうため三階まで上ると、微かに聞こえるグルルルルという腹の音。
聞きなれた灯真の音に詩桜は安堵した。だが……屋上へ向かう階段へ一段足を乗せると、遥の声も微かに聞こえる。
見上げると踊り場を越えた辺りに二つの影。
灯真の後姿と遥の横顔が手すりの影から窺えた。二人とも詩桜にはまだ気付いていない様子だった。
「そんなに気になる? 私のこと」
うまく言えないが二人は、どこか割って入れるような雰囲気ではなかった。
「ああ、初めて見た時からな」
「そう……私も、ずっと気になってたよ。君のこと」
これは聞いてはいけない会話な気がして、引き返そうと思ったのだが。
「っ……」
軽くバランスを崩して、段差によろめいた詩桜の気配を感じたのか、ふと上にいる遥と視線がぶつかる。
「あれ、詩桜。どうしたの?」
「あ……わたし」
遥はすぐに灯真から離れ、パッといつもと同じ笑顔を向けてくれたけれど、灯真はなにも答えぬまま、詩桜の横をすり抜けて行ってしまった。
ずっと探していたのに。呼び止めればいいだけなのに。遠くなってゆく背中を見送ることしかできない。
「詩桜、一緒に帰ろう」
遥は、何事もなかったかのように詩桜の肩をぽんと叩き歩き出す。
「う、うん」
今の二人の雰囲気は……一体、なんだったのだろう。
詩桜も続いて歩き出すけれど、なぜか心は晴れないままだった。
歩きなれた夕暮れ時の並木道を遥と一緒に歩く。
けれど詩桜は、先程の光景が何度も頭を過っていた。
お互いに気になる存在だなんて……まるで惹かれあっている者同士のような会話だった。
「遥ちゃんの、好きな人って……」
まさか灯真? 分からない。でも、盗み聞きしてしまったような会話を聞くのは、さすがに気が引けたのだけど。
「そんなこと知りたいの?」
「えっ!? 今、わたし声に出して言ってた?」
「うん、思い切り声に出して言ってた」
しどろもどろな詩桜の態度に、遥はなぜか少し困ったようにクスッと微笑む。
「ご、ごめんなさい……でも、気になるかも」
「ふーん……いるよ、特別に想っている人なら」
なんて切なそうな目をするのだろう、と遥を見て詩桜は思った。
それは、どんな恋なの? 相手は灯真なの? 聞きたいことは他にもあったけれど、遥の横顔を見ていると、それ以上踏み込めないなにかを感じる。
「遥ちゃんは……その恋をして、幸せ?」
「どうかな……恋って言えるのかな。出逢わなければよかったって、思ってるし」
「え?」
「今さら抱いても……許されない想いだから。この気持ちを伝えても、伝えなくても、後悔する自分がいるんだ」
「どちらを選んでもなの?」
「そうだよ。だから……こんな気持ち、このまま風化させてしまえればいいのに」
遥は切ない恋をしているのか。そんな恋を知らない詩桜には、理解してあげられないけれど。
「……たとえどんな恋でも、わたしは遥ちゃんの味方だよ」
そう言うと自分の言葉で遥が微笑んでくれて、詩桜はそれが嬉しくて釣られて微笑み返した。
「で?」
「え?」
一言聞き返され、詩桜はなんのことかときょとんとする。
「私も教えたんだから、次は詩桜の番だよ」
「そ、そっか。こい、恋の話……えっと~」
一瞬、ほんの一瞬だけ灯真の顔が過ったけれど、自分を食べたいなんて言ってくる吸血鬼と恋愛なんて結びつくはずないとかき消した。
「う~ん、う~ん……」
「ふふ、無理しなくていいよ。詩桜には、まだ早かったね」
「……不甲斐無い、恋の一つも語れないなんて」
詩桜だって同級生の子たちと好きな人の話で盛り上がってみたいという気持ちはあるのに、恋愛経験がスカスカの自分じゃなにも語れないことが虚しく思えた。
けれど落ち込む詩桜の顔を見て、遥はクスッと笑いながら。
「詩桜には、今のままでいてほしいな。ずっと」
と、呟いていたのだった。