放課後、詩桜は日課のためにいつも向かう場所へと寄り道をした。
星翔神社へ続く長い石造りの階段を上り終え、境内に入ると白壁に鉄の扉で閉ざされた建物がある。そこはこの村を中心に張り巡らされた結界の要である蒼水晶が守られている封陣の間。
星巫女候補でしかない詩桜が祈りを捧げても、なんの反応もないのだけれど、最近は毎日掃除と祈りを欠かさないようにしていた。
だが、今日もバケツと雑巾を手に、いつもと同じようにその場所へ近付いた時だった。
なにか違和感を覚え立ち止まる。
そこは星巫女と守護者の資格がある者以外、立ち入ることが許されていないはずなのに中から人の気配を感じたのだ。
扉に付けられているはずの大きな南京錠も外されている。
「灯真?」
詩桜は恐る恐る、重い鉄扉に全体重をかける。ぎぎっと錆付いた音を立て扉が開いた。
「だ、れ?」
窓一つない封陣の間は、つねにひんやりとした冷気の篭もる六畳ほどの薄暗い空間。
その中心部には、ぼんやりと光る巨大な蒼水晶が宙に浮いている。
それだけで室内は十分と照らされるのだ。だから、しっかりと確認できた。中にいる人物が灯真ではない誰かだということも。
「…………」
黒装束を纏う男は、無言のままこちらを一瞥する。
詩桜もあわてて武器を探すが、今手元にあるのはバケツに雑巾に箒……これで、どう戦えと……
咄嗟の対応ができず、おろおろしている詩桜を尻目に、黒装束の男は平然とした態度のまま、部屋の中心にある蒼水晶の前へと歩み寄る。
嫌な予感がした。もし、蒼水晶を破壊されでもしたら、封印の陣は力を無くし日ノ本中に妖し風が吹き荒れるだろう。
「そこから離れてください!」
封陣の間へ箒とバケツ片手に飛び込んだ詩桜に、黒装束の男が振り向く。
顔は目より下が布で隠されているので、面立ちもよく分からない。ただ、詩桜から視線を逸らさない真っ直ぐな眼差しに、なぜか胸の奥がひどく騒いだ。
男はすぐに蒼水晶に向き直りダンッと拳でそれに一撃をくらわせる。男の拳からメラメラと黒い炎のような影が溢れ出し、水晶を闇が浸食してゆく。
ピシッ、ピシッと亀裂が入る嫌な音が鳴りはじめた。
「ダメッ!」
武器を持っていない自分が今できることなどたかが知れている。それでも見逃せるはずがない。詩桜は男に向って箒を振り上げる。
「っ!」
振り下ろされた箒を男は難無く飛び退いて避けた。
けれどそれでいい。詩桜もこれで男を伸せるなどとは考えていなかった。
水晶から男を離すことができればよかったのだ。
「呪符退魔! 急急如律令!」
渾身の霊力を籠め男に向って手持ちの札を投げつける。しかし。
「効かないっ」
それはつまり相手が魔属性ではなく人間か、はたまた詩桜の霊力を跳ね除けられるほどの強敵ということだ。
だが、ここで怯んでいる場合じゃない。
「ッ!」
近くに転がっていたバケツを掴み男に投げつけると、男が腕でそれを弾いている隙に箒を持って跳ね上がり、刀代わりに頭に一撃をくらわす。
攻撃力は低いがどうにか急所を狙えればと、再び箒を振り上げる詩桜だったが、男は詩桜の手首を掴むとそのまま力任せに押し倒し詩桜の動きを封じた。
「あなたは、一体何者ですか?」
「僕の名は……アカツキ」
アカツキさん。警戒の眼差しで詩桜がその名をつぶやくと、男は面白そうに瞳を細めた。
「フッ……いいね、その目。君に、そんな風に見つめてもらえる日がくるなんて」
「一体なにが目的なの?」
「君に星巫女の座など似合わない。だって、君は光ではなく闇に愛された姫君だ」
「っ……どういう意味ですか?」
「ふふ、分かっているクセに。星巫女の座に相応しいのは、君じゃないよ。光に愛されたのは、あの子だけ」
「あの子って、くっ……」
「手荒な真似はしたくないんだ。今は大人しく眠っていて」
「なに、をっ」
なんとかもがいて男の絞め技から逃れようとするが、口元に薬品の匂いがする布を押し当てられた途端、意識が遠のいてゆく。
「ん~~~~っ!!」
(だめ……意識が……だめなのに、倒れている場合じゃないのに……)
「無理だよ。今の君に、僕を捕まえることなんて。一時のさよならだ、闇のお姫様」
男がなにか言っている。けれどそれすら上手く聞き取れないまま、詩桜は意識を手放してしまった。
星翔神社へ続く長い石造りの階段を上り終え、境内に入ると白壁に鉄の扉で閉ざされた建物がある。そこはこの村を中心に張り巡らされた結界の要である蒼水晶が守られている封陣の間。
星巫女候補でしかない詩桜が祈りを捧げても、なんの反応もないのだけれど、最近は毎日掃除と祈りを欠かさないようにしていた。
だが、今日もバケツと雑巾を手に、いつもと同じようにその場所へ近付いた時だった。
なにか違和感を覚え立ち止まる。
そこは星巫女と守護者の資格がある者以外、立ち入ることが許されていないはずなのに中から人の気配を感じたのだ。
扉に付けられているはずの大きな南京錠も外されている。
「灯真?」
詩桜は恐る恐る、重い鉄扉に全体重をかける。ぎぎっと錆付いた音を立て扉が開いた。
「だ、れ?」
窓一つない封陣の間は、つねにひんやりとした冷気の篭もる六畳ほどの薄暗い空間。
その中心部には、ぼんやりと光る巨大な蒼水晶が宙に浮いている。
それだけで室内は十分と照らされるのだ。だから、しっかりと確認できた。中にいる人物が灯真ではない誰かだということも。
「…………」
黒装束を纏う男は、無言のままこちらを一瞥する。
詩桜もあわてて武器を探すが、今手元にあるのはバケツに雑巾に箒……これで、どう戦えと……
咄嗟の対応ができず、おろおろしている詩桜を尻目に、黒装束の男は平然とした態度のまま、部屋の中心にある蒼水晶の前へと歩み寄る。
嫌な予感がした。もし、蒼水晶を破壊されでもしたら、封印の陣は力を無くし日ノ本中に妖し風が吹き荒れるだろう。
「そこから離れてください!」
封陣の間へ箒とバケツ片手に飛び込んだ詩桜に、黒装束の男が振り向く。
顔は目より下が布で隠されているので、面立ちもよく分からない。ただ、詩桜から視線を逸らさない真っ直ぐな眼差しに、なぜか胸の奥がひどく騒いだ。
男はすぐに蒼水晶に向き直りダンッと拳でそれに一撃をくらわせる。男の拳からメラメラと黒い炎のような影が溢れ出し、水晶を闇が浸食してゆく。
ピシッ、ピシッと亀裂が入る嫌な音が鳴りはじめた。
「ダメッ!」
武器を持っていない自分が今できることなどたかが知れている。それでも見逃せるはずがない。詩桜は男に向って箒を振り上げる。
「っ!」
振り下ろされた箒を男は難無く飛び退いて避けた。
けれどそれでいい。詩桜もこれで男を伸せるなどとは考えていなかった。
水晶から男を離すことができればよかったのだ。
「呪符退魔! 急急如律令!」
渾身の霊力を籠め男に向って手持ちの札を投げつける。しかし。
「効かないっ」
それはつまり相手が魔属性ではなく人間か、はたまた詩桜の霊力を跳ね除けられるほどの強敵ということだ。
だが、ここで怯んでいる場合じゃない。
「ッ!」
近くに転がっていたバケツを掴み男に投げつけると、男が腕でそれを弾いている隙に箒を持って跳ね上がり、刀代わりに頭に一撃をくらわす。
攻撃力は低いがどうにか急所を狙えればと、再び箒を振り上げる詩桜だったが、男は詩桜の手首を掴むとそのまま力任せに押し倒し詩桜の動きを封じた。
「あなたは、一体何者ですか?」
「僕の名は……アカツキ」
アカツキさん。警戒の眼差しで詩桜がその名をつぶやくと、男は面白そうに瞳を細めた。
「フッ……いいね、その目。君に、そんな風に見つめてもらえる日がくるなんて」
「一体なにが目的なの?」
「君に星巫女の座など似合わない。だって、君は光ではなく闇に愛された姫君だ」
「っ……どういう意味ですか?」
「ふふ、分かっているクセに。星巫女の座に相応しいのは、君じゃないよ。光に愛されたのは、あの子だけ」
「あの子って、くっ……」
「手荒な真似はしたくないんだ。今は大人しく眠っていて」
「なに、をっ」
なんとかもがいて男の絞め技から逃れようとするが、口元に薬品の匂いがする布を押し当てられた途端、意識が遠のいてゆく。
「ん~~~~っ!!」
(だめ……意識が……だめなのに、倒れている場合じゃないのに……)
「無理だよ。今の君に、僕を捕まえることなんて。一時のさよならだ、闇のお姫様」
男がなにか言っている。けれどそれすら上手く聞き取れないまま、詩桜は意識を手放してしまった。