「いいお話ですね。青春って感じがします」

 長野さんは豚足の骨が残った皿を前にして言う。僕も話をしながら一人前の豚足を食べたが、プルプルの食感に酢味噌が合わさって美味しかった。時刻は二十二時前、店内は先ほどまでの賑やかな空気からどこかトーンが下がった落ち着いた雰囲気になっていた。

「当時の先生はセツさんのことが好きだったんでしょうか?」

 長野さんは臆面もなく訊いてくる。あの時、セツと一緒に見た景色を回想する。十七年前のことなのに今でも鮮明に、写真に残したように覚えている。

「うん。直接言葉には出さなかったけど、間違いなくセツのことが好きだったと思う。正直過ごした時間は短いんだけど、それでもずっと前から一緒にいたように楽しくて、自然体でいられる存在だった」

「でも先生って独身ですよね?」

「え? あ、うん。そうだけど……」

「セツさんには振られたんですか?」

 長野さんはしたり顔で言う。僕は苦笑いをするしかない。

「セツさんにこっぴどく振られて見返すために医者になったとか!」

「違うよ。僕はセツに振られてない。そんな理由ならどんなによかったことか」

 僕は苦笑いからそのまま力を抜いて小さく吐息を漏らす。

「えーじゃあ何だろ?」

「まぁその話もここからしていくよ」

「それにしても先生のお友達は随分とひょうきんな方ですね」

「ヤスのことかい? まぁ幼稚園のころからの付き合いだけど、アイツには振り回されっぱなしだよ。悪いヤツじゃないんだけど
ね」

「まぁ聞いた限りそのようですね。絶対に付き合いたくないタイプですが」

 僕は先日ヤスから電話があった時のことを思い返す。三人目の子供が産まれ、また男の子だと笑いながら言っていた。女の子が欲しいと口では言っていたがその声は子供がかわいくてしょうがないと言った様子だった。

 ヤスは結局地元に残り、高校卒業後は地元の運送会社で長距離トラックドライバーとして働いている。地元で獲れた海産物を全国に運ぶ大切な仕事だ。そして同じく地元に残ったクラスメイトと結婚をした。馴れ初めとしては詳しくは知らないがあまりに振られて落ち込んでいるヤスを彼女が可哀想に思って、ということらしい。観音菩薩なのかただの物好きなのかはわからないが、結果としてヤスが幸せな家庭を築けているのはまさに彼女のおかけだ。

 仕事に家庭に忙しい合間を縫って、時折近況報告と称して相変わらず一方的に連絡をよこし、最後には結婚はいいぞ! と勧められ電話を切られる。そんなヤスとの毎回のお約束を思い出し、僕は不意に思い出し笑いをしそうになった。

「あ、先生何か飲みます?」
 
 長野さんに促されてメニューを見るが、あまりピンと来るものがなかった。ただ、話をするのにもう少しアルコールを入れたい気持ちはある。何にしようか迷っていたその時、お腹の辺りから体がブルっと震えるような寒さを感じた。

 ビール、ハイボールと立て続けに冷たい飲み物を飲み続けていたのでどうやら体が少し冷えたらしい。

「熱燗でも良いかい? 飲める?」

「もちろんです。ここからはしっぽりいきましょう」

 長野さんは女将さんに熱燗二合とおちょこ二つを注文する。注文はすぐに運ばれてきたので僕は徳利を手に持つと、二つのおちょこに熱燗を注いだ。

「あ、やりますよ」

「いや、さっきからやってもらってばかりだからたまには仕事をしなくちゃね」

 熱燗をおちょこに注ぎ終わると、僕はそれを口に含むようにしてゆっくりと飲んだ。麹とアルコールの香りを含んだ湯気が鼻に抜けるのと同時に、喉から胃までが熱燗の熱によってホカホカと温まっていくのを感じた。

「じゃあ続きを話そうかな。……あれ? どこまで話したっけ?」

「セツさんと展望台に行ったところです。大丈夫ですか? ここで酔い潰れるのはなしですからね」

 長野さんもおちょこを手に持つと、熱燗を僕以上にゆっくり口に運ぶ。そして少し飲んだだけで「アチッアチッ」と舌を熱そうにし、おちょこをテーブルに置いた。

 どうやら長野さんは猫舌らしい。

 これもまた、普段の長野さんのイメージからは想像できないことだった。