今日で六日目。永遠を願った夏に、明日にはお別れを告げなくてはならない。
毎年退屈なおばあちゃんの家から帰りたくないなんて思うのは、初めてのことだった。
「おばあちゃん、仏壇のお菓子、ちょっと友達に持ってっていい?」
「ああ、好きなだけ持っていきな」
「ありがとう」
結局昨日のさくらんぼは、ポケットから取り出そうとして地面に落としてしまった。その内鳥たちが食べてくれるだろう。
代わりに今日、いろいろ教えてもらったお礼にお菓子を持って行くことにした。
思えばあの秘密基地で何かを食べるのは初めてだ。千景の食事する姿も、見たことがない。
毎年ここに来た初日に軽く手を合わせる程度のおじいちゃんの仏壇。
改めてお菓子を持っていくのに手を合わせて、ふと遺影以外の古い写真が置いてあるのを見付けた。
「……ねえおばあちゃん、この写真、誰?」
「ああ、若い頃のおじいちゃんよ。ふふ、ハンサムでしょう? おじいちゃん、勉強も出来て歌も上手くてモテモテでねぇ」
「へえ……その隣は?」
「ああ、おじいちゃんの子供の頃の親友……って聞いたけど、おばあちゃんその子に会ったことなくてねぇ」
「おじいちゃんの、親友……?」
学生服に身を包んだおじいちゃん、その隣の、白いシャツに黒いズボンの少年。白黒写真の中の彼は、千景によく似ていた。
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「千景ってさ、ずっとこの村に住んでるの?」
「うん、ずっと住んでるよ」
二人でお菓子を食べながら、僕は改めて千景の顔を見た。相変わらず綺麗な顔に、いつも汚れひとつない白いシャツに黒いズボン。こだわりのファッションなのだろう。
「じゃあ、あの写真の子、千景のおじいちゃんなのかな」
「写真?」
「おじいちゃんの仏壇にさ、若い頃のおじいちゃんと、千景そっくりな男の子が並んだ写真があったんだ」
「へえ……春彦さん、写真……大事にしてくれていたんだね」
「え……?」
春彦は、おじいちゃんの名前だ。いくら田舎の村でも、十年も前に死んだお年寄りの名前を知っているものなのだろうか。
「そうだ、夏夜。夏夜も、学生服を着るようになったら写真を撮らない? きっと、春彦さんみたいに格好良くなるよ」
「えっ、うん!」
僕が学生服を着るのは、来年だ。来年もまた遊んでくれるのだと、その約束に嬉しくなって、僕は『なんで学生服で映ってるなんて知ってるんだろう』なんて、些細な違和感を知らんぷりした。
そして六日目も宿題の残りをしたり、湖のほとりで話をしたり、楽しい時間を過ごして、気付けば夜ごはんの時間が迫っていた。
明日の昼には、この村を出る。今日が最後の夜だった。
「ねえ、千景。今夜さ、暗くなってからこっそり来るから……良かったら花火しない?」
「花火……?」
「昨日おばあちゃんの家でして、何本か隠しといたんだ」
子供だけで火遊びをしちゃいけないとわかっていたけれど、僕はもっと千景との夏の思い出が欲しかった。
「……わかった。ただし夜の森は本当に真っ暗で危ないから、気を付けるんだよ」
「うん!」
僕はこの時、そんな危ない森に彼を呼び出してしまったことよりも、提案を受け入れてくれた喜びの方が勝ってしまった。
意気揚々と森を抜けて、家に戻る途中、うっかり周囲確認を忘れて、お父さんに森から来たところを見られてしまったのだ。
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