そいつと出会ったのは放課後。そのとき、俺は帰宅途中だった。
「待て」
 呼び止められて振り返り、俺は驚いた。
「お前は……俺か?」
 俺と瓜二つの青年はニヤッと笑った。
「そうだ、俺はお前、お前自身だ」
 頭がクラクラしてきた。俺は俺だ。だが、目の前の若者は、自分も俺だという。何のことやら、さっぱり分からない。
 目を白黒させる俺に、そいつは言った。
「俺は未来のお前だ。お前に会うためタイムリープしてきたんだ」
 眩暈が酷くなった。タイムリープってのは、時間跳躍とかいう意味だ。つまり、こいつは未来から過去へ時間を越えてやって来たってことなのか?
「俺に会うって……そんなことのために、わざわざ? 自分に会いたいなら、鏡を見れば済むだろ」
 俺の質問に未来の俺は首を横に振って答えた。
「鏡の中の自分に用はない。俺は過去の自分に会わないといけなかった」
 何かが引っ掛かったので、その点について俺は尋ねた。
「時間が経てば自然と未来の自分に会うよな。タイムリープしなくても、未来は必ず訪れるのだから。それなのに、お前は過去へ舞い戻った。過去の俺に会うために。それって、もしかして……これから俺に、何か悪いことが起こるんじゃないだろうな」
 未来の俺はグスッと笑った。その目が怪しく輝いたのを見て、俺の不安は高まった。
「もしかしたら、俺は未来で大変な目に遭うんじゃないか?」
 未来の俺はニンマリ笑って言った。
「そうとも。当たりだよ、冴えてるな」
「やっぱりそうか、お前は俺に警告しに来てくれたんだな、危険を避けるためのアドバイスをしてくれるんだな!」
「違う違う、勘違いするな」
「何だと」
「俺たちの死は避けられない。よく考えろ、人は皆、いつか死ぬものだ」
 言われなくたって分かっている。俺は腹が立ってきた。
「じゃあ何しに来たんだよ!」
 未来の俺は言った。自分たちは将来、孤独死する、と。
「寂しい死を迎えるんだ。野垂れ死にみたいなものだよ。その覚悟をしていても、死ぬ間際になって後悔するんだ。ああ、もっと色々やっておけば良かったなって」
 そうか! と俺は合点がいった。
「それがアドバイスなんだな! 後悔しないように生きろって、それを伝えるために!」
「ちゃうちゃう、そんなんじゃない」
 未来の俺は、俺の手の中のスマホを指差した。
「今お前、充実してるだろ。ソシャゲとかやって、満足してるだろ。それならいいんだよ、後悔なんかしないって」
 ゲームやスマホに関して、俺は依存症ってくらいやっている。これを取り上げられたら、生きていけない気がする。
「それじゃ、何なんだ一体?」
「お前、友だちゼロじゃん」
 その通り、俺はぼっちだ。
「彼女もいないじゃん」
 その通り、彼女いない歴が全人生だ……そうか。
「分かったぞ、友だちや彼女を作れってんだな!」
「いや、それはむしろ、俺たちにとってストレスだろ」 
 さすが俺、俺のことはよく分かっている。
 俺はぼっちであることや彼女がいないことを、まったく気にしていない。そういうのがいない方が、気は楽だ。正直、一人でいる方が好きなタイプなのだ。人間嫌いというほどじゃないが、密な関係を持とうとは思わない。昔からそうだった。自分以外の人間には基本、興味を持てない性質なのだ。それは、これからも変わらないと思う。死ぬまで、そんな気がする。
 しかし未来の俺は違うようである。
「俺は孤独が好きだ。そう思って生きてきたのだけれど、死ぬ間際になって、気持ちが変わった。青春時代の、エモい放課後の思い出があるといいかなって、そう感じたんだ」
「そうか、それじゃ、頑張って思い出を作ってくれ。さいなら」
「おい、待てよ」
「同じ俺に悪いけど、青春時代のエモい放課後の思い出なんて、今の俺は要らないんで」
「待てって、そう言うなって!」
「つーかさ、別に今の俺に関係なくね? あんたが勝手に他の奴らとエモいことやってりゃいいじゃねえか」
「だからさ、俺は俺にしか興味がないんだ」
「は?」
「俺は自分しか愛せない人間なんだ」
「エゴイストなのは、俺も知ってる。自分のことだから分かる」
「エモいことをしたいんだよ、お前と」
「キモ」
 引き気味の俺に未来の俺は言った。死の直前、エモいことをしたいと祈ったら、枕元に最高神スターツ・ノベマ! が降臨したのだという。
「ちょ、ちょっと待って! 最高神スターツ・ノベマ! って、何なのそれ」
「この世界のすべてを司る神だよ」
 スターツ・ノベマ! が最高神なんだ……と俺は思った。それはともかく先へ進む。
 この世界の最高神スターツ・ノベマ! は未来の俺を若返らせ、さらにタイムリープの力を与えた上で、こう言ったそうだ。

友達以上、恋人未満
名前の付けられない関係の、男の子ふたりの青春作品
主人公の年齢は10代~学生
葛藤や不安などが、出会いによって変化し、成長していく
舞台は自由
放課後や部活動、サークルなど
同世代が心救われるような、エモい気持ちになれる、青春ストーリ―を期待しているぞ

 俺は言った。
「知らんて、そんなの」
 未来の俺は足を大きく踏み出した。
「友達以上、恋人未満で、名前の付けられない関係の、男の子ふたりの青春だ。当てはまる」
「名前が付けられるだろ、同一人物だよ」
 未来の俺は人の話を聞いていなかった。
「主人公の年齢は10代~学生」
「お前、実は年寄りなんだろ?」
「葛藤や不安などが、出会いによって変化し、成長していく」
「いや、お前、成長してない。むしろ人間的に退化してる」
「放課後や部活動、サークルなど」
「放課後だけど帰宅部だ。さいなら。お前も早く未来へ帰れ」
「帰るところなどない」
 未来の俺は悲しげに言った。
「俺には帰る未来なんてない。死が待っているだけだ」
 俺はため息交じりに言った。
「死は避けられないって言ったの、お前だろ」
「でも、死にたくない。死から逃れられないのなら、後悔したくない。せめて、後悔だけはしたくないんだ」
「自分で蒔いた種だろ! 自業自得なんだよ! いいかげん諦めて往生しろって!」
「だから、後悔したくないから、ここに来たんだ! 願いがかなったら、俺は素直に天国へ行く」
 天国に行くつもりであることに、俺は驚かされた。それはこの際どうでもいい。未来の俺が俺に迫る。
「頼む、エモい思い出を作らせてくれ」
 俺は後退りした。
「断る」
「頼む」
「嫌だ」
「お願いだよ」
「嫌だって」
「頼むよ」
 俺は未来の俺に背を向けて走り出した。
「待ってくれよ! 俺を置いていかないでくれよ!」
 未来の俺が追いかけてきた。俺は全速力で走った。未来の俺を振り切りために、力の限り走る。周囲の風景が次々と変わった。走っている場所が次から次へと移り変わっているからだ。俺はアスファルトの上を、海岸の砂浜を、学校の廊下を駆け抜けた。どれだけ走り続けただろう? それでも背後から未来の俺の呼び声が聞こえてくる。
「いや~ん、待って~!」
 この世の一切合切を支配する最高神スターツ・ノベマ! は本当にこういう物語を欲しているのだろうか?
 考えたけど答えは出てこない。俺たちは流れる汗もそのままに走り続けた。