「ここか」
バイバナル商会カルブラ伯爵領支部。こちらのほうが何だか大きい感じがするわね。
王国の規模はお嬢様との勉強で学んだものの、何か地図や資料を見ての勉強じゃなかったからいまいちわからない。だから、バイバナル商会は各地に支部がある大きな商会ってしかわからないのよね……。
ただまあ、その領地で他の支店と見比べたら商会の規模はそれなりに理解は出来るけどね。
「確かに王国で三番目ってのもわかるわね」
左右にさらに大きな商会があり、わたしから見て右のお店は建物や敷地が広く、左のお店は何の屋敷かと思うくらい豪奢。間のバイバナル商会は一般人向けの活気あるお店って感じだわ。
「ルーデッヒ商会とライグルス商会が並んでいるなんて珍しいわね」
敷地がのがルーデッヒ商会。豪奢な屋敷がライグルス商会みたいよ。
てか、トップ3が並ばして大丈夫なの? 利用するお客さんは違うみたいだけど、カルブラ伯爵領って、商会が儲けるほど大きいの?
「キャロ、入らないの?」
長いこと考えていたようでルルが頭に乗ってきて猫パンチされてしまった。
「う、うん。入ろっか」
お客さんたちに混ざり店内に入った。
……なんだかスーパーマーケットみたいな感じね……。
店内の広さは病院のコンビニの三──いや、四倍はありそうね。いろんな商品が並んでおり、スーパーマーケットってよりホームセンターって感じかしら? まあ、ホームセンター行ったことないからよくわかんないけど。
食料品もあることはあるけど、加工品ばかり。生鮮品はないわ。それは市場と住み分けしてるのかしら?
スーパーマーケット的な感じならどこかにサービスカウンター的なところがあるはず。どこですか~? あ、あった。
サービスカウンター的なところにいる品のよさそうな男性にコンミンド伯爵領から来たことを告げた。
「あなたが。本当にお若い方だったのですね」
わたしたちのことが伝わっていたようだけど、伝達方法が口伝や手紙くらい。姿を見なけりゃ信じられないでしょうよ。
「はい。まだまだ未熟者です」
「ふふ。なるほど。謙虚な方だ。奥へどうぞ」
わたしたちが小娘でも丁寧な対応はバイバナル商会の教えなのかしら?
サービスカウンター的なところから奥に入ると、商談スペース的なところだった。
……大口取引はここで、ってことなのかな……?
「わたしは、支部長のクルスです。以前、レンラさんの下で働いていました」
「レンラさん、もしかしてバイバナル商会でもかなり上の方なんですか?」
「あの方はバイバナル家の本家の方です。四男でしたが、仕事が出来る方で、王都の本店を任されていたときもありました」
「それで決定権が高かったんですね」
わたしのような小娘の話を信じて決定を下すとか不思議だったのよね。本家の人なら納得だわ。
「あ、依頼された品です」
そんな話はあと。まずは依頼された金属板をクルスさんに渡した。
「確かに受け取りました。依頼署名書を出しますね」
へー。そんなのを書くんだ。なあなあにはしないんだね。
依頼署名書ってのをもらい、内容を確認。サインだけじゃなくバイバナル商会の判も押すんだ。
「それをなくさないでマルケルに渡してください」
ん? クルスさんの口調に首を傾げた。
「もしかして、マルケルさんとは仲がいいんですか?」
「マルケルが侮るなとは書いていましたが、なるほど、あなたを見た目で判断したらダメですね」
いや、見た目で判断してくれてかまわないのですが。前世の知識をプラスしても人生経験はクルスさんにまったく届いてないんだからね。
「マルケルとは同期です。バイバナル商会に入ったときから出世を争っていました」
「クルスさんが勝ったんですか?」
コンミンド伯爵領よりカルブラ伯爵領のほうが大きい。出世したと言うならクルスさんのほうでしょうよ。
「そうですね。評価はわたしのほうが上でしょう。ですが、運のよさはマルケルのほうが上だったようですね。あなたと出会えたのですから」
あん? わたしと出会えたことが運がいいの? わたし、マルケルさんに何かした?
「きっとマルケルは近いうちに王都に戻るでしょう」
「そうなんですか? それは残念です。マルケルさんには何かとお世話になっているのに」
何だかんだとわたしの要望に答えてくれている。そんな人がいるとなると寂しいものだわ……。
「わたしがマルケルに勝てないと思うところはそこですね」
うん? そこ? そこってどこよ?
「いえ、忘れてください。キャロルさんたちらすぐにお帰りになるのですか?」
「いえ、しばらく滞在しようかと。初めてのところですし、いろいろ見て回りたいので」
「それなら我が商会を拠点にしてください。従業員の部屋が空いてますので。もちろん、お代はいりませんよ。あなた方はバイバナル商会にたくさんの利益をもたらしてくれてますからね。好きなだけ利用してください」
「そんな悪いですよ」
さすがにタダは不味いでしょ。いくらか出しますよ。
「まったく悪くはありません。マルケルからもあなた方をよろしく頼むと言われていますからね」
「どうしようか?」
一応、ティナにも訊いてみる。答えはわかっているけどさ。
「キャロが決めていい」
「では、お世話になります」
お金をもらってもらえないのならお手伝いでもさせてもらいましょうか。
貸してくれた部屋は二人部屋で、陽当たりのいいところだった。
「何だか悪いわね」
「バイバナル商会としてはそれだけキャロを囲っておきたいんでしょう」
「わたし、そこまで価値があるのかしらね?」
そこまでバイバナル商会に利益をもたらしているとは思えないんだけどね。重要なことは秘密にしてるだしさ。
「あると思っているからこんな部屋を与えたんでしょ。キャロは気にならないの?」
「別に。わたしたちはまだ子供だし、後ろ盾がないと好きなことも出来ないわ。自由にさせてくれるバイバナル商会には感謝しかないわ」
悪どい商会なら自由を奪い、低賃金で働かせているところだわ。けど、バイバナル商会はそんなことしない。こうして冒険にも出させている。優良商会が後ろ盾になってくれるのなら喜んで利用されるわ。
「そういう割り切ったところがあるわよね、キャロは」
「大事なことを優先するならどうでもいいことは割り切らないとね」
前世で早く死んだからかやりたいこと優先で、どうでもいいことはほんとどうでもいいのよね。名誉も功績も欲しいのならくれてやるわ。まあ、お金は必要なのでしっかりいただきますけど。
「大事なことを優先しすぎるのもどうかと思うけど」
「そうね。逆に大切なものを蔑ろにしているように見えるわ」
え? そうなの?
「何事もほどほどがいいものよ。あちらを立てればこちらが立たずと言うでしょ」
いや、それはまた違う意味じゃなかったっけ?
「……つまり、どうでもいいことにも目を向けろってこと……?」
「どうでもいいはさすがに言いすぎだけど、余裕を持て、ってことよ。人生、急いだからって望む人生になるとは限らないわ。歩いてこそ見える世界があるからね」
猫に人生観を諭される人間《わたし》。まあ、何度も生まれ変わっていれば悟ることもあるんでしょうよ。
「そんなことよりお腹空いた」
まだ十二歳には人生論は早かったわね。いや、わたしも人生がわかるほど生きてないけど!
……ちなみに夏にはわたしも十二歳になりますよ……。
ダミーの荷物を部屋に置いて部屋を出て、またサービスカウンター的なところにいたクルスさんに出掛けることを伝えた。
「誰か案内を付けますか?」
「いえ、大丈夫です。探索しながら見て回るので」
「そうですか。必要なら声を掛けてください。いつでも人を出しますので」
「そのときはお願いします。では、暗くなる前には帰って来ますね」
「はい。気を付けて」
クルスさんに見送られておお店を出た。
今日はバイバナル商会の周りと主要な場所を探索することにした。
大きな町とは言え、商業施設はそう多くない。と言うか、三大商会がある場所が商業区の中心であり、商店街通りが二本あるだけ。一時間も歩けば大体把握してしまった。
「人が多いだけに食べるところが結構あるわよね」
「美味いものばかりで腹一杯になったよ」
屋台もあったので気になったものを買って食べていたらさすがのティナもお腹が膨れたようだ。
「ティナはまだまだね。ちゃんと計算して食べないとダメよ」
ルルの胃に計算とか関係ないでしょ。もうティナの倍は食べているじゃないのよ……。
わたしはティナの三分の一も食べてないけど、もうお腹一杯よ。紅茶を飲んで休みたいわ。
紅茶は高価なので売っているところはない。この時代はまだ喫茶店とか生まれてないのかしら?
「この時代に噴水とかあったのね」
カルブラには噴水があり、水場が結構あった。地下水が豊富な土地なのかしら?
澄んだ水だけど、水が違うとお腹を壊してしまうもの。ヤカンで水を汲み、携帯コンロで沸かして紅茶を淹れた。
広場でそんなことしているのはわたしたちくらいだけど、奇異な目で見られることもない。無関心なのかしら?
「食べ物屋さんが多いところよね」
「いいところだわ。次は何を食べようかしら?」
まだ食うんかい。その小さな体のどこに入るよ? ブラックホールでも飼ってんの?
「それだけ食材が豊富ってことよね。ここならソースとか作れそうね」
小麦粉を水で溶いて野菜を入れて焼いたものがあった。ソースはワインを使ったデミグラスっぽかったけど、方向性は同じなはず。お好み焼きを作れるかもしれないわね。
「帰ったらクルスさんに厨房を借りれないか訊いてみようか」
「それはいいわね。帰るときの分も忘れないでね」
ほんと、よく食べる猫だこと。
「あ、パンを買っておかないと。もうないんだったわ」
一人と一匹がよく食べるからもう在庫切れなのよね。滞在中もよく食べそうだからいろんなパン屋で買ってみるとしましょうか。
「パン屋、どこかしら?」
そう言えば、パン屋は見なかったわね。町の人、どこで買っているのかしら?
「あっちから匂ってくるわね」
あなたの嗅覚どうなってんのよ? 犬か。
「パンの香りが結構強いわね。まだ焼いているのかしら?」
パンは朝に焼いて売り切る感じだ。長持ちするパンはそれから焼くらしく、昼前には終わって明日の仕込みをするって聞いたことがあるわ。
とりあえず、匂いがするほうへ向かった。
「パン屋って、町に散らばっているイメージだったけど、ここは密集してるのね」
ざっと六軒くらい集まっているんじゃないかしら? こんなに密集したら競争が大変じゃない?
「これだけ集まると匂いも凄いわね」
工場とかきっとこんな匂いがするんでしょうね。慣れてないと気持ち悪くなりそうだわ。
「店ないね?」
「そうね。ここは作るだけなのかしら?」
この匂いから焼いているのは間違いないんだろうけど、売るための店がないわ。
「あ、すみません。パンを売っている場所はどこでしょうか?」
ちょうど歩いていたおばちゃんに尋ねた。
「パンならシャンゼ通りに行けば売ってるよ」
そのシャンゼ通りの場所を聞いて行ってみると、ここもパン屋が何軒か集まっていた。何でや?
そうなる歴史があったんでしょうが、わたしにはまったく思い付かないわ。なので考えるのを放棄して、近くのパン屋に入ってみた。
そう言えば、パン屋に入るのってこれが初めてだわ。
店内はカウンターがあり、その奥に棚があってそこにバゲットみたいなパンが置かれていた。
……種類はそれだけなんだ……。
パン文化のところなのにパンの種類ってそうはないのよね。もちろん、わたしが知らないだけで豊富なのかもしれないけどね。
「パンを十個ください」
「あいよ。十個なら銅貨三枚と小銅貨五枚ね」
つまり、三十センチのパンが三個で銅貨一枚ってことか。これは……安いのか?
「カルブラではこんなに安いんですか?」
安いと思っておばちゃんに尋ねてみた。
「安いかい? ずっとこの値段だよ。まあ、高いパンもあるけど、それは別の店で売ってるよ」
つまりここは庶民向けのパン屋ってことか。
「じゃあ、十五個にしてください。小銅貨、そんなに持ってないんで」
そもそも買い物のほとんどはバイバナル商会で、これまでの報酬から引いてもらってたから細かなお金って持ってないのよね。小銅貨にするまで細かな設定にしないみたいだしね。
「まあ、うちとしても助かるよ。そう細かく買って行くヤツなんていないからね」
でしょうね。そんな細かな計算誰も望まないし。
十五個のパンはとりあえずティナのリュックサックに入れておく。ここで魔法の鞄を使うわけにはいかないからね。
店を出たら他のパン屋にも入ってみると、この店は丸パンが売っていた。
この時代の丸パンは小麦粉に塩とバター、そして、エールを混ぜて焼いたものだ。
イースト菌がないのかと思ったらエールを使って膨らませていたみたい。ただ、質はそこまでよくないみたいよ。
「銅貨一枚で何個買えます?」
「五個だよ」
丸パンもよく食べられるパンで、夕食によく出る感じかな? 実家は丸パン派だったわ。
「じゃあ、三十個ください」
銅貨六枚を払い、これもティナのリュックサックに入れた。
今日はこんなものかしらね。あまり大量に買っても不思議がられる。どんなものか試食してみたいしね。
店を出たらメモ帳を出して店の名前、パンの値段、買った個数を書いておく。
「そんなこと書いてどうするの?」
さっき散々食べたのにいつの間にかリュックサックからパンを出して食べている一人と一匹。もう消化したのか?
「ちょっとした情報収集よ。物の値段を知っておけば騙されたりしないからね」
物の値段を知らないってことが騙される原因でもある。大体の値段を知っていれば安いよと言われたって騙されないわ。
「ふ~ん」
まるで興味なしのティナ。まあ、買い物担当はわたしだしね。ティナに行かせるときはバイバナル商会に買いに行かせるときだけだ。
「まだパンを買うの?」
「買うわよ。サンドイッチ用のパンが欲しいからね」
さすがに食パンは売って……たわ。マジか!?
「この店、バイバナル商会の流れじゃない? リープバナルって名前だし」
そう言えば、バナルってつけばバイバナル商会の流れだからとレンラさんが言ってたっけ。コンミンド伯爵領にないから忘れてたわ。
ちなみに民宿は、バイバナル商会がやっているからバイバナル商会の民宿って呼ばれているわ。
「てか、バイバナル商会もパン屋をやってたのね」
バイバナル商会は総合商会で、結構いろんなことやっている。輸送にも力を入れていて、隊商をいくつか持っているそうよ。
店の中に入ると、食パンや葡萄パン、チーズパンなんかが売っていた。
「もう他領でも作っているのね」
レンラさんから話は聞いていたけど、こうして見ると、バイバナル商会って凄い商会だと思い知らされるわ。
「食パンは半一斤で銅貨五枚なんだ」
なかなか高価なパンにしてるじゃないの。買う人いるの?
と思ったけど、店員さんに尋ねたら結構いるとのことだった。ジャムをつけたり焼いたりするのが流行っているみたいよ。
「食を楽しむ人が出てきたのね」
食べることは生きること。まず食べることが優先で、楽しむ余裕がないって時代なんだよね。お金持ちは別だけど。
「カツサンド食べたくなった」
「わたしも」
あんたらどんだけ食べんのよ!
「ハイハイ。じゃあ、お肉を買って帰りましょうか」
うちのエンゲル係数飛んでもないわね。
「ねぇ。気のせいかな? わたしたち、付けられてない?」
完全にグルメ旅になっていると、なんだか誰かに見られている気配を感じたのだ。
最初は気のせいかと思ったんだけど、わたしの仕掛けた付与魔法に後を付いて来る者に引っ掛かった。これ、わたしたちの後を付いて来ているわ。
「ん? 付けられてるよ」
ティナに尋ねたらあっさり答えられてしまった。はぁ!?
「サナリスクの……なんだっけ? 今はエルフの男がボクたちを見張っているよ」
「今は?」
「コンミンドを出てからずっと、いや、ボクらがルルに乗ってからははぐれて、カルブラに入ってからはずっとだね」
「早く言いなさいよ、そーゆーことは!」
わたしたちのコミュニケーション、そんなに悪かった?
「黙ってろって言われてた。キャロに心配掛けるからって」
……わたしたち、護衛されて旅をしてたのね……。
「まあ、バイバナル商会としてもキャロたちに何かあったら困るからね。信用の置けるサナリスクにお願いしたんでしょ」
「ルルの秘密がバレたかもしれないのよ」
「キャロとの関係を大事にしたいんならしゃべらないわよ。仮にバラされたところで構わないわ。キャロから身の守り方を教わったからね」
ルルは基本、のんびり美味しいものを食べられたらいい猫……いや、猫だからいいのか。それでもルルは狙われたら困るので、能力を活かした身の守り方を教えたのよ。その力はわたしたちのためにもなるからね。
「はぁー。仕方がないわね」
わたしたちはまだ見習い冒険者であり、こうして旅が出来る年齢でもなければ実力があるわけじゃない。保護者がいないとさせてくれないでしょうよ……。
「で、どうするの?」
「どうもしないわ。バレたらサナリスクに迷惑が係るしね。このまま続けるわ」
初めてのお使いか! とは思わなくないけど、初めての旅なんだから仕方がない。なら、遠慮なく続けることにしましょうか。
てか、わたしたち、食べ歩きしかしてないわよね。もちろん、価格調査や町の様子を記しているけど、なんかこう冒険者らしいことしているかって言えばまったくしてないわよね……。
安全に行動することは大事だけど、それなら堅実に商人を目指すなり町での仕事を探せって話よね。
でも、わたしたちは冒険者としていろんな場所に行きたい。なら、経験は大事だ。命を懸けたことで得られる力はあるものだ。
「この世界、竜や魔王とかいないのかしら?」
「何物騒なこと言ってるのよ。どちらも関わり合わないほうがいいに決まっているでしょうが」
「え? 竜や魔王っているの?」
「いるわよ。ただ、一介の冒険者には関わりのないことよ」
……マ、マジか。竜や魔王がいる世界なんだ……。
「竜は見てみたいかも」
「それなら亜竜で我慢しておきなさい。旅を続けていたら見られるから」
「そう簡単に見られるものなの?」
「亜竜なら見られるわよ。ただ、キャロが想像しているものではないと思うけど、竜は竜よ」
そう言われると気になるわね。どんなんかしら?
「キャロ、果物が売ってる」
ティナに引っ張られて妄想の世界から現実の世界に戻されてしまった。
「春に果物なんて生るの?」
ないってわけではないでしょうが、わたしは見たことがないわ。どんなものかと見ると、リンゴサイズのカボチャだった。果物?
「バルボナね」
「バルボナ?」
「春に生る野菜だか果物だかわからないものね。外は固いけど、中身は柔らかくて甘酸っぱいって感じかしら。お城にはなかなか上がらないものだからどんな味だったか曖昧だけどね」
「ボクも数回しか食べたことないけど、美味しかった記憶はある」
さすが異世界。たまにファンタジーなものがあるわよね。
「一個銅貨二枚か。なかなかの値段ね」
「それだけ美味いってことさ。買って行かないかい?」
露店のおばちゃんが勧めてくるので、とりあえず三個買ってみた。どうやって食べんの、これ?
「このヘタをくり貫いてやると簡単に割れるよ」
おばちゃんがやってみると、パキンって簡単に割れてしまった。謎の構造ね。
わたしもやってみると、ちょっと力はいったもののちゃんと半分に割れてくれた。
「中は赤いんだ」
果物をそう食べてないから何の匂いに近いかわからないけど、確かに甘酸っぱい匂いがした。
種があるのでちょっと食べ難い。が、味はよかった。元の世界でも人気になるんじゃないかしら? 自然で出せる甘さなの?
「銅貨二枚でも安い美味しさですね」
「それは嬉しいね。春にしかならないからたくさん食べておくんだね」
そう言われたら惜しくなるじゃない。
「おばちゃん。バイバナル商会って知ってる?」
「そりゃ知ってるよ。有名な商会だからね」
「今、これだけしかないからここにあるものしか買えないけど、もしもっと売りたいってんならバイバナル商会に持って来て。キャロルにお願いされたって話を通しておくからさ」
おばちゃんに銀貨三枚を渡した。
他の方々には申し訳ないけど、ここにあるのは買い占めさせてもらいます。この味は、来年まで待てないわ。来年まで持つよう買わしてもらいます。
露店のおばちゃんから伝わったのでしょう。次の日からたくさんのバルボナが届けられた。
「どうするんです?」
「大切に食べます」
お店を広げられる量のバルボナが届けられたけど、これを加工したら三分、いや、四分の一には減っちゃうでしょう。実家や民宿にも流すから手元に残るのは少ない。その少ないものはほとんどが食いしん坊どもの胃に消えるでしょうよ。
「もっと作ってくれたら絞ってお酒にするんですけどね」
発酵させたらお酒になるはず。そうなれば葡萄酒とは違う味が楽しめるでしょうよ。
「樽と人手、お願いできますか? あ、作業できる場所も」
「わかりました。すぐに手配しましょう」
そうクルスさんが言うと、午後には町外れの工房だった家を借りてくれ、近所のおばちゃん(わたしくらいの子も何人かいたわ)たちを集めてくれた。
さすがマルケルさんのライバル。仕事が早い。ちゃんとこの場を仕切る人も用意してくれたわ。
「クルスさんに任されるって、ルーグさんは幹部候補なんですか?」
ルーグさんは二十五歳と若い。バイバナル商会に入って十年みたいだけど、クルスさんから直接使命されていた。雰囲気も出来る男感が出ている。かなり優秀なんでしょうね。
「そうだといいですね。これが初めて任された仕事なので」
十五歳から下積みとか商人も大変だよね。あんちゃんも十五歳で行商人の弟子になったしね。
「これからルーグさんの快進撃が始まるんですね」
「アハハ。おもしろいことを言うんですね。確かに見た目とおりではない子だ」
そこで嫉妬しないのが優秀さに磨きが掛かっているわよね。バイバナル商会って、どんな育成法を取っているのかしらね? これで王国で三番目ってのが不思議でしかないわ。
「快進撃になるかどうかはわかりませんが、キャロルさんのお力となれるよう精進しますよ」
「それならバイバナル商会でバルボナを作る農家と契約してください。なんでしたっけ? 先に買い取ること?」
「先物買いですね」
「そう、それ。来年分のバルボナ、買い取ってください。値上がりされたら困りますからね」
「必ず収穫されるとは限らない、一種、賭けのようなものですよ」
「そうですね。でも、他に買い占められるよりマシです。バルボナは将来性がありますからね」
元の世界でたとえられる果物が思い付かないけど、糖度は高いし、保存も利く。何より美味しいときてる。賭けに出るに値する果物(わたしは果物と認定します)だわ。
「さすがにわたしだけでは決められないのでクルス様と相談させてください」
「お願いします。でも、売りに来たものはすべて買い取ってくださいね」
ジャムも作りたいし、パン生地に混ぜてもみたい。可能ならジュースも作りたい。いくらあっても足りないわ。
へたをとり、二つに割って中身を鍋に移して布で濾す。絞った汁は樽に移す。
「何をしているんですか?」
「樽を真空にして外の空気に触れないようにしてます」
「魔法を転写できる固有魔法ではなかったのでは?」
「転写ですけど、多少手を加えることは出来るみたいですね、わたしの固有魔法って。結界魔法を使って空気を抜くんです。これだと長く保存が出来るんですよ」
本当はルルの結界で一纏めにして保存しておきたいところだけど、作業を考えたら人を雇ったほうが大量に作られるでしょうよ。
この場は、ルーグさんに任せることにして、わたしは工房の台所でジャム作り。窯もあったのでパン生地に練り込んで焼いてみた。
「葡萄パンや食パンもキャロルさんとのことでしたが、パン屋を目指したほうが成功するのでは?」
バルボナパンが気に入ったようで、もう三つも食べてるルーグさん。そんなに美味しいかな?
「これ好き!」
ティナも気に入ったようで、焼いた側から食べている。いや、味見分を残しておいてよ!
「わたしとしてはバルボナの風味が活かし切れてない気がするわ」
料理研究家じゃないので極めようとは思わないけど、山羊から作ったバターがダメなのかな?
作り方は何となく覚えていても食べた記憶がないから区別が出来ない。周りの反応で作って行くしかないか~。
「そう言えば、バイバナル商会って料理人も抱えていたりするんですか?」
「抱えてはいますが、おそらくキャロルさんが満足するような料理人はいないと思いますよ。キャロルさんから調理法が流れて来るまではただ腹を満たすだけの食事でしたからね」
それはコンミンドの支部でも同じだったわ。民宿の料理人も他から引っ張って来たみたいだからね。
「カルブラ伯爵様と交流はないんですか?」
「ここではルーディヒ商会が幅を利かせています。バイバナル商会が入る隙はありません。いや、料理人なら付け入る隙はあるかもしれませんね。わたしの幼なじみが料理人として城にいます」
「人脈も凄そうですね」
「父親から伝手は大切だと教えられましたので」
「それは至言ですね。わたしも見習わせてもらいます」
後ろ盾だけじゃなく伝手も築いて行くことも大事なんだと思わせるセリフだよね。
「わたしもキャロルさんから学ばさせていただきますよ」
遥か年下からでも学ぶ。この人は将来出世するわ。
やっと満足できるバルボナパンができた頃、ルーグさんの幼なじみさんがやって来た。
……女の人なんだ……。
この時代はまだ男社会。女性が職人になることは少ない。そんな時代で料理人になれるって凄いことじゃない?
「わたしの幼なじみでマリーレと言います」
「マ、マリーレよ。よろしくね」
連れて来られて紹介されたのが遥か下のわたしじゃ戸惑うのも当然よね。
「冒険者見習いのキャロルです。来てくださりありがとうございます」
「ず、随分と礼儀正しい子ね」
「コンミンド伯爵領では伯爵令嬢のお友達をしていたようです」
ルーグさんにはわたしのこと伝わってなかったの? まあ、わたしの情報なんて知っても出世には関係ないか。
「お友達係か。平民でなるなんて凄いね。大抵は男爵令嬢がなるものなのに」
お嬢様に問題がーとは言えないので黙っておく。
「マリーレさんは、お城に上がって長いんですか? 女性で料理人なるの大変だったのでは?」
「ま、まあ、そうだね。わたしの場合は運がよかっただけさ。坊ちゃんが食合わせが悪いお方でね。パンが食べれなかったんだよ。わたしがパコレの粉で作ったパンを食べられて気に入られたのよ」
パコレとはトウモロコシで、粒を乾燥させて挽いたもので作るナンみたいなものみたい。
「アレルギーですか。そんなものがあるんですね」
異世界でもアレルギーがあるんだ。あれは現代病かと思っていたわ。
「アレルギー、ですか?」
「食合わせが悪いみたいな感じの言葉です。パンや卵で泡を吹いたり肌に赤い点が出たり、埃でくしゃみするとかもそうですね。体の免疫が働かなかったとか狂ったりするみたいですよ」
体は悪かったけど、アレルギーはなかったからよく知らないのよね。
「詳しいのですね」
「まったく詳しくはないですよ。そういうのがあるって知っているだけです。治し方も知らないですしね」
このファンタジーワールドなら治す方法もあるかもしれないわね。
「回復魔法とかあったりします?」
「ありますよ。ただ、強力な技は教会が独占していますが」
「擦り傷程度を治すのなら?」
「……唾でもつけて勝手に治りますが、魔法医に行けば治してくれるかもしれませんね。ただ、銀貨一枚は取られると思います」
なかなか高額治療費を求められるのね。考えてみればお医者さんとか見たことがないわね。さすがに薬師はいるような話は聞いたことあるけど。
「回復魔法でアレルギー──食合わせは治せなかったんですか?」
「逆に治せるものなの?」
「やり方次第じゃないですか? 食合わせが悪いってことは体が正常じゃないってことですよね? 免疫力を高めて……」
あ、そっか。わたしの付与魔法で何とか出来るか。
「回復魔法、わたしでも受けることは出来ますかね?」
「必要ならバイバナル商会が出します。クルス様からキャロルさんのことには金に糸目をつけるなと命令されてますから」
いや、付けなくちゃダメでしょう。どんだけわたしに掛けようとしてんのよ?
「そ、そうですか。なるべくお金を使わせないよう心掛けます」
さすがにわたしのせいで商会が傾いたとかなったら嫌だからね。
「キャロルさんは大丈夫でしょう。短い間ですが、キャロルさんは自制が取れてますから」
「集中すると我を忘れるけどね」
そこ! うるさいよ! 黙ってなさい!
「ま、まあ、回復魔法は後にして、まずはマリーレさんにお城で作っているものを教えてください。わたしもお城で教えてもらった料理を教えますんで。ここにある食材で足りますか?」
あ、食材を揃えてもらうのにお金を使わせちゃったわね。ごめんなさい。わたしの報酬から引いてください。
「充分だよ。てか、どんだけ集めたんだい? わたし、今日しか休みもらえなかったんだよ?」
「五品も作ってもらえたらあとはこちらでアレンジ、工夫してみます」
「そ、そうかい。手の込んだものじゃないのになるけど、いいの?」
「構いません」
本当に知りたいのはこの世界の食材だ。それを知る前にマリーレさんと仲良くなっておく必要がある。料理人なら料理で仲良くなりましょう。
カルブラ伯爵領で採れた食材の他に、カルブラ伯爵領で用意出来る調味料。これをどう使うかを見て、細かくメモしていった。
あ、これか。わたしが求めていたものは。ゼラチンに変わるものがないかてな探していたけど、コンミンドでは発見出来なかったのよね。やはり大きな町にはあったわ。
わたしが思う以上にこの世界は食材が豊富だ。ただ、地方には回って来ないだけで、他にはあると踏んでたのよね。
これがあればホイップクリームが作れてフルーツサンドが作れるわ。入院中、ずっと食べたいと思ってたのよね。
ふと視線を感じて顔を向けると、ルーグさんが真面目な顔でわたしを見ていた。あ、わたしの目的がバレちゃったかも。ナハハ。
この人も洞察力が高いからやり難いわよね。人生経験も上だから隠すことも大変だわ。
まあ、バレたところでわたしのやりたいことを止めるつもりはないわ。もっと人を学ばないといけないわね。自分の目的を果たすために、ね。
マリーレさんによる一日だけの料理教室(?)だったけど、いろんな話が聞けて、学べたことがたくさんあった。
そのことを忘れないうちに紙に書き出し、料理を絵にした。
「これもキャロルさんの魔法なんですか?」
横で見ているルーグさんが尋ねてきた。
「はい。転写の応用ですね。見たものを記憶。それを絵にする。試行錯誤して出来るようになりました。まあ、今のところわたししか使えませんけどね。と言うか、絵を描ける人を用意すればこんな魔法いらないんですけどね。バイバナル商会で確保してください。絵にしたら文字が読めない人にもわかるでしょうからね」
文字を書ける人が少ないんだから絵を描ける人はさらに少ないでしょうが、写真がない時代では重宝すると思うわ。
「長い時間を掛けて修行するのもいいですが、それじゃ人が育つのに時間が掛かります。専門職なら特にそうです。教育出来ることはさっさと教育して、現場で修行させたほうがいいと思いますよ。ってまあ、バイバナル商会のやり方にどうこいうつもりはありませんから、わたしの言葉は軽く流してください」
どうするかの決定権はバイバナル商会にある。提案はするけど、強制はしないわ。いろいろ教育方針はあるだろうからね。
「ティナ。マレーナさんが作った料理はどうだった? コンミンドのお城で食べたものと違いはあった?」
味のことはティナやルルに聞いたほうが信頼はある。わたしの舌、そこまで優秀じゃないのよね。あ、味音痴ってわけじゃないからね。ちゃんと美味しいもの不味いものはわかりますから。
「美味しかった。全体的にマレーナさんのほうが味が濃かった感じ。塩分が多いんだと思う」
「全体的に濃いのか。確かに肉の味付けは濃かったわね。伯爵一家はよく動くのかな? カルブラ伯爵家って、武門のお家ですか?」
「いえ、大臣を多く輩出しているお家ですね。今の伯爵様は、何の役職には付いてません」
「よく動く方なんですか?」
「読書が好きな方ですね」
「それで、あの塩分量か。病気にならないといいですね」
「塩分量が多いとどうなるのです?」
「わたしも詳しくはないんですが、脳に血が溜まったり心臓を悪くしたりするみたいですね。喉が渇いたり手足が痺れ始めたら病気になっているかもしれませんね」
自分の病気が何なのか知るためにいろいろ調べたものよ。ちなみに前世のわたしら心臓の難病だったわ。
「治し方はあるので?」
「んーどうでしょう? 詳しいことは薬師か魔法医に訊くほうがいいと思いますが、塩分を控えめにして運動をよくする。緑の野菜をよく食べるといいんじゃないですかね?」
そんな感じのことをすればよかったはずだ。
「そう言えば、ここって蒸し風呂があったりするんですか?」
「蒸し風呂、ですか?」
ありゃ、ない感じなの?
「わたしはわかりませんが、クルス様ならもしかすると知っているかも。訊いて来ますね」
と、席を立って部屋を出て行った。
「蒸し風呂なら王都で流行ってるみたいよ」
ルーグさんがいなくなったのでルルが口を開いた。
「そうなの? お城にはなかったけど」
「伯爵が好きじゃなかったからね。どちらかと言えばお風呂が好きだったみたいよ」
あー確かに湯浴み場は石作りで立派だったわね。
しばらくしてルーグさんが戻って来た。クルスさんも連れて。
「ルーグから聞きましたが、伯爵は病気なのですか?」
「いや、会ったことがないのでわかりませんよ。ただ、あの塩分量を毎日摂っていたら危険かもって話です。伯爵様、太ってたりします?」
「歳は四十。体格はわたしの倍は余裕であると思います」
クルスさんは細身だけど、身長があるから六十はありそうだ。その倍ともなれば百キロは確実に超えて(肥えてか?)いるわね。
「じゃあ、病気になっていても不思議じゃないですね」
逆にそれで病気になってなかったら驚きだわ。特異体質かよ! って突っ込みたいわ。
「少し出て来ます。ルーグは店に。キャロルさんは店を出ないでください」
わたしにどうこう出来るわけもないけど、まだ書くことはあるので頷いておいた。
部屋が暗くなり、蝋燭に火を点けていたらクルスさんが帰って来た。
「伯爵様の状態を聞いて来ました」
と、紙を渡された。
そこには汗をかきやすく息が切れやすい。手足が痺れたりすると、まあ、典型的な塩分過多な症状が書かれてあった。
「薬師や魔法医に診てもらったほうがいいですね。まだ政務に就いているのなら取り返しの付かないって状況にはなってないと思いますので」
ダメなら倒れているでしょうからね。
「それをどう伯爵様に伝えるか……」
「薬師か魔法医に言ってもらえばよいのでは? 何だか顔色がよくないですね、とか言ってもらって塩分過多の症状を伝えればいいんじゃないですか?」
別に難しい問題ではないでしょう。何か問題があるの?
「バイバナル商会に伯爵様との伝手はありません」
「じゃあ、ルーデッヒ商会に言ってもらえばいいんじゃないですか? 伯爵様との伝手はなくともルーデッヒ商会との伝手はあるのでしょう? なら、ルーデッヒ商会に貸しでも作ればいいんじゃないんですか?」
クルスさんらしくない。そのくらい考え付かないのかしら?
「そ、そうでしたね。わたしとしたことが慌てすぎました。キャロルさんの言うとおりです。バイバナル商会がルーデッヒ商会を差し置いて伯爵様と繋がる必要はありませんね」
ナンバー1にはナンバー1の立ち位置があり、ナンバー3にはナンバー3の立ち位置がある。実力もないのにナンバー1になっても仕方がないわ。なるのならなれるだけの実力を身に付けてからにしたらいいのよ。
「精々高く売ってきてください」
「ええ。高く売ってくるとしましょうか」
ニヤリと笑うクルスさん。怖いわ~。商人を敵にしないよう気を付けようっと。
「キャロ。暇だから狩りに行ってくる」
ボクにやれることもないし、さすがに食べすぎた。我が身の肉となる前に燃やして来ないと。
「わたしも行くわ。さすがに食べすぎちゃったしね」
ボク以上に食っていたルルも太るのは嫌なんだろう。意外と美意識が高い猫だからな。
「わかった。夜には帰って来るの?」
「手間とったら野宿する」
今から行くとお昼は過ぎる。獲物がいなかったら野宿は決定だな。
「そう。気を付けてね」
机に座ったまま見送られ部屋を出た。
荷物は出してあるのでリュックサックを背負うだけ。そこにルルが乗ってきた。食べすぎたはどうした?
「で、どこに行くの?」
「ゴブリンが出たところに行ってみる」
別にゴブリンを狩るわけじゃないが、あそこは豊かなところだった。鹿やウサギがいるはず。川もあったから魚ってのもいいかも。
「付いて来てるわよ」
「ボクにもか」
キャロを守るために護衛していると思ったらボクもなんだ。
「暇なんじゃない? キャロは閉じ籠ってるし」
確かに。護衛としては暇でしかないか。だからボクに付いて来たのかもしれないな。理由にもなるし。
「どうするの?」
「いいんじゃない。大物を狩れたら手伝ってもらえるし」
以前はボクがやってたけど、キャロのほうが上手いから交代してしまった。なので、腕が衰えたんだよな。大物とか一人で捌く自信がない。
町を出てしばらくすると、サナリクスのリュードとナルティアがやって来た。
「気付いていたか」
「うん。コンミンドを出たときから」
ボクたちが気付いたことに気付いてなかったのか?
「そんなときからか。お嬢ちゃんはぼんやりしているようで鋭いんだな」
ボク、そんなにぼんやりしているように見えるか? まあ、しゃべるのはキャロに任せてるしな。ぼんやりしてると思われても仕方がないか。
「ボクの護衛までするなんて大変だね」
「そりゃ、あのお嬢ちゃんの仲間だしな、お嬢ちゃんに何かあったら悲しむだろう」
「ボクは無茶しないよ」
どちらかと言えば意識散漫なキャロのお守り担当だ。キャロは集中したかと思ったら次には別のことに意識を向けるからな。困ったもんだよ。
「そうだな。で、何しに行くんだ?」
「ちょっと運動。最近、食べすぎたから」
「それは羨ましいもんだ。キャロルのお嬢ちゃんが作る料理は美味いからな……」
忘れそうになるけど、ボクたちは恵まれている。キャロと出会うまでかあ様の料理が一番だと思ってた。でも、キャロが作る料理はそれの数十倍美味しいのだ。あれを知ったら前の食事になんか戻れないよ。
でも、さすがにキャロの料理に慣れてばかりでは舌が肥えてしまう。いざってとき、普通のものが食べられなくなる。たまには粗食にも慣れておかないと。
「それならボクが持っているものを出すよ。サナリクスはボクらのこと見てたんでしょ」
「それもバレてたか」
「サナリクスなら無闇にしゃべらないからね。バレたところで困らない」
ボクらのことをしゃべることは魔法の鞄のこともバレる可能性も出てくる。この人らならしゃべることはないはずだ。
「……おれたちが思う以上にしっかりしているお嬢ちゃんだ……」
「まあ、あの子と一緒にいる子だしね。当然と言えば当然か」
「ボクはキャロみたいに頭はよくないよ」
「お嬢ちゃんほ直感力がずば抜けてんだろうな。おれたちの尾行にも気が付いてんだからな」
まあ、確かに勘はいいほうだ。それしか取り柄がないってことだけど。
「暇なら付き合ってよ。獲物の解体とか手伝って欲しいから。報酬はキャロの作った料理を出すよ」
「やっぱりあの鞄はお嬢ちゃんが作ったんだな?」
「偶然だったみたい。今はもうちょっと優秀な鞄を作れるようになった」
背負ったリュックサックを見せた。
「たくさん入るの?」
「前の倍は入る。欲しいなら売るよってキャロが言ってた」
どうせバレるだろうから教えても構わないと言われている。サナリクスとは仲良くなっておくべきだからって言ってた。優秀な商人、優秀な冒険者との伝手はボクらの後ろ盾になるからって。
「本当か!?」
「うん。魔法の鞄を売ったときと同じでいいってさ」
キャロの魔法には熟練度みたいなものがあるのか、 作れば作るほど魔力消費量が減っているみたいだった。
「これと同じものが人数分ある。キャロが持ってるからいつでも言って」
ボクは管理するの面倒だから食料しか入れてないのです。
「あのお嬢ちゃんは、本当に見た目とおりの年齢なのか?」
「見た目とおりの年齢だよ」
ときどきボクより年上なんじゃないかと思うときもあるけど、興味を持っているときは小さな子供みたいだ。まあ、変わったヤツなのは間違いないけど。
「あとで背負い鞄を見せてくれるか?」
「いいよ。説明するのも面倒だし」
ボクのリュックサックはそう難しい作りにはなっていない。適当に入れて欲しいものを出せる作りになっているだけだ。
「助かる」
「ティナ。獲物は何でもいいのかい?」
「特には決めてない」
「じゃあ、あれにしよう」
ナルティアが空に向けて指を差した。
「鳥?」
「モリガルって渡り鳥さ。冬から逃げて来て今は肥えている時期なんだよ。太ったのが美味いらしい」
それは魅力的な鳥だこと。って、体を動かすために来たのに食べることばかり考えが行ってんな。
「キャロに料理してもらおう」
鳥料理のレパートリーはたくさん持っている。いいのを狩るとしよう。フフ。
狩りに出たティナが四日後に帰って来た。サナリスクの面々を連れて。
わたしたちを陰ながら護衛していてくれたから一緒に帰って来ても不思議じゃないんだけど、何で獣人の女の子を連れて来たのよ?
てか、この世界に猫耳獣人がいたのね。まんま、猫耳に尻尾が付いているわ……。
「プランガル王国から来たのでしょう」
と教えてくれたのはクルスさんだ。
「プランガル王国ですか?」
「わたしは行ったことがないので聞いた話なのですが、大陸の奥にあり、大きな湖を持つ獣人の王国だそうですよ」
へー。大陸とわかるくらいには天文学? 地学? は進んでいるんだ。元の世界じゃ地平は平面とか信じられていた時代があったのにね。
「獣人の国ですか。見てみたいものです」
わたしは猫派でも犬派でもない。長い病院生活で動物を愛でる気持ちは生まれなかった。ただ、不思議な生き物がいる王国ってのは興味があるわ。獣人なんてファンタジーじゃない。
いや、そこにしゃべる猫っていうファンタジーがいるじゃん! とかの突っ込みは受け付けませんのであしからず。
「で、何で連れて来たの?」
仮にこの子が助けを求めて来たとして、命を助けたことで達成されたんじゃないの? あとは警察……はないか。伯爵様に任せたらいいんじゃないの? ここの問題はカルブラ伯爵様の問題でしょう。
「キャロにどうしようか聞こうと思って連れて来た」
わたしたち、お世話になっている身よ。クルスさんの許可は得るべきでしょう。
「クルスさん。申し訳ありません。この子を泊めてもいいですか? 費用は出しますので」
わたしも鬼や悪魔じゃない。放り出すなんてことは出来ない。獣人の子と繋がりが出来るのなら費用を出すくらいおしくはないわ。プランガル王国のことを聞けるんだからね。
「構いませんよ。キャロルさんに考えがあるようなで」
「そこまで深い考えはありませんよ。ただ、プランガル王国の情報や獣人のことに興味が出ただけです」
「キャロルさんらしいですね。情報収集を大切にするのは。纏めたらわたしにも読ませてください。プランガル王国の情報はあまりないので」
バイバナル商会としてもプランガル王国のことは知らないんだ。交易はしてないのかな?
「あ、これを機会に魔法医って呼べますかね? 回復魔法を見てみたいんですよ。もしかしたら転写出来るかもしれないので」
見なくても治癒力上昇の付与は出来るかもだけど、転写って形にしている以上、一度は見ておかないとね。
「そうですね。普段は予約が必要ですが、緊急ということで声を掛けてみましょう。ルーグ。お願いします」
「畏まりました」
ルーグさんが出て行き、一時間して四十歳くらいの女性と弟子と思われる二十歳くらいの男性を連れて来た。
「ラレア様。お忙しい中、ありがとうごさいます」
「構わないわ。患者が獣人と聞いて興味を持っただけだからね」
この人も研究者タイプみたいね。
「さっそく診るわ。男は部屋を出て行きなさい」
「わたしが手伝います。ティナ」
女でよかった。間近で回復魔法を見れるわ。
一向に目を覚まさない獣人の女の子の毛布を剥がし、服を脱がせた。
体は人間の女の子とまったく変わらない。わたしくらいの年齢なので胸は小さいけど、痣があちらこちらに。ムチャクチャに走ったんでしょうね。
「人と変わらないのね」
魔法医のラレアさんもそう見えてわたしと同じことを口にした。
「かなりあちこちに体をぶつけたみたいね。骨に異常はなし。切り傷もないわね」
手を体に触れているところをみると、魔力を使ったエコーみたいなことが出来るみたいだわ。
瞼を開いて瞳孔を診たり、手首に触れて脈まで測っている。
「医療技術が高いんですね」
まさかここまでとは思わなかった。魔法を掛けて終わりだと思っていたわ。
「……あなたは?」
怪訝な顔でわたしを見た。自己紹介しておけばよかったわね。
「わたしはキャロルです。そっちはティナ。バイバナル商会でお世話になっている冒険者見習いです」
「見習い冒険者がなぜバイバナル商会に世話になっているの?」
「コンミンド伯爵様のところでお嬢様のお友達係をしていました。バイバナル商会はそのときからのお付き合いです」
「貴族なの?」
「いえ、農民の子ですよ。バイバナル商会からは変わった子供と見られていますが」
「……そうね。変わった子供だわ……」
否定することじゃないけど、そうはっきり言われると悲しくなるわね……。
「なので気にせず治療を進めてください」
ラレアさんは気を取り直して痣のところに手を当てると、回復魔法を発動させた。
治癒力を高めるとかじゃなく、ラレアさんの魔法で痣になったところを外部から回復しているわ。
「局所回復も出来るんだ」
ちゃんと確立された技術があるんだ。これは、固有魔法なのかしら? でもそれだと確立されるの大変よね? てことは、通常魔法で行えるってことかな?
でも、病気とかには不向きそうね。外傷しか効果がないのかな? 風邪とかに効いたらノーベル賞ものよね。回復魔法、奥が深そうだわ……。