この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

「ねぇ。歩かないとダメなの?」

 ティナのリックサックの上に乗るルルが呆れたように尋ねてきた。

「あまり楽を覚えると冒険がタダの旅行になっちゃうからね、よほどのことがない限り歩きで行くわよ」

 これも修行。心身ともに鍛えないと堕落した人生になりそうだわ。

 カルブラ伯爵領までは歩いて五、六日。次の領までは三日。それまで村はあるけど、宿次第で泊まるかどうか決めるわ。

「キャロ、絵まで描けたんだ」

 村の様子を絵にしていると、ティナが呆れるような顔をした。基本、無表情なのに表情は豊かだったりするのよね、この子って……。

「そこまで上手くはないけどね」

 わたしの腕なんてお絵描きレベル。これで食べて行けるほどの腕じゃないわ。

「やっぱり木炭じゃ上手く描けないわね」

 紙も画用紙のような質でもない。描き難くて──あ、そっか。自動書記的な付与を施せばいいんじゃない? 

 木炭で作ったクレヨン(?)に見たものを描き写せる付与をイメージして施してみた──ら、出来ちゃった。うん、まあ、結果オーライってことで納得しておきましょう。

 自動書記──自動写生付与が出来たことにより、紙の消費が早い早い。こりゃ、途中で買い足さないとカルブラ伯爵領までもたないわね。

「キャロ、お昼にしよう」

 最初の村はまだコンミンド伯爵領なので、買った地図には載ってはいない。グー○ルが欲しいわ。

 あれ? わたしの付与魔法ならドローンとか作れそうじゃない?

 って、今は旅に集中しましょう。あれもこれもでは目的を見失うわ。まずはお使いをまっとうするとしましょう。

 コンミンド伯爵領を出たらしばらくは村はない。と言っても一日の距離なので途中で野宿(結界部屋でだけど)。次の日にはマクブル男爵領に入った。

 お隣さんの領だけど、この領は小さく、村って規模だ。ただ、宿場町的な感じなのでなかなか賑わっていた。

「そう言えば、ティナって剣を持たなくていいの?」

 今は職人さんたちが片手間に作ってくれた槍を使い、山刀を腰に差している。ちなみにわたしは鉈を腰に差し、これまた職人さんたちが片手間に作ってくれたナイフを装備しているわ。

「うーん。本格的な剣術なんて知らないし、獣を狩るなら槍で充分かな」

 まあ、ティナは剣士とかじゃなく狩人みたいなもの。人と戦うタイプじゃない。する必要もない。槍のほうがいいのかもしれないわね。

「でも、弓は欲しいかな」

「弓って高いの?」

「自作ならタダだけど、職人が本気で作った弓は高い」

 へー。そうなんだ。まあ、お金はあるんだし、欲しいなら買うのもいいでしょうよ。

 お昼を食べたらちょっと休んで出発。暗くなる前に次の村に到着出来た。

 ここはそこまで大きな村ではないので宿はあまりなく、わたしたちが泊まれるような宿は雑魚寝部屋くらいだった。

「どうする?」

「野宿しようか」

 自分の身は自分で守らないといけない時代。誰ともわからない雑魚寝部屋は危険すぎるでしょう。これなら山で野宿したほうが安全だわ。

「ルル、お願い」

 暗い森の中に入ったらルルにネコバス化してもらい、山の山頂まで走ってもらった。

 そこで火を焚き、作り置きのお弁当を食べたら結界で湯船を作ってもらい、アイテムバッグ化させた水筒からお湯を結界湯船に流した。

「どこでもお風呂に入るのね」

 お風呂に入らないルルが呆れている。

 西洋人っぽい見た目のわたしたちだけど、毎日お風呂に入ってもこれと言った異常はない。髪も艶が出ているし、抵抗力が下がったってこともない。健康な毎日を送っているわ。逆に一日入らないとベタついた気分になるわ。

 誰も周りにいないので構わず服を脱ぎ、体を洗ってから湯船に入った。ふぃー。

「ルル、見張りをお願いね」

 一応、結界は張ってもらったけど、覗かれるのは嫌だしね、見張ってもらうとしましょう。

「何だか冒険らしくないな」

「まあ、こんな冒険もあっていいじゃないの」

 これはこれ。あれはあれよ。人間、都合よく生きなくちゃ。

「冷めてきたね」

 やっぱり沸かしてないから冷めるのも早いわね。追い焚き機能、考えないとダメよね。

 そこまで長湯はしないでお湯から上がり、焚き火の前でのんびり山葡萄ジュースを飲んだ。

 明日のために早めに就寝。朝になったら村まで降り、冒険者や旅人相手の屋台で朝食を買って食べた。

「屋台の料理も悪くないわね」

 冒険者や旅人が買えるものだからそこまで豪華なものじゃないけど、味は悪くない。これまでの食生活を考えたら中の上って感じだ。

「うーん。ボクはキャロの料理のほうがいいな」

「わたしも」

「仕事先で食べる料理がいいんじゃないの」

 土地土地の料理を食べるのも冒険の醍醐味。これも絵にして残しておこうっと。

「他の屋台も回ってみましょうか?」

 食べ切れないときは鞄に入れておけばいいんだしね。美味しそうなのは買うとしましょうか。

 グルメ旅みたくなっているけど、それもまたよし。こういう体験が出来るから冒険者を目指しているんだしね。

「次は肉が食べたい」

「わたしは、焼いた川魚が食べたい」

 二人も賛成のようで食べたいものを言ってきた。
「……ゴブリンがいる世界なんだ……」

 ちょっと緩めなファンタジーワールドかと思ったらコテコテのファンタジーワールドだったようだわ。

 緑色の肌に醜い顔。身長は一メートルくらい。どこで手に入れたかわからない体格にあった剣と革鎧。文化水準高くね? って突っ込みが入ってるのが聞こえて来そうだわ。

「亜人が出るなんて珍しいわね」

 ティナのリュックサックが定位置となったルルが「へー」って驚いているわ。

「そんなに珍しい存在なの?」

「狩られる存在だからね。冒険者の前に出てくることはないわ。女子供の前なら別だけど」

「わたしたち、狙われちゃってる!?」

 ゴブリンでスレイヤーなファンタジーワールドなの?! 

「女子供の肉が好きなみたいよ」

 あ、食人鬼的なほうね。イヤらしいほうじゃないんだ。

「じゃあ、殺しても構わないね」

 八匹に囲まれているのに一切怯えもしないティナが槍を構えた。

「いいわよ。でも、剣や革鎧に傷付けないでね。売れそうだから」

 誰が着るんだかはわからないけど、ゴブリンの技術を知りたいからいただけるものはいただいておきましょう。

「ボク、触りたくないんだけど」

「わたしがやるわよ」

 変に潔癖になっちゃったんだから。猪とか鹿とか解体しているのに。

「汚さないようにね」

「わかってる──」

 ゴブリンがどれほど強いかわからないけど、ティナの防具には防御強化を施し、槍には切れ味強化を施してある。八匹いても負けることはないでしょう。

 素早い動きでゴブリンたちを翻弄し、大振りで首を一刀両断。ちゃんと噴き出す血に注意しながら地面に倒していた。

 ……わたしもスプラッター慣れしてきたわね……。

 獣を解体しているから首狩り族となっているティナを平然と見ていられるわ。

 五分もしないでゴブリンたちは全滅。安らかにお眠りください。南無南無。

「さて。身ぐるみ剥いじゃおうか」

「どっちが襲撃者かわからないわね」

「この世は弱肉強食なのよ」

 このファンタジーワールドで冒険をしようってなら強くなるしかない。わたしは食うほうの立場になってやるんだから。

「お、このゴブリン、メスじゃない。ゴブリン界はメスが強いのかしら?」

 革鎧を外したらおっぱいが出てきたよ。アマゾネス的な種族なのかしら?

「ちょっと写生しておきましょうか」

「趣味悪いよ」

「趣味じゃなく学術的によ。せっかく珍しい亜人に会ったんだから記録しておかないとね」

 体は人間と変わらない。亜人って呼ばれるのもよくわかるわ。内臓はどうかしら?

「ちょっ、止めておきなよ!」

「嫌なら火を焚いておいて。終わったらお風呂に入りたいからさ。ルル。わたしの体に薄い結界をかけて。ちゃんと動けるくらいによ」

「わたしの結界、何でもありじゃないからね」

「わかっているって」

 チートかと思った結界も、出来ることと出来ないことがあった。お湯を沸かす結界とか冷やせる結界とか無理だったわ。

 病原菌対策で薄い膜の結界を纏ってもらい、ゴブリンを解体し始めた。

「中も人と変わらないのね」

 まあ、そこまで人体に詳しいってわけじゃないけど、心臓の位置や形、胃があって腸がある。胃の中には肉や木の実が入っていた。

「雑食ではあるんだね」

 肉食ってわけじゃないようだし、なんか調理してないか? 思った以上に文明文化は高そうだ。

 解体してないゴブリンの臭いを嗅ぐと、そこまで酷くはない。垢もそこまで溜まってない。水浴びしているのかしら?

「亜人、かなり知能が高いっぽいわね」

「村を作るくらいには知能があると言われているわよ」

「そうね。縫製技術もなかなかのものだし、人間並みに知恵がありそうだわ」

 針や糸もしっかりしている。これを自分たちで作るなら相当なものよ。

「殺しちゃ不味かったかしら?」

「襲ってきたのはこいつらなんだから構わないわよ。こいつらは人間を襲うんだから」

 それもそうね。襲われて慈悲を掛けてやるほど優しくないしね。

 他のゴブリンも腹を割いて確認。あ、こいつはオスだ。アレがある。これはちょっと似てるかわからないわ。見たことないし。

「亜人とか言われるのもよくわかるわ。人間によく似てるもの」

 人間が何かの原因でこうなっちゃったのかしら? ファンタジーは理不尽が多いから困ったものよね……。

「こんなものかしらね」

 専門家でもないのでわかるだけの情報は紙に書き、絵に出来ることは絵にした。

「ルル。これに薄く結界を纏わせて」

「わたしの力、いいように使ってくれるわね」

「力は使ってこそよ」

 あるのなら使う。利用する。ただし、悪いことには使わない。でも、必要なら躊躇いなく使いましょう、よ。

「ティナ、お風呂沸いてる?」

「沸いてるよ」

 ルルに結界を解いてもらい、服を脱いでお風呂に入った。あ、燃やしてから入るんだったわね。

「ルル。亜人に結界を纏わせて燃やしておいてよ」

「まったく。猫使いが酷いんだから」

「肉塊になった側で食事したくないでしょ。がんばって」

 わたしは平気だけど、ティナが心底嫌そうな顔をしている。ティナに乗らしてもらっているんだからそのくらいやってちょうだい。

「ハァー。わかったわよ」

 よろしく~。
 ゴブリンは何の素材にもならず、魔石が取れるわけでもない。ただ、討伐対象とはなっているようで、耳を切り落として冒険者ギルドに持って行くとお金になるらしいわ。

 何事もなくカルブラ伯爵領に到着。バイバナル商会の支部に向かう前に冒険者ギルドへゴー。カウンターで要件を告げてゴブリンの耳を出した。

「……あなたたちが倒したの……?」

 受付のおねーさんに驚かれた。

「相棒のティナが一人でやりました。わたしは見てるだけでしたね」

 わたしはまだ戦闘を出来るほど強くはない。物作りばかりで戦闘訓練もしてこなかったしね。

「どこで遭遇したかわかる?」

 鞄から自作の地図を出し、ゴブリンが出た場所を説明したら受付のおねーさんが黙ってしまった。どうしました?

「ちょっと待ってて」

 そう言って下がると、白髪のおじちゃんを連れて戻って来た。

「こいつらか?」

「はい。ウソを言っている感じはありません。場所も正確です」

 確かにわたしたちのような見習いたちがゴブリンを倒しましたって言っても信じられないわよね。

「ゴブリンが装備していたものもありますよ」

 冒険者ギルドに来る前に背負い籠に入れてある。まあ、八匹分となると二人でもキツいので、運んで来たのを疑われないか心配だけど。

「随分と綺麗だな」

「売れるかなと思って汚れないように倒して綺麗にしました。これって買い取りしてくれますか?」

 ダメなら解体して別のものの材料にするわ。

「もちろん、買い取るさ。他に情報があるならそれも買おう」

 なかなか出来るおじちゃんのようだ。まだ隠していると察したのでしょうね。隠しとおせないか。

 仕方がないのでゴブリンを解体したときの絵を出した。

「……お嬢ちゃんが描いたのか……?」

「はい。ゴブリンがどんな生き物か興味が出たので。可能なら剥製にして取っておきたいくらいです」

 ルルの結界があられば可能なんだけど、ティナが嫌がったから止めたわ。どこかで保存してくれないかしら?

「そ、そうか。相棒も大変だな」

 なぜかティナを見るおじちゃん。何がよ?

「ま、まあ、これだけの情報なら銀貨十枚、いや、十五枚は払おう」

 十五枚とは破格だこと。そんなに重要だったのかしら?

「銀貨五枚は銅貨でください。細かがないんで」

 露店を使うなら銅貨のほうが使いやすいのよね。

「あと、これに名前と出身地を書いてくれ。あと、お嬢ちゃんたちを正式な冒険者とする」

 お金をもらうと、紙を出された。

「十五歳からじゃないんですか?」

「決まりはそうだが、才能がある者は特例で冒険者にさせることも出来る。お嬢ちゃんは今から銅星一つだ」

 タグみたいなものを出され、そこに星が一つ、刻印されていた。

「次からはそれを見せるといい。ちなみに星が三つ刻印されたら鉄星に進級出来る。まあ、星を三つ溜めるとなると十年は必要だがな」

 それが十一歳と十二歳に与えるとか、ゴブリンの情報はそれだけのものだったことか。

 出された紙に名前と出身地、あと、年齢を書いた。

「末恐ろしい子が入って来たのかもな」

「はい?」

「いや、何でもない。ところで、カルブラ伯爵領に来た理由は何だ?」

「バイバナル商会にお届けものを運んで来ました。行く前に冒険者ギルドに寄ったんです」

「バイバナル商会とは大きい商会だな」

「ここでも大きいんですか?」

「あの商会は王国中にある。規模だけ言えば三番目、と言ったところだな」

 あれで三番目なんだ。さらに大きな商会があるとか想像が付かないわね……。

「それと、武器屋を紹介してもらえますか? 相棒が弓が欲しいって言うので」

「それなら紹介状を書いてやるよ」

 その場で紙に書いてくれて渡してくれた。なかなか気前がいい人で助かったわ。

「ギルドを出て右に四軒目だ。支部長のロッグからだと渡すといい」

「ありがとうございました」

 ギルドを出て四軒目のところにあったのは工房のようなところだった。武器屋じゃないんだ。

「こんにちは~。支部長のロッグさんの紹介で来ました~」

 そう声を掛けると、汚れたエプロンを掛けた四十くらいのおばちゃんが出て来た。

「ロッグの紹介だって?」

「はい。これ、紹介状です」

 出した紹介状を渡し、中を読んだおばちゃんは「ふ~ん」と声を出した。何?

「弓が欲しいのはどっちだい?」

「ボク」

 お休みの問いにティナが手を挙げた。

「じゃあ、こっちに来な。そっちのお嬢ちゃんは待ってな」

 ティナだけ連れて奥に行ってしまったので、仕方がなく待つことに。長くなりそうだから店内を見て待つことにした。

 ここは木を使った工房のようで、弓だけじゃなく箱とか簾なんかも作っているんだ。弓だけじゃ食べて行けないってことかしら?

「商売って大変なのね」

 手に職があまってもままならないか。わたしもいろんなことが出来るようになって食べるのに困らないようにしないとな~。

 三十分くらいしてティナとおばちゃんが戻って来た。

「キャロ、銀貨三枚だって」

「わかったわ」

 銀貨三枚か。五枚くらいかな? って思ってたのに、案外安かったのね。知り合い割引してくれたのかしら?

 銀貨三枚をおばちゃんに渡した。

「矢はどうする?」

 あ、矢ね。弓だけじゃ意味なかったっけ。

「じゃあ、五本ください」

 鏃さえあればわたしでも作れそうだしね。まずは五本で構わないでしょう。

「あの、あの棚に並んでいる箱も商品ですか?」

「そうだよ。何か欲しいものでもあったかい?」

「はい。小物を入れる箱が欲しかったんです」

 自分で作るとなると時間を取られちゃうからね。買えるものなら買っておきましょう。

 なかなかいい値段はしたけど、物はいいので十個ほど買わしてもらった。

「毎度あり。また来ておくれ」

「はい。帰りにまた寄らせてもらいます」

 お母ちゃんのお土産にするとしましょう。
「ここか」

 バイバナル商会カルブラ伯爵領支部。こちらのほうが何だか大きい感じがするわね。

 王国の規模はお嬢様との勉強で学んだものの、何か地図や資料を見ての勉強じゃなかったからいまいちわからない。だから、バイバナル商会は各地に支部がある大きな商会ってしかわからないのよね……。

 ただまあ、その領地で他の支店と見比べたら商会の規模はそれなりに理解は出来るけどね。

「確かに王国で三番目ってのもわかるわね」

 左右にさらに大きな商会があり、わたしから見て右のお店は建物や敷地が広く、左のお店は何の屋敷かと思うくらい豪奢。間のバイバナル商会は一般人向けの活気あるお店って感じだわ。

「ルーデッヒ商会とライグルス商会が並んでいるなんて珍しいわね」

 敷地がのがルーデッヒ商会。豪奢な屋敷がライグルス商会みたいよ。

 てか、トップ3が並ばして大丈夫なの? 利用するお客さんは違うみたいだけど、カルブラ伯爵領って、商会が儲けるほど大きいの?

「キャロ、入らないの?」

 長いこと考えていたようでルルが頭に乗ってきて猫パンチされてしまった。

「う、うん。入ろっか」 

 お客さんたちに混ざり店内に入った。

 ……なんだかスーパーマーケットみたいな感じね……。

 店内の広さは病院のコンビニの三──いや、四倍はありそうね。いろんな商品が並んでおり、スーパーマーケットってよりホームセンターって感じかしら? まあ、ホームセンター行ったことないからよくわかんないけど。

 食料品もあることはあるけど、加工品ばかり。生鮮品はないわ。それは市場と住み分けしてるのかしら?

 スーパーマーケット的な感じならどこかにサービスカウンター的なところがあるはず。どこですか~? あ、あった。

 サービスカウンター的なところにいる品のよさそうな男性にコンミンド伯爵領から来たことを告げた。

「あなたが。本当にお若い方だったのですね」

 わたしたちのことが伝わっていたようだけど、伝達方法が口伝や手紙くらい。姿を見なけりゃ信じられないでしょうよ。

「はい。まだまだ未熟者です」

「ふふ。なるほど。謙虚な方だ。奥へどうぞ」

 わたしたちが小娘でも丁寧な対応はバイバナル商会の教えなのかしら?

 サービスカウンター的なところから奥に入ると、商談スペース的なところだった。

 ……大口取引はここで、ってことなのかな……?

「わたしは、支部長のクルスです。以前、レンラさんの下で働いていました」

「レンラさん、もしかしてバイバナル商会でもかなり上の方なんですか?」

「あの方はバイバナル家の本家の方です。四男でしたが、仕事が出来る方で、王都の本店を任されていたときもありました」

「それで決定権が高かったんですね」

 わたしのような小娘の話を信じて決定を下すとか不思議だったのよね。本家の人なら納得だわ。

「あ、依頼された品です」

 そんな話はあと。まずは依頼された金属板をクルスさんに渡した。

「確かに受け取りました。依頼署名書を出しますね」

 へー。そんなのを書くんだ。なあなあにはしないんだね。

 依頼署名書ってのをもらい、内容を確認。サインだけじゃなくバイバナル商会の判も押すんだ。

「それをなくさないでマルケルに渡してください」

 ん? クルスさんの口調に首を傾げた。

「もしかして、マルケルさんとは仲がいいんですか?」

「マルケルが侮るなとは書いていましたが、なるほど、あなたを見た目で判断したらダメですね」

 いや、見た目で判断してくれてかまわないのですが。前世の知識をプラスしても人生経験はクルスさんにまったく届いてないんだからね。

「マルケルとは同期です。バイバナル商会に入ったときから出世を争っていました」

「クルスさんが勝ったんですか?」

 コンミンド伯爵領よりカルブラ伯爵領のほうが大きい。出世したと言うならクルスさんのほうでしょうよ。

「そうですね。評価はわたしのほうが上でしょう。ですが、運のよさはマルケルのほうが上だったようですね。あなたと出会えたのですから」

 あん? わたしと出会えたことが運がいいの? わたし、マルケルさんに何かした?

「きっとマルケルは近いうちに王都に戻るでしょう」

「そうなんですか? それは残念です。マルケルさんには何かとお世話になっているのに」

 何だかんだとわたしの要望に答えてくれている。そんな人がいるとなると寂しいものだわ……。

「わたしがマルケルに勝てないと思うところはそこですね」

 うん? そこ? そこってどこよ?

「いえ、忘れてください。キャロルさんたちらすぐにお帰りになるのですか?」 

「いえ、しばらく滞在しようかと。初めてのところですし、いろいろ見て回りたいので」

「それなら我が商会を拠点にしてください。従業員の部屋が空いてますので。もちろん、お代はいりませんよ。あなた方はバイバナル商会にたくさんの利益をもたらしてくれてますからね。好きなだけ利用してください」

「そんな悪いですよ」

 さすがにタダは不味いでしょ。いくらか出しますよ。

「まったく悪くはありません。マルケルからもあなた方をよろしく頼むと言われていますからね」

「どうしようか?」

 一応、ティナにも訊いてみる。答えはわかっているけどさ。

「キャロが決めていい」

「では、お世話になります」

 お金をもらってもらえないのならお手伝いでもさせてもらいましょうか。
 貸してくれた部屋は二人部屋で、陽当たりのいいところだった。

「何だか悪いわね」

「バイバナル商会としてはそれだけキャロを囲っておきたいんでしょう」

「わたし、そこまで価値があるのかしらね?」

 そこまでバイバナル商会に利益をもたらしているとは思えないんだけどね。重要なことは秘密にしてるだしさ。

「あると思っているからこんな部屋を与えたんでしょ。キャロは気にならないの?」

「別に。わたしたちはまだ子供だし、後ろ盾がないと好きなことも出来ないわ。自由にさせてくれるバイバナル商会には感謝しかないわ」

 悪どい商会なら自由を奪い、低賃金で働かせているところだわ。けど、バイバナル商会はそんなことしない。こうして冒険にも出させている。優良商会が後ろ盾になってくれるのなら喜んで利用されるわ。

「そういう割り切ったところがあるわよね、キャロは」

「大事なことを優先するならどうでもいいことは割り切らないとね」

 前世で早く死んだからかやりたいこと優先で、どうでもいいことはほんとどうでもいいのよね。名誉も功績も欲しいのならくれてやるわ。まあ、お金は必要なのでしっかりいただきますけど。

「大事なことを優先しすぎるのもどうかと思うけど」

「そうね。逆に大切なものを蔑ろにしているように見えるわ」

 え? そうなの?

「何事もほどほどがいいものよ。あちらを立てればこちらが立たずと言うでしょ」

 いや、それはまた違う意味じゃなかったっけ?

「……つまり、どうでもいいことにも目を向けろってこと……?」

「どうでもいいはさすがに言いすぎだけど、余裕を持て、ってことよ。人生、急いだからって望む人生になるとは限らないわ。歩いてこそ見える世界があるからね」

 猫に人生観を諭される人間《わたし》。まあ、何度も生まれ変わっていれば悟ることもあるんでしょうよ。

「そんなことよりお腹空いた」

 まだ十二歳には人生論は早かったわね。いや、わたしも人生がわかるほど生きてないけど!

 ……ちなみに夏にはわたしも十二歳になりますよ……。

 ダミーの荷物を部屋に置いて部屋を出て、またサービスカウンター的なところにいたクルスさんに出掛けることを伝えた。

「誰か案内を付けますか?」

「いえ、大丈夫です。探索しながら見て回るので」

「そうですか。必要なら声を掛けてください。いつでも人を出しますので」

「そのときはお願いします。では、暗くなる前には帰って来ますね」

「はい。気を付けて」

 クルスさんに見送られておお店を出た。

 今日はバイバナル商会の周りと主要な場所を探索することにした。

 大きな町とは言え、商業施設はそう多くない。と言うか、三大商会がある場所が商業区の中心であり、商店街通りが二本あるだけ。一時間も歩けば大体把握してしまった。

「人が多いだけに食べるところが結構あるわよね」

「美味いものばかりで腹一杯になったよ」

 屋台もあったので気になったものを買って食べていたらさすがのティナもお腹が膨れたようだ。

「ティナはまだまだね。ちゃんと計算して食べないとダメよ」

 ルルの胃に計算とか関係ないでしょ。もうティナの倍は食べているじゃないのよ……。

 わたしはティナの三分の一も食べてないけど、もうお腹一杯よ。紅茶を飲んで休みたいわ。

 紅茶は高価なので売っているところはない。この時代はまだ喫茶店とか生まれてないのかしら?

「この時代に噴水とかあったのね」

 カルブラには噴水があり、水場が結構あった。地下水が豊富な土地なのかしら?

 澄んだ水だけど、水が違うとお腹を壊してしまうもの。ヤカンで水を汲み、携帯コンロで沸かして紅茶を淹れた。

 広場でそんなことしているのはわたしたちくらいだけど、奇異な目で見られることもない。無関心なのかしら?

「食べ物屋さんが多いところよね」

「いいところだわ。次は何を食べようかしら?」

 まだ食うんかい。その小さな体のどこに入るよ? ブラックホールでも飼ってんの?

「それだけ食材が豊富ってことよね。ここならソースとか作れそうね」

 小麦粉を水で溶いて野菜を入れて焼いたものがあった。ソースはワインを使ったデミグラスっぽかったけど、方向性は同じなはず。お好み焼きを作れるかもしれないわね。

「帰ったらクルスさんに厨房を借りれないか訊いてみようか」

「それはいいわね。帰るときの分も忘れないでね」
 
 ほんと、よく食べる猫だこと。

「あ、パンを買っておかないと。もうないんだったわ」

 一人と一匹がよく食べるからもう在庫切れなのよね。滞在中もよく食べそうだからいろんなパン屋で買ってみるとしましょうか。

「パン屋、どこかしら?」

 そう言えば、パン屋は見なかったわね。町の人、どこで買っているのかしら?

「あっちから匂ってくるわね」

 あなたの嗅覚どうなってんのよ? 犬か。 

「パンの香りが結構強いわね。まだ焼いているのかしら?」

 パンは朝に焼いて売り切る感じだ。長持ちするパンはそれから焼くらしく、昼前には終わって明日の仕込みをするって聞いたことがあるわ。

 とりあえず、匂いがするほうへ向かった。
「パン屋って、町に散らばっているイメージだったけど、ここは密集してるのね」

 ざっと六軒くらい集まっているんじゃないかしら? こんなに密集したら競争が大変じゃない?

「これだけ集まると匂いも凄いわね」

 工場とかきっとこんな匂いがするんでしょうね。慣れてないと気持ち悪くなりそうだわ。

「店ないね?」

「そうね。ここは作るだけなのかしら?」

 この匂いから焼いているのは間違いないんだろうけど、売るための店がないわ。

「あ、すみません。パンを売っている場所はどこでしょうか?」

 ちょうど歩いていたおばちゃんに尋ねた。

「パンならシャンゼ通りに行けば売ってるよ」

 そのシャンゼ通りの場所を聞いて行ってみると、ここもパン屋が何軒か集まっていた。何でや?

 そうなる歴史があったんでしょうが、わたしにはまったく思い付かないわ。なので考えるのを放棄して、近くのパン屋に入ってみた。

 そう言えば、パン屋に入るのってこれが初めてだわ。

 店内はカウンターがあり、その奥に棚があってそこにバゲットみたいなパンが置かれていた。

 ……種類はそれだけなんだ……。

 パン文化のところなのにパンの種類ってそうはないのよね。もちろん、わたしが知らないだけで豊富なのかもしれないけどね。

「パンを十個ください」

「あいよ。十個なら銅貨三枚と小銅貨五枚ね」

 つまり、三十センチのパンが三個で銅貨一枚ってことか。これは……安いのか?

「カルブラではこんなに安いんですか?」

 安いと思っておばちゃんに尋ねてみた。

「安いかい? ずっとこの値段だよ。まあ、高いパンもあるけど、それは別の店で売ってるよ」

 つまりここは庶民向けのパン屋ってことか。

「じゃあ、十五個にしてください。小銅貨、そんなに持ってないんで」

 そもそも買い物のほとんどはバイバナル商会で、これまでの報酬から引いてもらってたから細かなお金って持ってないのよね。小銅貨にするまで細かな設定にしないみたいだしね。

「まあ、うちとしても助かるよ。そう細かく買って行くヤツなんていないからね」

 でしょうね。そんな細かな計算誰も望まないし。

 十五個のパンはとりあえずティナのリュックサックに入れておく。ここで魔法の鞄を使うわけにはいかないからね。

 店を出たら他のパン屋にも入ってみると、この店は丸パンが売っていた。

 この時代の丸パンは小麦粉に塩とバター、そして、エールを混ぜて焼いたものだ。

 イースト菌がないのかと思ったらエールを使って膨らませていたみたい。ただ、質はそこまでよくないみたいよ。

「銅貨一枚で何個買えます?」

「五個だよ」

 丸パンもよく食べられるパンで、夕食によく出る感じかな? 実家は丸パン派だったわ。

「じゃあ、三十個ください」

 銅貨六枚を払い、これもティナのリュックサックに入れた。

 今日はこんなものかしらね。あまり大量に買っても不思議がられる。どんなものか試食してみたいしね。

 店を出たらメモ帳を出して店の名前、パンの値段、買った個数を書いておく。

「そんなこと書いてどうするの?」

 さっき散々食べたのにいつの間にかリュックサックからパンを出して食べている一人と一匹。もう消化したのか?

「ちょっとした情報収集よ。物の値段を知っておけば騙されたりしないからね」

 物の値段を知らないってことが騙される原因でもある。大体の値段を知っていれば安いよと言われたって騙されないわ。

「ふ~ん」

 まるで興味なしのティナ。まあ、買い物担当はわたしだしね。ティナに行かせるときはバイバナル商会に買いに行かせるときだけだ。

「まだパンを買うの?」

「買うわよ。サンドイッチ用のパンが欲しいからね」

 さすがに食パンは売って……たわ。マジか!? 

「この店、バイバナル商会の流れじゃない? リープバナルって名前だし」

 そう言えば、バナルってつけばバイバナル商会の流れだからとレンラさんが言ってたっけ。コンミンド伯爵領にないから忘れてたわ。

 ちなみに民宿は、バイバナル商会がやっているからバイバナル商会の民宿って呼ばれているわ。

「てか、バイバナル商会もパン屋をやってたのね」

 バイバナル商会は総合商会で、結構いろんなことやっている。輸送にも力を入れていて、隊商をいくつか持っているそうよ。

 店の中に入ると、食パンや葡萄パン、チーズパンなんかが売っていた。

「もう他領でも作っているのね」

 レンラさんから話は聞いていたけど、こうして見ると、バイバナル商会って凄い商会だと思い知らされるわ。

「食パンは半一斤で銅貨五枚なんだ」

 なかなか高価なパンにしてるじゃないの。買う人いるの?

 と思ったけど、店員さんに尋ねたら結構いるとのことだった。ジャムをつけたり焼いたりするのが流行っているみたいよ。

「食を楽しむ人が出てきたのね」

 食べることは生きること。まず食べることが優先で、楽しむ余裕がないって時代なんだよね。お金持ちは別だけど。
 
「カツサンド食べたくなった」

「わたしも」

 あんたらどんだけ食べんのよ! 

「ハイハイ。じゃあ、お肉を買って帰りましょうか」

 うちのエンゲル係数飛んでもないわね。
「ねぇ。気のせいかな? わたしたち、付けられてない?」

 完全にグルメ旅になっていると、なんだか誰かに見られている気配を感じたのだ。

 最初は気のせいかと思ったんだけど、わたしの仕掛けた付与魔法に後を付いて来る者に引っ掛かった。これ、わたしたちの後を付いて来ているわ。

「ん? 付けられてるよ」

 ティナに尋ねたらあっさり答えられてしまった。はぁ!?

「サナリスクの……なんだっけ? 今はエルフの男がボクたちを見張っているよ」

「今は?」

「コンミンドを出てからずっと、いや、ボクらがルルに乗ってからははぐれて、カルブラに入ってからはずっとだね」

「早く言いなさいよ、そーゆーことは!」

 わたしたちのコミュニケーション、そんなに悪かった?

「黙ってろって言われてた。キャロに心配掛けるからって」

 ……わたしたち、護衛されて旅をしてたのね……。

「まあ、バイバナル商会としてもキャロたちに何かあったら困るからね。信用の置けるサナリスクにお願いしたんでしょ」

「ルルの秘密がバレたかもしれないのよ」

「キャロとの関係を大事にしたいんならしゃべらないわよ。仮にバラされたところで構わないわ。キャロから身の守り方を教わったからね」

 ルルは基本、のんびり美味しいものを食べられたらいい猫……いや、猫だからいいのか。それでもルルは狙われたら困るので、能力を活かした身の守り方を教えたのよ。その力はわたしたちのためにもなるからね。

「はぁー。仕方がないわね」

 わたしたちはまだ見習い冒険者であり、こうして旅が出来る年齢でもなければ実力があるわけじゃない。保護者がいないとさせてくれないでしょうよ……。

「で、どうするの?」

「どうもしないわ。バレたらサナリスクに迷惑が係るしね。このまま続けるわ」

 初めてのお使いか! とは思わなくないけど、初めての旅なんだから仕方がない。なら、遠慮なく続けることにしましょうか。

 てか、わたしたち、食べ歩きしかしてないわよね。もちろん、価格調査や町の様子を記しているけど、なんかこう冒険者らしいことしているかって言えばまったくしてないわよね……。

 安全に行動することは大事だけど、それなら堅実に商人を目指すなり町での仕事を探せって話よね。

 でも、わたしたちは冒険者としていろんな場所に行きたい。なら、経験は大事だ。命を懸けたことで得られる力はあるものだ。

「この世界、竜や魔王とかいないのかしら?」

「何物騒なこと言ってるのよ。どちらも関わり合わないほうがいいに決まっているでしょうが」

「え? 竜や魔王っているの?」

「いるわよ。ただ、一介の冒険者には関わりのないことよ」

 ……マ、マジか。竜や魔王がいる世界なんだ……。

「竜は見てみたいかも」

「それなら亜竜で我慢しておきなさい。旅を続けていたら見られるから」

「そう簡単に見られるものなの?」

「亜竜なら見られるわよ。ただ、キャロが想像しているものではないと思うけど、竜は竜よ」

 そう言われると気になるわね。どんなんかしら?

「キャロ、果物が売ってる」

 ティナに引っ張られて妄想の世界から現実の世界に戻されてしまった。

「春に果物なんて生るの?」

 ないってわけではないでしょうが、わたしは見たことがないわ。どんなものかと見ると、リンゴサイズのカボチャだった。果物?

「バルボナね」

「バルボナ?」

「春に生る野菜だか果物だかわからないものね。外は固いけど、中身は柔らかくて甘酸っぱいって感じかしら。お城にはなかなか上がらないものだからどんな味だったか曖昧だけどね」

「ボクも数回しか食べたことないけど、美味しかった記憶はある」

 さすが異世界。たまにファンタジーなものがあるわよね。

「一個銅貨二枚か。なかなかの値段ね」

「それだけ美味いってことさ。買って行かないかい?」

 露店のおばちゃんが勧めてくるので、とりあえず三個買ってみた。どうやって食べんの、これ?

「このヘタをくり貫いてやると簡単に割れるよ」

 おばちゃんがやってみると、パキンって簡単に割れてしまった。謎の構造ね。

 わたしもやってみると、ちょっと力はいったもののちゃんと半分に割れてくれた。

「中は赤いんだ」

 果物をそう食べてないから何の匂いに近いかわからないけど、確かに甘酸っぱい匂いがした。

 種があるのでちょっと食べ難い。が、味はよかった。元の世界でも人気になるんじゃないかしら? 自然で出せる甘さなの?

「銅貨二枚でも安い美味しさですね」

「それは嬉しいね。春にしかならないからたくさん食べておくんだね」

 そう言われたら惜しくなるじゃない。

「おばちゃん。バイバナル商会って知ってる?」

「そりゃ知ってるよ。有名な商会だからね」

「今、これだけしかないからここにあるものしか買えないけど、もしもっと売りたいってんならバイバナル商会に持って来て。キャロルにお願いされたって話を通しておくからさ」

 おばちゃんに銀貨三枚を渡した。

 他の方々には申し訳ないけど、ここにあるのは買い占めさせてもらいます。この味は、来年まで待てないわ。来年まで持つよう買わしてもらいます。
 露店のおばちゃんから伝わったのでしょう。次の日からたくさんのバルボナが届けられた。

「どうするんです?」

「大切に食べます」

 お店を広げられる量のバルボナが届けられたけど、これを加工したら三分、いや、四分の一には減っちゃうでしょう。実家や民宿にも流すから手元に残るのは少ない。その少ないものはほとんどが食いしん坊どもの胃に消えるでしょうよ。

「もっと作ってくれたら絞ってお酒にするんですけどね」

 発酵させたらお酒になるはず。そうなれば葡萄酒とは違う味が楽しめるでしょうよ。

「樽と人手、お願いできますか? あ、作業できる場所も」

「わかりました。すぐに手配しましょう」

 そうクルスさんが言うと、午後には町外れの工房だった家を借りてくれ、近所のおばちゃん(わたしくらいの子も何人かいたわ)たちを集めてくれた。

 さすがマルケルさんのライバル。仕事が早い。ちゃんとこの場を仕切る人も用意してくれたわ。

「クルスさんに任されるって、ルーグさんは幹部候補なんですか?」

 ルーグさんは二十五歳と若い。バイバナル商会に入って十年みたいだけど、クルスさんから直接使命されていた。雰囲気も出来る男感が出ている。かなり優秀なんでしょうね。

「そうだといいですね。これが初めて任された仕事なので」

 十五歳から下積みとか商人も大変だよね。あんちゃんも十五歳で行商人の弟子になったしね。

「これからルーグさんの快進撃が始まるんですね」

「アハハ。おもしろいことを言うんですね。確かに見た目とおりではない子だ」

 そこで嫉妬しないのが優秀さに磨きが掛かっているわよね。バイバナル商会って、どんな育成法を取っているのかしらね? これで王国で三番目ってのが不思議でしかないわ。

「快進撃になるかどうかはわかりませんが、キャロルさんのお力となれるよう精進しますよ」

「それならバイバナル商会でバルボナを作る農家と契約してください。なんでしたっけ? 先に買い取ること?」

「先物買いですね」

「そう、それ。来年分のバルボナ、買い取ってください。値上がりされたら困りますからね」

「必ず収穫されるとは限らない、一種、賭けのようなものですよ」

「そうですね。でも、他に買い占められるよりマシです。バルボナは将来性がありますからね」

 元の世界でたとえられる果物が思い付かないけど、糖度は高いし、保存も利く。何より美味しいときてる。賭けに出るに値する果物(わたしは果物と認定します)だわ。

「さすがにわたしだけでは決められないのでクルス様と相談させてください」

「お願いします。でも、売りに来たものはすべて買い取ってくださいね」

 ジャムも作りたいし、パン生地に混ぜてもみたい。可能ならジュースも作りたい。いくらあっても足りないわ。

 へたをとり、二つに割って中身を鍋に移して布で濾す。絞った汁は樽に移す。

「何をしているんですか?」

「樽を真空にして外の空気に触れないようにしてます」

「魔法を転写できる固有魔法ではなかったのでは?」

「転写ですけど、多少手を加えることは出来るみたいですね、わたしの固有魔法って。結界魔法を使って空気を抜くんです。これだと長く保存が出来るんですよ」

 本当はルルの結界で一纏めにして保存しておきたいところだけど、作業を考えたら人を雇ったほうが大量に作られるでしょうよ。

 この場は、ルーグさんに任せることにして、わたしは工房の台所でジャム作り。窯もあったのでパン生地に練り込んで焼いてみた。

「葡萄パンや食パンもキャロルさんとのことでしたが、パン屋を目指したほうが成功するのでは?」

 バルボナパンが気に入ったようで、もう三つも食べてるルーグさん。そんなに美味しいかな?

「これ好き!」

 ティナも気に入ったようで、焼いた側から食べている。いや、味見分を残しておいてよ!

「わたしとしてはバルボナの風味が活かし切れてない気がするわ」

 料理研究家じゃないので極めようとは思わないけど、山羊から作ったバターがダメなのかな? 

 作り方は何となく覚えていても食べた記憶がないから区別が出来ない。周りの反応で作って行くしかないか~。

「そう言えば、バイバナル商会って料理人も抱えていたりするんですか?」

「抱えてはいますが、おそらくキャロルさんが満足するような料理人はいないと思いますよ。キャロルさんから調理法が流れて来るまではただ腹を満たすだけの食事でしたからね」

 それはコンミンドの支部でも同じだったわ。民宿の料理人も他から引っ張って来たみたいだからね。

「カルブラ伯爵様と交流はないんですか?」

「ここではルーディヒ商会が幅を利かせています。バイバナル商会が入る隙はありません。いや、料理人なら付け入る隙はあるかもしれませんね。わたしの幼なじみが料理人として城にいます」

「人脈も凄そうですね」

「父親から伝手は大切だと教えられましたので」

「それは至言ですね。わたしも見習わせてもらいます」

 後ろ盾だけじゃなく伝手も築いて行くことも大事なんだと思わせるセリフだよね。

「わたしもキャロルさんから学ばさせていただきますよ」

 遥か年下からでも学ぶ。この人は将来出世するわ。
 やっと満足できるバルボナパンができた頃、ルーグさんの幼なじみさんがやって来た。

 ……女の人なんだ……。

 この時代はまだ男社会。女性が職人になることは少ない。そんな時代で料理人になれるって凄いことじゃない?

「わたしの幼なじみでマリーレと言います」

「マ、マリーレよ。よろしくね」

 連れて来られて紹介されたのが遥か下のわたしじゃ戸惑うのも当然よね。

「冒険者見習いのキャロルです。来てくださりありがとうございます」

「ず、随分と礼儀正しい子ね」

「コンミンド伯爵領では伯爵令嬢のお友達をしていたようです」

 ルーグさんにはわたしのこと伝わってなかったの? まあ、わたしの情報なんて知っても出世には関係ないか。

「お友達係か。平民でなるなんて凄いね。大抵は男爵令嬢がなるものなのに」

 お嬢様に問題がーとは言えないので黙っておく。

「マリーレさんは、お城に上がって長いんですか? 女性で料理人なるの大変だったのでは?」

「ま、まあ、そうだね。わたしの場合は運がよかっただけさ。坊ちゃんが食合わせが悪いお方でね。パンが食べれなかったんだよ。わたしがパコレの粉で作ったパンを食べられて気に入られたのよ」

 パコレとはトウモロコシで、粒を乾燥させて挽いたもので作るナンみたいなものみたい。

「アレルギーですか。そんなものがあるんですね」

 異世界でもアレルギーがあるんだ。あれは現代病かと思っていたわ。

「アレルギー、ですか?」

「食合わせが悪いみたいな感じの言葉です。パンや卵で泡を吹いたり肌に赤い点が出たり、埃でくしゃみするとかもそうですね。体の免疫が働かなかったとか狂ったりするみたいですよ」

 体は悪かったけど、アレルギーはなかったからよく知らないのよね。

「詳しいのですね」

「まったく詳しくはないですよ。そういうのがあるって知っているだけです。治し方も知らないですしね」

 このファンタジーワールドなら治す方法もあるかもしれないわね。

「回復魔法とかあったりします?」

「ありますよ。ただ、強力な技は教会が独占していますが」

「擦り傷程度を治すのなら?」

「……唾でもつけて勝手に治りますが、魔法医に行けば治してくれるかもしれませんね。ただ、銀貨一枚は取られると思います」

 なかなか高額治療費を求められるのね。考えてみればお医者さんとか見たことがないわね。さすがに薬師はいるような話は聞いたことあるけど。

「回復魔法でアレルギー──食合わせは治せなかったんですか?」

「逆に治せるものなの?」

「やり方次第じゃないですか? 食合わせが悪いってことは体が正常じゃないってことですよね? 免疫力を高めて……」

 あ、そっか。わたしの付与魔法で何とか出来るか。

「回復魔法、わたしでも受けることは出来ますかね?」

「必要ならバイバナル商会が出します。クルス様からキャロルさんのことには金に糸目をつけるなと命令されてますから」

 いや、付けなくちゃダメでしょう。どんだけわたしに掛けようとしてんのよ?

「そ、そうですか。なるべくお金を使わせないよう心掛けます」

 さすがにわたしのせいで商会が傾いたとかなったら嫌だからね。

「キャロルさんは大丈夫でしょう。短い間ですが、キャロルさんは自制が取れてますから」

「集中すると我を忘れるけどね」

 そこ! うるさいよ! 黙ってなさい!

「ま、まあ、回復魔法は後にして、まずはマリーレさんにお城で作っているものを教えてください。わたしもお城で教えてもらった料理を教えますんで。ここにある食材で足りますか?」

 あ、食材を揃えてもらうのにお金を使わせちゃったわね。ごめんなさい。わたしの報酬から引いてください。

「充分だよ。てか、どんだけ集めたんだい? わたし、今日しか休みもらえなかったんだよ?」

「五品も作ってもらえたらあとはこちらでアレンジ、工夫してみます」

「そ、そうかい。手の込んだものじゃないのになるけど、いいの?」

「構いません」

 本当に知りたいのはこの世界の食材だ。それを知る前にマリーレさんと仲良くなっておく必要がある。料理人なら料理で仲良くなりましょう。

 カルブラ伯爵領で採れた食材の他に、カルブラ伯爵領で用意出来る調味料。これをどう使うかを見て、細かくメモしていった。

 あ、これか。わたしが求めていたものは。ゼラチンに変わるものがないかてな探していたけど、コンミンドでは発見出来なかったのよね。やはり大きな町にはあったわ。

 わたしが思う以上にこの世界は食材が豊富だ。ただ、地方には回って来ないだけで、他にはあると踏んでたのよね。

 これがあればホイップクリームが作れてフルーツサンドが作れるわ。入院中、ずっと食べたいと思ってたのよね。

 ふと視線を感じて顔を向けると、ルーグさんが真面目な顔でわたしを見ていた。あ、わたしの目的がバレちゃったかも。ナハハ。

 この人も洞察力が高いからやり難いわよね。人生経験も上だから隠すことも大変だわ。

 まあ、バレたところでわたしのやりたいことを止めるつもりはないわ。もっと人を学ばないといけないわね。自分の目的を果たすために、ね。