この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 さあ、採るわよ!

 とはならなかった。朝食が終われば市場に連れてってもらうんだったわ。

 背負子に藁縄を積み込み、お母ちゃんと市場に出発した。

「お母ちゃん。市場って大きいの?」

「まあ、そうだね。周辺の村から集まって来るから大きいと思うよ」

 周辺の村? どう言うこと?

「ここは、七つの村が集まるところでね、コンミンド伯爵様が治める地なんだよ」

 コンミンド伯爵領? 王制なところってこと?

「本当は町として治めるべきなんだろうけど、村単位で治めるほうが楽ってんで、七つに分けているみたいだよ」

 なかなか変わった治め方をしていること。漫画や小説でも出てこなかったわ。

 市場は伯爵様が直接治めるロンドカ村にあり、うちからは歩いて一時間ほどかかった。

 ……ざっと十キロってところかしら。十歳の体でも歩けるものなのね……。

 ロンドカ村に入る前に革袋に入れた水を飲んで一休みする。てか、村の外に出た意識もなく着いちゃったわね。

 家と家の間が空いており、畑の中を歩いていたから村の境がまったくわからなかった。この領地すべてが村みたいなものじゃないのよ。

「家が多いんだね」

 まあ、家と家の間は開いており、都会感はまったくないけど、わたしたちが住んでいるところよりは家が建っていたわ。

「領地でも賑やかなところさ」

 現代知識がある者としては過疎地にしか見えないけど、まあ、ここではこれが賑やかなんでしょうよ。

 大通り的な道を進むと、お城が見えてきた。

「あそこが領主様が住んでいる城だよ」

 お城ってより要塞みたいな感じね。尖塔みたいなものはないし、屋根もない。夢も魔法もないお城だわ。

「市場は城の横にあるマーチック広場で開かれているんだよ」

 野球でもやれそうな広場には、大小いろいろな露店が建てられ、蓙を敷いただけの店(?)もあった。

「お金、取られるの?」

 広場の入口に兵士っぽい男の人が二人立っており、入る人がお金を払っていた。

「ああ。でも、金のない者は売るものを渡せば利用できるんだよ」

 兵士に売るものを告げ、縄を一束渡した。そんなんでいいんだ。

 買い物客は払うことなく出入りできるみたいで、結構な人が集まっていた。

「いつもこんな感じなの?」

「今は畑も落ち着いた頃だからね、暇潰しに来てる者が多いかもね」

 娯楽が少ないってことなのか。

 ボードゲームもリバーシもやったことがないわたしには作り出すこともできない。わたしには前世のゲームで大儲け、はできないわね。

 わたしたちは飛び入りなので、蓙を敷いている一角に向かった。

 ここは野菜や桶、ザル、小物類と、時間の間に作ったものを売っている感じだった。

 お母ちゃんが周りに挨拶し、空いているところに蓙を敷いた。

 縄を並べ、品出し完了。あとはお客さんを待つだけだった。

 呼び込みとかはしないみたいで、興味がある人が前に来たら接客するルールみたいだ。

「縄っていくらで売るの?」

「一束銅貨二枚かね? 他も売ってたら一枚になるときもあるよ」

 銅貨の価値がどれほどのものかわからないけど、そう価値があるものとは思えない。銅貨一枚百円ってところでしょうね。

 お客さんはそれなりにいるけど、蓙区(わたし命名)に人が流れて来るのは希で、買っていくのは野菜ばかりだった。

「売れないね」

「まあ、どれも自分のところで作れるものだからね。一つも売れたら上等だよ。あ、マレア! 久しぶりだね!」

「ローザじゃないか! 久しぶりだね!」

 同年代の女の人とおしゃべりタイムに入ってしまったお母ちゃん。よくよく見たらおばちゃん同士でしゃべっている光景がそこらかしこにあった。

 ……ここは、井戸端会議みたいなところだったのね……。

 完全に放っておかれたわたしはお客さんが来るまで蓙に体育座りで待った。

 しばらくして武装した男女が蓙区に現れた。

 皆バラバラの武装で、剣を持った人、弓を持った人、ローブに杖を持った人がいた。

 その集団は辺りを見回すと、こちらを指差し、全員でやって来た。な、なに!?

「よかった。縄を売っていたよ。全部くれ」

「あ、はい。一束銅貨二枚なので二十二枚です」

 縄は全部で十一束。かなりの長さになるのに全部とか豪気ね。何に使うのかしら?

「わかった」

「これでいいかな? 細かがないから負けてよ」

 と、ローブを着た女の人が革袋を出して銅貨──より大きな銅貨を二枚出した。

 二枚ってことは銅貨一枚の五倍になるのか。

「ええ。いいですよ。おねえさんは魔法使いなの?」

 これで吟遊詩人ですとか言われたらこの世界の常識をまた最初から学び直さないといけないわ。

「そうよ。って言ってもまだまだ低ランクだけどね」

 ランクって言葉があるんだ。ゲームの中に転生したのかな? 

「魔法ってどうしたら使えるの? わたしでも出来る?」

 あるのなら使いたいじゃない! 夢が広がるじゃない!

「あ、いや、冒険者ギルドで鑑定してもらうといいよ。じゃあね」

 と、逃げるように去って行ってしまった。まだ訊きたいことがあるのに!

 でも、この世に魔法があることはわかった。それを調べる方法が冒険者ギルドにあることも。なら、地味に訊いて回れば答えに辿り着くわ。

「ふふ。魔法か。どんなことが出来るか楽しみだわ」
「どうだい、売れたかい?」

 完全におしゃべりに来たとしか思えないお母ちゃん。三時間も話すとかどんだけ話題を持ってんのよ? 待ちくたびれよ!

「うん。武器を持った人たちが全部買ってくれた。あと、全部買うからって一束オマケにした」

「ああ、それは冒険者たちだね。またウールが大量に出たんだね」

 ウールとは飛べない鳥で、たまに大量発生するんだってさ。キャロルの記憶にはないけど。

「市場にも流れてくるかな?」

「んー。どうだろう? ウールは人気だから王都に流れるかもしれないね」

「王都?」

「この国の中心だよ。ここから歩いて五日くらいかかるって話だ」

 五日か。一日三十キロ歩けるとして、五日なら百五十キロってところね。それでも王都に流れるってことは高級食材なのね、ウールって。

「あと、冒険者ギルドって何?」

「うーん。何でも屋って感じかね? 魔物と戦ったりする冒険者もいるけど、村でやっている冒険者は狩りをしたり薬草採取したりだね。縄を買いに来たのも駆け出しだろうね」

「魔法使いのおねえさんも低ランクって言ってた」

「最近は魔法使いが人気だね~」

「人気でなれるものなの?」

 なりたいと思ったらなれるものなの、魔法使いって?

「少し前に魔力がわかる魔道具が出来たそうで、冒険者になったもんが調べるようになったって聞いたよ」

 どうやらいい時代に生まれたようね、わたし。

「ねぇ、お母ちゃん。わたしも冒険者になれる?」

「そうだね。ちょっと前までならそれもよかったけど、今のキャロなら結婚したほうがいいかもね」

 結婚? え? わたし十歳だよ? 早くない?

「まあ、結婚って言っても十五になったらだよ。成人前の結婚は法で罰せられるからね」

 ホッ。ちゃんと法が守られているところでよかった。異世界、やるじゃん。

「働く場所ってないの?」

「んー。ないこともないだろうけど、うちにそんな伝手はないからね。結婚するのが一番早いと思うよ。あたしも十五で結婚したしね」

 え? ってことはお母ちゃん、三十歳? いや、妊娠期間を考えたら三十一、二歳か。申し訳ないけど、四十過ぎているのかと思ってた。外国人顔だから老けて見えるのか……?

「冒険者は何歳からなれるの?」

「……確か、十二歳だったっけ? どうしても知りたいならマグスに訊きな。冒険者から依頼されるときがあるみたいだからね」

 あんちゃんか。わたし(キャロル)、あんちゃんが荷馬業をやっているってことしか知らないや。

「それはともかく、大銅貨二枚なら肉は買えそうだね」

「買えるの?」

 銅貨一枚百円として大銅貨一枚は……二千円か? わたし、前世で買い物したから肉がいくらか知らないや。二千円だとどのくらい買えるものなの?

「ああ。大銅貨一枚なら結構買えるよ」

 店仕舞いして露店区(わたし命名)に向かうと、肉が吊るしてある露店がいくつかあった。衛生的に大丈夫なの?

「豚?」

 豚の記憶はわたし(キャロル)の中にあった。近所でも豚を飼っているのを見たこともあるわ。

「四プロムもらえるかい?」

 プロム? ここの単位? 

「あいよ。大銅貨一枚と銅貨二枚ね」

 露店のおじちゃんは、吊るした肉を包丁で切り落とした。大きさはわたしの両手くらい。それが四つで四プロムか。一枚三百グラムって感じかな? 某ハンバーグチェーン店の比較だから合っているかはわからないけど。

「はい、四プロムとお釣りね」

 大きな葉に包まれて渡された。紙はないのかな?

「ほら。銅貨二枚は小遣いだよ」

「小遣い?」

「あ、小遣いを知らないか。まあ、がんばったお礼だよ。せっかくだから金の使い方を学びな」

「銅貨二枚で何が買えるの?」

「それを学ぶんだよ。また縄を編んで売りに来たときに学びな」

 スパルタなのか優しいのかわからない教育をするな~。まあ、学んでいいのならありがたく学ばせてもらうとしましょう。

 肉を買って買えると、珍しいことにあんちゃんが帰っていた。いつもは暗くなってから帰ってくるのに。肉を察知したのかな?

「明日から王都に出ることになったんだよ」

「あーあれかい? ウールを運ぶのかい?」

「ああ、そうだよ。よく知ってるね」

「今日、市場に行ったんだよ。キャロが編んだ縄がすべて売れたからね」

 市場でのことをあんちゃんに語ると、ウールが大量に現れた話を聞かせてくれ、お土産に生きたウールを一匹もらってきたとのこと。

「これがウールなんだ」

 鶏くらいのサイズで、茶色い毛を生やしたヤンバ……なんだっけ? まあ、そんな感じの鳥だった。

「今日は豚肉を買ったからウールはまた今度にしようか。メスなら卵を産むかもしれないしね」

「卵、産むの?」

「メスならね」

 誰もウールの雌雄がわからないので、とりあえず飼うことになり、わたしが面倒見ることになった。

「逃げない?」

「こいつらは単独では大人しいし、臆病だから逃げたりしないよ」

「増えると厄介なの?」

「まあ、厄介だな。こいつらは増えるときはとんでもない勢いで増えて、農作物を食い尽くすんだよ。それを狙って狼やゴブリンが集まってくる。それで村が滅んだって話はよく聞くよ」

 ゴ、ゴブリン、いるんだ。襲われちゃう系なの?

「ゴブリン、襲って来る?」

「うーん。ゴブリンは冒険者の練習相手にされるからな、山の奥にでも入らないと見れないって話だ。滅多なことじゃ村には出ないよ」

 何かフラグを立てたっぽいけど、わたしにはよく切れる鉈がある。いつ現れてもいいよう練習しておこう。あ、目潰しも作っておこうっと。
「とりあえず、あなたはわたし預かりとなりました」

 朝になり、籠に入ったウールとご対面。わたしには預かりになったことを告げた。

「鳴かないわね」

 籠から出すと、逃げることなく地面を突っ突き始めた。虫でも探しているのかな?

「ほら。エサだよ」

 お母ちゃんからもらった古くなった豆を地面にばら撒いた。

「お、食べてる食べてる」

 漫画でしか鶏がエサを食べているところしか知らないので、ウールが食べているところがおもしろかった。

「って、お前の寝床を作ってあげないとね」

 村にもグール、小さな肉食獣がいるみたいで、鶏(この世界でもいるみたいで、裕福な家で飼っているらしいわ)を狙って現れることがあるそうだ。

 うちも昔は飼っていたみたいだけど、グールに食べられてからは飼うのを止めたんだってさ。

「頑丈なのを作らないとね」

 何の技術もないけど、漫画で枝を使った檻があった。あとは鳴子を仕掛けておけばなんとかなるでしょう。

 近くの林に向かい、手頃な枝を集めた。

「キャロルって力持ちよね」

 一メートルくらいの枝を三十本くらい持っても平気だった。もしかして、わたしってパワー系?

 この前、雑木を払った場所を鉈で均していき、枝を円を描くように地面に刺していった。

 天辺を曲げて反対側のと藁で結んでいき、上を塞いだ。

 頑丈になれと願いながら柔らかい枝を横に編み、縦の枝と藁で結合させた。

 朝から初めて昼には完成。あ、出入口を作るの忘れた。

 ウールが入れるくらいの枝を切り、余った枝で扉を作った。

「ほんと、キャロルって器用よね」

 パワー系でありながら器用でもある。これでやる気や向上心があったらもっと優秀に育っていたでしょうに。心技体が大切ってよくわかるわ。

「さあ、お前──って、名前がないのも不便ね。何かつけてあげましょうか。そーね。茶色いからタワシにしましょう」

 いずれ食材となる子。思い入れしない名前にしておきましょう。雌雄もわからないしね。

「今からお前はタワシ。わたしの僕《しもべ》よ。ちゃんと言うこと聞きなさいよね」

 うちのものであることを示すために藁で編んだ首輪をつけてあげた。

「元気に育って卵をたくさん産むのよ」

 小屋(檻じゃなんだしね)の中に棒で叩いて柔らかくした藁を敷いてやり、木皿に水を入れて小屋に置いてやる。

「グールが来ませんように」

 小屋が襲われませんようにと願い、鳴子作りに取り掛かった。

「てか、うち、工作道具が充実してない?」

 道具の名前は知らないけど、使いたいな~って思う道具が納屋の箱の中に入っていたのだ。

 不思議に思ってお母ちゃんに尋ねたら、じいちゃんが大工をしていたんだってさ。納屋もじいちゃんが作ったそうだ。

 ちなみにわたしが五歳まで生きてたそうよ。わたしはまったく記憶にないけど。

「お父ちゃん、何で大工にならなかったの?」

「不器用だったからだよ。だから畑を買って農作業に励んでんのさ。向いていたみたいで食うに困らないくらい稼いでくれるよ」

 あんちゃんは荷馬業しているし、うちって職業自由な家系なのね。

「じゃあ、納屋の道具、わたしが使ってもいい?」

「構わないよ。どうせ錆び付かせているだけだからね」

 よっし! これでいろんなものが作れるわ。どう作るかわからないけど!

 まずは錆びを落とすとしましょう。布で拭けば落ちるかな? あ、油をつければいいのかな? こんなことなら大工道具の手入れを動画で観ておくんだったわ。

 箱の中の道具を出し、砥石で研げるものと難しいものと分けていく。

「お、ハサミがあった」

 何バサミになるかわからないけど、油を染み込ませた布に包んであったお陰で錆びてなかった。じいちゃんナイス!

「いい感じのナイフもあるじゃない」

 じいちゃん、几帳面の人だったみたいね。キャロル、五年前のことなんだから記憶しておきなさいよ。

 ナイフは鞘もあり、それを引っ掛けるベルトもあった。

「研いでおくか」

 よく切れるようにと研ぎ、錆びないようにとボロ布で拭きあげた。

 ベルトをして鞘をつけ、鉈も付けるとなるとなかなか重くなるわね。いや、鉈は林や木を切るときにすればいいのか。普段はナイフとハサミを装備しておこうっと。

 他にも何かないかと探ると、ポーチや鞄が出てきた。

「古くさいけど、ないよりはマシね」

 洗えば少しは綺麗になるでしょう。異世界転生ゼロからスタート! じゃないんだからありがたいと思わないとね。

「キャロ! ウールが腹を空かしているみたいだよ!」

 あ、タワシのことすっかり忘れてた!

「わかったー!」

 出した大工道具を箱に戻し、手頃な肩掛け鞄を持って納屋を出た。

 わたしの姿を見ると、タワシがやって来てエサ寄越せとわたしの回りを回り始めた。

「お前、僕《しもべ》のクセに生意気ね」

 やっぱり鳥の頭では言うこと聞けってのは無理か。まあ、元気に卵を産んでくれたらそれでいいわ。産まないなら食卓に上げてやるんだから。

「って、こういうところはキャロルが出ちゃうわね」

 豆を食べさせたら小屋に入れ、蓙を巻いて家に入った。
「……マジか……」

 朝、タワシの様子を見に行ったら卵を二つも産んでいた。

「食べられたくないからがんばったのかしらね?」

 小屋から出してやり、スカートのポケットに入れた豆を地面に撒いてやると、ガツガツと食べ始めた。

「食べた分だけ産むのかな?」

 まあ、いいや。これで卵が食べられるわ。どう調理しようかしら?

 卵をつかんでお母ちゃんに見せに行くと、フライパンに油を敷いて目玉焼きを作ってくれた。ジ○リ飯か!?

「美味しい!」

 四人いるので半分しか食べられなかったけど、夢に見たパンに目玉焼きを乗せて食べられたよ! 

「そうかい。それはよかったね。もっと産むように育てておくれ」

「あんちゃん。ウールって豆以外に何を食べるの?」

「え? あー虫とかじゃないか? 肉食獣に隠れながらとなると虫くらいじゃないと捕まえられないだろうからな」

 虫か~。ミミズとかかな?

「湿ったところの石の下によくいるよ。ただ、毒をもっと虫もいるから直接触るなよ。ナクスとかにしろ」

 ナクス? あ、あのダンゴムシみたいなヤツか。確かに石の下にいたっけ。

「わかった。探してみるよ」

 朝食を終えたら昨日の続きで、大工道具の手入れをする。

「こんなものか」

 ボロ布で拭いたり、砥石で研いだりとかしか出来ない。素人のわたしにこれ以上は無理だ。けどまあ、本格的な大工をするわけじゃない。出来そうなことをやるまでよ。

「こんなときアイテムボックスとかあるといいのにな~」

 たくさんものが入り、時間停止が出来て、自由自在に出し入れ出来るヤツ。なんならこの鞄でもいいや。アイテムバックになってくれないかしら? 魔法でならないかな~?

「──キャロ! 何こんなところで寝てんだい? 風邪引くよ!」

 ふわぁ? え? わたし、寝てた? 

 お母ちゃんに揺らされて起きたら夕方になっていた。

「まったく。寝るんならうちで寝な。呼んでも答えないからびっくりしただろう」

「ご、ごめんなさい。わたしもわからない間に眠っちゃってた」

 疲れて眠っちゃったんだろうか? 全力で大工道具を手入れしてたから? そんなにがんばっていたつもりはないんだけどな~?

 ──ぐぅ~~!

 と、お腹が凄い勢いで鳴き出した。

「まったく。煮た芋があるからお食べ」

「いいの? 明日の分が減ったりしない?」

「芋なんて腐るほどあるんだから遠慮することないよ。また煮たらいいんだから」

 そう言えば、朝に大量に茹でていたし、一人何個とも決められていなかったっけ。

「お父ちゃんの畑で作ったヤツ?」

「ああ。あの人、本当に野菜を育てるのが上手いんだよね。不作の年でも豊作だったし」

 それは何かの加護とか持ってんじゃないの? うちのお父ちゃん、何者よ?

「あ、お母ちゃん。わたし、芋で料理していい? ちょっと思いついたことがあるんだ。失敗したらタワシ──ウールのエサにするからいいでしょう?」

 芋がたくさんあるなら芋餅を作れるんじゃないかな? 小さい頃、おばあちゃんがよく作ってくれたものだ。どんな味かは忘れちゃったけど。

「……あんたって、たまにエグいことさらっと言うよね……」

 あん? 何のこと?

「まあ、いいよ。もう十なら料理の一つでも出来てないと困るしね。好きにやってみな」

「ありがとう、お母ちゃん!」

 小さな芋をもらい、皮をナイフで向いて適当に切り分け、鍋に水をたっぷり入れて茹でた。

 美味しくなれなれ萌え萌えキュン♥️ なんてことを心の中で唱えた。声に出してはさすがに恥ずかしいからね。

 茹であがったら木ベラで潰し、片栗粉……はないって言うので小麦粉で代用し、塩を入れて混ぜ混ぜする。

 いい感じに混ざったら団子にして小判型に潰した。おばあちゃんはこうしてたのよ。

「それで完成かい?」

「ううん。油で焼くの」

「油はまだ早いからわたしがやるよ」

 焼くところまでやりたかったけど、お母ちゃんとしては十歳の子がやるには怖いんでしょうよ。

 油を木杓で掬い、フライパンに垂らして芋餅を乗せていった。

 さすが主婦。いい感じに焼いてくれ、いい匂いが漂ってきた。

「こんなもんかね」

 木皿に移し、一つ味見した。ど、どうなの?

「うん。茹でたのよりいいね。これは、マー油をかけたらイケるんじゃなあか?」

 棚の上に置いてある壺を取り、赤黒い液体を芋餅にかけて食べてみた。

「うん。イケるよ!」

「お母ちゃん、わたしも食べたい!」

「あ、ごめんごめん。ちょっと待ってな」

 マー油なるものを小皿に移し、そこに芋餅を入れて渡してくれた。

「美味しい! 何これ? 甘辛よ!」

 あ、これ、前に食べたことある。肉にも味付けで使っていたんじゃない? 異世界ナメてました! ごめんなさい!

「この辺でよく作られる調味料だね。ハチミツを使うからそう大量には作れないけどさ」

「お母ちゃんが作ったの?」

「マー油を作れてこそ一人前の女だからね。あんたもこの味を覚えて、未来の旦那に食わせてやりな」

 未来の旦那はともかく、このマー油があれば料理のバリエーションは増えるわね。いや、そんなに料理知らないけど!
 芋餅マー油かけは、お父ちゃんにも好評だった。

 あんちゃんにも食べさせてあげたかったけど、王都に行ってしまった。帰って来たら食べさせてあげましょう。

 いつものように水汲みを終えたらタワシのエサ探しに出かけた。

 湿った石の下にいるってことなので探していると、すぐにナクスを発見出来た。

 ナイフで削った箸てナクスをつかみ、納屋にあった欠けた壺に入れる。

「虫とは無縁だったのに、全然気持ち悪いと思わないな~」

 これはキャロルの性格かしら? さすがに素手で触るのは元のわたしが抵抗している。まだキャロルと元のわたしが合わさっていないのね。

「ナクス、多すぎ」

 三十分もしないて壺いっぱいになってしまった。

 タワシに持っていき地面にばら撒くと、待ってん! とばかりにパクパクと食べ始めた。

「虫が卵になるって考えると気持ちが萎えてくるものね」

 前世の記憶があることの弊害ね。まあ、キャロルの食欲が強いので食べるんだけど。

 エサやりが終われば油を搾る道具を掃除する。

 道具と言っても樽と蓋、油を受ける皿くらい。案外、単純なのね。

 灰で樽の中を洗い、カビや雑菌を洗い落とし、終われば太陽の光がよく当たるところに置いて水気を切る。抗菌処理って出来ないものかしらね? 

「魔法で出来ないものかしらね? 抗菌の魔法! とかね」

 まあ、それは冒険者ギルドに行ってからのお楽しみね。

 背負い籠を持ってミロの実を採りに向かった。

「結構落ちているわね」

 質のいい油が安く手に入るようになってから誰も採らなくなった。そのせいか、熟したミロの実がたくさん落ちている。

「この世界、どのくらい発展しているのかしらね?」

 漫画の中では油は高いものと書かれていたのに、搾るのを止めるくらい安くなるって、機械化でもされているのかしら? それなら砂糖も安く出回っているといいんだけどな~。

 まあ、お金のないわたしには自作するしかないし、時間はたくさんあるのだから楽しみながらやるとしましょうか。

 学校もなく、家の手伝いもない。近所に友達もいないのだから手間など惜しむ必要もない。逆にやることがあって充実しているわ。

 落ちていたミロの実を選別。いいものを水洗いし、日陰で水を切る。お金を稼げたら布を買わないとな。

 一晩置いたらヘタを取っていく。量は少ないのですぐに終わり、実を切って樽に入れていった。

「半分も満たないわね」

 また集めてくるのも大変だし、これでやるとしましょうか。

 蓋を入れ、そこに石を乗せていくと、樽の下に空いた穴から琥珀色の液体がじんわりと出てきた。

「変な臭い」

 不快な臭いじゃないけど、いい匂いってわけでもない。体を洗ったり衣服を洗ったりするくらいなら問題ないわね。

 慣れたとは言え、水だけでは臭いは落ちず、髪のベタつきは流れてくれない。フケも結構出る。元の世界レベルは求めないけど、そこそこの清潔感は持ちたいものだわ。

 一晩放置すると、受け皿ギリギリまで溜まっていた。ざっと二リットルってところかしら?

「布がないから濾せないのが残念だわ」

 カスを取り、上澄みだけを掬って別の木皿に移した。

 大まかな石鹸の作り方は動画で観たけど、異世界の油で石鹸が作れるかは謎でしかない。小さいものが沈殿するまでしばらく放置することにしましょうか。

「樽、洗わなくちゃね」

 キャロルが体力あってくれてよかった。これ、十歳の女の子がやる作業量じゃないわよ。

 片付けするだけで夕方までかかってしまい、空腹で目が回りそうだわ。

「あ、芋餅がいっぱいだね」

 一回も様子を見にこなかったのはこのせいだったのね。

「わたしも作ってみたんだよ。美味しかったからね」

 だからって作りすぎじゃない? 夕食では消費し切れない量だよ。今のわたしなら半分はイケそうな気がするけどね。

「そう言えば、砂糖ってある? 甘いヤツ?」

「よく砂糖なんて知ってたね」

「市場で聞いた」

 って言っておく。あそこなら聞いても不思議じゃないでしょうからね。

「まあ、あるにはあるけど、小瓶一つで銀貨五枚もするよ」

 さすがに砂糖は高かったか。まあ、あるのならよし。一から作るよりお金を稼いだほうが楽だわ。

「お、今日も芋餅か。こりゃいい!」

 お父ちゃんが畑から帰ってきて、食卓に積まれた芋餅に喜んでいた。すっかり芋餅に魅了されたみたいね。

「マー油を作りたいんだけど、構わないかい?」

「おー構わん構わん。こんな美味いものが食えるなら多少の出費くらいなんでもないさ。明日の昼に包んでくれ」

 お金の管理はお父ちゃんがやっているんだ。うち、かかあ天下じゃないんだね。

「マー油って作るのにお金がかかるの?」

「まーね。貴重な材料を使うから金がかかるんだよ」

 簡単に作れるものじゃないんだ。それなら味噌、作っちゃおうかな? 大まかな作り方はおばあちゃんが教えてくれたし。

「そういえば、キャロは油を作っているのか?」

「うん。石鹸を作ろうと思って」

「石鹸? お前、作り方なんて知ってんのか?」

「簡単にだけどね。昔、誰かから聞いた」

 家族以外の人とも会っている。力業で納得させておこう。

「まあ、最近、石鹸も安くなったみたいだしな。作り方が広まってんだろう」

 ありゃ、石鹸まであるんかい。知識チート出来ないじゃん。まあ、わたしツエェーをやりたいわけじゃない。わたしは普通の異世界転生をさせてもらうわ。
 今日は灰を煮る作業をします!

 灰は釜戸で使ったものが山となっている。それを使わせていただきましょう。

「あ、竈がない!」

 さすがに家の釜戸を遣わせてもらうわけにはいかないし、なら、作りましょうか。

「泥煉瓦を作るわよ!」

 山の中で自給自足する動画を観て学んだ。簡単な竈ならわたしにだって作れるんだから!

 って、最初の意気込みも五日も過ぎると萎えてきたわ。

 少し離れた川から土を運ぶだけで心が折れかけ、それでも続けて三日で必要な分を運ぶことが出来た。

 木枠を作り、土と藁を混ぜて捏ね、天日干しを一日続けるだけで涙が汲み上げてきたわ。

 乾いた泥煉瓦を組み立てたら薪がないことに気がついた。薪ってどこから調達すればいいの?

「お母ちゃん、薪使っていい?」

 マー油を作るお母ちゃん。五日前から作ってなかった? そんなに掛かるものなの?

「どのくらい使うんだい?」

「半日くらい燃やすかな?」

「林から拾ってきた。薪もタダじゃないんだから」

 薪って買うものなの? いや、薪売りが来てた記憶があるわ。こんな田舎でも薪を買わなくちゃならないなんて何か理不尽だわ。

「林の木は伐ってダメなの?」

「林は領主様のものだからね、伐るのはご法度。落ちている枝は自由に拾っても構わないよ」

 わたしたちが住む土地も領主様から借りているらしく、土地税を払う必要があるんだってさ。異世界も世知辛いわね……。

 背負子を背負い、近くの林に向かった。

「……あんまり落ちてないわね……」

 他の人も拾いに来ているのか、大きい枝は落ちてない。落ちているのは三十センチくらいの小枝ばかりだった。

 一日掛かって集められた量は背負子半分にも満たない。どうすんの、これ?

「ダメだ。一から考え直さないと」

 時間も時間なので家に帰ることにした。

「お母ちゃん、枝が集まらないよ」

 まだマー油を作っているお母ちゃんに愚痴を聞いてもらった。

「それならケイスさんたちのところに行ってみな。古くなった小屋を解体したいって言ってたからね。手伝えば木をくれるんじゃないかい?」

 ケイスさんち? どこよ?

「道を左に進めば古い納屋があるところだよ」

 次の日、お母ちゃんの雑な説明を元に一キロくらい歩くと、崩れかけた納屋があった。ここか?

 敷地内に入り、開けはなたれたドアから「おはようございま~す!」と挨拶をした。

「はーい。誰だい?」

 家の中から女の人の声が返ってきた。

「ローザの娘でキャロルって言います」

 名字がないから誰々の娘って言うみたいよ。

「あー。ローザんところのかい。久しぶりだね」

 出て来たのはお母ちゃんくらいの人だった。あ、この人知ってる。たまにうちに来てた人だ。最近は来てないけど。
 
「おはようございます。お母ちゃんから納屋を壊すって聞いたんですが、薪に欲しいのでもらえますか?」

 背負子に縛った手斧とノコギリをおばちゃんに見せた。

「あんた一人でやるのかい?」

「はい。どこまでやっていいかによりますけど」

 さすがに一人ですべてを解体するのは無理だけど、五分の一はいけるんじゃないかな?

「まあ、好きに壊しちゃって構わないよ。冒険者に依頼しようか迷っていたからね。ただ、注意してやるんだよ。死ぬこともあるんだから」

「わかりました。注意してやります」

 この時代じゃ病院なんてないか。薬も高そうだしね。回復魔法とかあるのかしら?

「梯子は家の裏にあるから好きに使って構わないからね」

「はい。ありがとうございます」

 おばちゃんが家の中に戻り、わたしは古い納屋を観察する。

 中の物はすべて出されており、屋根に大きな穴が開いていた。

 柱を押してみると、意外としっかりしていた。自然崩壊するにはまだ時間が掛かりそうね。

「まずは板を剥がしますか」

 釘がある時代のようで、板は釘で固定されている。

「釘を集めたらナイフを作れるんじゃない?」

 まあ、集めても小さなナイフにしかならないだろうけど、ちょっとしたものを切るくらいのナイフならあってもいいわ。じいちゃんが残してくれたナイフは刃渡り二十センチはあるものだしね。

 ナイフで釘を抜いていき、外した板は横に積み重ねておく。

 どうも前世のわたしって地味な作業が得意なようで、休むことなく昼まで続けてしまい、お腹空いたことで我に返った。

「お弁当にするか」

 芋餅とニンニクをミロの実の油で炒めたものをパンに塗ったヤツだ。

 ミロの実の油は食用で、昔はマー油の元となっていたとか。ニンニクを炒めるとなかなか美味しいものになるそうだ。

 井戸を借り、手と顔を洗い、持ってきたコップに水を注いだ。

「この世界、麦茶ってあるのかな?」

 前世のおばあちゃんが体にいいって、市販のではなく、無農薬の大麦から作ってくれた麦茶。また飲みたいな~。

「お父ちゃんなら知っているかな?」

 石鹸があるなら麦茶があったって不思議じゃない。何気に知識チートが使えない世界だしね。いや、そこまで知識があるわけじゃないけどさ。

「なんだい、家から持ってきたのかい」

 お弁当を食べていたらおばちゃんがやってきた。

「はい。家に戻るのも大変だろうと思って作ってきました」

「へー。なんだい、これは?」

 芋餅を不思議そうに指差した。

「茹でた芋を潰して小麦粉を混ぜて丸めて油で焼いたものです。マー油を絡めると美味しいですよ。お母ちゃんが作ってくれました」

 何かに取り憑かれたように毎日たくさん作っている。お陰でうちはパン余り陥っているわ。

「へー。相変わらず料理が得意だよね、ライザは」

 お母ちゃん、料理が得意だったんだ。レパートリーは少なかったのに。
「美味しいじゃないか!」
 
 芋餅をあげたらおばちゃんがびっくりしたように叫んだ。

「こりゃ、ライザに教えてもらわないとね!」

 おばちゃんも芋餅に魅了されたようで、家に駆けて行ったと思ったらすぐに飛び出してきた。

「あんたんちに行くから、無理すんじゃないよ!」

 どうやらお母ちゃんに芋餅の作り方を学びに行くようだ。って、戸締まりしなくていいの? 

「……いや、うちも戸締まりなんてしてないわね……」

 安全なのか無用心なのか、田舎は謎だわ。

 お弁当を食べ、水をしっかり飲んだら作業再開。夕方までに結構解体できた。

「釘はこれだけか」

 手のひらに乗るくらい。これじゃペーパーナイフにもならないわね。

「まあ、塵も積もればで貯めるしかないわね」

 今集めてもどうにもならない。鍛冶とかまったく知らないんだし、いざとなれば売ればいいわ。

 今日はこれで終わり。運べそうなものを背負子に積み込み、我が家へと帰った。

「ただいま~」

 おばちゃんとお母ちゃんが釜戸で芋餅を作っていた。

「お帰り。腹減っただろう? 芋餅たくさん作ったからたくさん食べな」

 さすがに朝昼晩と芋餅は飽きるわよね。早くマヨネーズをつくらないといけないわね。あ、油があるんだし、フライドポテトが作れるんじゃない? 

「お母ちゃん、芋ってまだある?」

「ああ。納屋にたくさんあるよ。また何か作るのかい?」

「うん。ミロ油があるから、芋を揚げてみたらどうなのかな~? って思ったの」

「芋を油で揚げる?」

 あ、揚げる調理法はあるんだ。

「うん。いろんな形に切って、どの形が美味しいか調べてみたいんだ」

 いきなり棒状にしたら怪しまれるしね、いろいろ切って誤魔化すとしましょう。

「なるほど。芋がいけるなら他の野菜もいけるかもしれないね。マーケット油を掛けたら美味しいんじゃないかね」

「いいね! 明日、いろいろ野菜を持ってくるからやってみようか!」

 おばちゃんも乗り気だ。これなら食卓が豊かになりそうだ。って、わたしそっちの気で始めてしまったわ。

 まあ、料理は二人に任せるとしましょうか。わたしは納屋の解体が残っているんだからね。

 それからお母ちゃんとおばちゃんの料理開発が始まり、納屋を全解体した頃にはご婦人方が八人くらい集まっていた。

 ……何だか婦人会が結成された瞬間を見た気分だわ……。
 
「随分と食卓が豊かになったな。何があったんだ?」

 王都から帰って来たあんちゃんが食卓に並べられた料理にびっくりしていた。

「おばちゃんたちが集まっていろんな料理を考えたんだよ」

「何だかよくわからないが、まあ、美味いものが食えるなら何でもいいさ」

 男どもは単純なんだから。食うのが仕事じゃないんだからね。作ってくれる人に感謝しなさいよ。

「あ、キャロ。明日は皆で油搾りするから道具を使うよ」

「ミロの実から?」

「ああ。野菜を揚げるならミロ油が適してたからね。明日は女衆を集めてミロの実を集めることになったんだよ」
 
「濾すための布はないよ」

「それは持ち寄るよ。ミロの実も熟してきたからね。急いでやらないと」

「熟すとダメってこと?」

「ああ。熟すと種が大きくなるんだよ」

 わたしが搾ったときは種はなかったわね。

「ふーん。熟したヤツって塩漬け出来る?」

 オリーブって塩漬け出来たんじゃなかったっけ? ミロの実もオリーブっぽいし、出来るんじゃないかな?

「……やったことはないけど、熟した実を塩を付けて食ったことはあるよ」

 あるんだ。美味しいのかな?

「それも試してみるか。熟したものは油取りは出来ないんだしね」

 お母ちゃんたち、やることいっぱいね。

 まあ、わたしもやることいっぱい。明日は泥煉瓦を焼かないとね。泥煉瓦、割れてないかな?

 朝になり、水を汲んだら干した泥煉瓦を確認すると、半分以上が割れていた。

「まあ、砕いてまた泥煉瓦にしたらいいわね」

 元は泥と藁。水を掛けたら崩れるでしょうよ。問題はないわ。

「何か本格的なことやってんな」

 泥煉瓦を組み上げ、火を焚いていると、あんちゃんが帰って来た。

「今日は随分と早いんだね」

「仕事がない日もあるんだよ。泥煉瓦なんてよく知ってたな」

「前にやっているところ見たのを真似ているだけ。あっているかはわからないわ」

「まあ、泥煉瓦なんてそう失敗するもんじゃないさ。オレも手伝いでやったが、大体は成功してたからな」

「あんちゃん、やったことあったんだ」

 わたし、あんちゃんのこと何も知らないな。

「お前くらいの歳からいろいろやったよ。父ちゃんの手伝いから職人の手伝い、樵もやったな」

「あんちゃんはお父ちゃんの後を継がないの?」

 普通、親の仕事を継ぐもんじゃない?

「おれは商売がしたいんだ。今も荷馬業をしながら商人の勉強をしているんだ」

 あんちゃん、商人になりたいんだ。

「じゃあ、文字とか書けるの? わたしも学びたい! 教えて!」

 そうだよ。大事なことを忘れていた。異世界転生で大事なことは文字を覚えることよ。

「おれもまだ勉強しているところなんだよな」

「知っている文字で構わない。あとは、自分で調べるから」

 キャロルはまだ十歳。まだ脳が柔らかいんだからすぐに覚えられるわ。

「ハァー。わかったよ」

 それから夜のちょっとの間、あんちゃんに文字を教えてもらえることになった。
 やることがたくさんあると時間は早く進むもの。いつの間にかキャロルと前世のわたしが上手い具合に混ざり合い、気が付いたら夏が過ぎていた。

 成長期なのか、背も少し伸び、胸も膨らんできたわ。わたし、発育いいじゃない。

 まあ、料理の種類が増え、食卓に上がる量も増えた。お腹いっぱい食べても余るくらいだ。成長するのも当然ってものよ。

 とは言え、肉が出ることは相変わらず少ない。十日に一回、豚肉が食べられたらマシって感じだ。肉、最も食べたいものだわ……。

「キャロ。外の竈借りてるよ」

 泥煉瓦で作った竈はすっかりお母ちゃんたちのマー油作りに乗っ取られてしまった。

「うん、わかった」

 もう石鹸は完成し、来年まで余裕で持つくらいの量を作れた。他に使いようもないし、今は籠を編んだり背負子を作ったりに意識が向いている。使われたところで問題ないわ。

「お母ちゃん。竹を取りに行ってくるね」

「まだ作るのかい? もう納屋にたくさんあるだろう」

「もっと細かい篩《ふるい》を作りたいの。大麦でお茶が作りたいからね」

 この世界にも大麦はあり、麦茶や麦酒《エール》も余裕であったりする。お父ちゃんも毎晩麦酒《エール》を飲んでいるくらいに普及されたものなのよね。

「あんたは変なとこれで拘るよね」

「自分で作ってみたいの」

 麦茶くらい買ってあげるわよと言われているが、せっかく異世界転生したのだかテンプレはやってみたいのよ。

 あ、マヨネーズは一回目の挑戦で止めました。だってメチャクチャ疲れるんだもん。だからおばちゃんたちに丸投げしました。毎日、美味しいマヨネーズを作ってくださりありがとうございます!

「まあ、好きにしな。でも、これから収穫が始まるから納屋の籠は売ってきなよ」

「わかった。明日、市場に行ってくるよ」

 秋か。じゃあ、麦の刈り入れが始まるのね。

 去年はまだ小さくて棒で叩いて脱穀するくらいしか出来なかったっけ。今年は刈り取りから出来きるかな? 田舎でスローライフの醍醐味がやれるのね。楽しみだわ。

 背負子にお弁当と水袋、ノコギリ、縄を積んで竹林へ向かった。

 うちから約二キロと言ったところに竹林がある。ここも領主様のものだけど、竹は放っておくとすぐ増えるってことで、伐っても構わないとのことだ。

「籠、売れるかな?」

 このパルセカ村の女の人は籠を編むのも得意なので、需要があるとは思えないんだよね。

「さすがにこれ以上作ると不味いかな?」

 もうちょっとやれば鞄とか作れると思うんだよね。

「あ、そう言えば、竹の水筒ってあったよね。時代劇で観た気がする」

 小さい頃、おばあちゃんと観た水戸黄門に出てきた。あれならそう難しくなさそうだし、水袋より臭くないんじゃない?

 どうも水袋って皮臭さが抜けてくれないのよね。竹ならそんなに臭くならないはずだわ。古くなれば薪にすればいいんだしさ。

「今日は水筒になりそうなのをいただくとしますか」

 この竹林に来るのは十回近くになるし、そう広いってわけじゃない。水筒になりそうな太さの竹がどこにあるか熟知しているわ。

 二本分になるくらいに切り落とし、二十個は作れるくらいの竹を背負子に縛りつけた。

「お弁当を持ってくるまでもなかったわね」

 まあ、うちに帰ってから食べればいっか。

 背負子を背負い、竹林から出ると、何やらみすぼらしい格好をした女の子がいた。

 髪はボサボサ。服はボロボロ。靴も履いてなく、何日もお風呂に入ってないようで凄く臭かった。

 ……この村、かなり裕福なほうよ。ここまで貧乏になるとは思えないのだけれど……?

「おはよう。この村の子? わたし、キャロルって言うの」

 なるべく驚かさないよう柔らかく声を掛けた。

 女の子はびっくりした様子だけど、逃げ出すことはなかった。迫害されている感じではないわね。

 何かしゃべろうとしているけど、上手くしゃべれないみたいで、あうあう言っていた。

「落ち着いて。わたしは何もしないわ。あ、喉渇いてる? 水を飲んで」

 水袋のコルクを外し、女の子に渡して飲ませた。

 喉が渇いていたようで、すべてを飲み干してしまった。各家に井戸はある。飲ませてもらうことも出来ないの?

 と、女の子のお腹がグゥ~と鳴いた。食事もしてないの?

「ちょっと早いけど、一緒にお昼にしましょう」

 ちょっとどこからかなり早いけど、女の子は限界に近いみたい。ここで食べさせなければ倒れてしまいそうだ。

 女の子を道の端に座らせ、背負子を下ろしてお弁当を広げて芋餅を渡した。

「ゆっくり食べるのよ。いっぱいあるから」

 なんて言っても空腹状態で我慢出来るわけもない。我を忘れて芋餅を食べてしまった。

「次はパンよ。野菜スープにつけて食べなさい」

 野菜スープを入れるために作られた小さな壺で、お父ちゃんも畑に持って行っているものだ。

 なぜかスクリューキャップとなっており、小さな竈で温めることも出来る優れもの。いったい誰が考えたんだか。わたしの前に転生者がいたのかしらね?

 冷たくなっているけど、温める時間もない。今は冷たいままパンを浸して食べてもらいましょう。

「ゆっくり食べていてね。水をもらってくるから」

 この近所の人には声をかけ、井戸を貸してもらえるようお願いしている。家の人に声をかけて水を汲み、水袋に入れた。

 いなくなっているかな? と心配したけど、女の子は満腹になったのか、横になって眠っていた。

「疲れてもいたみたいね」

 完全に熟睡している。いったい何があったのかしらね?
 熟睡している女の子の汚れた顔を濡らした布で拭いてあげた。

「長いこと歩いてきたみたいね」

 足の汚れも凄いけど、切り傷や豆が出来ていた。これでよく歩けたものだわ。

「草履《ぞうり》でも編んであげましょうかね」

 ここは靴文化で草履を履いている人はいない。けど、冬になると靴の上から藁靴を履いて防寒対策をするそうよ。

 また井戸を借りた家に向かい、石鹸と藁束を交換してもらった。

 草履は編んだことはないけど、今のわたしは藁編みマスター。頭の中で設計図を作り上げ、編み始めた。

 二十分もしないで完成。我ながらいい出来だと思うわ。これならどんな道でも足を傷つけることなく歩けるでしょうよ。

「布を買ったら靴下を作らないとね」

 お母ちゃん、料理は得意だけど、繕い物は苦手だ。服とかは繕いせず買っているそうだ。

「う~ん。いろいろ作りたいけど、数を絞らないと中途半端になりそうね」

 まあ、何をやるかは今度にして女の子の足を綺麗にしてあげましょう。

 足を綺麗にしても女の子が起きることはない。このまま夜になったらどうしましょう? さすがに背負うほどの力はない。

 それは暗くなってから考えるとして、小さな竈を作りましょうか。野菜スープもまだ残っているしね。温めてお昼にするとしましょう。

 竈を作るのは慣れたもの。手頃な石を集め、枯れ葉や小枝を集め、火起こし道具で火を点けた。

「さすがにマッチは欲しいわね」

 わたしが作った火起こし道具でも火を点けるまで五分は掛かる。マッチとまではいかなくても火打ち石は欲しいところだわ。

「魔法で火を点けることは出来ないかしらね」

 おばちゃんの中に魔法で火を点けられる人が何人かいた。ってこと貴族しか使えないってわけじゃない。能力があるかどうかだ。ただ、あるかどうかを調べるには冒険者ギルドで鑑定してもらい、魔法使いから教わるそうだ。

 漫画や小説のように魔力を感じてイメージを含ませる、ってわけにはいかないのかな? 指パッチンで炎とか出してみたいものだわ。

「魔力ってどんな感じなんだろうね?」

 瞑想して探ったりもしたけど、わたしには才能がないのか魔力を感じられなかったわ。

 壺を温め、芋餅を枝に刺して炙っていると、女の子が目を覚ました。

 眠気より空腹が勝ったのかな?

「おはよう。少しは疲れが取れた?」

「……う、うん……」

 よかった。しゃべれないってわけじゃなさそうだわ。

「起き掛けだけど、食べられる? 無理なら水を飲む?」

「……た、食べたい……」

「じゃあ、パンを野菜スープに付けてゆっくり食べるといいわ。急いで食べるとお腹がびっくりしちゃうからね」

 絶食した後にいきなり食べると胃が痙攣すると聞いたことがある。それで死んじゃうこともあるからね、胃を慣らしながら食べないと。

 パンを渡し、野菜スープに付けて食べてもらった。

 先程は空腹に我慢出来なかったみたいだけど、少しお腹が膨らんで落ち着いたのでしょう。ゆっくり食べてくれたわ。

 お弁当の大半を胃に収めたらまた眠くなったようで、船を漕ぎ始めた。

「夕方まて休みなさい。わたしが横にいるから」

 夏が終わる季節とは言え、まだ暖かい。風邪を引くこともないでしょうよ。竈に火をくべたら寒くならないでしょうしね。

「……ありがとう……」

 そう口にすると、眠りに落ちてしまった。

「いい子みたいね」

 ちゃんとお礼が言えたんだからずっと一人だったわけじゃないみたいね。

 それから夕方まで起きることもなく、さすがにこれ以上はと女の子を起こした。

「ごめんね。もう夕方だし、そろそろ帰らないとならないの。あなた、帰る家はある?」

 ないだろうと思いながらも尋ねた。

「……ない。婆様が死んじゃったから……」

 つまり、天涯孤独ってわけか。わたしと同じ年齢でそれは辛いでしょうよ。

 十五歳まで生きたとは言え、わたしの精神年齢なんて十三歳にも満たないでしょう。まだまだ子供と言っていいわ。けど、この女の子よりは上な精神と知識は持っている。

「わたしは、キャロル。あなたは?」

 出会ったときに名乗ったけど、覚えてないでしょうからもう一度名乗った。

「ボ、ボク、ティナ」

 おっと。ボクっ娘かい! まさか異世界でボクっ娘に会うとは夢にも思わなかったよ!

 いや、まさか男の娘じゃないよね!? 眠っている間に確認しておくんだったわ!

「ティナか。可愛い名前ね」

「……あ、ありがとう……」

 可愛いと言われて照れたということは女の子で間違いないってことね。服を捲ったらゾウさんがこんにちは! ってことにならないってことだわ。いや、わたし、見たことないけどさ!

「帰るところがないのならわたしのうちに来る?」

「……い、いいの……?」

「大丈夫、とはさすがに言えないけど、これから秋になるから人手は欲しくなるわ。収穫を手伝ってくれるならお母ちゃんやお父ちゃんも許してくれるわ」

 勝算はある。

 キャロルと前世のわたしが融合してから家に貢献してきたし、二馬力になればやれることが増える。薪を集めに山にだって入れるわ。ティナの言葉からして婆様との二人暮らしだったのでしょう。

 なら、生活するためにティナも働いていたってこと。つまり、生活力はあるってことよ。それなら二馬力どころか四馬力にだってなれるかもしれないわ。

「ティナは鉈、使える?」

「うん。鉈の他に斧も使える。薪集めはボクの仕事だったから」

 それはいいじゃない。じいちゃんが使っていた斧をティナに使ってもらうとしましょう。この出会いは運命だったのかもしれないわね。