この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 サナリスクの功績を聞いたらなるほどと納得しか出来ない功績ばかりだった。

「……凄いんですね……」

 語彙力が死んじゃったけど、戦闘力、知識力、問題解決能力と、若いのに英雄クラスの人たちじゃない。と言うか、問題に遭遇してばかりじゃない? 竜と戦って生き残れるとか意味わからないわ。なんて主人公の集まりよ?

「運が悪いだけさ。おれたちとしてはもっと安全に仕事をこなして稼ぎたいだけだからな」

 まあ、冒険もほどほどが一番。毎回ギリギリな冒険なら心身がボロボロになっちゃうわ。わたしは、おもしろおかしくなる冒険を心掛けるようにしようっと。

「あ、鞄が作りたいので革をいただけますか? 背中に背負うものを二人分作るのでたくさんいただけると助かります」

「鞄ならうちでも売ってますよ」

「いえ、大容量の鞄なので自分で作ります」

 わたしが思う鞄と売っている鞄では全然違うのよね。

「キャロルさんが作るものなら画期的なんでしょうね。完成したら見せてください」

「鞄ですよ? 画期的なことなんてありませんよ」

 わたしは別に発明家ってわけじゃない。そんな画期的なことなんて考え付かないわよ。

 材料を用意してもらった。

「革と革をくっつける溶剤ってありますかね?」

「ありますよ。カワニシキと呼ばれる木の樹液で作るものです」

 固めた樹液と獣の油、そして、硫黄を混ぜて作るらしい。考えた昔の人に感謝です。

「ついでだから靴も作っちゃおうかな?」

 今履いているものはサンダルに布を縫ったもので、防御力があまりないのよね。革で作れば……あ、鉄板を仕込めば安全靴になるかも。

「キャロルさんは、何でも自分で作ってしまいますね」

「自分で作ったほうが体に合ったものが作れますから」

 成長期なので少し大きめに作らないとダメかもね。

 今は百三十センチくらい。小柄なわたしだけど、これから十センチは伸びることを想定して作らないと。さらに身長が伸びたらまた作ればいいわ。

「完成を楽しみにしていますよ」

 そこまで期待されても困るんだけどな~。

 材料がかなりの量になってしまったので、マッチを取りに来るついでに持って来てもらうことにした。

「リュードさんたちはどうします? 帰ります?」

「そうだな。どうする?」

「暗くなるまで時間もないし、帰るか。腹も減ったし」

「あ、お酒は買って行くといいですよ。うちは安い麦酒しか置いてないので」

 水代わりにワインを飲むってあるけど、ここは水が豊富で綺麗なのでワインは高めなのよね。

「じゃあ、買って行くか」

「マルケルさん、瓶詰めのをお願いします」

 ワインは壺に分けて売るスタイルだけど、瓶に詰めたワインも売っているのよ。まあ、その分高いけどね。

「はい。どのくらい必要ですか?」

「三十本くらい頼む」

「三十本ですか? それならキャロルさんの荷物と運びますか?」

「いや、おれらで運ぶから大丈夫です」

 鞄のことは秘密だしね、そう言うしかないわよね。

 二つの木箱に入ってワインが運ばれて来たので、リュードさんとアルジムさんが持って帰ることにした。

「では、また来ますね」

「はい。お体にお気を付けて」

 バイバナル商会をあとにし、途中で鞄にワインを詰め込んだ。

「やっぱり便利だな」

「そうだな。これだけ入れたのに重さが感じない」

 異空間に入っているからね、重さは鞄の重さしかないわ。

「他に知られないようにしないといけないのが面倒ですけどね。リュードさんたちなら問題ないでしょう」

 わたしたちでは守ることも出来ないしね。

「いや、おれたちも秘密にするさ。魔法の鞄を欲しがるヤツはいるからな」

「そうだな。擬装する必要があるかもな。お嬢ちゃんが持っていた鞄だと知っているヤツは多そうだから」

 確かにわたしはいつも肩から下げていたしね。それがリュードさんたちが下げていたら何かと思うか。

「まあ、盗まれないよう気を付けてください」

「お嬢ちゃんは本当にあっさりしているよな。魔法の鞄がなくなったというのに」

「不自由もまた楽しいものですよ」

 今のわたしは五体満足。加えて付与魔法を授かった。出来なかったことが出来るようになったのよ。なら、やるしかないじゃない。出来ることをたくさん見つけるだけよ。

「お嬢ちゃんは変わっているな」

「そうですね。それもまたよしです」

 変わっているなら人とは違う人生を楽しめるってことだもの。全然気にしないわ。

「変わっているだけじゃなく強くもあるか」

「お嬢ちゃんの周りに人が集まるのもよくわかるよ」

 何だかよくわからないけど、褒められいるのはわかる。ちょっと気恥ずかしいわね……。

 気恥ずかしさに堪えながら実家に帰り、リュードさんたちが買ったワインをいくつかもらい、湯上がりに飲めるよう井戸水で冷やしてあげた。

 しばらくしてお風呂に入って来たリュードさんたちによく冷えたワインを出してあげた。

「冷えた葡萄酒もいいもんだな」

「ああ。これはクセになる」

「地面から泡の出る水って見たことありますか?」

 この世界にも炭酸水はあるはず。山葡萄と混ぜて飲んでみたいわ。前世では炭酸ジュースって飲めなかったからね。

「ああ。あるぞ。貴族の間では果汁を入れて飲んでいるって話だ」

 それはいい情報を聞いた。また冒険に出る楽しみが出来たわ。
 久しぶりに実家に泊まり、朝から働かされてしまった。

「人足りてないんじゃないの?」

 よくこれまでやってたね! 俗に言うブラック企業なの、うちって!?

「仕方がないだろう。人気になりすぎたんだから。ほら、手を動かしな」

 動かしているよ! 誰よりも!

 今日は特に人が多いせいか、昼まで休む暇もない。やっとお昼を食べ、また夕方まで休む暇なく働かされた。

 夜は新しく出来た従業員の家で休み、次の日は朝の仕事を手伝ってから山の家に帰ることにした。わたしにもやることがあるからね。

「店の体制、何とかしないといけないわね」

 リュードさんたちはまだ買い物があると言うので一人で帰った。

 ティナたちは山に入っているのか姿が見えない。なので、民宿に行ってレンラさんにローザ亭のことを話した。

「そんなに人気になっていましたか」

「人は増やしたほうがいいですよ。ここでお母ちゃんが倒れたら仕切る人がいなくなりますからね。店は頓挫します」

「キャロルさんが言うなら速やかに検討する必要がありますね。明日にでも山を下りてみます」

 こういうところが優秀な所以よね。問題が出たらすぐ行動出来るんだから。

 ローザ亭に関わった者ではあるけど、経営に口出す立場ではない。まあ、横から口は出しているけどね。

 夕食の下拵えをしたら作業小屋に向かってマッチ作りや新しい鞄に入れる編み籠作りを開始した。

 夕方になりティナたちが帰って来た。狼を担いで。

「また狼がいたんだね」

「たぶん、はぐれだと思う。他には見えなかったから」

 一匹でいたところを狩られるとか可哀想だこと。まあ、狩ってしまったのなら美味しく食べてあげましょう。

 ここには道具と調味料、水が揃っているので捌くのも楽でいいわ。民宿の料理人さんも手伝ってくれたからその日で捌くことが出来たわ。

 食べるには二日三日掛かるので食べるのは先。今日は熟成させた猪の肉で夕食を作った。

 次の日にはリュードさんたちが帰って来た。

「必要なものは買えましたか?」

「ああ。初めて何も考えず欲しいものを買ったよ」

 魔法の鞄がないと持ち歩ける量は決まってくるからね。厳選して買う必要があるか。

「明日にでもここを発つよ」

 夕食の席でリュードさんがそんなことを口にした。

「そう言えば、依頼の途中でしたっけね」

 青実草を採取しに来てたんだったわ。すっかり忘れていたよ。

「じゃあ、明日のお弁当を作りますね」

 魔法の鞄とは別にここに泊まるお金はもらっている。明日のお弁当くらい作らないと罰が当たるってものでしょう。

 ……一日銀貨一枚とか高位冒険者は違うわよね……。

「それは助かる。パンを多めに頼むよ」

 そうなると今から作る必要があるわね。

 夕食が終われば仕込みを始め、朝はちょっと早く起きて窯と竈をフルに使ってパンを焼いた。

 焼き上がったものは木の皮で編んですぐに魔法の鞄に入れてもらった。

 朝を食べたらサナリクスの面々が旅立って行った。

「あっさりしたものね」

 サナリクスの面々がいる間、ずっと黙っていたルルが口を開いた。

「冒険者だからね。風の吹くままなんでしょう」

 わたしたちもあんな風にならないとね。いちいち別れを惜しんでいたらどこにも行けなくなっちゃうわ。

「キャロ、また冒険に行く?」

「鞄の材料が来ると思うから待っているわ。ティナはルルと山葡萄を積んで来てよ」

 ルルに乗れば山葡萄が生っているところまですぐだし、ティナ用の鞄があるのでたくさん摘み放題。わたしが留守番でも問題ないでしょうよ。

「たくさん採って来てね。ジャムも作りたいから」

 砂糖の消費量が増えたからかバイバナル商会もたくさん買い付けてくれている。その循環で砂糖が少し安くなったのよね。この世界、どこで砂糖を作って、どこから運ばれて来るのかしらね?

「わかった」

 ティナが出掛けてしばらくすると、バイバナル商会の馬車がやって来た。

 民宿の荷物もありから三台でやって来て、受け取りに民宿に向かった。

「ご苦労様です」

「ああ、ご苦労さんな」

 三日に一度の割合でやって来るから御者の人ともすっかり馴染みになったものだわ。

 朝に出て昼に着くので、わたしがいるときはサンドイッチを差し入れする。たまに個人的に買い物をお願いするからね。

「小屋まで運んでやるよ」

 思った以上に荷物があったので御者さんたちが運んでくれた。ありがとうございます。

 御者さんたちは明るいうちに帰らなくちゃならないので、昼を食べたらすぐに帰って行った。

「さて。鞄を作りますか」

 作業小屋に籠り、鞄──リュックサックを作り始めた。

 山葡萄採りや山菜採りはティナとルルに任せ、わたしはリュックサック作りに集中。五日くらいで一つを完成させた。

 まずはティナの体に合わせて調整し、アイテムバッグ化の付与魔法を施した。

 マッチで訓練したお陰で気絶することもない。わたしの魔力、上昇してるの? それとも熟練度? 数値化されてないからわかんないわね。

「斧がリュックサックの横に付けられるのがいいね」

「バランス悪くない?」

「大丈夫。あ、反対側に山刀を付けて。山歩きだと槍のほうがいいから」

 まあ、ティナは体が柔らかいからリュックサックに付けていてもすぐ抜けるでしょうよ。

「村に行ってマルケルさんに見せて来てよ。あと、布を買って来てちょうだい」

「わかった」

 さて。次はわたしのリュックサックを作りますか。
 鞄作りに励んでいると、ティナが見知らぬおじちゃんを連れて来た。どちら様?

「革職人のラルグさん」

「いらっしゃいませ。わたしに何か用ですか?」

 ティナの簡素な言葉も慣れたもの。ラルグさんはわたしに用があってティナが連れて来たんでしょう。

「お嬢ちゃんがキャロルさんかい?」

「キャロルで構いませんよ。見てのとおり小娘ですから」

 さん呼びにも慣れたけど、それは商売柄から丁寧にしているだけでしょう。職人さんからさん呼びされるとただただ困るだけよね。

「いや、マルケルさんからあんたを失礼に扱うなとキツく言われているんでな」

 わたし、どんなビップを受けてんのよ? そこまでの人間じゃないのにさ。

「まあ、何と呼んでくれても構いませんよ。どんなご用ですか?」

「その鞄の作り方を学んでこいって言われてね」

「鞄、ですか? 見たところ職人になってうん十年。どこか有名な工房の親方さんですよね、ラルグさんって」

「まあ、そうなんだがな。天下のバイバナル商会に言われたら小さな工房は従うしかないんだよ」

「……大人の世界は世知辛いんですね……」

 わたしには馴染めない世界だわ。自由に生きられるよう冒険者で大成しようっと。

「そんな世知辛い世界で生きるのが一人前の大人ってことさ」

 渋く笑うラルグさん。そんな世界で揉まれるとこんな笑いも出来るのね……。

「わたしに教えられる技術があるかはわかりませんが、学ぶことがあったら遠慮なく学んでください。わたしもバイバナル商会とは仲良くやって行きたいので」

「その歳でそれがわかるならお嬢ちゃんは大成するよ。うちの弟子にも学ばせたいくらいだ」

 職人の世界も大変そうね。

「この背負い鞄、お嬢ちゃんが作ったみたいだな」

「はい。たくさん物が容れられて長時間担いでいても疲れないものを作りました。何か問題でもありましたか?」

「縫い方はまだまだ甘いが、よく出来ている。背負い鞄を極めたかのようだ」

 極めるのにそう難しくないと思うんですけど? まあ、リュックサックは作るのにお金が掛かるからずだ袋を背負うのが一般的だけどね。

「細かな部品が集まっていたんだな」

 その道うん十年なだけにパーツを見ただけで理解している。凄いものよね。わたしは思い出し思い出し作っているのに。

「道具があればもっと早く作れるんですけどね」

「それなら持って来た」

 ティナがラルグさんが持って来た道具を作業小屋に運び込んでくれた。

「やっぱりいろんな道具があるんですね」

 ハサミも何種類もあって糸は何十種類とあった。工房の道具、すべて持って来たの?

 置き場所がないのでわたしの道具は一旦片付けてラルグさんの道具を並べた。

「金床まで持って来たんですね」

「結構使うものだからな。念のため持って来た」

「しばらく滞在するんですか?」

 工房、大丈夫? 商売出来ているの?

「ああ。その金もいただいた」

 マルケルさん、どんだけ本気なんだか? リュックサックなんてそんなに儲けにならないでしょうに。

「材料、もっと買っておくんでしたね」

「それも大丈夫だ。バイバナル商会で用意してくれるそうだから」

 それから三日後、馬車で材料が運ばれて来た。ここで商売でもしようかってほどのね……。

 本職に教えようなんて最初からおこがましく、三日で教えたことを理解したラルグさんは自分で作り出してしまった。なので、わたしは好きにしていいと許可をもらった材料で靴を作りを開始した。

 靴の知識なんてまるでないけど、ルルの結界でわたしとティナの足の形を取り、木を削って型を作った。

 型に合わせて革を切っていき、パーツにして編んでいった。

 靴というかブーツの試作品が出来た。

 ここから試作に試作を重ね、なかなかお洒落なブーツが出来た。

 けど、これで完成というわけじゃない。素足でブーツなんて履いたら水虫になっちゃう。靴下があってこそ足元は完成されるのよ。

 ってまあ、靴下は前々から作っていたから履くだけなんだけとね。

「うん。我ながらいい出来だわ」

 何だか履くのがもったいないわね。傷つかないようルルに結界コーティングしてもらいましょうか。

「……お嬢ちゃんは仕事を増やす天才だな……」

 はい? 何のこと?

 ラルグさんが変なことを口にしてたから三日後、靴職人のガブレアさんって人がやって来た。どーゆーこと?

「ガブレア、お前もか?」

「どこかに行ったとは聞いてたが、ここに来ていたのか」

 何やらわかり合うお二人さん。わたしはさっぱり何ですけど。

「バイバナル商会の金で工房を建てるそうだ」

「確かに工房は必要だな。このお嬢ちゃんは次から次へと仕事を増やしてくれるからな」

「そうみたいだな。お前んとこの工房、忙しくなっていたぞ」

「そんなにか?」

「夜遅くまで灯りが点いているくらいにはな」

「さすが天下のバイバナル商会だ。やることが迅速だ」

 あの~。二人だけでわかってないでわたしに説明して欲しいんですけど。

「話に出てた長靴はこれか。まだまだ甘いところはあるが、貴族に喜ばれそうな意匠だ。これをお嬢ちゃんが作ったのか……」

「恐らく、お嬢ちゃんはもっと作るぞ。鍛冶屋も呼んだからな」

「この小屋を見ただけでわかるよ」

 二人にはわかっているようなので、わたしは麦麹の様子を見に作業小屋を出た。
 うん。鍛冶の職人さんもやって来てしまった。

「バイバナル商会、大丈夫? 利益出るの?」

 そう心配するくらいわたしにお金掛けすぎなんですけど!

 大工さんがたくさんやって来て、音が激しいのでちょっと離れたところに鍛冶工房を建て、職人さんたちのお世話をする女の人(おばちゃん)も滞在することになった。

「……村になりそうな勢いよね……」

 と言うかわたし、冒険者じゃなく職人扱いされてない? いや、ラルグさんが来てから冒険に出てないけどさ……。

「こんな鍋が欲しかったんですよ」

 寸胴鍋があると大量に煮込むことが出来る。人が増えたことで豚骨スープの消費が激しくなったのよね。

「これはいいな。うちにも頼むよ」

 いつの間にかやって来た民宿の料理長さんが、寸胴鍋を見て発注した。

 「あいよ。弟子に伝えておくよ」

 ここはわたしが希望したものを作る工房で、売り出すためのものは工房が集まった村で行うんだってさ。

 わたしはお願いする立場になったので、完成した麦麹で味噌を作る実験に集中することにした。

「今度は何を作る気ですか?」

 豆を煮ていると、レンラさんがやって来た。

「新しい調味料ですね。豆と麦麹、塩を混ぜて作ろうと思って」

「麦コウジですか?」

「干し葡萄から酵母を作った応用ですね。麦からも酵母、麹が出来るみたいなんですよ。麦麹を作るのが難しかったですが、味噌は……まあ、これからですね。熟成させるのに一年くらい掛かるので食べれるのは来年になりそうですけどね」

 わたしも動画で観た程度の知識。試行錯誤するしかないわ。

 ……ますます冒険が遠退きそうね……。

「あ、干し葡萄の酵母から作った味噌を食べてみますか?」

 案外、作れるものなのね。酵母なら何でもいいのかしら? そこら辺の知識がないからさっぱりだわ。

「是非、お願いします」

 と言うので、豚骨スープに味噌を混ぜたラーメンモドキを作って食べさせた。

「美味しいですね!」

 そうなんだ。わたしもよく出来たとは思うのだけれど、何かイメージしてた味とは違うのよね。やっぱり、食べたことないってネックよね。

「発展は料理長さんに任せます」

 わたしにはこれが限界。あとは本職に任せるわ。

 工房に戻り、靴下を編む日々を過ごしていると、今年初めての雪が振り出した。

 この地方は雪は降るけど、そこまで積もったりはしない。キャロルの記憶では五センチくらい積もったのが最大かしらね?

 本当なら冬を越すために用意をするんだけど、うちはバイバナル商会がやってくれるので忙しくはなかった。好きなことに集中出来たのだからそこには感謝ね。

「キャロ。山葡萄酒がいい感じになったよ」

 別にティナが味見したわけじゃないよ。ルルが試飲してティナに報告。わたしに伝えたってことよ。

 山葡萄酒が保管してある地下室に向かった。

 ルルがいることで山葡萄を潰すのも濾すのも自由自在。保管も大きいタンクにして収められている。結界万歳ね。

「ルル。出来はいいの?」

「とてもいいわよ」

 普通の猫じゃないとは言え、お酒が飲めるってのも凄いものよね。酔わないのに飲んでて楽しいのかしら?

 山葡萄酒作りはティナの家で作っていて、ティナも手伝っていたから完全にお任せ。わたしは、道具の代わりに結界を使う方法を教えただけ。

「結構な量になったわね」

 山中の山葡萄を集めたかの量だったからね。樽四つ分くらいにはなるんじゃない? こんなに作ってどうすんのよ?

「まあ、鞄の中に入れて置けばいいわね」

 わたしたちが飲める年齢になるまで保管しておけばいいわ。今回の鞄は時間停止を念じて作ったものだからね。五年くらい保管してても大丈夫でしょうよ。

 ……来年も作ったらとんでもない量にやりそうね……。

「少し、民宿にあげましょうか」

 ルルだけじゃなく、他の人の意見も聞いておきましょう。

「あ、ワインソースってのもあったわね」

 作り方はわからないけど、野菜を煮たスープにワインと砂糖、クロネ(玉ねぎっぽい野菜)を入れたらそんな感じになりそうな気がする。

 まあ、まずは作ってみろね。

 それっぽく作ってみて焼いた猪の肉に掛けてみた。まあ、悪くないって感じかしら? ちょっと味に深みがないわ。

「これ好き!」

 ティナには好評のようだ。わたしの舌、人とは違うのかしら?

「ルルはどう?」

「美味しいわよ。でもこれは鹿肉のほうがいいかも」

 鹿肉か~。鹿は冬眠しないし、よく見るからティナに狩って来てもらいましょうか。

 これもここまでがわたしの限界。料理長さんに発展をお願いするとしましょうか。

「ワイン煮込みはどうかしら?」

 猪肉を厚鍋で煮てみると、なかなか悪くない出来上がりだった。わたしはこっちのほうが好きかしらね。

「最後のソースをパンで付けて食べるのもいいわね」

「うん。キャロ、カリカリ焼いて」

 うちのグルメモンスターは注文が多いわね。まあ、二人の意見はとても参考になるのでパンを焼いてあげた。

「うん。いいわね」

 わたしもやってみると結構美味しかった。

 これならビーフ(ではないけど)シチューも行けそうね。作り方はまったく知らないけど。
 本格的な冬になった。

 だからってわたしの生活に変化はない。と言うか、職人的な生活が続いている。

 ……わたしの冒険者生活はいつやって来るのかしらね……?

 なんて思いつつ、デミグラスハンバーグを作っている。

 まあ、デミグラスソースを食べたことないのでワインソースから派生したものだけどね。それでもティナやルルには好評で、最近はこればかりだ。作るのも結構大変なのよね。

「ここに来てから美味いものは食えるし、なんか健康になるし、最高だな」

「ああ。それに酒も美味い」

「もうずっとここに住みたいよ」

 職人さんたちも増えて、世話をしているおばちゃんだけでは手が回らないのでわたしが手伝う羽目になっているわ。

「さすがに食堂を作ってもらわないとわたしの時間がなくなるわ」

 困ったらレンラさんに相談と、食堂を作って欲しいと言ったら即オッケー。三日後に馴染みの大工職人さんが団体でやって来た。

「言っておいてなんですが、大丈夫なんですか?」

 バイバナル商会、ここにお金投入すぎない? 経営大丈夫?

「大丈夫ですよ。損はしておりませんから。それどころか王都ではワインソースが大人気。バイバナル商会参加の食堂が二軒も建ちました。貴族の料理人も学びに来るくらいですよ」

 そんなことになっていたの!? この世界、そんなに食文化が遅れていたの?

「……わたし、そんな大層な料理作ってました? あるもので作っているだけなんですけど……」

「大層なものと言うより発想が突飛なんですかね? 言われてみれば確かにと言ったものばかりですが、言われなければ気付きもしませんでした。キャロルさんの視点は他の方とは掛け離れているのですよ」

「……そ、そうなんですか……?」

 マジか!? やっぱり前世の記憶や知識に引っ張られているんだ。わたし的には前世のわたしってよりキャロルの自我に引っ張られているような気がするんだけどな~。

「職人さんたちも冬に働くのは大変ですね」

「そうでもありませんよ。冬は仕事が減りますからね。こうしてすぐ集まるくらいにはよろこばれていますよ」

 確かに嫌そうにやっている人はいないわね。

「それに、ここに来ると美味しいものが食べられると有名ですからね。なかなか人気の現場ですよ」

 職人さんたちの食事をやってもらおうとして、それを作る職人さんたちの食事も用意しなくちゃならない本末転倒な状況になっているけど、いいものを作ってもらうには気持ちよく働いてもらわないといけない。

「また雪か」

「今年は雪が多いですね」

 山ってこともあるけど、確かに雪が降る日は多いわよね。

「職人さんたちに火を用意しますか」

 焚き火は起こしているけど、動くためには厚着は出来ない。もうちょっと火を増やすとしましょうかね。

 薪小屋から丸太を十字に切ったものを運んで来た。

 十字の切れ目に二分くらい燃えるマッチを入れて着火した。

 所謂スウェーデントーチってヤツね。去年も作って暖かい冬を過ごしたわ。

「珍しいものですね」

 付いて来たレンラさんが不思議そうにスウェーデントーチを見ていた。

「そうですか? 寒い地方で使われているみたいですよ。お城の本に書いてありました」

 これは事実。雪国の物語に出てきたものよ。

「この切れ目から空気を吸って火を燃やすので高火力を生むんです。鍋とか掛けて煮たりしましたね」

 さらに二つ持って来て火を点けた。

「新作のマッチですか?」

「トーチ用のマッチです。大体百数える間は燃えていますね」

「それ、まだありますか?」

「んーと。残り十本ですかね。魔力を結構持って行かれるのであまり作れないんですよね」

 毎日マッチは作っているし、スウェーデントーチなんてそう毎日使うものではない。十本もあれば充分と作ってないのよね。

「半分、いただけますか?」

「どうぞ。百数えるくらいは消えないので注意してくださいね。水を掛けたらさすがに消えますけど」

「これも着火でいいんですね」

「はい。でも、五歩くらい離れると着火しないので気を付けてくださいね」

 自動発火装置になったら困るから二メートル離れたら点かないようにしたわ。

「魔石ってまた手に入らないですかね? あれ結構使えるんですよね。マッチ作りにも使えますし」

 前に魔石をもらったけど、二つしかもらえなかったからすぐなくなっちゃったのよね。

「それで長時間燃えるマッチも作れるのですね?」

「ええ。作れます。他にも松明の四倍は長く灯されるものを作れると思うんですよね。まだ構想段階なので出来るかどうかはわかりませんけどね」

 まあ、ロウソクがあるので別に作らなくてもいいんだけど、魔法の火は煤が出ないからいいのよね。だから灯りとりにはいいのよ。

「わかりました。すぐに仕入れましょう」

 そう言うと、早足で民宿に戻って行った。

「おじちゃんたち。温まりながら怪我のないようにお願いしますね」

「おう。ありがとな」

「こいつはいいな。おれたちも作ってみるか」

「よし。おれが切って来る」

 職人さんたちもスウェーデントーチを気に入ったようで、仕事の合間に作り出した。ついでにうちの分もお願いして昼食の準備を始めるとした。
 昨日から降り続いた雪は、朝になったら二十センチくらい積もっていた。

「例年にない大雪ですね」

 長く生きたレンラさんでもこんなに降ったのは数十年振りらしいわ。

 こうなると家を造る職人さんたちも休むしかない。なら、前世で乗ってみたかったものを作ってもらうことにした。

「何だいこりゃ?」

 職人さんが十五人もいると作るのも早い。午前中には二台も作っちゃったよ。

 まあ、木で作ったものだから強度は不安があるけど、そこはわたしの付与魔法。全体的に強化をさせ、力が掛かるところにはさらに強化させた。

「スノーバイクってものです」

 たぶん、そんな感じの名前だったと思う。間違ってたらごめんなさい。

 本当はスキー板を作りたかったけど、やったこともないわたしに出来るとは思えない。でも、スノーバイクなら乗れると思うのよね。

 橇の底に蝋を厚く塗り、薄い金属板を端に貼り付けた。

 エッジが効くように研ぎ、平地で試運転(?)。あまり滑りがいいものではなかったけど、斜面が急なら問題ないでしょう。ここ、山だしね。

「ティナ。やってみて」

「ボク?」

 関心がなかったティナがびっくりしている。

「運動神経はティナが勝っているからね。スノーバイクが使えるか試してみて」

 乗り方を教えて滑ってもらった。

 まずは平地で蹴りながら乗ってもらい、勘をつかんでもらったら坂で滑ってもらった。

「おー。思ったより滑るじゃない」

 雪が固まってないからそこまで速度は出てないけど、まずまず滑れている。あれなら麓まで行けそうね。

「また変なものを作りましたね」

 また、とは語弊がある言い方は止めて欲しい。わたし、またと言うほど変なものは……作っていますね。この世界の人からしたら……。

「そうですね。思い付いたものを形にしたら予想以上のものが出来ました」

 今さら否定しても仕方がない。素直に肯定しておきましょう。

「雪が降る地方では橇の馬車があるみたいなんで、それから考えてみました」

「それならわたしも知っています。ここでは雪が降らないので使っていませんが」

「じゃあ、お客さん、帰るの大変ですね」

 この雪だってのにお客さんが泊まりに来ている。ほんと、物好きよね。って、わたしが言うことじゃないけどさ。

「ちょっと村に降りて来ますね。下がどうなっているか気になりますので」

 用意をしてスノーバイクで坂を下った。

 わたしはティナほど運動神経はないけど、わたしもそこまで運動音痴って訳じゃない。この大自然で育った肉体を舐めるではない。半分も滑れば慣れてきたわ。

 三時間は掛かる道のりを一時間くらいで走破し、麓に降りられた。

「麓もそこそこそ降ったわね」

 十センチくらいか? まあ、そこまで支障がある積雪ではないわね。

 スノーバイクはアイテムバッグ化させた袋に入れた。

 道を歩いていると、バイバナル商会の二頭立ての馬車がやって来るのが見えた。

「二頭立てなんて珍しいね」

 いつもは一頭で引っ張っている馬車なのに。

「雪だからじゃない?」

 なるほど。二馬力なら雪でも登れると思ったのか。

 馴染みの御者さんなので手を振った。

「お嬢ちゃんたちか。この雪でよく降りて来たな」

「橇で降りて来ました。山はこの倍なので気を付けてくださいね」

「それは結構降ったな。皆は大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。さすがに職人さんは仕事にならないので休みにはなりましたが」

 未だ雪は降っているから明日も休みでしょうよ。

「今からだと泊まりになるでしょうから、うちを使ってください」

 今は午後の二時か三時くらい。登ったら暗くなっているでしょうよ。

「ありがたく使わせてもらうよ」

 気を付けてと見送り、わたしたちは明るいうちに実家に着けた。

「大混雑ね」

 この雪だってのに、お客さんでいっぱいだ。やることがないからやって来たのかな?

 これだけの人が集まると雪も解けちゃうものなのね。まあ、下はベチョベチョになっているけど。

「お母ちゃん、ただいま。凄く混んでるね」

「ああ。この雪で仕事にもならないからね。朝から大賑わいだよ。手伝っておくれ」

 山から下りて来た娘に酷い母親だよ。まあ、そんなに疲れてないから手伝うんだけどね。

 夜になっても人は減らず、八時くらいになんとか捌けて冒険者たちが残った。

「人、まだ雇ってないの?」

 片付けが終わり、遅めの夕食を食べながら尋ねた。

「いや、雇ってはいるよ。今日は雪だから忙しかっただけさ。いつもは順調に回せているよ」

「ええ。まさか雪の影響で混むとは思いませんでした」

 マイゼンさんもびっくりなようだ。

「食料は大丈夫なんですか?」

「今のところは大丈夫ですね。ウールを増やしているので肉だけはたくさんありますよ」

「ウール、寒さで死んだりしないんですね」

 自然で生きていたものを家畜にした。弱ったりしないのかしら?

「固まって暖を取っていますし、お湯の排水を利用するこで寒くはなっていないです」

 鉄管はないけど、木枠を通してお湯を汚水的なところに流している。付与魔法で浄化が出来ないか試してみよう。

「お風呂に入るようになってから病気になった人とか増えてますか?」

「病気、ですか? まあ、季節の変わり目に風邪を引いている人はいるのではありませんか?」

「綺麗好きになった人が増えたってことか。妊婦さんとかの様子や赤ん坊の様子とか見ててください」

「なぜです?」

「情報を集めるためです。これだけ人が集まるなら傾向を調べておくほうがいいですよ。商人さんもなにが売れているか調べているでしょう。それを広げて調べておくんです。今は役に立たなくても将来役に立つかもしれませんからね」

 データの蓄積は、必ず武器となる。って、本で読んだわ。
 さすがにわたしの魔法が棒に火を点けるだけでは説明出来なくなってきた。

 なので、不審と思われる前にこちらから話して、真実を隠すとしましょうか。

「どうしました? 何か悩み事ですか?」

 話すとしてどう話そうかと悩んでいたらレンラさんに話し掛けられてしまった。まだどう話すか考えてないのに。

「え、あ、わたしの固有魔法、何か思ってたのと違うな~と思いまして」

 下手に隠すとさらに怪しくなるので素直に話しておく。

「どう違うんです?」

「うーん。説明が難しいんですけど、物体を硬くすることや物と物をくっつけたり出来たりしたんですよ。もしかして付与魔法かと思ったんですが、本で読んだのは何か違うんですよね。付与魔法なら人にも効果を与えられるはずなのに、全然ダメでした。わたしの固有魔法、いったい何なんだろう?」

 てか、何の魔法にしたらいいんだ? 誰か教えてプリーズ!

「今のところ、何が出来るんです?」

「マッチすることと、物を硬くすること、物と物をくっつけること、水を弾くこと、石に熱を籠めること、壺に水を集めること、刃物を研ぐこと……あ、これは特技か。他にも出来てそうな気もしますが、細かすぎて魔法なのかどうなのか怪しいところですね」

「確かに何の魔法かわかりませんね」

「あ、指から火を出すことも出来ましたよ」

 本当は手袋に火を出す付与しただけなんですけどね。シャイニングフィンガーゴッコをしたくて作っちゃいました。テヘ♥

「……確かに何の魔法がわかりませんね……」

「そうなんですよね。まあ、効果が小さいので生活を楽にするくらいなんですけどね」

「まあ、いろいろ出来るのは便利ですね」

「そうですね。あ、そうそう。魔石をもらったので棒と火の魔法をくっつけられる物を作りました」

 作業小屋に向かい、魔石を使ったマッチ製造器をレンラさんに見せた。

「これがですか?」

「はい。ここに棒を入れて火の魔法を使うと、棒に火の魔法を移せることが出来ます」

「……魔道具ですか……」

「魔道具?」

 この世界、そんなものがあるの?

「読んで字の如く、魔法が籠められた道具のことです。マッチも魔道具と言っていいでしょう」

「そうなんですか!?」

 マジか! それはびっくりだよ!

「ええ。魔道具を作れる者は希少な存在です。もしかすとキャロルさんの固有魔法は技法魔法なのかもしれませんね」

「技法魔法?」

 そ、そんな固有魔法まであるんだ。この世界、いろんな魔法があるのね……。

「まあ、わたしには鑑定魔法がないので何とも言えませんが」

「と、とりあえず、技法魔法だとすると、わたし、他にも魔道具を作れちゃったりするんですかね?」

 付与魔法なら魔道具を作ることも可能だけどさ。

「はっきりとそうだとは言えませんが、マッチやこれを作れるなら可能性はあるかと」

 アイテムバッグを作れる付与魔法より細かい魔道具を作れる技法魔法のほうがインパクトは小さいのかもしれないわね。

「……そうですか。ちょっと考えてみます……」

 付与魔法とわからず技法魔法で済ませられるレベルの魔道具か。これは考える必要があるわね……。

 考えてますっ行動してたけど、本当に考えるためにしばらく庭を徘徊することとなった。

 いや、冒険者はどうした!?

 って突っ込みはとりあえずスルーさせてもらい、まずは藁を編むことにした。

 三本束ねた藁で強化の付与を施し、石を結んで枝に吊るした。

「何をなさっているので」

 たくさんの石を吊るしてたらレベルさんがやって来た。暇なのかしら?

「藁紐を硬くしてみたのでどのくらい保てるかの実験です」

「実験ですか」

「はい。実験です」

「……藁紐を硬くすると、何か利点があるんですか?」

 レンラさんにはわからないようだ。まあ、普通に木の繊維で作ったロープを使えばいいだけだしね。

「たくさんありますね」

 レンラさんにナイフを渡して藁紐を切ってもらうようお願いした。

「……切れませんね……」

「切れないってことは帷子にも代用できますし、荷を縛るのにたくさん紐を必要としません」

「……そう、ですね……」

 レンラさん的にはピンと来てないようだ。

「まあ、単なる実験なので気にしないでください」

 レンラさんは物を売る専門家で作る専門家ではない。こういうのは職人さんに見せたほうがいいでしょう。

「凄いな!」

「藁なのに鉄のような強度があるとか画期的すぎる!」

 ほらね。作る専門家のほうが藁紐の価値をわかってくれているわ。

「これをたくさん作るのでいろいろ使ってみてください」

 わたしが考えるより職人さんに任せたほうがいいものが出来るでしょう。

「魔石って便利ですよね。これがあるならライターも作れますよ」

 ライターってのが気になるわよ。この世界で火が点けられるものを作り、ライターと名付けるんだから。わたしと同じ転生した人がいるのかもしれないわね。

「そうですね。ライターは輸入出来るのでマッチのほうが売上が出てますが、試しに五つくらい作ってもらえますか?」

「構いませんよ。わたしも作りたいライターがあるので」

 タバコは吸わないけど、竈に火を点けるようのライターが欲しいのよね。マッチだと湿気っていると点け難いのよ。

 ……魔石、自分でも手に入れたいわね……。
 もう少しで冬が終わりそうだ。

 気温も少しずつ上昇しており、今は十度くらいの気温じゃないかしらね?

「魔道具を作る冬だったわね」

 紐を強化するもの。マッチを作るもの。松明大のマッチを作るもの。あと細々としたものを作り、バイバナル商会に渡したわ。

 まあ、永遠に動くものではないからね。五、六個ずつ作ったわ。

 かなりのお金を支払ってもらったけど、今のわたしたちに使う当てはない。なので、バイバナル商会に預かってもらうことにしたわ。バイバナル商会は王国に支店がいくつかあるからね。そこでもらうほうが安全だわ。

 今年は雪が多い冬だったけど、昼には解けることが多かったので、民宿の経営に支障が出ることもなかった。今も泊まりに来ている人は続いているわ。

「工房も出来てきたわね」

 別にここに造らなくてもいいんじゃない? って思いはあるけど、お金を出しているのはバイバナル商会。わたしが口を出すことじゃない。損にならないことを願っているわ。

「キャロ。服が小さくなった」

 それは服が小さくなったんじゃなくてティナが成長したのよ。

 わたしと一歳しか違わないのに背は十五センチくらい違っている。今年で十二歳になるのに百五十センチくらいはあるんじゃないかしら? まあ、毎日たくさん食べているしね。そりゃ育つか……。

「じゃあ、布を買いに行きましょうか」

 わたしはまだ大丈夫だけど、確実に成長している。大きくなる前に普段着を作っておきますか。

 民宿に食料を運んで来た馬車に乗せてもらい山を下り、実家に一泊(もちろん、手伝わされたけどね)。朝からバイバナル商会に向かった。

 バイバナル商会は基本、何でも屋だ。食料品や生活用品、豚や山羊までいろいろ扱っている。けど、布や服は少ない。隣のルクゼック商会が大手なんだってさ。

 バイバナル商会に大変お世話になっているからマルケルさんに話を通してもらった。

 ルクゼック商会も本店は王都にあり、店はたくさんの服が並んでいた。

 わたしは服や下着は自分で作っていたので表を見るだけだったけど、こんなにあるとは思わなかった。

 まあ、既製品なんてない時代だからすべてが手作りで、微妙にサイズが違う。そこはお店で直してくれるそうだ。

 民族衣裳的なものはない。ただ、大体が似たようなものが多いわね。色合いも少ない。染物の技術はないのかしら? てか、白色のものはないわね。黄ばんだものが多いわ……。

「これはマルケルさん。どうしました?」

 隣だけあって顔見知りになっているよね。

「はい。今日はこちらの子たちが布が欲しいと言うので連れて来ました。見せてもらってもよろしいですか?」

 と、わたしたちに目を向けた。

「この子たちですか。バイバナル商会が飛躍している要因は」

 飛躍? バイバナル商会、飛躍してるの? かなり大きい商会なのに?

「はい。この二人のお陰で繁盛しております」

「世の中には天才はいるのですね。我が商会もあやかりたいものです」

「それはこの二人が興味を持てばあやかれるかもしれませんね。バイバナル商会としても振り回されてばかりですから」

 わたしたち、振り回してたんだ。そんな慌てた姿見てないけど。

「そうみたいですね。いろんなところからウワサが回ってきますよ」

「情けないばかりです。もっと滞らずにやりたいのに、こうしてウワサが回ってしまうのですから」

「紐を強化する魔道具、あれはいいですね。糸にも応用できるので本店からどうにか手に入らないかと催促されてますよ」

「正直、あれが売れるとは思いませんでした。やはり本職の方でないと価値がわからないものですね」

 あれ、売れてるんだ。魔石がないから作れないでいるけど。

「確かにそうですね。あれにら他のところでも欲しがると思いますよ」

「魔石が手に入ればいいのですが、こればかりはなんとも……」 

「コルディーにはバッテリーという魔力を溜めるものがあるそうですよ」

 バッテリー? って、あのバッテリーのこと? ライターといい、やはりわたし以外にも転生している人がいるってことだ。ここまで元の世界の名前が偶然出て来るってことはないもの……。

「……バッテリーか……」

 ってことは魔力は溜められるってことだ。いったい何に溜めているのかしら? これまでの経験から木でも金属でも溜めようと思えば溜められてたけど。

「キャロ」

 あ、そうだった! 今日は布を買いに来たんだった! バッテリーのことはあとにしておきましょう。

「新品の布と羊毛糸、羊毛布、各種生地をください。あと、針と糸もお願いします」

「代金はバイバナル商会が持つので好きなだけ買っていいですよ」

 お、それなら遠慮なく買って行こうっと。

 店内を見て回っていたら針金が売っていた。この時代、針金なんてあったのね。

「この金属の細い棒、何に使うんですか?」

「手袋の甲に使ったり膝や肘の守りに使ったりします」

 ガード目的か。これならブラの針金に使えそうだわ。ティナ、Cくらいになたなっているからね。

「こんなものかしらね。マルケルさんお願いします」

 銀貨五枚になったけど、いい買い物が出来たのでオッケーだ。
「こんにちは~。こちら、キャロルさんとティナさんのお家でしょうか?」

 お昼時、見知らぬ女性の声がした。

「はぁ~い! どちら様でしょうか~?」

 竈をルルに任せてドアのところに向かった。

「初めまして。ルクゼック商会に属している針師のロコルです」

「ルクゼック商会? 針師?」

 なぜルクゼック商会の方が? 針師って確か服を作る最高位よね? なぜうちに?

「これ、バイバナル商会の紹介状です」

 手紙を受け取って中を読むと、マルケルさんが書いただろう内容が記されていた。

「ちょっと待ってくださいね。ティナ、ロコルさんにお茶を出してて。わたしは民宿に行って来るから」

 ティナに任せて民宿に向かい、レンラさんに確認してもらった。

「確かにマルケルの字ですね。針師とはいったい何をしたのです?」

 わたしが何かした前提ですか!? まったく身に覚えがないんですけど!

「わたし、何もしてませんよ? ルクゼック商会で買い物しただけです。それ以上何もしてませんよ」

「まあ、ルガリアもやり手ですからね。キャロルさんを見て思うところがあったのでしょう。ルクゼック商会もかなり大手。バイバナル商会でも無下には出来ませんからね」

 へー。バイバナル商会に匹敵する商会だったんだ。

「マルケルが許したのなら本店の許可を得たのでしょう。資金はルクゼック商会が出すそうなのでロコルをお願いします。あとでマーシャを向かわせます」

 お願いしますと家に戻った。

「お待たせしました。ロコルさんはうちで預かることにしました」

 まだ何しに来たか聞いてないけど、外に荷物が積んであった。泊まる気満々で来たのでしょうよ。

「ありがとうございます。あの、これは染め物ですか?」

 最近、染め物に凝っていて竈はすべて染め煮(?)に使っているのよね。お陰で食事は職人さんたちと一緒にいただいているわ。

「はい。今は実験ですね。色の元となるものが手に入らないので」

 今は黄色い石と山葡萄の皮、色の濃い葉を使ってどんな色になるか調べているわ。

「キャロルさんは、発明家と聞いてますが、自分で考えているのですか?」

「発明家? わたし、そんなこと言われてんですか!?」

 何やそれ? わたし、冒険者見習いなんですけど! いや、クラフトガールになっちゃっている自覚はあるけどさ!

「わたしは、ただの冒険者見習いですよ。いろいろ作っているのは売ってなかったり必要だったからです。発明なんて大袈裟なことはしてませんよ」

「何の説得力もないけどな」

 ハイ、そこ。無口キャラなんだから突っ込んで来ないの!

「ロコルさんが何をしに来たかはわかりませんが、適当にやってください。わたしたちはいろいろやることがあるので」

 まずは職人さんたちの食堂で食事を済ませたら染め煮を続けた。

 色が付いたら川で洗い、陽当たりのいいところに干した。

「青ってより藍って感じね」

 元の世界にこんな色あったな。おばあちゃんが虫除け効果があるとかなんとか言ってたような気がする。

「虫が嫌う草って何かありますかね?」

 そういう知識は職人さんたちのほうが知っているはずだ。

「それならカラホ草だな。今生っているはずだ」

 どこにでも生っているそうで、家の周りや山にもたくさん生っていた。

 それらを集めて叩いて水の中に入れて一晩浸け置き。煮て覚ましたらカラホ草を布に入れて絞り、ルルの結界で遠心分離。底に溜まったものを乾かして粉にする。

 粉を水に溶かし布を浸ける。いい感じに色が付いたら乾かし、何度も浸けては乾かすの繰り返し。藍色となった。

「緑じゃなく藍になるなが不思議よね」

 何でや?

「まあ、何でもいっか」

 藍色染めの布をたくさん作り、それでワンピースを作ることにした。

「キャロルさんが着るには小さいのでは?」

「これはお母ちゃんたちに渡すものです。夏は虫が多いですからね」

 この世界にも蚊はいる。でも、お風呂に入ることで垢のコーティングがなくなり、虫刺されが出てきたのよね。カホラ草の効果が出るなら虫除けになるはずだ。

「変わった形ですね? わたしも作っていいですか?」

「構いませんよ」

 針師なのに染め物にも興味を示し、ティナに作ったブラジャーにも興味を示して夜な夜な研究しているみたいよ。

「やっぱり針師となるとたくさんの針を持つものなんですね」
 
 針箱が食パン二つは入りそうなバスケットくらいある。その中に針が百本は入ってそうだ。てか、こんなに必要なの?

「わたしの固有魔法が金属を自由に形を変えて操れるんです」

「そんな魔法があるんだ~」

 この世界、ゲームみたいな世界じゃなく能力バトル系なの? わたし、付与魔法で戦うなんて無理だからね!

「と言っても針くらいのものを操るのが精一杯なんですけどね」

「それでも針を十分自在に操れるなら細かな縫い方も出来そうですよね」

 わたしは縫い方をそれほど知っているわけじゃないけど、針を仕込んで敵を縫い合わせるとか出来そうね。まあ、ロコルさんは戦闘するわけじゃないから服飾系の仕事に付いたんでしょうけどね。

「また布を買いに行かなくちゃいけませんね」

 染め煮で白い布を使いすぎた。赤みも欲しいので新しく買って来るとしよう。