お菓子作りは先かなと思っていたらその日からだった。

 ……ナタリア婦人、どんだけ仕事が早いのよ……?

 ま、まあ、許可を得たのなら従うのみ。側使いの方に案内されて厨房に向かった。

 うん? 厨房って、わたしたちが食べているところの厨房じゃないの? ?顔で付いていくと、コンミンド伯爵家の方々の食事を作る厨房だった。

 そこは四人部屋の病室くらいあり、料理人は四十くらいのおじちゃんと、三十くらいのおば──お姉さんがいた。

「こいつらがお嬢様の友達役か?」

 呼び方、友達役なんだ。まあ、まさにそうなんだけどね。

「はい。お嬢様がお菓子を求めたのでこの二人に作らせるそうです」

「お前ら、菓子なんて作れるのか? 農民の子と聞いたが」

「はい、農民の子です。おか──母が料理好きで簡単なことは教わりました。お菓子もクッキーでしたら作れます」

 懐疑的な目を向けるおじちゃんだけど、お嬢様からの命令となれば従わないわけにはいかない。とりあえずやってみろと厨房の一角を貸してくれた。

「小麦粉と砂糖、あと卵をください。窯は使えますか?」

 わたしの注文にはお姉さんが応えてくれ、捏ねるのはティナに任せてわたしは窯の具合を見せてもらった。

「やはり、伯爵家の窯は熱の回りがいいですね。これでパンも焼くんですか?」

「いや、パンは仕入れる。パンまで作っていたら大変だからな」

 そりゃそうか。パンの窯って大きいみたいだからね。

「パンを少しもらっていいですか? 窯の具合を知りたいので」

「好きにしろ」

 平たい籠に入ったバゲットをもらい、薄く切り、チーズを乗せて蜂蜜をかける。悪魔トーストを作った。動画で観て食べたかったのよね。

「ティナ、あーん」

 まずはがんばってくれているティナに食べさせてあげた。どうよ?

「美味しい! もう一つ!」

 不味い! もう一杯! 的な感じではないけど、ノリはそれだった。

「おれにも作ってくれ」

 料理人としての血が騒いだのか、おじちゃんもお願いしてきた。

 まあ、バゲットはたくさんある。ダメとも言われないので一本使って皆の分を作った。

「蜂蜜とチーズの相性がこんなにいいとは思わなかった」

 高カロリーだから食べすぎると太っちゃうけどね、とは言わないでおく。カロリーとか言っても説明出来ないしね。

「お嬢様にも出してあげてください。喜ぶと思います」

 あまりわたしが口出すのも差し出がましいしね、わたしはお菓子だけを受け持つすることにしましょう。また厨房を借りたいしさ。

 生地が出来たら寝かせたいところだけど、今日は試しみたいなもの。コップで型を取ったら薄い陶器皿に並べて窯に入れた。

 熱が通るように皿を回しながら焼いて行った。

 三十分くらいか、いい感じに焼けてきた。狐色になったかな? くらいで出して、余熱を取ってから試食。なんかいまいち。

 記憶の彼方にあるクッキーの味を思い出すけど、やはりこんな味じゃなかったような気がする。もっと優しい味だったはずだわ。

「不満なの?」

「うん。もっと美味しくなるはずなんだよね。何が悪かったのかな~?」

「充分美味しいと思うけど?」

 それは食べたことがないから言えること。知っているといまいちと感じてしまうのよね~。

「料理人としての感想を聞かせてください」

 試食した料理人のおじちゃんに尋ねた。

「悪くはない。初めて食ったからどこがどうとは言えんがな」

「やっぱり寝かせないとダメなのかな~? それとも小麦粉が荒いんだろうか?」

 薄力粉と強力粉とかよく知らないしな~。違うと味に関係あるのかな~? 知識がないからさっぱりわからないわ。

「まあ、悪くはないならお嬢様に食べてもらっても問題ないですよね?」

 不味くはないのなら食べてもらっても問題ないはず。料理人のおじちゃんの許可を得たら食べてもらうとしましょう。

「そうだな。工程を見た限り、問題はなかったし、おれやここにいる者が食べて異常もなかった。出して大丈夫だ」

 ってことで、お洒落な皿に移してお嬢様の部屋に持って行った。

 お嬢様は踊りの練習をしているようで、部屋の中でクルクル踊っていた。なんか激しい踊りをしなくちゃならないようね、貴族の踊りって。

「お嬢様。クッキーを作りました。味はまだ改良の余地がありますが、そう悪くないものが出来ました」

「ナタリア婦人。お茶にしましょう」

 完全に逃げたがっているけど、仕方がないとばかりにお茶にすることになった。

 まあ、お茶を淹れるのはわたし。せっせと用意をして、少し苦めに淹れた。

「これ、クッキーと言うの?」

「はい。適当に名付けました」

 クッキーの由来とか知らないし、適当に名付けたってことにしておきましょう。

「サクサクして美味しいじゃない! また作ってよ」

「畏まりました」

 お嬢様はグルメと言うより食いしん坊って感じね。美味しいものをたくさん食べたいって。

「でも、砂糖をたくさん使っているので、食べたら歯を磨いて、よく運動してくださいね」

 虫歯になったり太ったりしたらわたしのせいになっちゃうわ。

「太るのは困るわね」

「よく動き、汗をかくのがいいですよ。体を動かすのはいいことですからね」

 わたしもよく動き、たくさん汗をかかないと太っちゃうかもしれないわね。味見って結構食べるからさ。