「いい湯だった!」

 お風呂に入ったローダルさん。喜ぶところを見ると、お忍びが王子様、って感じではないようね。

「蒸し風呂には何度も入ったが、湯に入るというのもいいものだな」

「冷たいお酒でも出せたらいいんですけど、お父ちゃんは飲まないからないんですよね」

 まったく飲まないってわけじゃないみたいだけど、そんなに好きじゃないみたいよ。

「それはさすがに贅沢というものだ。水で構わないさ」

 ってことなので、井戸の水を出してあげた。

「夕食も食べていきますか? 今日は豚骨すいとんですよ」

 帰りに豚骨を買って買えるので、豚骨スープは毎日のように作り、いくつかアレンジの果てに豚骨すいとんが生まれたのです。

「豚骨すいとん? なんだ、それば?」

「まあ、食べたらわかりますよ」

 麦の収穫が始まり、夕食の準備が面倒だと、ここに食べに来る人も多い。豚骨すいとんは簡単に作れるので大量に作ってあるのよね。

「そうか。では、いただくとするか」

「ティナ、持ってきてあげて。わたしはお湯を沸かし直すから」

 おばちゃん連中が早目に切り上げてお風呂に入りに来るのよ。

 お湯を張り替えることはせず、網で水面に浮かぶ垢や髪の毛を取り払い、水を足して薪を放り込んで置き火で燃やした。

 一仕事終えると、お風呂に入りに来る第一陣がやってきた。

「お疲れ様です。お湯、沸いてますよ」

 銅貨二枚を受け取り、お風呂に入ってもらった。

「新しいのを早く作ってくれないと追い付かないわね」

 職人さんにお願いして物置のほうに作ってもらっているけど、十人くらい入れるお風呂にしたからまだまだ時間はかかるのよね。

 一通り終えたら家に向かうと、ローダルさんは食べたあとだった。

「豚骨すいとんはどうでした?」

「ああ、美味かったよ。豚の骨がこんなに美味いスープになるとは知らなかったよ」

「わたしも聞いたときは本当かな~って思いましたが、お金が稼げたので試してみました。と言ってもお母ちゃんががんばったんですけどね」

 お母ちゃん、料理のセンスがいいからわたしのアドバイスを受け入れて豚骨すいとんを作るほど。固有魔法ならぬ固有能力なんじゃないかと思ってしまうわ。

「確かにローザさんは料理が上手いな」

「はい。お母ちゃんには料理を任せて代理店主に商売をやって欲しいですね」

「それなんだが、おれの知り合いを紹介してもいいか? この商売、なかなかおもしろそうなんでな」

「紹介料、払えないですよ」

 ローダルさんの知り合いがどんな人かは知らないけど、代理店主をやれるくらいならどこかで働いている人。それなりのお金をもらっているのに、こんな趣味に毛が生えたようなところに来てくれないでしょう。お金でも払わないと。

「紹介料なんていらないよ。これは、この商売を学ぶために知り合いに紹介するのさ。お嬢ちゃんの考えはこれまでなかったことだ。こうして形が出来ているところに入れてくれるならこちらが金をだしたくさいさ」

 日帰り温泉的な商売がないの? いや、娯楽的施設が出来るほど世は発展もしてなければ豊かにもなってないか。うちが総取りしないようお金は回しているからね。

「そう儲けは出ますか?」

「それはやってみないとわからんさ。だが、おれは儲けになる商売だと思う。まあ、さすがにここでは大した儲けにはならんと思うが、ここで得た知識は必ず先の商売に繋がるはずだ」

 なかなか熱い人だこと。貴族かと思ったけど、根っからの商売人みたいね。

「わかりました。紹介してください。わたしもお金の勘定ばかりしてられないですからね」

 そちらが商売のノウハウを学ぶならこちらも学ばせてもらうとしましょう。将来、この経験が役に立つときが来るかもしれないしね。

「ああ。すぐに手紙を出して呼ぶよ。お嬢ちゃんの考えを聞かせてくれ。日帰り宿屋をどう持って行くかを」

 どう持って行くかそう明確に持っているわけじゃないけど、思っていることをローダルさんに話した。

 それから数十日。収穫も忙しくなって来た頃、ローダルさんが四十歳くらいの男の人を二人連れてやって来た。

「こっちがマイゼンで代理店主をやってもらい、ナイセンは勘定をやってもらう」

 代理店主だけじゃなく経理の人まで連れて来てくれたんだ。本気だとは思っていたけど、わたしが考える以上にローダルさんは本気《マジ》みたいね。

「キャロルです。よろしくお願いします」

「ティナです。よろしくお願いします」

 二人で頭を下げて挨拶した。

「本当に農民の娘とは思えない礼儀正しさを持っていますね」

「だろう? 天才とは身分に関係なく生まれるものだと痛感させられるよ。下手したらおれより賢いんじゃないかと思うよ」

 わたしの知識など漫画や小説から来るもの。天才ではないわ。ローダルさんから見たら異常に見えるんだから笑って誤魔化しておきましょう。

「わたしには経験がないのでいろいろ教えていただけると助かります。わたしの考えでいいならすべてをお話させてもらいますので」

「こちらこそ日帰り宿屋のこと学ばせていただきます」

 小娘相手に頭を下げるマイゼンさんとナイセンさん。レンラさんのように大きな商会で働いていたのかしら?

 まあ、なにはともあれ日帰り宿屋が本格的に始まるのね。