この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 芋餅が大人気だった。

 いつものようにお城に向かい、昨日の兵士さんがいたので芋餅を出そうとしたら他の兵士さんも買いたいと言ってきた。

 まあ、芋餅はたくさんある。好きなだけ買っちゃってくださいな! と、朝に売ったら昼にまた売ってくれと兵士さんがやって来た。

 まだまだ芋餅はあるけど、鞄のことは秘密。でも、このウェーブに乗らないのはもったいないわ。なくなる前に鞄をティナに渡し、ゴニョゴニョと作戦を伝えた。

「わかった」

 ガッテン! とばかりに走って行った。

「知り合いが屋台をやっているのですぐ新しいのを持って来ますね!」

 そう言って出した分の芋餅を焚き火で温め直した。

 三十分くらいしてティナが帰還。兵士、どんだけいんねん! ってくらい集まって来ているのを捌いてたら草むしりの時間を過ぎていた。

「どうしよう。草むしりできないよ」

 兵士が途切れたら一般の人も集まり出して来た。なんでよ!?

「今日はいいから芋餅が尽きるまで売れ。草むしりはいつでも出来るからな」

 案外緩いようで草むしりは延期ってことにしてくれた。

 まあ、芋餅が無限にあるわけでもなし。一時間くらいで完売した。

「すみません。明日も開きますんで、今日はこれで終わりです」

 いや、こんだけある不思議を誰も突っ込まないんかい! とは思うけど、この盛り上がった状況では突っ込むもないか。落ち着いて突っ込まれる前に退散することにした。

「この売上、領主様にいくらか払ったほうがいいんですかね?」

 ショバ代とかメカジメ料とか。なんかそう言うの、払う必要があるんじゃないの?

「そうだな。まあ、ここで商売するには取引札が必要なんだが、お前さんたちは冒険者見習い前。ここに出入りするのは許されている。商売してダメって決まりもない。構わんだろう」

 取引札?

「あ、これ、バイバナル商会の取引札です」

「ど、どうしたんだ、それ?」

「ローダルって行商人さんにもらいました」

「ローダル? あ、ああ、そうか。お嬢様の勉強相手が来るとは聞いていたかま、お前さんか」

「はい。お城がどんなところか見に来るついでに冒険者に仮登録しようと思ったんです」

「なるほど。ローダルさんが選んだだけはあるか」

 ローダルさん? 兵士さんより上の立場なの、ローダルさんって。言葉に敬意を感じるわ。あの人、本当に何者なの?

「まあ、明日も頼むわ。他の屋台は飽きたしな、美味いものが食えるなら大歓迎だ」

 兵士さんがそう言うなら明日も稼がせてもらうとしましょうか。これが知られても伯爵様が怒ることはないでしょうよ。冒険者の仮登録にお城の仕事をさせようって人だしね。

 明日の用意のために今日は終わり。明日ためにも用意しなくちゃならないわ。

「ティナ。押し車を買うわ。荷物を載せるヤツ」

「儲けたお金で買える?」

「そこは交渉次第ね。こっちにはバイバナル商会の取引札があるんだからね」

 この取引札がどこまで効力がありかはわからないけど、ローダルさんの謎の力もある。安い押し車(リヤカー)は買えるはずだわ。

「とりあえずバイバナル商会に行ってみましょう。ダメなときは別の方法を考えるわ」

 一輪車くらいならわたしの腕でも作れるはずだわ。何なら橇でもいいわ。わたしの固有魔法が付与魔法なら摩擦係数を減らせることだって出来るわ。
 
 お城からバイバナル商会は近いのですぐに到着。商会の人らしきおじさんぬ取引札を見せて声を掛けた。

「いらっしゃいませ。どんなご用でしょうか?」

 さすが一流商会。相手が子供でも横柄になったりしないか。バイバナル商会の凄さがよくわかるわね……。

「安くていいので押し車を売っていただけませんか?」

 いくらか知らないけど、安いものなら買えるでしょう。買えなくても一輪車のタイヤくらいは買うるはずだわ。

「お金は銅貨ばかりで申し訳ないのですが」

 数えてないからわからないけど、八十枚くらいはあるはずだわ。

「構いませんよ。銅貨はよく使うものなので、何枚あろうと迷惑になることはありません」

 一般庶民は一回の買い物で銀貨なんて使うことないってことか。ジャラジャラさせての買い物って大変よね。

「よかった。これで買えるのありますか?」

「ありますよ。よく売れるものであり、よく売られるものですから。こちらです」

 商会の中ではなく、倉庫が多く立ち並ぶ場所に案内された。

 そこには押し車がたくさん並べられており、まさにピンキリだった。

「わたしたち二人で押せるものが欲しいんですけど、ありますかね?」

 まだ九歳と十歳。一人で押すのは小さくなっちゃう。二人で一緒に押せるサイズのがいいでしょう。

「それならあれですね。あれを出してください」

 ここを管理してるっぽいおじさんに言うと、並ぶ真ん中のを出してくれた。

 具合を確かめると軋みもなくキズも少なかった。うん。いいわね。

「これ、いくらですか?」

「銅貨でしたら五十枚です」

「安くないですか?」

 銅貨一枚百円だとして五千円は安すぎるでしょう。それとも相場がそのくらあなの?

「本来は銀貨二枚ですが、キャロル様が何かを買いに来たときは安く売って欲しいとローダル様にお願いされておりました」

 またローダルさんか。あの人、どこぞの王子様とかなの?
 何だかいつの間にか草むしりは免除され、お城で屋台を開くことになってしまった。

「どうしてこうなった!?」

「キャロ、手を動かして」

 何てネタをやっている暇もなし。次から次へとやって来るお客さんを捌いていった。

 朝から昼の前で食材がなくなってしまった。百人前は用意したんだけどな~。

「すみませーん。完売しましたー!」

「もう終わり? もっと用意できないのか?」

「時間があればもっと用意できるんですけどね。明日はもうちょっとがんばってみますね。すみません」

 屋台に載せられる量しか売らないと、アイテムボックス化した鞄のことがバレてしまう。これがどれほどのものかわかるまでは秘密にしておくべきでしょう。厄介事に巻き込まれたら嫌だしね。

「ティナ、片付けをお願い。わたしは、兵士長さんに帰ることを伝えてくるから」

 片付けと言っても出来合いのものを売っているだけ。掃除何かは帰ってから行います。

「わかった」

 この広場に兵士さんたちの詰所があり、そこに兵士長さんがいるのだ。

「すみませーん。完売したので帰ります」

 兵士長さんも買いに来てくれるので、すっかり馴染みになってしまったわ。ちなみに屋台を出して十日くらい過ぎてます。

「ああ、お疲れさん。日に日に完売が早くなるな」

「はい。でも、持って来れる量が決まっているからどうしようもないんです」

 わたしたちが買った押し車に載せれる量は百人分が精々。それ以上は何で持って来れるんだって理由が必要だわ。

「そうだな。お前たちはまだ子供だしな」

 九歳と十歳が商売していることも変と言えば変だけど、バイバナル商会の取引札を持っているからやれることだ。

「馬が買えたらもっとたくさん持って来れるんですけど、さすがにそこまで稼いでないですからね、このままですね」

 一日約銅貨百五十枚の売上で、材料費を抜くと百枚くらいの利益になる。何とも美味い商売かと思うけど、馬車は金貨二枚くらいはかかるらしい。とてもこの売上では買えたもんじゃないわ。

「そうだな。お前さんのところの芋餅は美味いのに残念だ」

「そう言ってもらえると励みになります。あ、これ、どうぜ」

 鞄から芋餅を出して兵士長さんに渡した。決して賄賂ではありません。よくしてくれるお礼です。

「いつもありがとな」

「いえいえ。また明日、よろしくお願いします。では」

 詰所を出て押し車に戻り、明日のために帰るとする。

 城門を出てバイバナル商会に向かった。

 さすがに収穫出来る芋や手持ちの小麦粉で毎日百人前分を作るのは不可能だ。どうしようかと考えてバイバナル商会を頼ったのよ。で、この前押し車を買ったときのおじさん──レンラさんに相談したのよ。

「レンラさん。昨日と同じ分の芋と小麦粉をください。マー油もお願いします」

「今日も売れたようですね」

「はい。皆さん、喜んで買ってくださいます」

 売れるのは嬉しいけど、何故売れているのかが不思議よね? 芋餅はおばちゃんたちに作ってもらい、それを売っているだけ。お母ちゃんの特製マー油かな? とは思うけど、確信を得てないわ。

「そんなに人気があるものならわたしも食べてみたいものです」

「あ、味見にどうぞ。オヤツに取っていたものなので遠慮なくどうぞ」

 鞄にはたくさん入ってあるので、それっぽい理由をつけてレンラさんに渡した。
 
「……これは人気になるのも頷けます。長くこの地にいますが、こんなものがあるとは知りませんでした」

「それはうちで作ったものなので知らないのも無理はありません。お母ちゃんが料理好きなので、近所の人に振る舞っていたら人気になった、って感じですね」

 いずれ芋餅のことは知られるでしょう。なら、今から情報を出していれば変な勘繰りを受けることもないでしょうよ。芋餅はこの地であるもので作られ、マー油も各家庭で味が違うんだからね。

「そうでしたか。各家庭の料理など気にもしなかったですが、そういうこともあるのですね」

 まあ、そんなものよね。大きい町に住んでいたら食べ物屋さんとかたくさんあるし。

「あ、今度、うちを日帰り宿屋をしようと思うんですけど、許可とかいるんですか?」

「日帰り宿屋、ですか?」

「はい。お風呂を作ったら近所のおばちゃんたちの憩いの場になっちゃって、なら日帰りの宿屋をしようってことになったんですよ」

 日帰り温泉みたいなものこの世界にないからね、日帰り宿屋ってことになったのよ。

「風呂、ですか。それはまた貴族でも高位の者しか入らないものをどうやって用意したのです?」 

「泥煉瓦を作って作りました。結構日にちが掛かりましたよ」

「……どう沸かしているので?」

「要は竈と同じですよ。お風呂の下で火を焚いてお湯を沸かす。まあ、水汲みが大変ですけどね」

「キャロルさんが考えたので?」

「はい。お風呂ってものに入りたかったので作っちゃいました」

 情報収集をしているのはわかるけど、下手に隠すほうが不味いと思うので、無邪気な感じで答えた。異質は異質でも愛嬌のあるほうが受け入れられるでしょうからね。

「一度、見せてもらっても構いませんか?」

「はい、構いませんよ。でも、女性がほとんどだから男性一人だと気まずいと思いますよ」

 たまに夫婦で来ることもあるけど、男性のほうは入らない。わたしが教えた矢当てに興じているわ。

「わかりました。妻を連れて行くとしましょう」

「はい。お待ちしています」
 お城での商売は何だかんだと続いていて、完売の毎日だ。

 でも、そろそろ数を増やさないといけない感じになってきた。ウワサを聞き付けた人もお城にやって来るようになったのよ。

 これだけ人気になれば模倣する人も出て来るのに、なぜかわたしたちのところに買いに来るのよね?

 まあ、そのうち模倣する人も増えるでしょう。別に出来たものから作り方なんて予想できるんだからね。それまでわたしたちは売れる量を増やす手段を考えなくちゃならないわ。

 ティナと考えながら買い出しをして家に買えると、ローダルさんがいた。

「お久しぶりです。行商から帰って来たんですか?」

 謎の多い人だけど行商には出ているようで、領内を回っているとレンラさんが言っていたわ。

「ああ。帰って来たらお嬢ちゃんたちのことがウワサになっていてびっくりしたよ」

 そんなにウワサになってた? まあ、あれだけ人が来ていたら多少は人の耳にでも入るでしょうね。

「お母ちゃんたちが作った芋餅を売っているだけなんですけどね」

「その歳で商売するだけでも凄いことさ。誰に師事されたわけでもないのにな」

「ティナから読み書きを教えてもらいましたし、計算は得意なみたいで苦になりませんからね」

 さすがに異質と思われないよう生きるのは難しい。だってわたしは前世の記憶を持っている。しかも、こことは違う世界で違う価値観のもと生きてきたんだからね。目立たず隠れて過ごせってほうが難しいわ。

 だったら変わっていることを否定しない。肯定しながら真実を隠す。魔女狩りみたいなものがあったら嫌だからね。狩られないようにしながら自由に生きる。今生は絶対にハッピーエンドで終わらせるんだから!

「まあ、知らないことがたくさんあるからお嬢様の相手に選ばれるようがんばらないとですね」

 学校も塾もない。なら、手っ取り早いのはお城で学ぶことでしょう。お嬢様の相手をすることでこの国のことがわかるなら目指すしかないじゃない。

「まだ挨拶に行ってないのか?」

「芋餅を売るので精一杯ですよ。芋餅はお母ちゃんたちが作ってくれますが、運ぶのはこれですから。馬車があればもっと多く運べるんですけどね」

 ちょこちょこ押し車を改造して百五十人分まで積載量を増やしたけど、一人前三つ。それを百五十人分となると結構な重さになる。

 ティナが力強いから押せるけど、押し車のほうが持たないわ。道もそんなよくないから衝撃がダイレクトに押し車に来るのよね。

「それなら人を雇うか?」

「雇うほどの儲けはありませんよ。芋餅を作るおばちゃんたちに報酬として銅貨五枚を払ってますから。材料費を考えたら一日の儲けは銅貨五十枚くらいですし」

 芋餅は五個で銅貨一枚。豚骨スープは銅貨三枚。あと、小瓶に入れたお母ちゃん特製のマー油を銀貨十枚で売っているわ。

「それなら、持っていけない芋餅をおれに売ってくれないか? まあ、卸しだな」

 卸し? 

「卸しって、わたしが売って、ローダルさんが売るってことですか?」

「ああ、そうだ。おれも市場で売ろうと思ってな。お嬢ちゃんにとってもいいだろう? 作るだけで売る手間がなくなるんだからな」

 委託販売みたいなものかな? 

「そうですね。今は作るほうが多いですし、おばちゃんたちに払えるお給金も多くなる。いいかも知れませんね。ローダルさんが売ってくれるなら他のものも売ることできますからね」  

 いつまでも芋餅を売っていたら飽きられる。専門店でもないのだから他のものも売るほうがいいでしょうよ。

「ローダルさんのところで紙は売ってませんか? 帳簿を付けたいんです」

「帳簿の付け方なんて知っているのか?」

「売った数と受け取ったお金を書くだけですよ。徴税人が税を取りにくるって聞いたので」

 売上の二割を税として収めるってレンラさんが言っていたわ。

「それ、お嬢ちゃんがやるのか?」

「しばらくはわたしがやって、いずれ誰かにやってもらいます。働きたい女性はいますからね」

 出来ることなら代理店主も立てたいな。お母ちゃんには料理に集中して欲しいからね。

「へー。ちゃんと考えているんだな」 

「はい。わたし、冒険者になって旅をしたいんです」

 今は先立つものを稼ぐことに力を入れましょう。それに、体力も身に付けないとならないしね。十五歳なんてあっと言う間だわ。

「冒険者は危険だぞ」

「そうみたいですね。でも、わたしは冒険者になって旅をしてみたいんです。ねぇ、ティナ」

 ティナも一緒に旅をしようと言ってくれた。十歳ながら狩りも出来るティナとなら危険を回避出来ると思うわ。

「うん」

 短い返事だけど、ティナの意思を感じるくらいには仲良くなれたのよ。

「……そうか。まあ、二人なら冒険者になっても大成しそうだな」

「大成は望んでませんが、死なないようにがんばります。でも、その前に資金稼ぎですね。わたしたち、何も持ってませんからね」

「ふふ。将来が楽しみなお嬢ちゃんたちだ」

「楽しくなるような未来になるめに努力しますね」

 もちろん、ローダルさんを楽しませるためでなく、わたしたちが楽しくなるために、ね。
「いい湯だった!」

 お風呂に入ったローダルさん。喜ぶところを見ると、お忍びが王子様、って感じではないようね。

「蒸し風呂には何度も入ったが、湯に入るというのもいいものだな」

「冷たいお酒でも出せたらいいんですけど、お父ちゃんは飲まないからないんですよね」

 まったく飲まないってわけじゃないみたいだけど、そんなに好きじゃないみたいよ。

「それはさすがに贅沢というものだ。水で構わないさ」

 ってことなので、井戸の水を出してあげた。

「夕食も食べていきますか? 今日は豚骨すいとんですよ」

 帰りに豚骨を買って買えるので、豚骨スープは毎日のように作り、いくつかアレンジの果てに豚骨すいとんが生まれたのです。

「豚骨すいとん? なんだ、それば?」

「まあ、食べたらわかりますよ」

 麦の収穫が始まり、夕食の準備が面倒だと、ここに食べに来る人も多い。豚骨すいとんは簡単に作れるので大量に作ってあるのよね。

「そうか。では、いただくとするか」

「ティナ、持ってきてあげて。わたしはお湯を沸かし直すから」

 おばちゃん連中が早目に切り上げてお風呂に入りに来るのよ。

 お湯を張り替えることはせず、網で水面に浮かぶ垢や髪の毛を取り払い、水を足して薪を放り込んで置き火で燃やした。

 一仕事終えると、お風呂に入りに来る第一陣がやってきた。

「お疲れ様です。お湯、沸いてますよ」

 銅貨二枚を受け取り、お風呂に入ってもらった。

「新しいのを早く作ってくれないと追い付かないわね」

 職人さんにお願いして物置のほうに作ってもらっているけど、十人くらい入れるお風呂にしたからまだまだ時間はかかるのよね。

 一通り終えたら家に向かうと、ローダルさんは食べたあとだった。

「豚骨すいとんはどうでした?」

「ああ、美味かったよ。豚の骨がこんなに美味いスープになるとは知らなかったよ」

「わたしも聞いたときは本当かな~って思いましたが、お金が稼げたので試してみました。と言ってもお母ちゃんががんばったんですけどね」

 お母ちゃん、料理のセンスがいいからわたしのアドバイスを受け入れて豚骨すいとんを作るほど。固有魔法ならぬ固有能力なんじゃないかと思ってしまうわ。

「確かにローザさんは料理が上手いな」

「はい。お母ちゃんには料理を任せて代理店主に商売をやって欲しいですね」

「それなんだが、おれの知り合いを紹介してもいいか? この商売、なかなかおもしろそうなんでな」

「紹介料、払えないですよ」

 ローダルさんの知り合いがどんな人かは知らないけど、代理店主をやれるくらいならどこかで働いている人。それなりのお金をもらっているのに、こんな趣味に毛が生えたようなところに来てくれないでしょう。お金でも払わないと。

「紹介料なんていらないよ。これは、この商売を学ぶために知り合いに紹介するのさ。お嬢ちゃんの考えはこれまでなかったことだ。こうして形が出来ているところに入れてくれるならこちらが金をだしたくさいさ」

 日帰り温泉的な商売がないの? いや、娯楽的施設が出来るほど世は発展もしてなければ豊かにもなってないか。うちが総取りしないようお金は回しているからね。

「そう儲けは出ますか?」

「それはやってみないとわからんさ。だが、おれは儲けになる商売だと思う。まあ、さすがにここでは大した儲けにはならんと思うが、ここで得た知識は必ず先の商売に繋がるはずだ」

 なかなか熱い人だこと。貴族かと思ったけど、根っからの商売人みたいね。

「わかりました。紹介してください。わたしもお金の勘定ばかりしてられないですからね」

 そちらが商売のノウハウを学ぶならこちらも学ばせてもらうとしましょう。将来、この経験が役に立つときが来るかもしれないしね。

「ああ。すぐに手紙を出して呼ぶよ。お嬢ちゃんの考えを聞かせてくれ。日帰り宿屋をどう持って行くかを」

 どう持って行くかそう明確に持っているわけじゃないけど、思っていることをローダルさんに話した。

 それから数十日。収穫も忙しくなって来た頃、ローダルさんが四十歳くらいの男の人を二人連れてやって来た。

「こっちがマイゼンで代理店主をやってもらい、ナイセンは勘定をやってもらう」

 代理店主だけじゃなく経理の人まで連れて来てくれたんだ。本気だとは思っていたけど、わたしが考える以上にローダルさんは本気《マジ》みたいね。

「キャロルです。よろしくお願いします」

「ティナです。よろしくお願いします」

 二人で頭を下げて挨拶した。

「本当に農民の娘とは思えない礼儀正しさを持っていますね」

「だろう? 天才とは身分に関係なく生まれるものだと痛感させられるよ。下手したらおれより賢いんじゃないかと思うよ」

 わたしの知識など漫画や小説から来るもの。天才ではないわ。ローダルさんから見たら異常に見えるんだから笑って誤魔化しておきましょう。

「わたしには経験がないのでいろいろ教えていただけると助かります。わたしの考えでいいならすべてをお話させてもらいますので」

「こちらこそ日帰り宿屋のこと学ばせていただきます」

 小娘相手に頭を下げるマイゼンさんとナイセンさん。レンラさんのように大きな商会で働いていたのかしら?

 まあ、なにはともあれ日帰り宿屋が本格的に始まるのね。
 とりあえず、マイゼンさんとナイセンさんは通いで来てもらうことにした。

 その間、二人にはお母ちゃんの味を覚えてもらったり流れを覚えてもらい、わたしたちが帰って来たら一緒にどんな風に持って行くかを考えたり商売を教えてもらったりすることになった。

 こんなんで儲けになるのかはわからないけど、何事も前段階と準備、そして、ノウハウが大事、ってラノベで読んだことがあるわ。知識で知っていても実際どうななかわからないんだから学ばせていただきましょう。

 ローダルさんもしばらく来るって言うので、馬車を借りて大量の商品を運ぶことにした。

 さすが馬車。押し車の四倍はあるから持って行ける量も四倍。売上も四倍になったわ。

「物量が多いと商売が捗りますね」

「それを理解出来るには下働きを数年しないとわからないものなんだがな」

 そうなんだ。やっぱり基礎学習が足りなかったり、経験して学べってわけことなんだろうか? この世界の人は学ぶのも大変なのね。

 まあ、わたしも学ぶためにお城に行こうとしているんだけどね。

「馬車があるなら温かいものも運べそうですね」

「今度は何をしようって言うんだ?」

「ハンバーガーを売ろうかなと思って」

「ハンバーガー?」

「肉を細かくして焼いたものをパンに挟むものですよ」

「ああ、よくティナが食っているものか。何だろうとは思ってたんだよな」

 それなら訊いてくれたらよかったのに。

「じゃあ、帰りに豚肉を買って帰りますか。夜に作りますよ」

 すべてが四倍になったけど、完売まではいつもの二倍だった。午後の三時くらいに市場に向かい、いつもより多くの豚肉と骨を買った。

「ローダルさんにお金払わなくて本当にいいんですか?」

 いらないとは言ってたけど、これじゃタダ働きだ。ローダルさんの暮らしが成り立たないんじゃないの?

「これは先行投資さ。日帰り宿屋が成功したら王都で開こうと思う。仮に失敗したとしても大損害にはならない。その失敗だって糧となるものさ」

 商人はそう考えるんだ。失敗なんて許されないと思っていたわ。

 家に帰ったら早目に切り上げたおばちゃんたちが集まっており、お風呂に入る順番をおしゃべりしながら待っていた。

 一日中仕事をしていただろうに元気よね。疲れた様子が見て取れないわ。

「的当てもお嬢ちゃんが考えたんだな」

「考えるってほどでもないですよ。子供のお遊びですよ」

 子供のわたしが言うんだから説得力はあると思うわ。

「まあ、あんなに夢中になるとは思ってませんでしたけど」

 おばちゃんでもやる人がいる。教えておいてなんだけど、何が楽しいのかしらね?

「他にも子供のお遊びはあるのか?」

 他に、か。小さい頃はおままごとをしたけど、そんなに体が強くなかったから外での遊びって知らないのよね。

「そうですね。縄跳びなら」

 藁を編んだとき試しにやったけど、縄にしなりや重みがなかったから上手く出来なかったのよね。でも、ティナは軽々やっていたのでどんなものかローダルさんに見せるようお願いした。

「紐ならもっと楽に跳べるんですけどね」

「ちょっとやらしてくれ」

 ひょいひょいと跳ぶティナから藁縄をもらい、見よう見真似で跳んでみるローダルさん。意外と、って言ったら失礼かしら? なかなか運動神経がよろしいじゃないの。

「……い、意外と、体を使うんだな……」

「運動不足の方や子供の体力作りには丁度いいものですよ。お城に行ったらお嬢様にもやってもらおうと思ってました。貴族のお嬢様ってダンスとかするんですよね?」

「そうだな。節目節目に夜会やら舞踏会やらがあるからな。体力がないとお嬢様もやってられないそうだ」

 この世界の貴族も大変なのね。農民の娘に生まれてよかったわ。

「縄跳びか。これを広めても構わないか?」

「構いませんよ。縄で跳ぶだけのものなんですから」

 そのうち誰かが考えるだろうし、そんな高額なものではない。売ったところで大した儲けにもならないでしょうよ。

「売れたらいくらか渡すよ」

「別にいいですよ。本職が儲けてください。わたしは、商人を目指しているわけじゃないので」

 先立つものは必要だけど、お金持ちになりたいわけじゃない。商売に人生を捧げたくないわ。

「欲は持っていたほうがいいぞ。無欲はときに猜疑を生むからな」

「そういうもんなんですか?」

「欲深い者は特にな。無欲な者が一番信じられないって生き物だからな」

「なんだか難しいですね」

 人生の大半をベッドの上で過ごしてたから人のこと、あんまりわかんないのよね。

「その辺は子供なんだな」

「わたしは子供ですよ」

「普通の子供は自分を子供とは言わないものだよ」

 うーん。難しいものね。前世の歳を足したって十六にも満たない。人生経験皆無。子供としか言いようがないわ。

「まあ、体も動かしてお腹も空いたでしょうからハンバーガーを作りますね」

「ああ、そうだったな」

「じゃあ、すぐに作っちゃいますね。ティナ、明日の用意をお願いね」

「わかった」

 さて。ちゃっちゃと作っちゃいますかね。
 ハンバーガーの評価は二重丸。ローダルさんもハンバーガーの虜となってしまった。

 ただ、パンを焼く用の窯はないので、お風呂を造る職人さんにピザ窯を造ってもらうことにした。

 それまではお城での販売が終わったらパン屋に回って丸パンを買って帰った。

「この世界、イースト菌ってないのかしら?」

 パン屋で売っているパンはバゲットみたいなものやカボチャくらいある黒パンとかしかなかった。白くて柔らかいパンは売ってないのよね。

 作り方はぼんやりと覚えているから作ろうかと思ったけど、なんで知っているか問われたら答えられない。作るなら皆が納得出来る下地を作らないとダメでしょうよ。この世界には酢があるんだからいくつかの段階を踏めば作れるはずだわ。

 ハンバーガーも正確に言うならサンドイッチだ。まあ、誰もハンバーガーって知らないんだからハンバーガーと呼んでいるわ。

「どこかに薄い鉄板って売ってないですかね? それがあるとお城で焼けるんですけど」

「そうだな~。伝手はあるから相談してみるよ」

 ローダルさんに相談したら伝手があると言うのでお願いしたら次の日には持って来てくれた。この人、伝手が多くない?

 疑問に思ったけど、どうせ答えないだろうから気にしないことにした。

 鉄板に油を垂らして馴染ませ、何度かクズ野菜で焼き慣らし、充分馴染んだら試しに肉を焼いてみた。まあ、やっているのはお母ちゃんなんだけどね。

 お母ちゃんからオッケーが出たらお城でパテを焼き、薄く伸ばしたチーズを乗せてパンで挟める。これでどうだ!

 なんて売り出したら次から次へとお客さん(兵士さん)が来て、持ってきたパテがあっと言う間に使い切ってしまった。

 大盛況! なのはよかったのだけど、人気すぎて真似をする人が増えて豚肉の値が上がってしまった。

「困ったな。どうする?」

「どうするの?」

 二人がわたしを見る。いや、どうすると言われても困るよ。わたしは猫型ロボットじゃないんだからさ。

「あ、豚肉を食べるなら腸詰めってありますよね?」

 確かソーセージって豚の腸で作ってたよね? お肉屋さんでは売ってなかったけど。

「ああ。ミリーズ商会で売っているよ」

 なんでもミリーズ商会の専売ってことになっているようで、屋台では売ってないんだってさ。

 そのミリーズ商会に行くと、いろんな腸詰めが売られていた。が、なかなかの値段なのね。フランクフルトサイズのが銅貨二枚よ。

「買う人いるんですか?」

「結構買うぞ。まあ、大概、酒を飲むヤツが、だな」

 酒のツマミってヤツか。お父ちゃんが飲まないからうちでは出なかったのね。

「銅貨二枚か。それだと銅貨七枚か八枚くらいにしないと損しちゃいますね」

 材料費だけで銅貨三枚。人件費で銅貨二枚。純利益(?)は銅貨二、三枚ないとダメよね。

「お嬢ちゃんは、そういう計算も出来るんだな」

「え? 当たり前なんじゃないですか?」

「少なくとも当たり前ではないな。商売をしていても出来ないヤツはいる」

 それは商売に向いてないのでは?

「……そういうものなんですね……」

 やはり基礎学習がないと考えもつかないものなのかしら? そんな小説を読んでいたときは異世界人を頭悪くしすぎじゃない? とか思ったけど、出来る人は限られてくるものなのね……。

「まあ、そんなことより、銅貨七枚、いや、八枚を出して食事をする人っているものなんですかね?」

「それは料理次第だな。少し稼いでいるヤツなら飲み屋で銅貨十枚は使うし、そこまでじゃないヤツでも何日かに一回は贅沢したいと思って使うヤツもいるからな」

「駆け出し冒険者なら買わないってことですね」

「ま、まあ、そうだな」

 そうだとすると銅貨八枚は二千円くらいになるのかしら? でも、お風呂使用量は銅貨二枚だ。ってことは、銅貨一枚は二百円くらいってことになるのか? 小銅貨は二十円?

 どうも前世の記憶があるから前世の常識に引っ張られるわね。この世界の感覚に頭を合わせないと考えが狂っちゃうわね。

「で、腸詰めを売るのか?」

「いえ、焼いたパンの上に腸詰めを切って並べてマー油をかけて売ろうかと思います」

 ホットドッグには出来ないのでピザ風に仕上げましょう。まあ、これもお母ちゃんにお願いするんだけどね!

「何か美味そうだな」

「キャロ、食べてみたい」

 食いしん坊キャラになってない、この二人?

「はいはい。おじちゃん、切って焼いたら美味しいのってどれですか?」

「おう、それならマルリーラだな」

 へー。ちゃんと名前があるんだ。

「じゃあ、それを十本と茹でたら美味しいものを二十本ください」

「あいよ!」

 八百屋みたいなノリね。結構老舗っぽいのに。

 銅貨五十枚のところを大量に買ってくれたってことで銅貨四十五枚に負けてくれたわ。

「また買いに来てくれよ」

「はい。豚肉が高くなっているので値上げしないでくださいね」

「うちは牧場を持っているから値上がりすることはないよ」

 牧場を持っているなんて凄いわね。自社ブランドを大切にしているのかしら?

「それなら毎日買いに来ますね。あ、豚肉も売ってもらえるんですか?」

「欲しいってんなら売るさ。もちろん、値上げしてないから安心しな」

 うん。次からは愛用させていただきましょう。
 ピザパン(と命名しました)は二人に好評で、試しに銅貨八枚で売り出したら即完売となってしまった。

「まさか完売するとは思わなかったわ」

「いや、お嬢ちゃんが売るものは他のよら美味いからな。知っているヤツは迷わず買うさ」

 作っているのはお母ちゃんなんだけどね。

 でもまあ、売れるというなら量を増やすとしましょう。腸詰めは品切になることもなさそうだしね。

「チーズ多めってのもいいわね」

 ありがたいことにチーズはかなり昔からあるようで、コンミンド伯爵領でも結構作られているそうだ。まあ、チーズもお酒のツマミになるものらしく、うちの食卓には上がらなかったわ……。

「焼いたチーズがこんなに美味いとはな。損した気分だ」

 なぜ焼かなかったのが不思議で仕方がないわ。こんなに食に魅了された人が多いってのにね。いや、わたしが目覚めさせちゃったのかな?

 八割ピザパン。二割芋餅になってしまった頃、綺麗なドレスを着た十歳くらいの女の子が侍女らしい女性を連れて現れた。

「サーシャ様」

 と、ローダルさんが口を開いた。様ってことは確実に伯爵様より下の立場の人なんだ。

「ローダル。久しぶりね。何か美味しいものを売っているそうじゃない。わたしにもいただけるかしら?」

 何やらフランクなお嬢様ね。歳の割りに賢そうでもあるわ。

「サーシャ様がいただくようなものではありませんよ」

 貴族のお嬢様はどんな豪華なものを食べているのかしら?

「とても人気があるらしいじゃない。わたしも食べてみたいわ」

 お嬢様の後ろにいる侍女さんが小さく頭を下げた。

「わかりました。チェミー。何か包めるものはあるか?」

 包むもの? この時代に何か包むものなんてあるの? 布? あ、包むものはないけど、お皿があったわ。

 鞄からお皿を出してピザパンを置いた。これでいいでしょう。

 お皿を差し出すと、侍女さんが受け取ってくれた。

「ありがとう」

 くるりと背中を見せてお城に戻って行った。

「……相変わらず困ったお嬢様だ……」

 どうやらアクティブなお嬢様のようだ。あれでは普通のお嬢様では相手出来ないかもね……。

「みゃあ~」

 ん? なに? え、猫? この世界、猫がいるんだ。

「お嬢様の猫だ。いろいろ出歩いているから捕まえたりするなよ」

 捕まえたりはしないけど、なんて猫かしら? ずっと病院暮らしだったから猫に詳しくないのよね。別に猫好きでもなかったしね。

「やっぱり貴族が飼う猫は毛並みがいいですね」

 全体的に灰色だけど、足先だけがオレンジ色っていう、なかなかファンタジー感があること。

「腸詰め、食べる?」

 ご主人様が食べてペットが食べられないのは可哀想よね。食べちゃダメなものは知らないけど、この時代では長生きも出来ないでしょう。美味しいものを食べて太く短く生きなさいな。

「みゃあ~」

 切った腸詰めを鼻先に出すと、パクっと食べた。

「美味しい?」

「みゃあ~」

 何だか美味しそうに食べる猫ね。いいもの食べさせてもらってないのかしら? 

 腸詰め一本分食べたら満足そうに前足で顔を洗って帰って行った。

「自由よね」

 まあ、自由には自由なりの大変さがあるもの。あんたもご主人様に捨てられないようがんばんなさいよ。

 お嬢様が帰ったことで波のように去って行ったお客さんが戻って来た。

 また忙しくなり、完売をしたら材料を買って帰る。お嬢様のことも忘れて商売を続けていたらお嬢様の来る頻度が増えて行き、等々毎日来るようになった。

 お嬢様が来ることで話すことも増えていき、仲良くなれた、ような気がしてきた。

 年齢は同じだけど、やはり身分がある人は教養があるな~と思わせる。まあ、アクティブな性格がそれを邪魔しているところもあるけどね。

 お嬢様が来ると他のお客さんが波のように引いていくのが困ったものだけど、誰も文句を言えないのだから仕方がない。帰る時間がちょっと遅くなるだけよ。

「お嬢様。そろそろ」

 侍女さんの言葉にがっかりとしながらお城に戻って行くお嬢様。何だか自由はないみたいね……。

「その分、あんたが自由ってわけか」

 お嬢様には自由はなく猫には自由がある。農民の子に生まれてよかったわ。

「みゃあ~」

「はいはい。あんたの分はお嬢様にもらっているから好きなだけ食べなさい」

 昨日から豚肉が買えたので、ハンバーガーのお肉だけあげた。

「みゃあ~」

 満腹になったらハイ、さようなら。猫って現金な生き物よね。

「そろそろ城に上がる準備をしないとな。まだ秋も半ばですよ?」

「お嬢ちゃんたちがいなくなったら屋台も終わってしまうだろう。それじゃ買いに来てくれるお客さんに申し訳ない。次のヤツを探さなくちゃならんだろう」

 言われてみれば確かにそうね。これだけ買いに来てくれているのに今日で終わりは無責任すぎるわ。ちゃんと後継を残してから去らないとね。

「誰か当てがあったりするんですか?」

「ちゃんと考えてあるよ。そのためにおれがお嬢ちゃんたちに教わっていたんだからな」

 あ、学ぶために付いて来てたんだ。暇なのか? とか思ってすみません。まあ、口にすると怒られそうなので「さすがです」とよいしょしておいた。
 次の日にわたしたちの後を継ぐ人たちがやって来た。本当にこの日のために用意してたのね。仕事が早い人だこと。

 ローダルさんが連れて来たのは十五歳くらいの女の子──お姉さんが二人で、ローダルさんの知り合いの飲食店で働いていたそうだ。

 ミリアとロミニーって名前で、幼馴染みの関係とか。冒険者としての登録もしているんだって。お城の広場に入れるのは商人や冒険者、許可を得た者だけの決まりがあるそうだ。

 ……緩いようでちゃんと決まりがあったのね……。

 二人とも飲食店で働いていただけはあり、特にミリアは厨房で働いたとかで一時間もあればサンドイッチやハンバーガーを作るのを覚え、勘定や接客はロミニーが優れていた。

「長く働いている人は覚えも違いますね」

「そりゃ五年以上働いていたら当然だ。お嬢ちゃんのように最初から出来るほうが間違ってんだからな」

「わたしは見よう見真似でやっているだけですよ」

「見よう見真似でも九歳の子は出来ないからな」

 そんなものなの? 同年代がティナしかいないからわからないわ。そのティナも無口だけど、スペックは高い。読み書き計算が出来て弓や剣まで使える。わたしなんて器用で物怖じしないってことぐらいしか自慢が出来ないわ。

 まあ、わたしは前世の記憶を思い出した特異存在。他の人と比べても仕方がない。異常に思われない程度に過ごして行きましょう。

 二人が慣れるまで一緒に行動し、お客さんに周知したらお城に上がる準備を始めた。

 と言ってもお城に上がるとき用の服は用意してあるし、日頃から身綺麗にはしている。言葉使いもそう悪いものではない。ローダルさんにお城に上がるときの心得を聞いて、ティナと一緒に予行練習をするくらいね。

 ローダルさんがお城に行き、話し合いをしてきて五日後に行くことになった。

「まずは侍女からの学んで勉強をする。お嬢様の相手をするのはそれからだな」

 ちゃんと考えているのね。って、当たり前か。貴族から選ぶんじゃなくて平民から選ぶんだからね。

 日帰り宿屋の手伝いをしながら待っていると、ちょっと豪華な箱馬車がやって来た。

 箱馬車から降りてきたのはお嬢様の背後にいた侍女さんだった。

「こちらはマリー・ロンテル様だ」

 侍女は爵位のある奥さんや娘しかなれたい人で、ローダルさんが様と付けているならかなり地位のある人なんでしょうね。

「キャロルです。よろしくお願いします」

「ティナです。よろしくお願いします」

 あまり畏まった挨拶はせず、ただ行儀よくお辞儀して名乗った。

「マリーです。あなたたちの教育はわたしがします。励むように」

 はいと、はっきりと答えた。

「これから参りますが、用意は?」

「出来ております」

 時計がないので朝から待機してたわ。ちなみに今は午前の十時くらいです。

「用意がいいですね。ローダル。ここからはわたしが引き継ぎます」

「はい。よろしくお願い致します」

 何だか顔見知りってより長い付き合いがある感じね。ローダルさんはどんな裏の顔を持っているのかしらね?

「お母ちゃん、行って来るね」

「ああ。粗相しないようにね」

「うん。ちゃんと勤め上げて来るよ」

「ティナ。キャロがバカしないよう見張ってておくれね」

 わたし、バカなんてしたことあった? 迷惑なんてかけてないよ。

「任せて」

 なんだろう。このティナのほうが信頼されている感じは? わたし、そんなにダメな娘だった?

 出発前にモヤモヤさせてくるけど、発散することも出来ないので大人しく箱馬車に乗り込んだ。

 お母ちゃんやローダルさんに見送られて箱馬車が発車。沈黙が支配したままお城に到着した。

 ……何の拷問だったのかしらね……?

 箱馬車が停まったのは玄関前ではなく、従業員出入口的なところだった。まあ、わたしたちはお客様じゃないしね。下働きみたいものでしょうよ。

「こちへ」

 マリー様の後に続きお城の中に。案外、暗いのね。まあ、要塞みたいなお城だしね。頑丈に作っているから仕方がないか。

 通された部屋は窓のない部屋で、ベッドが二つに机が一つの質素なところだった。

「今日からここがあなたたちの部屋よ。蝋燭は一日四本まで。服はそこに掛かっているものを着なさい。下着は自前のを使って自分たちで洗濯しなさい。まあ、ここは寝るための部屋。大体はお嬢様と過ごしてもらうわ」

 寝るだけの部屋なら窓がなくても問題ないとは言え、なかなか環境の悪いところだこと。お城暮らしは想像以上に大変みたいね。

「部屋は自由に使っていいのでしょうか?」

「汚さしたり破損させたら給金から引きます。そうでないのなら好きにして構いません」

「わかりました。ありがとうございます」

 マイナスにしなければ問題ないってことね。了解です。

「まず、その服に着替えなさい。城内を案内します」

 マリー様が部屋を出て行き、わたしたちは顔を見合わせた。

「何だかわくわくするね」

「……この状況でわくわく出来るのはキャロだけだよ……」

「そう? 自由にしていい許可を得たんだよ? 快適にしなくちゃウソじゃない」

 そのためにいろいろ鞄に詰め込んできた。寝るだけの部屋なんてもったいない。わたしたちの部屋を作って行こうじゃないのよ。

「さあ、さっさと着替えてお城の探索と行こうじゃない」

「案内されるだけでしょ」

「同じようなものよ」

 自分でするか案内するかの違いだけ。わたしはどちらでも構わないわ。
 マリー様に一通りお城の中を案内されたら伯爵家の説明を受けた。

 領主様には正妻と第二、第三夫人がいて、第二夫人はミロム村に。第三夫人はサイルズ村の館に住んでいるそうよ。

 お嬢様は領主様の二番目の子で、上に十四歳の兄がいて下には五歳の弟がいるそうだ。

 基本的なこととは言え、子供に話していいことなの? 知っておかなくちゃならないことなの? どう言った理由で話すんだろうね?

 でもまあ、人間関係を知っておいて損はないか。藪を突っ突いてヘビを出す必要はないんだからね。

「あなたちにはお嬢様と一緒に学んでもらい、お嬢様が育つために動いてもらいます」

「それは、学業的ですか? 精神的にですか? それとも己の限界を教えるためということですか?」

 何を目指すかに寄って変わってくるわ。

「お嬢様はいずれ嫁がれます。貴族として生きる術や覚悟は家庭教師が教えます。あなた方がやるべきことはお嬢様に民の考えや過ごし方を教えてもらいます」

「つまり、コミ──対人関係が円滑に出来るよう育てよ、ということですか?」

 貴族もコミュニケーション能力は大切ってことかしら?

「ローダルが紹介してくるだけはありますね。お嬢様は、同年代の友人がいません。それどころか同年代の同性がいません。十五になれは王都に向かい、三年間、学園に通う必要があります」

 学園? この時代に学園なんてあるの? 時代的にそんなものあるとは思えないのだけれど? まさか、わたしって漫画かアニメの世界にでも転生しちゃったの?!

「それまで集団生活を学ぶ必要があるのです」

「その、学園とやらには上下関係があるんですか?」

 伯爵はかなりの地位だと思うけど、その上の爵位もあるはず。下にいる者を付けるだけでいいの?

「あります。が、それは旦那様や奥様が教えます。あなたたちが心配することはありません」

「気にしなくてよい、ということですか?」

「気にすることがありますか?」

「お嬢様の言葉は絶対。否定することは出来ない。下の者は自分の言うことはすべて聞くものだと思い込ませることになるのではないですか? お嬢様より上の方が戯れて貧しい格好をしてお嬢様に近付いたとき、悪い印象を与えるのではないかと思います」

 仮にこの世界が漫画かゲームの世界なら、そんなバカげたことをする者がいても不思議ではないわ。まあ、お嬢様に関係があるかは知らないけど、傲慢な性格を助長する行為は止めておいたほうがいいんじゃないかしら?

「考えすぎでしたらすみません」

 ちょっと言いすぎたと思って謝罪した。わたしは別にマリー様と言い合いがしたいわけじゃないんだしね。

「いえ、あなたの言葉はもっともだわ。世の中には困ったお方もいますからね」

 まるで近しい者にいるみたいにため息をついた。

「お嬢様を人格者に育てる必要はありません。賢く生きられる方に育ってもらいます」

「わかりました。お嬢様のために働かせていただきます」

 何となくではあるけど、マリー様の言いたいことはわかった。要はお嬢様をまっとうに育てること。そのための要員としてわたしたちが選ばれたってことだ。

「細かいことはその都度指示をします。これからお嬢様の家庭教師に挨拶してもらいます」

 家庭教師に? 何故かはわからないけど、マリー様に付いていき、上層部の部屋に連れて行かれた。

 その部屋には四十過ぎくらいの上品な女性がいた。

「お嬢様の家庭教師であるナタリア婦人よ」

「キャロルです。よろしくお願いします」

「ティナです。よろしくお願いします」

 恐らくこの人も貴族。お上品にお辞儀した。

「なるほど。あの方が推してくるだけはありますね。本当に農民の子なの?」

「はい。間違いなく農民の子です」

 わたし、疑われていた? まあ、大切なお嬢様の側に付かせるんだから調べるか。ローダルさんがいたのはそれもあったんでしょうね。

「生まれに関係なく賢い子はいるものね」

「少々、異質な賢さですが、性格に問題はありません」

「あなたが言うなら間違いないようね。わたしは、お嬢様の家庭教師をしているロイター・ハイク男爵の妻、ナタリアよ。よろしくね」 

 男爵夫人ってことか。なら、マリー様はなんだろう? 男爵の下って何?

「よろしくお願いします、ナタリア様」

「よろしくお願いします」

「では、さっそくだけど、あなたたちの実力を見せてもらうわ」 

 席に座らせ、自分の名前と簡単な足し算を記された紙を配られた。

 ……マジか……?

 疑惑が確証に変わった瞬間ってこのことを言うのかしらね? この世界は漫画かゲームが元になっているわ。

 数字がアラビア数字で+と=があるとか異世界にしたって都合がよすぎるでしょう。それともパラレルワールドだとでも言うの? 文字が英語っぽかったから考えもしなかったわ。

「難しいかしら?」

「あ、いえ、よく出来ていると思います」

 計算ではなくこの世界が、ね。なんとも都合よく出来ているわ。元の世界のものが上手く交じり合っているんだから……。

「そう? 計算を習ったことのないあなたたちには難しいかなと思ったのだけれど」

 小学一年生でも計算出来るような問題だし、文字を教わるお返しとしてティナには計算を教えた。自頭がいいティナは九九もすぐ覚えちゃったけどね。

 これは、わたしたちの学力を見るというより解けない問題を前にどんな行動をするかを見ているのね。

 わかりすぎてどんな行動をしていいかのほうが難問だわ。仕方がない。ここは素直に解いておくとしましょう。不思議がられたらそれはそれよ。解いてから考えるとしましょう。