「お母ちゃん、たくさん売れたよ!」
市場で稼いだお金をお母ちゃんに渡した。あと、豚肉もね。
「どんだけ売れたんだい? そんな大したものなかっただろうに」
矢での遊びがウケたことを説明したら、何とも言い難い顔をした。
「……そうかい。まあ、よかったね。稼いだ金はあんたらで使いな。そのうち必要になるだろうからね」
「いいの? うち、大丈夫?」
「大丈夫だよ。そこまで貧乏じゃないし、二人がよく働いてくれるからね。好きなものを買いな」
お母ちゃんがそう言うのでティナと山分けとする。
「ボク、よくわからないからキャロルが持ってて」
まあ、何か買うってこともないし、欲しいってものもないので、わたしが預かることにした。
「明日は泥煉瓦を焼くとしましょうか」
まだ秋の収穫には早い。それまでにお風呂を作っちゃいますかね。
次の日から泥煉瓦焼きを始め、焼き上がるまでは矢作りをし、ティナは狩りに出かけた。
焼き上がった煉瓦を並べ、接着剤として泥と灰を混ぜたものを使い、丁寧に組んでいった。
二人用のお風呂なので泥煉瓦を二百個以上必要とし、また川に粘土を集めに行かなくちゃならなくなってしまった。
水が漏れないよう内側を塗りたくり、中で火を焚いて乾燥させる。
「随分と大きい竃だね。鹿でも煮込むつもりかい?」
お母ちゃんが来てそんなことを言ってきた。
「お風呂だよ。お湯を沸かして入るの」
説明したじゃない。お風呂に入る文化がないから奇妙な顔をされたけどね!
約十日のがんばりにより、お風呂が完成した。
サバイバル動画で数回観ただけなので、これでいいのかはわからないけど、下から火を焚けば沸くはず。ダメなときは石を焼いて水に入れたらいいわ。
ボタン一つでお湯が出ない時代はこんなにも大変なのね。やる気と根気がなければ最初の一日で挫折していたでしょうね。
井戸から水を汲み、湯船に溜めるだけで汗だくだく。夏にやったら死ねるわ。
お風呂に入る前に水浴びをするとはこれ如何に。一休さんでも説破《せっぱ》は出ないでしょうよ。
「あー気持ちいい」
誰もいないし、恥ずかしがる体でもないのですっぽんぽんで涼み、体が冷めたら服を着た。
「服も作らなくちゃならないか」
麻のシャツに麻のスカート。革の靴。貫頭衣のようなものよりマシだけど、質素なものには違いない。これで山に入ったりするのは心もとないわ。お金を貯めて冒険者のような装備にしないとね。
「──裸で何しているの?」
おっと。ティナが帰って来ちゃったよ。
「あはは。汗かいたから水浴びしてたの。今から水を沸かすね」
急いで服を着たらお風呂に薪を入れて火を起こした。
「ちゃんと沸くかな?」
泥煉瓦を燃やして水を沸かす。動画では観たけど、実際、これでいいのかはわからない。煉瓦を組み立てるのも接着したのもうろ覚えだ。これで失敗したら笑い話だわ。
まあ、わたしの人生は始まったばかり。失敗するのもまたよし。成功するだけが人生ではないわ。
「そう言えば、狩りはどうだったの?」
毎日のように鳥を狩ってきたのに今日は手ぶらじゃない。いなかったの?
「ポロプが生ってたから狩りは止めて、こっちを採ってた」
「ポロプ?」
ってなんぞや? って見せてもらったら黄色い果実だった。
「実は酸っぱいけど、蜂蜜に漬けると美味しい」
「蜂蜜はどうするの? 買うの?」
「巣を採って搾る」
まさかの現地調達でした!
「さ、刺されるんじゃないの?」
この世界の蜂がどんなものか知らないけど、刺されたら死んじゃうんじゃないの? アナなんとかで?
「大丈夫。採り方は知っているから。キャロルは壺と布を用意して」
「わ、わかった。あとで詳しく聞かせて」
まずはお風呂だ。
お湯が沸いたらすのこを入れる。直接は熱いかもしれないからね。
「ティナ。先に入っていいわよ。あ、でも、入る前に体を洗ってからね」
ちゃんと洗うとき用のすのこも用意しておりまっせ。
お互い、体を拭き合っているので恥ずかしいもない。ティナがスッポンポンになったら桶でお湯をかけてあげ、藁タワシに石鹸をつけて背中を洗ってあげた。前は自分でやってもらいます。
「はい。お湯に入っていいよ」
さっき水浴びしたけど、火を焚いて煙たくなった。この日のために石鹸を作り、お風呂を作ったのだ、入らないって選択肢はないわ。
服を脱ぎ、お湯をかけて石鹸をつけた藁タワシでゴシゴシと洗った。
……自分で洗うなんていつ以来だろう……?
前世のわたしが死ぬ一年前からお風呂には入れず、ずっと看護師さんに拭いてもらう日々だった。こうして体を洗うだけで楽しいわ。
「背中、洗うよ」
ティナが湯船から出てきてわたしの背中を洗ってくれた。
背中の洗いっこ。漫画ではよく観たけど、こうして自分で体験すると体の奥がくすぐったいものよね。
「はい、終わり」
「ありがとー。じゃあ、次はわたしがティナの髪を洗ってあげる」
石鹸での洗いになっちゃうけど、灰で髪を洗うよりはマシだ。やはり輝きが違うのよね。
本格的に洗うと体が冷めちゃうので、さっと洗って湯に浸かった。
「お風呂、いいものだわ」
「うん。ボク、お風呂好きかも」
夕暮れ時。二人で太陽が山に隠れるのを眺めながらお風呂を堪能した。
「何やってんだい?」
そろそろ上がろうかと思っていたら、お母ちゃんがやってきた。
「お風呂だよ」
「貴族みたいなこと言い出したと思ったら、本当に作っちまったのかい?!」
もう五日くらい作業してたのに、見てなかったの? いや、水瓶を三つに増やしたから井戸のほうに来る必要はなかったっけね。
「お母ちゃんも入る? 気持ちいいよ」
お風呂文化がないから入らないかな? と思ったけど、お母ちゃんはノリノリ。服を脱ぎ出した。
「あ、入る前に体を洗ってよ」
わたしたちは充分入ったので、お母ちゃんの背中と髪を洗ってあげ、湯に入ってもらった。
「気持ちいいねぇ~」
全然抵抗がないわね。お湯に入り慣れてないと抵抗感があるとかテレビで観たときがあるんだけどな~?
わたしたちは布で体を拭き、服を着る。涼む椅子が欲しいところよね。
「何してんだ?」
と、次はお父ちゃんがやってきた。そろそろ収穫期だから遅くまで畑仕事をしているのよね。何しているかは知らないけど。
「キャロが風呂を作ったんだよ。ガロスも入りなよ」
なんだろう。両親が一緒にお風呂に入るって、なんか微妙な気持ちになるわね。あや、中睦まじくていいんでしょうけど、ちょっと見ていられないわ。
「二人でゆっくり入りなよ。夕食はわたしたちで用意するからさ」
ティナの手を引いてお風呂の前から立ち去った。
それからのことはあえて語ることはしません。ただ、うちではよくお風呂に入るようになり、おばちゃんネットワークで入りにくる人が増えてしまった。
「薪が追い付かないわ」
一日八人から十三人が入りに来るので薪の消費がハンパない。蜂蜜採りに行けないじゃないのよ。
ティナと二人、木を伐っていい場所に来ているけど、家から約三キロも離れ、一日分の量しか運べない。そのせいで明るいうちの大半を使うことになっているのよ。
「馬とか欲しいね」
「そうだね」
ティナの言葉に答えたものの、馬は高い。あんちゃんも小さい頃からお金を貯めて、死にそうな子馬うのが精一杯だった。
何とか世話をして育ってたけど、エサ代を稼ぐのも大変だった記憶があるわ。
「こういうときこそアイテムボックスの出番なのにな~」
ゲームのようなものじゃなくてもこの鞄がアイテムバッグになって……え? 木が入っちゃったわよ!?
ヤケクソ気味に五十センチくらいの木を入れたら鞄の中に入ってしまった。
いやこれ、納屋に放置してあった鞄だよ? うちの家宝でもなければじいちゃんが使っていた鞄だよ? なんの仕掛けもなかったものだよ? 何がなんだっていうの? 小人が気紛れで魔法の鞄にしちゃったの?
もう一本入れてみたらすんなり入ってしまった。
「……マジか……」
鞄に手を突っ込んでみたら木を出すことが出来た。
「……マジか……」
何がなんだかわからないけれど、この鞄はアイテムバッグ化している。それは事実。なら、まずはこの鞄の容量と性能を調べる必要があるわね。
伐った木を入れていくけど、伐った木をすべて入れてしまって確認しようがなかった。
「キャロル、どうしたの?」
どうしたものかと考えていたら木を伐っていたティナがやってきた。
「それ、キャロルの魔法じゃない?」
これこれしかじかと説明すると、 ティナがそんなことを言った。わたしの魔法?
「魔法には固有魔法ってのがあって、たまにそれを使える者がいるらしい。かあ様も聖魔法が使える人で、どんな怪我や病気を治せた。でも、固有魔法は自分にかけることはできないみたいで、病気で死んじゃったんだ」
固有魔法なんてものがあったんだ。
「魔法も万能じゃないんだね」
「うん。だからとお様は病気にならないよう体を鍛えておけって、いつも言ってた」
鍛えた結果がこの健康優良児体を生んだのか。もう健康魔法って固有魔法を持ってるんじゃないの?
「わたしの固有魔法って何かな?」
「わからない。固有魔法はいろいろあるから。冒険者ギルドで鑑定してもらうといいんじゃないかな?」
鑑定とかもあるんだ。なら、魔力を測る謎水晶とかあるのかな? わたしが触ったら爆発しちゃうとか? いや、ないか。魔力がわかるティナが驚いていないんだからね。
「とにかく、この鞄にたくさんものが入れるようになったわ。たくさん木を入れるとしましょう」
まずは木を集めることに集中しよう。お風呂にくべる薪はいくらあっても困らないし、麦の収穫が始まる前に蜂蜜を採りに行きたい。ポロプも早くしないと落ちちゃうって言うしね。
ティナががんばって木を伐り、わたしが木を集めて鞄に詰めた。
「どんだけ容量があるのよ?」
もう帰らないと暗くなるまで木を詰め込んだのに、いっぱいになる様子がない。チートか? わたしの固有魔法はチートなのか? わたしツエェェッが始まっちゃうの?
「キャロル。そろそろ帰らないと暗くなる。鞄のことは帰ってから考えよう」
「それもそうね」
まだわたしの力かどうかもはっきりしてないし、固有魔法が何なのかもわかっていない。今は暗くなる前に帰ることを優先しましょう。ここは山の中。獣が出たらわたしたちに勝てる手段はない。明るいうちにさっさと帰るとしましょうかね。
さすがに野宿する場所まで戻るのも面倒なので、近場の小川を見つけ、そこで石を集めて竈にし、枯れ葉や枯れ枝を集めて火を焚いた。
「そのまま食べるの?」
マコモを枝を削った串に刺すティナに尋ねた。
「うん。焼いて食べるのが一番マコモを感じられる。美味しく食べるなら塩かな?」
「じゃあ、わたしは塩をかけて食べるわ」
まずは美味しく食べさせてもらいます。
「ボクはそのまま食べる」
塩をかけたのはわたしが焼くことにし、いい感じに焼けたら口にした。
「……美味しい……」
焼ける匂いもよかったけど、食べるとさらに香りがよかった。さらに味もよかった。なんと表現していいかわからかいのが残念だ。これが金貨で取引されるのも頷ける。
「なぜこれで皆採らないの?」
「生臭いし、この辺は毒キノコが多いから採らないんだと思う。これまで食べたことないでしょう?」
「言われてみれば確かに。それに、道端になるものは食べるなって言われたかも」
「毒草が多い地だから食べないほうがいい」
そうだったんだ。帰ったらティナから食べられるものと食べられないものを教えてもらおうっと。
つい美味しくて十個も食べてしまった。うぷっ。
「これじゃ動くまで時間がかかりそうだわ」
野宿するのはいいけど、これからだと大して採ることもできないうちに野宿の準備になっちゃうでしょうよ。
「マコモをたくさん採れたし、ポロプはいいんじゃない? どうしてもってんならマコモを売って買えばいい」
「買ってくれる人、いるかな?」
この辺で食べないなら買ってくれないんじゃないの?
「他所から来る行商人なら買ってくれるんじゃない? 地回りの行商人じゃなければマコモのことは知っているはず」
なるほど。自分たちで採るだけが入手方法じゃないか。ポロプを採りに来た人たちだって労力以上のお金を払えば売ってくれるでしょうよ。自給自足なんて出来ないんだからね。
「今から帰れば夕市に間に合うと思う」
夕市か。わたしはまだ行ったことないけど、マーチック広場で夕方から始める市を夕市と呼ぶってお母ちゃんが言ってたっけ。
「じゃあ、そうしようか。もしかしたら帰る馬車があるかもしれないしね」
来たときに乗せてもらったおじさんが言っていたっけ。
野宿する広場に戻ると、運がいいことに帰る馬車があったので、お昼に食べようと思ったお弁当と交換で乗せてもらえるよう交渉した。
「構わないよ。忙しくて食べる暇がなかったから大助かりだ」
なんでも夕市に出すために買い付けにきたおじさんのようで、マーチック広場まで乗せてってもらえた。
おじさんはお弁当に喜んでくれ、機嫌がよくなってか、馬車のことを訊いていたら扱いを教えてくれた。
馬は慣れているようで、わたしが手綱を握っても暴れることもなく、わたしの言うことを聞いてくれた。
「上手いじゃないか。嬢ちゃん才能あるぞ」
なんてお世辞でもなんか嬉しいものね。鼻歌を歌いながらマーチック広場まで操らせてもらった。
「ご苦労様。ありがとね」
馬の顔を撫でてやると、ぶるると鼻を鳴らして頭を擦り付けてきた。可愛いじゃないの。
「おじさん、ありがとね」
「ああ。行商人を捜しているならあそこに行ってみるといい。今なら酒でも飲んでいると思うぞ」
時刻はたぶん夕方の四時くらい。まだ明るいけど、あと一時間もすれば暗くなるでしょうね。そのせいか、今がピークって感じだ。
どんなものを売っているか見たいけど、今はマコモを売るのを優先するとしましょうか。
行商人がいるという場所は屋台で、農民とも村人と思えない服装の男の人たちがお酒らしきものを飲んでいた。
「誰に声をかける?」
ティナにそう問われて言葉に詰まらせてしまった。誰にしようか?
なんだか気持ちよく飲んでいるところに声を掛けるってのも気が引けるし、誰が買ってくれるかもわからない。人のよさそうなのは誰だ?
「キャロ。マコモを焼けば人が集まってくるんじゃない?」
「おー! 確かに。匂いで誘っちゃいましょうか」
そうと決まれば竈のあるところで火を焚き、マコモを串に刺して焼いた。
たくさん食べたから食欲は湧いてこないけど、やっぱりいい匂いをさせるキノコよね。なぜ食べられなかったか不思議でたまらないわ。
そんな匂いに釣られてか、若いお兄さんがやって来た。
「いらっしゃいませ。お一ついかがですか? 銅貨二枚でいいですよ」
「なら、一つもらおうか」
躊躇いなく頼んだってことは、このお兄さん、マコモを知っていると見た。
「ありがとうございます! ここの人はマコモを知らないみたいだから嬉しいです」
こちらはマコモの価値を知っているぞって臭わせた。
「へー。マコモを知っててこの値段かい」
「知らない人に高値をつけても仕方がありませんからね。知ってもらうための宣伝ですよ」
「君は賢いんだな」
おっと。確かに九歳の女の子が言うことじゃなかったわね。
「エヘヘ。そうかなぁ~」
ここは照れておこう。謙虚に出るのはさらに墓穴を掘りそうだからね。
「はい、どうぞ」
お兄さんから銅貨二枚を受け取り、いい具合に焼けたマコモを渡した。
「あー美味い。久しぶりに食ったよ」
知っているのに久しぶりってことは高くて食べられなかったってことかな?
「もう一つくれ。いや、五つくれ」
「はい、ありがとうございます」
マコモはまだ焼いているので、焼けた順に渡していった。
お兄さんが食べる姿と匂いに釣られてか、他の人も集まって来てしまった。
わたしは焼くのを担当し、ティアにはお会計をお願いした。
次から次へと集まってくるお客さんを捌き、背負い籠に入れた分がすべて売れてしまった。これならマコモの美味しさが知れ渡ることでしょうよ。
「嬢ちゃん。マコモはまだあるのかい?」
他の人たちがいなくなると、お兄さんがそんなことを尋ねてきた。あ、行商人に売るのが目的だったんだっけ!
「はい、まだあります。欲しいなら明日持ってきますよ」
このお兄さんなら買ってくれそうなので正直に答えた。どのくらいあるかは秘密だけど♥
「では、お願いするよ。おれはローダル。流れの行商人だ」
「わたしは、キャロルです。こっちはティアです」
これから何かとお世話になるローダルさんとの出会いだった。
次の日、マーチック広場にくると、入り口の前にローダルさんが馬車の御者台に座っていた。
「おはようございます!」
「お、来たか。おれが世話になっている店に行くとしよう。荷台に乗りな」
ってことで荷台に乗り込んだ。
知らない人について行っちゃダメと教育されたけど、ティナがいるので問題ナッシング。わたしは迅速に逃げさせてもらいます。
ローダルさんが世話になっているお店はなかなか立派なお店で、いろんな人が出入りしていた。
「ここはバイバナル商会って言って、王都に店を構える大商会だ」
王都がどんなもので、どれほど離れているかわからないけど、この店構えからしてかなり大きな商会ってのはわかった。
馬車は大きな門を潜り、五十メートルほど進むと、広場に出た。
「市場みたいですね」
「まあ、そのようなものだな。行商人がバイバナル商会で取り扱っている品を買ったり、行商人がバイバナル商会に売ったりする場所だ」
そんなところになぜわたしたちを連れてきたのかしら? ここでないと売買が出来ないってことなの?
ここの人なのか、ローダルさんが声を掛けると、なにか札を渡された。
「場所を借りる札さ。これがないとここを使えないのさ」
「お金が掛かるんじゃないですか? 場所代みたいな」
「もちろん掛かるが、バイバナル商会の保証札があれば品に信頼が生まれる。その分、下手な品を扱えば干されるがな」
そんなところにわたしたちみたいな子供を連れてきていいの? それともローダルさんにそれだけの信頼があるってことかしら?
屋根のある一角に馬車をとめ、商会の人が馬を外してどこに連れていき、荷台は四人掛かりでバックで屋根の下に入れた。
……随分と至れり尽くせりなのね……?
「ローダルさんって偉い人なんですか?」
「何でそう思うんだ?」
「誰もローダルさんに声を掛けないし、ローダルさんの邪魔しないよう動いていたので」
まるでお側使いが動いているようだったわ。
「なかなか観察眼がいいんだな。実は、とある大商会の跡取り息子なのさ」
直感的に違うとわかった。商人らしからぬ態度だもの。
「……お貴族様なんですか……?」
この世界の貴族がどんなものかわからないので、お貴族様と言っておいた。
「本当に凄いな。どこでわかった?」
マジか! この国の貴族は自由に出歩いたりするの?
「ほぼ直感です」
細かいことを上げればいろいろあるけど、考察する前に答えが出ちゃった感じだ。
「……そうか。だが、今は流れの行商人。そう思って欲しい。おれが何であれ行商人として生きているからな」
きっと、こういうのを触らぬ神に祟りなしって言うのね。
「わかりました。そう思って付き合わせてもらいます」
「フフ。本当に賢い嬢ちゃんだ。んじゃ、商売といこうか。マコモを売ってくれ」
ティナが背負っている籠を地面に置いてもらった。
「こちらとしてはマコモは貴重ということしか知りません。相場も知りません。幾らで買ってもらえますか?」
正直、金貨二枚で売れるとは思わないし、買ってくれるとも思わない。一つ銅貨五枚として百個近いから五百枚。銀貨だとどうなるかわからないわ。
「銀貨二十枚と言ったところだな」
五百を二十で割ると二十五か。中途半端だから銅貨二十枚で銀貨一枚って見ておくのがいいでしょうね。
「わかりました。それで売ります。ただ、金貨だと使い難いので銀貨十枚分は銅貨でいただけますか?」
「嬢ちゃんは計算も出来るんだな」
その計算は数字の計算ではなく、損得を考えての計算でしょうね。
「後ろ盾がないわたしたちですからね。自分の身を守るためにもローダルさんが儲けてください。金貨をもらっても使いどころもありませんから」
きっと安く叩かれているんでしょう。けど、それはわたしたちのためでもあるんじゃないかしら? まあ、銀貨二十枚でもとんでもない金額なんでしょうけど。
「そこまで考えられるか。想像以上に賢いことだ」
「賢いと言うより世間知らずなだけですよ」
それを補えるのは商売相手がどんな人かを見極めること。甘い言葉を言ったり騙したりしないかを、ね。
「表面的なことしか見えませんが、ローダルさんはそう悪い人には見えません。信頼や信用を大切にするんだと思います」
目的のためなら、って但し書きが続きそうだけど。
「フフ。なかなか厳しい商売相手のようだ」
「信頼には信頼を。信用には信用を。それが商売で大切なことだと思っているだけですよ」
ウソをつく商人は三流だ。騙す商人は二流だ。信頼出来る商人は一流だ。信用出来る商人は超一流だ。って、前世で読んだラノベに書いてあったわ。
「おれもそう思っているよ。嬢ちゃんとはいい商売が出来そうだ」
「そう出来るよう努力させてもらいます」
籠をつかみ、ローダルさんの前に置いた。
「マコモは濡れた葉の中に入れて、陽に当たらないようにすれば二十日くらいは新鮮さを保てますよ」
「そうか。では、代金を持ってくる。少し待っててくれ」
「はい。あ、ここを見て回っても構いませんか? どんなものがあるか知りたいので」
「邪魔にならないようにするなら問題ないよ」
「ありがとうございます。邪魔にならないよう約束します」
一礼し、ティナの手を取って走り出した。
コンミンド伯爵領は小さい領地かと思ったけど、バイバナル商会を見ると、そこそこ大きい領地なんじゃないかと思えてきた。
「商人って結構いるんだ」
「そうだね。それだけ伯爵様が有能なんだろうね」
これだけの商人が集まるんだから商売が上手くいっているってことでしょう。わたしたちだって飢えることなく毎日食べられているんだからね。
いろんなものが取引され、珍しいものがたくさんあった。その中には砂糖(黒い塊だけど)や香辛料的なもの。酢やみりんなどもあった。
「これなら麹とかありそうね」
味噌を作るには麹が必要だったはず。自分で作ろうと思ったけど、売っているなら買ったほうが早いわ。なんでも作っていたら時間がいくらあっても足りないし。
一通り回り、元の場所に戻ってきたらローダルさんも戻っていた。
「何か欲しいものはあったか?」
「はい。砂糖が欲しいですね。あと、麹、豆を発酵させたものがあれば手に入れたいですね」
「随分と変わったものを欲しがるんだな」
「そうですか? 美味しいものを食べるには必要なものですよ」
「まあ、確かにそうだな。調味料類がほしいなら商会を回ってみるといい。この札を見せると相談に乗ってくれるだろう」
赤い字で書かれた札を渡された。これは?
「バイバナル商会が出している取引札だ。信用の証でもある。持っていろ」
「いいんですか? まだ子供に持たせたりして?」
どう見ても小娘でしかないわたしに重要アイテムを渡すとか何を考えているのよ?
「キャロルとは長い付き合いになりそうだからな。今の内に唾を付けておこうと思ったまでさ」
そこまで飛び抜けた才能があるわけじゃないけど、商人と仲良くなっておいて損はないでしょう。漫画でも伝手とコネに勝るものはないって言ってたしね。
「それならありがたくもらっておきます。また何か売れるものがあったら声をかけますね」
「ああ。ただ、おれはいろいろ各地を回っているからな、取引札をバイバナル商会の者に見せるといい。無下にはされることはないようおれから言っておくよ」
そう言って、お金が入った革袋を渡された。
「こういうときってちゃんと中身を確認したほうがいいんですか? それとも失礼に当たるんですか?」
「確認したほうがいい。盲目な信頼は悪でしかないからな」
そういうものなんだ。商人の世界は厳しいものなのね。
革袋からお金を出して数えた。
「計算はどこで覚えたんだ?」
「独学です」
わたしの知識は漫画や小説ではあるけど、計算とかはドリルで覚えたわ。活用できたのが異世界でってのが笑っちゃうけどさ。
「ただ、文字はてんでダメですね。文字に出会えることが少ないので」
ティナもそこまで文字や単語を知っているわけじゃない。大して学べていないのよね。
「それなら仕事をしながら覚えてみないか?」
「どういうことですか?」
丁稚奉公しろってこと?
「伯爵家のお嬢様が二人と同じ年齢でな、一緒に学べる者を捜しているんだよ」
「それは、社交性を学ばさせるためのものですか?」
何か、そんなことを漫画で読んだことがあるわ。
「キャロルは本当に賢いな。正式に城に上がるか?」
「遠慮しておきます。わたしは、旅がしてみたいので」
こうして元気な体に生まれ変わったのだ、自分の足で世界を見て回ってみたいわ。わたしには魔法もあるみたいなんだからね。宮仕えなんてしたくないわ。
「そうか。まあ、お嬢様の相手もずっとってわけじゃない。冬の間だけだ。給金もいいから旅の資金集めにはいいと思うぞ」
それもそうね。旅をするのにお金はかかるし、旅をする準備にもお金はかかる。快適に旅をするためにも用意はしっかりしておくべきでしょうよ。
「親に相談してからでもいいですか?」
冬は内職ばかりだけど、まだわたしは幼い。親の承諾なしに自分では決められないでしょうよ。
「ああ、構わない。もし、受けるのなら城に行くといい。その取引札が証明書になるから」
それ、なかり重要なものだと言ってますよ。
「あ、ティナも一緒でいいんですよね? わたしたち、一緒に行動しているので」
一緒じゃないのなら断らせてもらうわ。
「ああ、構わないさ。お嬢様の相手は多いほうがいいからな」
貴族のお嬢様に平民もいいところのわたしたちが相手するって、どういうことかわからないけど、お城で働けるならわたしたちにも得になる。学校や私塾なんてないのだ、学ぼうと思ったらお嬢様の相手をするしかないわ。
「服はどうします? さすがにこの格好でお城に行くのは失礼だと思うんですけど」
両親のお陰で毎日食べられているけど、そこまで裕福ではない。服なんて継ぎ接ぎだ。下着だって二枚しかないわ。
……今日帰るときに布を買っていかないとね……。
「まあ、城で用意されると思うが、一枚くらい上品な服を持っておくのもいいと思うぞ。古着屋を紹介してやるよ」
お、古着屋なんてあるんだ。興味あるわ。
「ありがとうございます。このお金で買ってみます」
古着屋の場所を教えてもらい、ローダルさんと別れた。
想像してたより古着屋が大きかった。
いや、棒コンビニくらいの広さしかないお店だけど、この時代を考えればかなり大きいほうでしょうよ。そもそも店を構えていること自体凄いことだわ。他は広場で商売しているんだからね。
「こんにちは~。服を見せてもらっていいですか~」
軽い感じで店に入り、店員さんらしきお姉さんに軽く声をかけた。
わたしたちのような子供が来てびっくりしたのか、数秒間、わあしたちを左右交互に見ていた。
「あ、これってここでも使えますか?」
ローダルさんからもらった取引札をお姉さんに見せた。ちなみにどう使えるかは知りません。
「バイバナル商会の札じゃない。どうしたの?」
「ローダルさんって行商人からいただきました」
隠すよう言われてないので素直に教えた。
「あ、ああ、あの人かい。それならいいよ。見ていきな」
まだ若いのに結構顔が知られているんだ。ほんと、あの人って何者なのかしらね?
「ありがとうございます。気に入ったものがあったら買わせてもらいますね」
「随分と丁寧な子だね。商人の娘なのかい?」
「いえ、農民の娘ですよ。家の手伝いはあまりやってませんけどね」
さすがに秋の収穫は手伝わなくちゃならないけど、それ以外は好き勝手させてもらっているわ。前世の記憶が蘇る前のキャロルも秋以外は好きにやっていろ的な感じだったし。
「そ、そうなの? ま、まあ、好きに見ていいよ」
「ありがとうございます。針や糸もありますか?」
「ああ、あるよ。買うかい?」
「はい、お願いします。自分でも服を直してみたいので」
わたしの器用さなら繕い物もできると思う。成長する前に下着類を作っておきたいわ。今は薄汚れたブリーフみたいなパンツなものなんだもの。可愛くないわ。
「抜も売ってますか?」
「抜はマーリック商会で買うといいよ。あっちのほうが品数豊富だからね」
マーリック商会か。そっちは今度ね。
子供用服を見せてもらうと、結構な量があった。なんで?
「十五年くらい前に女ばかり生まれたときがあってね、足りないってんで他から取り寄せたものの、次は男ばかり生まれる年が二、三年続いたんだよ。そのせいで着れなくなった女服が二年前くらいから持ち込まれてんだよ」
不思議なこともあるものね。まあ、わたしたちにはありがたいことだけどさ。
選び放題の中から質のよさそうなものと普段着る用のを三着、わたしとティナのを選んだ。
「本当に金を持っていたんだね」
まあ、この年齢でこの見た目だ。買うと言ったところでなかなか信じてもらえないでしょうよ。
「はい。いくらですか?」
「あ、うん、そうだね。バイバナル商会の取引札を持っているし、全部で銀貨二枚と銅貨十五枚でいいよ。針と糸はオマケだ。また買いにきておくれ」
安くなったのかわからないけど、価格がわからないのだから値引き交渉もできない。ぼったくれてたら勉強代ってことにしておきましょう。
レジ袋なんてないので、服は背負い籠に入れ、針と糸は鞄に仕舞った。
「ありがとうございました」
「礼を言うのはこちらのほうなのに変わった子だよ」
こちらの世界ではいいものを買えたらお礼とか言ったりしないんだ。なんか殺伐としているわね。
服屋を出たら今日はまっすぐ家に買えるとする。裾を合わせたり改造したりしたいからね。
家に帰ると、なんだかおばちゃんたちが増えていた。
「ただいま~。凄い賑わいだね」
家の中にもおばちゃんたちがいて、しゃべっているのか料理をしているのかわからない状況だった。これじゃ服を直している暇も場所もないわね。
「なんだかうちが集会所みたいになっちゃったよ」
集会所って言っても広場に集まるところを言っており、お茶を飲んだり食べたりする場所じゃない。もううちが集会所と言っても過言じゃないわね。
「もうお店を開いたらいいんじゃない? 場所代をもらって、料理とお風呂を提供するとかね。暇なおばちゃんを雇えば小遣い稼ぎにもなるんじゃない」
スーパー銭湯みたいな感じにすれば儲けれるんじゃない?
「商売かい? わたしは金勘定は苦手だよ」
「それはわたしがやるよ。そう大きな勘定じゃなければできるようになったからね。忙しくなったら勘定できる人を雇えばいいよ。なんならあんちゃんを呼び戻せばいいんじゃない? 行商で勘定は覚えるんだからさ」
行商人の弟子になったのは修業の一つで、行商人になりたいってわけじゃないって言ってた。その先は知らないけど、農業を継ぐわけじゃないんだからあんちゃんに経営をやらせたらいいわ。
「しばらくは場所代で銅貨二枚でやってみたら? お風呂を焚くにも薪代はかかるんだからさ」
これから秋の収穫が始まるけど、この分だと汗を流しに来る流れだと思う。要望が高まってからやるより今からやったほうが混乱がないと思うわ。
「いいじゃないか。ここが集会所になってくれたらあたしらも嬉しいからね」
「そうそう。銅貨二枚くらいなら毎日入り浸ることもないだろうからね」
お金を取ることに反対する者はいなかった。
「自分たちの家で作ったものを売るのもいいかもよ。市場まで行くのも大変だし、それこそ小遣い稼ぎになるよ」
そうすればわたしも市場まで行かなくて助かるわ。ってまあ、物はあちらのほうが揃っているから行くんだけどね。
「うーん。じゃあ、ガロスと相談してみるよ」
そうだね。お父ちゃんにも関係あることだしね。
「いいんじゃないか。やるといいさ」
お父ちゃんに話したらあっさり賛同を得られた。いいの!?
「男衆の間でも話しに上がっているよ。嫁さんが綺麗になって前より明るくなったってな。他の村にも話が伝わっているみたいだ。もっと来るようになるんじゃないか?」
「秋の収穫が始まるってのに、大丈夫なのかい?」
「構わんさ。今年はキャロが稼いでくれたからな。人を雇うとするよ」
余ったお金はすべてお母ちゃんに渡したし、まだマコモはある。収穫が始まるまで市場で稼げばいいから雇うお金には困らないでしょうよ。
「じゃあ、やってみるかね」
「ついでだから若い人を手伝いに雇えば? 若い女の人って仕事する場所がないんだからさ」
女の人は、十七、八歳で結婚するみたいだけど、手仕事で稼げるのは器用な人だけ。大体は家の手伝いをしていると、おばちゃん連中が言ってたわ。
「それもいいね。今は手伝いしてもらってタダにしているからね」
「それならお風呂作りを手伝ってもらおうかな。今のお風呂じゃ捌き切れないしさ」
今のお風呂は三人入るのが精々。せめて十人くらい入れないと捌き切れないわ。
「それなら職人に頼んだほうが早いだろう。この金なら手付け金くらいにはなるだろうからね」
「職人さんに頼めるならいいものが出来そうだね。じゃあ、わたしたちは市場で商売して稼いでくるよ」
「キャロ、お城に行く話をしないと」
「あ、そうだった。バイバナル商会の伝手で伯爵様のお嬢様と一緒に勉強しないかって誘われたんだけど、受けていいかな?」
ローダルさんのことを言ってもわからないだろうからバイバナル商会ってことにしておきましょう。
「バイバナル商会? お前、あんな大きな商会と何があったんだ?」
マコモのことから語り、取引札をもらったところまで話した。
「……伯爵様のお嬢様か……」
何やら眉をしかめるお父ちゃん。どうしたの?
「伯爵様のお嬢様には悪いウワサがあってな、何か悪いものに取り憑かれているって話だ。何度かお前みたいに声をかけられた者が城に行ったが、二度と出て来なかったそうだ。本当かどうかはわからんがな」
ファンタジーな世界じゃなくホラーな世界だったの? 何だかおもしろそう!
わたし、ホラーって好きなのよね。ただ悲しいことにわたしには霊感がなくて幽霊とか見たことないけどさ。
「呪われたお城なの?」
「いや、城は呪われてはないよ。そんなウワサが流れて来るだけだ。嫌なら断れよ。伯爵様はそこまで酷い方ではないからな」
「わたしは行きたいかな? ティナはどう?」
「ボクはどっちでも構わない。キャロが決めていいよ」
ティナは余り興味なさそうだけど、別に嫌ってこともなさそうだ。無口ながら嫌なら嫌っていうタイプだからね。
「わたしは行きたい。いい?」
「まあ、最近のお前は度胸があるし、頭が回るからな、好きにしたらいいさ」
「でも、無理するんじゃないよ。嫌ならすぐに帰って来るんだからね」
「わかったよ。今度、お城に行ってみて話を聞いて来るよ」
冬からって言ってたけど、その前に話を聞くのもいいでしょう。なんならバイバナル商会に取り次いでもらってもいいかもね。
夕食を食べたら服を買ったことをお母ちゃんに見せる。
「あー。なんか見たことがある服だね」
そうパターンがあるデザインではなく、似たり寄ったりの服ばかりだった。作る人が同じか、近い人同士で作ったかもしれないわね。
「これならお城にも着て行けると思うんだけど、どうかな?」
これならマシかな? と選んだ服を見せて判断してもらった。
「まあ、いいんじゃないかい。いきなり伯爵様に会うわけじゃないんだし、お嬢様の相手をするんならあっちで用意してくれるだろう。農民の子だってわかっているんだからね」
農民の子をお嬢様の相手にってのもどうかと思うけど、何か問題がありそうなお嬢様。もう農民の子でも構わないってことなんでしょうね。よくわかんないけど。
「針と糸も買ったから合わせてみるよ」
「あんたはほんと、器用だね。お母ちゃんの血も受け継いでんのかね?」
「お母ちゃんのお母ちゃんってこと?」
そう言えば、お母ちゃんのほうの家、全然聞いたことないわね?
「ああ。お母ちゃんはもう死んじまったけど、針仕事が得意な人だったよ」
この世界の寿命短そうね。早死にしたわたしが言うのもなんだけど。
「お母ちゃんに兄弟っていないの?」
「妹がいるけど、隣の領に嫁いで行ったよ」
なんだか二度と会えないような顔をするお母ちゃん。この時代では気軽に行ける距離じゃないみたいね……。
「わたしたちが冒険者になったら叔母さんの家に手紙を届けるよ」
「あんた、冒険者になりたいのかい?」
「冒険者ってより、いろんなところに行ってみたいの。見たこともない景色を見たり、美味しいものを食べたりしたいんだ」
そう言えば、冒険者になりたいとか言ったことなかったわね。
「冒険者なんて早死にするだけだよ」
「死なないように勉強して強くなるよ。健康な体に産んでもらえたんだもん、無駄に散らしたりしないわ」
ただ生きるためにがんばるしかなかった前世とは違い、生きるために全力をかけられる体を手に入れられたのだ、早々に死んでたまるもんですか。前世の倍、いえ、十倍は生きてやる。この命を満喫してやるんだから!
二匹目のドジョウを狙う。って、どういう意味だったかな? 漫画と小説からの知識と小学校までの計算しか出来ないから学がないのよね。
まあ、何が言いたいかっていうと、またマコモを売ろうと市場にやってきたわけよ。
「……人がいないね……」
「……だね……」
市場はがらんとしており、蓙区なんて誰もいない。屋台区は数軒だけだった。
「もしかして、収穫期だからじゃない?」
「収穫? お父ちゃん、そんなこと言ってなかったよ」
「麦も早採りと後採りがあるって聞いたことある」
そうなの? 農家の娘なのにまったく知らなかったわ。いや待てよ。去年も今頃からお父ちゃんの帰りが遅かったような? あれは早採りの手伝いに行ってたってこと?
「そっかー。どっしよーか~?」
これじゃ商売も出来ない。またバイバナル商会に行く?
「なら、冒険者ギルドに行かない?」
「冒険者ギルド? でも、入れるのは十二歳からだよ」
あんちゃんの話では、登録は十二歳からだってことだはずよ。
「おばちゃんの一人が言ってた。十二歳でも仮登録出来るって。村の外の仕事は受けられないみたいだけど」
「へー。そうなんだ。どんな仕事があるか見てみましょうか」
まだ三年は登録出来ないけど、仕事が出来るなら将来のために稼ぐのもいいかもね。
冒険者ギルドは、お城の北側ってのはあんちゃんから聞いている。太陽はあちらから昇るから北はあっちだ。
そう複雑な村ではなく、お城も目立つので迷いようもない。北側は一般庶民の商業区、って感じだった。
「意外と人が住んでそうだね」
「ああ。バイバナル商会があるほうは金持ちが住むところだったんだ」
こんな田舎でも富める者と貧しい者はいるものなのね。まあ、極貧って感じな人はいないみたいだけどさ。
「あれじゃない、冒険者って」
剣で✕を描いたところだからすぐわかるって言ってたけど、本当にすぐわかったわ。てか、本物の剣で✕を作ってんじゃん。
漫画とかの冒険者ギルドは立派なものが多かったけど、やはり田舎なだけに一軒家みたいなサイズであり、人の出入りも少なかった。いや、もう九時くらいだし、もう仕事に行ったのかな?
中に入ると、なかなか年季の入った造りで、軽く百年くらい経っているんじゃないの? ってくらいだった。
カウンターにはおじいちゃんとおばあちゃんが座っていた。
……美人な受付嬢とかじゃないんだ……。
別に美人な受付嬢に興味はないけど、そこは形式美というかテンプレというか、お約束が欲しかったわ。
中には冒険者と思わしき男性一人と町のおばちゃんが二人。とても冒険者ギルドには見えないわね。
おばちゃん二人は冒険者ギルドのおばちゃんとおしゃべりしているのでじいちゃんのほうに向かった。
「あの、仮登録したいのですが、九歳と十歳でも出来ますか?」
「ああ、出来るよ。字は書けるか?」
「名前とちょっとしたものなら書けます」
毎日、とはいかないけど、時間のあるときはティナから教わっている。文章は読めないまでも単語から何となく予想は出来るようにはなったわ。
「名前が書けたら充分さ。これに名前を書いてくれ。」
と、木札を二枚ずつ渡された。
羽根ペンみたいなので名前を書くようで、どちらにもキャロルと書いた。
「これでいいですか?」
ティナのと一緒に渡した。
「ああ。一枚はこちらで預かる。もう一枚は紐を通して首から下げておけ。それで仮登録の証になる」
こんなものでいいんだ。漫画や小説みたいに謎水晶に手を置いたり、オーバーテクノロジーなプレートをくれたりはしないのね。
「これで仕事が出来るんですか?」
「ああ。だが、初めての仕事は決まっている。この仕事を五回繰り返せば本当の仮登録出来るんだよ」
本当の仮登録ってなんだよ! とか突っ込みたくなるのをグッと我慢。どういうことかを尋ねた。
何でもお城の周りの草むしりをすることで本当の仮登録が出来るとのことだった。いや、仮試験にしたほうがいいのでは?
「それって今日から出来るんですか?」
「いや、明日の朝からだな。門の前にある兵士所にその札を見せるといい。あとは兵士の指示に従うことだ。なんなら今から見て来るといい。いきなりじゃ迷うかもしれんからな」
なるほど。下見は大事ってことね。
「ありがとうございます。これから──あ、どんな仕事があるか見てからでいいですか?」
「ああ、構わんよ。仮登録の冒険者の依頼は奥の壁に貼ってあるよ」
手前の壁に冒険者用の依頼書で、奥が仮登録や駆け出しの冒険者が受けられる依頼書のようだ。
「ティナ、読める?」
何となくは読めるけど、三行くらいの文字なのでティナに読んでもらうことにした。
「うーん。大体が家の手伝いで、残りは農作業だね。あ、マコモの依頼もあるよ」
「へー。こないだのが伝わったのかな?」
でも、依頼書があるってことはまだ誰も受けてないってことなの? あ、どこに生っているかわからないから誰も受けないのかな?
「仮登録出来たら依頼を受けてみましょうか」
まあ、なければないで諦めるまで。仕事は結構あるんだしね。
一通り見たらお城に向かった。