小さい頃は幸せだった。
とう様もかあ様も生きており、婆様《ばばさま》と四人、楽しく暮らしていた。
けど、かあ様が病気にかかってから幸せは崩れていった。
ボクらが住む場所は山の中で、人の暮らす村までは半日以上歩かなくちゃならない。滅多なことでは下りることもなかった。
とう様が村の薬師から買った薬は全然効果はなく、寝込んでから数日で死んでしまった。
たくさん泣いたけど、山の暮らしは優しくない。やるべきことは多く、ボクもやらなくちゃいけないことはたくさんあった。
料理は婆様。とう様は狩り。ボクは水汲みと畑仕事。毎日、休むことは許されない。一日休めば取り返すまでに二日分の仕事をしなくちゃならないのだ。
それでも苦はない。まだとう様がいて婆様がいる。なんとか暮らしは出来ている。きっとまた幸せな日々が来ると信じてがんばった。
でも、現実は残酷だ。狩りに出たとう様が帰って来なかったのだ。
一日二日と過ぎて行き、五日過ぎてもとう様が帰って来ることはなかった。
「ティナ様。元気なうちに山を下りなさい。婆はここに残り、ゼノア様を待ちますから」
六日目になり婆様がそんなことを言った。
「婆様一人で残るなんて無理よ!」
もう腰が曲がり、家の周りしか歩けなくなった。一人残っても死ぬだけだ。
何とか婆様を説得し、わたしが十五になるまでここに残ることを納得させた。
大きい獣は無理でも鳥やウサギを狩るくらいはボクにも出来た。婆様と自分の食い扶持くらいなんとか出来るさ!
なんて決意も半年も持たなかった。婆様が風邪を引き、朝には冷たくなっていたのだ……。
「一人になっちゃった」
乾いた笑いが漏れてしまう。
何をすることもなく、ただ一日が過ぎていく。このままではダメだとわかっていても何もしたくなかったのだ。
ベッドの上で丸くなり、幸せだったときを思い出す。
……このまま死んじゃうのかな……。
空腹と恐怖でまた涙が流れてきた。
もうこのまま死んでもいいやとぼんやり考えていると、獣の鳴き声が耳にとどいた。
……もしかして、ご、轟竜の群れ……?
前に聞いたことがある。とう様の話ではもっと山の奥に住んでおり、こんな人里に近い山には出て来ないと言ってたが、ウールがたくさん出たときは下りてくるそうだ。
ゴォオオォッ! という咆哮から轟竜と名付けられたとか。間違いなく轟竜の群れが近付いている。
このまま死ぬのもいいかもと思いながらも轟竜の咆哮に恐怖を感じ、気付いたときは家から飛び出していた。
恐怖に追い立てられ、無我夢中で山道を走った。走って走って走り続け、気がついたら山の麓で目覚めた。
朝露で喉を潤し、前に行ったことがある村に向かって歩き出した。
意識が薄らいできて、もう歩けないってとき、横からボクくらいの女の子が出て来た。
「おはよう。この村の子? わたし、キャロルって言うの」
あちらもボクに驚いたけど、すぐに柔らかい笑みを浮かべてそんなことを言ってきた。
何か返そうとするけど、喉が掠れて声が出なかった。
その子は持っている水袋を渡してくれ、一気に飲み干してしまった。
さらに食べ物を分けてくれ、何か美味しいものを食べたら急に眠くなってしまった。
起きてからも美味しいものを分けてくれ、夕方まで眠るよう勧めてくれ、体を揺らされて起きると、陽が傾いていた。
女の子はキャロルと名乗り、自分のうちに来ないかと誘ってくれた。
行くところがないボクにはありがたい話だ。人手が欲しいからと、見ず知らずの人間を誘ってくれるってどういうことなんだろう?
山の中で生きてきたけど、とう様やかあ様から山の外は聞かされていたし、たまに村に連れてきてもらっていた。同じくらいの子と話したこともある。
……この子は、何かちょっと違う……。
途中、キャロルはよくしゃべった。家族のこと、村での暮らしてのこと、自分がやっていることを話してくれた。
キャロルの家はよくある家だ。いや、煉瓦で作った竈が二つもあり、ウールを一匹飼っていた。てか、ウールって飼えたんだ。とう様が何度も挑戦して、すべて失敗したというのに……。
「お母ちゃん。この子、親がいないんだって。うちで面倒見てもいい? いろいろ手伝ってもらいたいし、いいかな?」
何とも軽い説明だ。小動物を拾ってきたときを思い出すわ。まあ、その日の夕食になったけど。
「あんたはほんと、唐突だよね。まあ、マグスも家を出るし、構わないよ」
か、構わないんだ。さすが親子と言うべきなんだろうか……。
「え? あんちゃん、家を出ちゃうの? 何で?」
「行商人の弟子になったんだよ」
「行商人の弟子か。あんちゃんらしいね」
「本人も喜んでいたよ。昔から旅をしてみたいって言ってたからね」
そのあんちゃんとやらが帰ってきた。キャロルとよく似ている。
「ティナ。まずは体を洗いましょうか。手足は拭いたけど、体は拭いてないからね」
言われて手足を見たら綺麗になっていて、足の痛みも消えていた。
井戸場に連れて行かれ、服を脱がされて石鹸で体を洗われた。
……誰かに洗われるなんて久しぶりだな……。
婆様を思い出してしまい、自然と涙が溢れた。
とう様もかあ様も生きており、婆様《ばばさま》と四人、楽しく暮らしていた。
けど、かあ様が病気にかかってから幸せは崩れていった。
ボクらが住む場所は山の中で、人の暮らす村までは半日以上歩かなくちゃならない。滅多なことでは下りることもなかった。
とう様が村の薬師から買った薬は全然効果はなく、寝込んでから数日で死んでしまった。
たくさん泣いたけど、山の暮らしは優しくない。やるべきことは多く、ボクもやらなくちゃいけないことはたくさんあった。
料理は婆様。とう様は狩り。ボクは水汲みと畑仕事。毎日、休むことは許されない。一日休めば取り返すまでに二日分の仕事をしなくちゃならないのだ。
それでも苦はない。まだとう様がいて婆様がいる。なんとか暮らしは出来ている。きっとまた幸せな日々が来ると信じてがんばった。
でも、現実は残酷だ。狩りに出たとう様が帰って来なかったのだ。
一日二日と過ぎて行き、五日過ぎてもとう様が帰って来ることはなかった。
「ティナ様。元気なうちに山を下りなさい。婆はここに残り、ゼノア様を待ちますから」
六日目になり婆様がそんなことを言った。
「婆様一人で残るなんて無理よ!」
もう腰が曲がり、家の周りしか歩けなくなった。一人残っても死ぬだけだ。
何とか婆様を説得し、わたしが十五になるまでここに残ることを納得させた。
大きい獣は無理でも鳥やウサギを狩るくらいはボクにも出来た。婆様と自分の食い扶持くらいなんとか出来るさ!
なんて決意も半年も持たなかった。婆様が風邪を引き、朝には冷たくなっていたのだ……。
「一人になっちゃった」
乾いた笑いが漏れてしまう。
何をすることもなく、ただ一日が過ぎていく。このままではダメだとわかっていても何もしたくなかったのだ。
ベッドの上で丸くなり、幸せだったときを思い出す。
……このまま死んじゃうのかな……。
空腹と恐怖でまた涙が流れてきた。
もうこのまま死んでもいいやとぼんやり考えていると、獣の鳴き声が耳にとどいた。
……もしかして、ご、轟竜の群れ……?
前に聞いたことがある。とう様の話ではもっと山の奥に住んでおり、こんな人里に近い山には出て来ないと言ってたが、ウールがたくさん出たときは下りてくるそうだ。
ゴォオオォッ! という咆哮から轟竜と名付けられたとか。間違いなく轟竜の群れが近付いている。
このまま死ぬのもいいかもと思いながらも轟竜の咆哮に恐怖を感じ、気付いたときは家から飛び出していた。
恐怖に追い立てられ、無我夢中で山道を走った。走って走って走り続け、気がついたら山の麓で目覚めた。
朝露で喉を潤し、前に行ったことがある村に向かって歩き出した。
意識が薄らいできて、もう歩けないってとき、横からボクくらいの女の子が出て来た。
「おはよう。この村の子? わたし、キャロルって言うの」
あちらもボクに驚いたけど、すぐに柔らかい笑みを浮かべてそんなことを言ってきた。
何か返そうとするけど、喉が掠れて声が出なかった。
その子は持っている水袋を渡してくれ、一気に飲み干してしまった。
さらに食べ物を分けてくれ、何か美味しいものを食べたら急に眠くなってしまった。
起きてからも美味しいものを分けてくれ、夕方まで眠るよう勧めてくれ、体を揺らされて起きると、陽が傾いていた。
女の子はキャロルと名乗り、自分のうちに来ないかと誘ってくれた。
行くところがないボクにはありがたい話だ。人手が欲しいからと、見ず知らずの人間を誘ってくれるってどういうことなんだろう?
山の中で生きてきたけど、とう様やかあ様から山の外は聞かされていたし、たまに村に連れてきてもらっていた。同じくらいの子と話したこともある。
……この子は、何かちょっと違う……。
途中、キャロルはよくしゃべった。家族のこと、村での暮らしてのこと、自分がやっていることを話してくれた。
キャロルの家はよくある家だ。いや、煉瓦で作った竈が二つもあり、ウールを一匹飼っていた。てか、ウールって飼えたんだ。とう様が何度も挑戦して、すべて失敗したというのに……。
「お母ちゃん。この子、親がいないんだって。うちで面倒見てもいい? いろいろ手伝ってもらいたいし、いいかな?」
何とも軽い説明だ。小動物を拾ってきたときを思い出すわ。まあ、その日の夕食になったけど。
「あんたはほんと、唐突だよね。まあ、マグスも家を出るし、構わないよ」
か、構わないんだ。さすが親子と言うべきなんだろうか……。
「え? あんちゃん、家を出ちゃうの? 何で?」
「行商人の弟子になったんだよ」
「行商人の弟子か。あんちゃんらしいね」
「本人も喜んでいたよ。昔から旅をしてみたいって言ってたからね」
そのあんちゃんとやらが帰ってきた。キャロルとよく似ている。
「ティナ。まずは体を洗いましょうか。手足は拭いたけど、体は拭いてないからね」
言われて手足を見たら綺麗になっていて、足の痛みも消えていた。
井戸場に連れて行かれ、服を脱がされて石鹸で体を洗われた。
……誰かに洗われるなんて久しぶりだな……。
婆様を思い出してしまい、自然と涙が溢れた。