「……酒に氷を入れて飲むのか……」

「暖かい部屋で冷たいものを飲む。贅沢ですよね」

 まだ病院に入る前、炬燵に入って食べたアイス、美味しかった記憶があるわ。おとうさんもキンキンに冷えたビールは美味しいって言ってたわ。

「うむ。悪くはないな」

「そうですな。まあ、蒸留酒そのものが貴重すぎて飲めるだけで贅沢だ」

 二人の口には合ったようで、飲む手が止まらなかった。アルコール度数高いんだから飲みすぎないでくださいね。

「もっと熟成させたらもっと美味しくなると思います。臭いでの判断でしかないですが」

 アルコールの臭いがなくなればもっと美味しくなるんじゃないかな? 想像でしかないけどさ。

「確かにそうかもしれんな。まだ若いような気がする。木の渋みも感じる」

 伯爵様のほうが味覚がいいのか、木の渋みまでわかるんだ。

「お酒作りは難しいですね。飲めたらもっと改良が出来ると思うのですが……」

「子供にはキツすぎるな」

「そうだな。わたしでもキツい。よほどの酒好きでなければこの酒精には耐えられんだろう」

「わたしではこれが限界なのであとは興味がある人にお任せします」

「バイバナル商会に任せるのか?」

「伯爵様が領地産業としてやるのもよろしいかと思います。やるとなれば資金と人材、場所が必要となりますから。ただ、個人で飲む分なら厨房で作らせたらよいと思います」

「……お前は、何を考えておる……?」

「わたしはしがない農家の娘です。後ろ盾もありません。自分のやりたいことを貫くには守ってくださる方を味方に付け、わたしが利益を生むと思わせなくてはなりません。でも、だからと言って囲われたくはありません。わたしは冒険者になりたいのですから」

 怪しまれている状況では素直に話すしかないし、たぶん、ここが話すべきタイミングだと思う。

「利益を与える存在になる。しかし、バイバナル商会としても利益を得る器は決まっています。あれもこれもと手を出すことは出来ません。必ず取捨選択をするか、わたしを大人しくさせるしかありません」

 出しすぎたらわたしを黙らせるほうに動くわ。捨てることも出来ないんですからね。

「蒸留酒を伯爵様に出したのも同じです。蒸留酒事業に手を出すならかなりの準備金が掛かります。それだけで他には手が出せないでしょう。お嬢様のこともありますから」

「なんだろうな。娘を前にしているかのようだ」

「お嬢様から知識を授かりました」

 あの方は正真正銘の天才だと思う。前世の知識があるわたしとは完全に別次元の人だわ。

 あれこれ勉強があったけど、お嬢様とのおしゃべりは凄く勉強になった。わたしの足りないものを得たって感じだったものよ。

「やはりか。サーシャがあるときから一変したと思ったが、お前が原因か。混ぜてはダメなもの同士が混ざってしまった感じだな……」

「お嬢様と出会えたのはわたしにとって僥倖。返し切れない恩をお嬢様か受けました」

 だからお嬢様には幸せになってもらいたいのよ。

「話を戻します。一つの事業を成し遂げるには何年か必要とします。マラッカや民宿、娯楽宿屋と、バイバナル商会は全力で取り込むでしょう。そこにまた新たな事業をわたしが口にしたら、バイバナル商会は決断しなくてはなりません。わたしをどう扱うかを」

「捨てるに捨てられんなら黙らせるしかないな」

 やはり伯爵様はそういう答えになるか。お嬢様の言ったとおりだわ。

「なので、事が静まるまでプランガル王国に旅に出ようかと思います。聖女の問題も知っておきたいので。その許可をいただけたら幸いです」

 本当は王都に行ってお嬢様と会いたいところだけど、それぞれの事業が落ち着くまで二年くらいコンミンドを離れたほうがいいと思う。伯爵様の許可が選られたら大義名分も得られるしね。

「……そこまで計算ずくか……」

「そうならなかった場合も考えておるのか?」

「バイバナル商会や伯爵様のお仕事が急激に増えるでしょう」

 わたしなど構っていられないほどにね……。

「……恐ろしい娘だ……」

「お嬢様の提案です」

「…………」

 残りの蒸留酒を一気に飲み干してしまった。

「そこにわたしも入っておるのか?」

「急遽、入れさせていただきました」

 マレイスカ様が来たことは偶然だけど、わたしが冒険者として旅立てるよう利用させていただきました。

「思い返せば確かに不自然なことや都合のよいことがあったな」

「気に入らないのでしたらお断りいただいて構いません」

「いや、気に入っておるよ。歴史に名を残すと言われて心躍らぬ貴族はおらん。よくもまあ、あの短時間で用意したものだと思うよ」

「バイバナル商会にがんばっていただきました」

「ふふ。お前の後ろ盾になるのも大変だ」

「それだけの利は与えてきました」
 
 わたしの取り分は一割もない。生活費も自分たちで稼いだものでやっていた。残りはすべて旅に出るときのために貯めているわ。

「ハァー。わたしの許可で構わんのか? プランガル王国としたら他国の一伯爵にしかすぎんぞ」

「マリカルには手紙を送らせております。他国の中枢と関わりあるとなれば無下には出来ないでしょう。国を上げての大捜索。伯爵級との繋がりがある証拠があればあちらも信じてくれるでしょうし、無下にも出来ないはずです」

 星詠みと呼ばれる固有魔法を持つ者がいる。真偽くらい見抜くことくらい出来るでしょうよ。